ゲヘナ学園所属の男子生徒がいろんな生徒に重い矢印向けられていく話 作:コウハクまんじゅう
正実と風紀が鉢合わせた波乱のお見舞いから更に1週間が経過した。
計2週間による入院により傷はすっかり治り、痛む所も無くなった。担当医のセリナからも退院して大丈夫とお墨付きをもらったので、今日晴れて退院だ。
そして、昨夜先生から送られてきたモモトークで知ったのだが、エデン条約をグチャグチャにしたアリウス分校は俺の預かり知らぬ所で先生達が制圧したらしい。
セイアが倒れたとか聖園ミカが脱走したとか不穏すぎる噂が流れたり、トリニティの兵力が大量に動員されていたのはそういう事だったのかと一人納得した。
どうやら話すと長くなるらしく、詳しくは俺がシャーレの当番になった時に話すとのこと。
それと、やはりと言うべきか、ティーパーティーの桐藤ナギサから俺に宛てた感謝状と招待状、それから退院を祝う品が大量に届いた。
感謝状は恐らく桐藤ナギサ直筆であろう手紙が2枚入っていた。
まぁ、その、なんだ。流石に2枚とも両面に端から端までビッシリ文字で埋め尽くされていたのは流石に恐れ入ったが。もちろん全部読んだ。
招待状はトリニティへ入るためのパスポートの扱いになるらしい。しかも無期限。つまり俺はトリニティ学園を自由に出入りできるというわけだ。
退院を祝う品はゲヘナ学園を通じて家に配送されるとのこと。
そして今。俺は知り合いの正義実現委員会の子に先導されてティーパーティーが集うテラスへと案内されていた。
「ご退院おめでとうございます、石切さん!」
「ああ、ありがとうハルちゃん。」
ハル、と呼ばれた少女はにこりと微笑む。ちなみにこの子は桐藤ナギサ救出の際に居合わせた内の一人だ。名を櫻ハルという。
「…その、やはり左目は…」
ハルは突然顔を曇らせたかと思うと、俺の左目へと視線をやる。
今、俺の左目には眼帯が巻かれていた。それを隠すために大きめのゲヘナの制帽を被って誤魔化しているが、それでも隙間からちらちらと眼帯が覗いている。
「今はもう大丈夫。痛みは無いよ」
「そう、ですか…あっ、すみません。私無神経に…」
「いや、いいんだ。心配してくれてありがとう」
「あ、あぅ…///」
帽子の上からわしゃわしゃと撫でてやる。そうして歩いていると、いよいよトリニティの聖域、ティーパーティーが集まるテラスと外界を隔てる扉の前まで来た。
扉の前には3人の正義実現委員会の子が控えていた。
俺とハルちゃんに気づくと、手を振って近づいてきた。3人はそれぞれ、花夏アサ、冬月チフユ、秋雨クイという。
「お久しぶりです、石切さん!お身体はもう大丈夫なんですか?」
「ああ。もう大丈夫だよ。ありがとうな」
「ハルちゃんおかえり〜」
「うん、ただいま」
俺は4人と二言三言交わした後、念のため危険物の持ち込みの検査を軽く受け、招待状も確認してもらった。
ちなみに、桐藤ナギサの意向で帯刀は許可されているそうだ。
「はい、確認しました。…もし、石切さんが到着されました。」
アサが軽く扉を叩くと向こう側から静かに開かれ、中から白い制服を着た生徒が出てきた。
「はい…うわっ!?ほ、本当に男子生徒だ…あー、コホン。では石切さん。しつこいようですが、私の方でも招待状と危険物の検査を。」
白い制服のトリニティ生は、恐る恐る近づいて危険物の検査と招待状の確認を再度行った。刀については周知されているようで、特に何も言われなかった。
「はい、確認しました。中へどうぞ」
「では、入りましょう!決まりですので、私がついていきます。」
ハルが肩からさげたライフルを再度かけなおし、再び俺を先導するべく前へ立った。
「ああ、わかった。アサちゃん、チフユちゃん、クイちゃん、仕事頑張ってな」
「あっ、ありがとうございます!では、いってらっしゃいませ」
3人に背を見送ってもらい、俺は軽く息を吸い込むと聖域へと足を踏み入れた。
背後から扉が閉まる音が響き、白い制服の生徒から視線を感じつつ俺はハルについていった。
そこは、セイアとの夢で見た景色とまったく同じ光景が広がっていた。しかし、肌に当たる風と五感で感じる厳かな空気が確かな現実なのだという事実を突きつけてくる。
