ゲヘナ学園所属の男子生徒がいろんな生徒に重い矢印向けられていく話 作:コウハクまんじゅう
左手に刀を握り締め、おもむろにソファから立ち上がった。秤は両手をこちらに広げたまま微動だにしない。
滾る熱の赴くままに、秤へ足を踏み出した。
「…なんで身を差し出す事を申し出た?」
秤は目を伏せ、手を後ろで組むとこちらへ一歩踏み出してきた。これで、彼女は完全に俺の間合いに入った。
「虚しさしか知らなかった私達に、暖かさをくれたから。…私達が奪った分、お兄さんは私達から奪う権利があるのに。」
「……2人にこの事は言ったのか」
「ううん、私の独断専行。」
「好きにしていいってのは?」
「そのままの意味だよ。それにもともと私は生贄になるために生きてきたから、平気。」
「…その身に刃を受けることになっても?」
「それで少しでも、私達の罪を償えるのなら。」
「…純潔を侵されることになっても?」
「こんな身体でいいのなら。」
秤は顔を上げると、俺の目を真っ直ぐに見つめた。瞳の中に抵抗や嫌悪といった負の感情はなく、ただ自身の全てを捧げようとする健気な少女の純真な眼差しのみがあった。
(…本気の目だ)
おそらく、今言った事以上の乱暴も彼女は全て受け入れるのだろう。それだけの覚悟を感じさせた。
俺は左手に提げた刀を握り直した。
呼応するように秤は目を閉じる。
目の前には、何をされても構わない少女が1人。俺は空いた右手をゆったり動かし…
「ふぇっ」
秤の頭へ乗せた。そのままわしゃわしゃと撫でてやると、秤は戸惑いながらもされるがままに頭を撫でられている。
「まだ年端も行かねぇガキんちょがァ〜、笑わせんな。」
そう鼻で笑い飛ばすと、頭を撫でられながらポカンとしていた秤はむっと頬をふくらませた。
「ちょっと。私、本気なんだけど」
「そりゃ分かってる。」
「じゃあなんで─」
「別に、俺はお前らのことを恨んでねぇし、もう斬りたいとも思ってねーよ」
「えっ?」
俺は頭をポリポリと掻きながら、刀をソファへ放った。ポスッ、と軽い音を立てて着地するその姿は場の緊張感を一気にほぐした。
「小さい時から理不尽を押しつけられて、虚しさを植えつけられてきた子共達が、その檻からようやく解放されたんだ。しかも、犯した過ちに向き合おうとしてると来たもんだ。…さっき、俺に奪う権利があるっつったな」
ねぇよ。んなもん無い。
そう呟いて、俺は秤に背を向けてソファに腰掛けた。
秤は目を丸くしながらも、俺の言葉を一言一句聞き逃さないよう真剣に耳を傾けていた。
「それじゃ同じことの繰り返しになるだけだ。」
「…」
「そもそも、俺がお前らのことを斬ろうとしてたのも、個人的な恨みじゃなくて、ここで俺が何もしなかったら周りの人に申し訳が立たないってだけだしな。そこまで誠意を見せられたら黙るしかねぇ」
俺は秤に目を合わせ、静かに告げた。秤は少し間を空け、戸惑ったように口を開いた。
「お兄さんは、なんで私達を恨んでないの?」
「油断しなきゃ俺が勝ってたから。」
「え」
「冗談だ」
「冗談って顔してないよ」
ジトっとした目を向けられるも、そっぽを向いて知らん顔を通す。秤は小さく息を吐き出すと、恐る恐る口を開いた。
「…ほんとうに、いいの?」
俺はまた鼻で笑うと、呆れたように頬を引っ掻く。
「いいって。そもそも、一連の騒動の糸引いてたのはベアトリーチェとかいう大人なんだろ?なら悪いのはお前達じゃない。そりゃ、やったことは背負わなきゃならんが…それに、直接やりあった槌永と戒野に関しちゃ、俺も『斬ってごめん』を言うべきなんだよなァ…いや、戒野に関しちゃロケランぶっ放されたからおあいこか?」
喉をくつくつと鳴らして笑うと、秤はキョトンとした表情を浮かべた後、ほんの小さく笑った。
「ふふ、達也お兄さん、変なの」
「よく言われる。…というか、名前呼びになっても『お兄さん』は取らないんだな」
「うーん、なんか、この呼び方の方がしっくり来ちゃって。達也お兄さんも、私のこと名前呼びでいいよ?」
「そうか?じゃ、アツコで。ああ〜、眠ィ。そろそろ寝ろよ、アツコ。……そこの2人もな」
引き戸の方へ声を掛ける。
途端、引き戸の向こうからドタドタと慌ただしく駆ける音と焦ったような声が聞こえてきた。
どうやらアツコは気づいていなかったようで、驚いて引き戸の方を見つめて固まっている。
「ほら、早く行った行った。…あ、ボタンは止めとけ。夜は冷えるからな。それと、さっきは試すような真似して悪かった。純潔を引き合いに出すのは流石にやり過ぎた。」