ハルも緊張しているのか、どこかぎこちない動きで進んでいく。その後ろをおっかなびっくり歩いていくと、柔らかな陽が照らすテーブルと3つの椅子が現れた。
その内の1つは空席だったが、残りの2つには人が腰掛けていた。
羽根の一本一本まで手入れの行き届いた純白の翼を生やした少女。大きな狐耳をピンと張った少女。
間違いなく、桐藤ナギサと百合園セイアその人だった。
気がかかりなのは、ティーパーティーのトップは3人のはずなのに空席があることだろうか。
「ナギサ様。石切さんがいらっしゃいました」
「……はい。ご苦労さまでした、ハル。もう下がって大丈夫です」
「は、はい!」
ペコリとお辞儀をすると、ハルは「ごゆっくり」と小声で俺に告げた後いそいそと外へ戻っていった。
扉が閉まるのを見届け、俺は視線をテーブルへと戻すと、桐藤ナギサは傾けていたティーカップをソーサーへ戻し、静かに口を開いた。
「お待ちしておりました、石切達也さん。改めまして、ようこそトリニティ総合学園へ。どうぞ、おかけになってくださいな」
「ご厚意痛み入ります、桐藤ナギサさん。しかしその席は、本来ティーパーティーの長が座る席。俺にはとても…。」
「そこまで遜る必要はないさ、
それまで沈黙を貫いていたセイアが、突然口を開いた。
セイアの親しげな口調に桐藤ナギサは硬直したが、セイアは構わず続ける。
「立場云々の前に、そもそも私達は同い年。ここには咎める者もいない。ナギサとも、私と同じように接すれば良いさ。」
「いや…えっと」
「お待ちください」
それまでフリーズしていた桐藤ナギサがようやく意識を取り戻した。心なしかティーカップを持つ手が震えているように見える。
「お二人は、どういう、関係なのですか…?」
「ふむ。君が気にする必要があるのかい?私にだって、君が知らない交友関係があるのだよ。」
セイアは愉快そうに口の端を吊り上げる。それを隠そうとティーカップを傾けているが、傍から見ればほぼ丸見えである。
なんだ?なんでセイアは桐藤ナギサを煽っているんだ??ま、まるで理解できぬ…
とにかく何か言わねば、と俺は口を開いた。
「そ、その、セイア…さん?「言ったろう、セイアでいいと。」…セイアとは、俺が入院している時に夢で会ったことがあります。そこで知り合いました」
「そう…そうでしたか。あと、
「は、はい」
「敬語は不要です」
「え…で、でも」
「敬語は、不要、です」
「…わかった」
微笑をたたえた美しい顔のはずなのに、見るものを圧倒し有無を言わせぬ凄みがある。
俺は素直に従う他なかった。
「それと、名字も不要です。以後、私のことは『ナギサ』とお呼びください」
「わ、わかった…ナギサ」
桐ふ……ナギサは満足そうに頷くと、紅茶を一杯傾けた。そして、何かを思い出したかのように硬直し、悔やむように眉を寄せて目を閉じた。
「ああ…やってしまいました。今日は達也さんをもてなすためにお呼びしたのに。私ったら、なんてことを…」
「ふふふ。まぁ、そう気に病むことはない。お陰で堅い空気は和らいだんじゃあないのかい?」
「セイアさんまでミカさんのようなことを言わないで下さい…ッ!ミカさんは1人で十分ですッ!というかそもそもの原因は貴方ですよね!?」
「おや…そうだったかな。」
「セイアさん…ッ」
完全に蚊帳の外で進んでいく事態に目を白黒させていると、ナギサが諦めたようにため息をついた。
そして、ナギサから再び椅子に座るよう促されたので流石に断れない俺は静かに腰掛けた。
それからは談笑しながら普通にお茶会を楽しんだ。
ナギサ曰く、『石切さんは派手な催しをするよりも、こうして静かに語らうほうが好みだとお聞きしたので』とのこと。
一体どこから聞いたのかは気になるが、実際こっちの方が気が楽なのでありがたい。ただでさえトリニティのトップ2人がいるのに催し物なんて楽しめる余裕はない。
そして、セイアが言った通り、さきほどの頓珍漢なやりとりで緊張がほぐれ、茶会は終始和やかな雰囲気で進行した。
俺を見るナギサの目が時折熱っぽいのと、それをセイアがニヤニヤしながら見ていたのが気がかりだったが。
茶会が始まってしばらく時間が経ち、話していた話題も落ち着きを見せてきた時。ナギサがふとこう言い出した。
「そういえば、お身体の方はもう大丈夫なのですか?私の方には重傷としか伝わっていなくて…」
「ああ。傷も治ったし、痛みもない。」
「そう…ですか。あの、差し支えなければお聞きしたいのですが、その左目は…?」
「…これか。」
帽子を傾けて被って誤魔化していたが、やはりバレてしまったか。
不安げに揺れるナギサの瞳を一瞥した後、セイアの方へ目線をやった。セイアは俺の意図を汲んでくれたのか、ティーカップを置いた。
「ナギサ。彼もエデン条約の騒動で苦労した身だ。思い出したくないこともあるだろう」
「…そう、ですね。すみません、無神経でした」
これ以上踏み込むと不味いと判断したのか、ナギサはそれ以上追求してくることはなく静かにティーカップを置いた。
「さて。今日はこれくらいでお開きにしましょう。石切さんもごゆっくりしたいでしょうし」
「知っているだろうが、その招待状があればいつでもトリニティに出入りできる。好きなときに来るといい」
「ああ。今日はありがとう。それじゃ、そろそろ俺は帰るよ」
こうして茶会はお開きとなり、俺はトリニティ総合学園を後にした。
□■□
彼が去ったテラスには、さきほどの賑やかさが嘘のように静けさが戻った。
さきほどの会話で確信に近いものを得た私は震える手でティーカップを傾けると口を開いた。
「……セイアさん」
「…やはり君なら気づくか」
その言葉で、私は自身の立てた外れてほしい予想が当たったことを確信してしまった。
「……石切さんが撃たれた現場で回収された空薬莢は、違法な高威力の弾丸の物であったという報告を聞きました。例え頑丈なキヴォトス人でも、直撃すればただでは済まない。そんな物を目に受けては…」
空薬莢に付着した血液が、彼のものであったという報告が頭をよぎった。
「……最早気づいてるのならば、あえて言葉にすることはあるまい。」
「……」
紅茶を口に運ぼうとして、手が止まる。
今日彼を招いた理由の1つには、もしかしたら、私の予想は外れているかもしれないという希望的観測も含まれていた。
しかし、さきほどの彼の様子とセイアさんの言動から確信した。
─彼の左目は、もう見えない
「…ッ!」
紅茶に浮かぶ自分の顔は酷く歪んでいた。
□■□
俺がゲヘナ学園に着く頃には、既に陽は沈みかけていた。夕闇に溶けかけていく街中を、家を目指して最短ルートで走り抜ける。
「やっぱなまってるなァ」
以前よりも鈍くなった身体に文句をつけながらも進んでいると、突然頬に冷たい何かがあたった。
「げっ、こんなときに雨かよ!?」
当然傘なんて物は持っていない。徐々に威力を増していく水の弾丸の中を走っていくると、曲がり角から何かが飛び出してきた。
「うおっ、ちょ、あぶねぇ!」
「へ?」
避けきれずに飛び出してきた何かとぶつかってしまい、咄嗟に俺は手を伸ばし、倒れそうになった何者かの肩を引き寄せて抱きとめた。
「悪ィ、前をみてなかっ…」
しかし、言い終わらぬ内に、徐々に勢いを失なって俺は口を閉ざした。
「いっ、いえ!わ、私の方こそ前をちゃんと見てなかったので…ああ、冷たいですねぇ、寒いですねぇ、人生はどうしてこんなに…」
相手も俺の顔を見て誰だか思い至ったらしい。暫時の間、身を寄せ合った男女がポカンとした表情でお互いを見つめ合う、絶妙にロマンスを感じない光景が広がっていた。
「ヒヨリ!前を見ずに飛びたし…た、ら」
奥から彼女の仲間であろう人物がもう2人。
そこには黒いマスクをつけた少女と、薄藤色の長髪を雨に濡らした少女が佇んでいた。
俺は、この少女達のことを知っていた。そしてそれは少女達も同じだろう。
調印式の日。武装したおかしな幽霊を引き連れて古聖堂で暴れ回っていた4人組の少女達。俺はその4人組の名を、先生からのモモトークで知っていた。
「アリウススクワッド……だな?」
「……」
降りしきる雨の中、俺はエデン条約を混沌に陥れた尖兵達と対峙した。