「ううん、別に。私はお兄さんならそうなっても良いって思ってるし」
「はっ、わかったわかった。いいからもう寝ろ」
「もー、本当なのに。ま、いっか。おやすみなさい、お兄さん。」
「ああ、おやすみ。」
アツコは小さく頷き、開いたボタンを全て閉じると、戸を滑らせて寝室へと戻っていった。
引き戸が閉められたのを確認した後、俺は刀をソファの下へ突っ込んで再び眠りについた。
□■□
翌朝、俺が目を覚ますと寝室の引き戸が開かれていた。
寝室を覗き込んでみると、綺麗に畳まれた毛布が置かれたベッドのみが鎮座していた。
よく見るとベッドには丁寧に折られた置き手紙と封筒が残されており、手にとって確認してみると封筒の中には少なくない金額が入っていた。
手紙をめくると、そこには何も言わずに出て行った事と恩返しができなかったことを謝罪し、自分達によくしてくれた事を感謝する旨の内容が書かれていた。
「『─私達はお尋ね者だから、ここに長居をすればお兄さんに迷惑をかけてしまいます。いつか、罪を償って自分の人生を生きて良いんだって思えたら、その時にまたお兄さんの所に来ます。こんな私達によくしてくれてありがとう。またね』…か。」
全て読み終えた俺は手紙を折りたたむと、封筒共々テーブルの上に静かに置いた。
ソファの下に右手を突っ込み、刀を引っ張り出す。
空いた左手で、隙間から朝日が差し込んでくるカーテンを開け放つと、戸を滑らせベランダに出た。
昨晩の雨はすっかり上がっているようで、空に暗雲は欠片もなかった。
しかし、雨で冷えた空気が未だに漂い、陽に照らされて朝靄が光っているのが見えた。
俺は刀と身をフェンスに預け、街を見下ろした。
彼女達は今どこにいるのだろうか。今もまだこの街を彷徨っているのか、はたまた別の街へ流れたのか。
いずれにせよ、彼女達は犯した罪と向き合うことを選び、放浪生活に身を置くことを決めた。
きっと待ち受けている困難は相当に大きいだろう。しかしそれでも、彼女達なら乗り越えて行くのだろう。
(頑張れ、アツコ、槌永、戒野。)
彼女達の行く末に幸あれ。
これで、彼女たちとの蟠りはなくなった。少なくとも俺はもうあの3人に対して思う所は無い。
だが、彼女達のリーダーにして、俺の左目が閉じた直接の原因である少女とは、未だに接触ができていない。
「…錠前サオリ。お前は今、どこにいるんだ?」
昨夜聞いた話によると、スクワッドの彼女達でさえ錠前サオリのいる場所は分からないと言う。アリウス自治区での戦いが終わったあと、戒野にリーダーの座を託しどこかへ消えたのだそう。
アツコ曰く、「自分を知り、罪と向き合うため」だそうだが。
「ならばいくらでも待とう。別に急いでいるわけじゃないしな。アツコ達と同じ流浪の身なら、そのうちに会うはず。」
決着をつけるなら、その時でいい。
俺が彼女に望むのは、謝罪でも贖罪でも無い。
立てかけた刀をつかみ、静かに刀身を抜き放った。朝の光を受け、その身に刻まれた無数の傷があらわになる。
(錠前サオリ…次は負けん。)
そうして刀身に映った自分とにらめっこをしていると、スマホが震え、モモトークの着信音が響いた。
スマホを起動し、モモトークを立ち上げると思わず絶句した。
メッセージ欄、以下の如し。
─ヒナ
『退院おめでとう、達也。でもそれならそうと一言欲しかったわ。私達がどれだけ心配しているのか、あなたはわかってるの?…まぁいいわ。復学まではまだ掛かるんでしょう?くれぐれも無理せず、安静にすること。こっちのことは大丈夫。私達が何とかするから』
─アコ
『早朝から失礼します、達也さん。どうやら昨日ご退院なさったそうですね?なぜ私達に一言の連絡も寄越さないのですか?だいたい貴方は─(以下長すぎて読むのを諦めた)』
─イオリ
『おい達也!退院したのになんで何も言わないんだ!?』
─チナツ
『おはようございます、先輩。まずはご退院おめでとうございます。しかし、退院について何もご報告がないのはいただけませんね?』
「………」
俺はスマホの画面を見つめながらダラダラと冷や汗をかいた。
そうだ、何か忘れていると思ったら、連絡だ。昨日は色々あってすっかり頭から抜け落ちていた。
思わずため息一つ。
体をフェンスに預けると、俺はモモトーク画面に改めて向き直り、一人一人に返信をしていくのだった。
結論:ベアおばが全部悪い
ちなみに熱は下がりました。