ゲヘナ学園所属の男子生徒がいろんな生徒に重い矢印向けられていく話   作:コウハクまんじゅう

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万魔殿

 

 

 あの人のことを目で追うようになったのはいつからだろう。

 ふとした時に、あの人が今何をしているのか考えてしまうようになったのはいつからだろう。

 嵐のように転入して来たあの日から?

 彼が気に入っていた店を美食研に爆破され、刀を振り回して単騎で相手取っている姿を見た時から?

 不良に絡まれているところを、体を張って助けてくれた時から?

 あるいは、マコト先輩から彼を万魔殿に引き入れるよう言われた時から?

 

─わからない。

 

 気づけば、あの人のことが気になっていた。

 そして、この淡い想いに気づくのにも時間は掛からなかった。

 

『あれあれ?イロハちゃん、なんだかボーっとしてるね。ザ・恋する乙女って感じだよ!』

 

─ああ、そうか。

 

 私はあの人に恋してるんだ。

 思い返せば、このときからだったかもしれない。あの人のことばかり考えるようになったのは。

 この気持ちの正体に気づいてからというもの、自分の中で歯止めが利かなくなっていった。それはあの人が風紀委員会に入った後でも変わらなかった。

 

 

『ん、イロハか。昼メシまだか?じゃあフウカのとこ食い行こうぜ。この間初めて食堂行ったんだがな、これが中々うまくて─』

 

─いやだ

 

『んだよイオリ。そんなに俺に構って欲しいのか…って、おいおい。お前の蹴りくらいじゃ俺には…いってェ!?ちょっ、おまっ、銃床で脛フルスイングはやばいだろ!?』

 

─やめてください

 

『どうしたヒナ…って、おいおい。どうしたその目の下のクマは。え?膝貸せ?イロハもいるのに何言っ…ちょ、おい!勝手に座るな!寝るな!あーもう…天下の風紀委員長が何やってんだか。少しだけだぞー』

 

─私がいるのに。

 

『ああ?ああ…サツキか。なんだ、イロハとチアキに加えてお前まで万魔殿に誘うつもりか…え?五円玉を見ろ?だんだん俺が万魔殿に入りたくなる…って、んなちゃっちィもんにまで手を出すとかいよいよ終わりだぞ』

 

─他の人に構ってばかり。

 

 ご飯の時にわざと隣に座ったり、話す時の距離を詰めてみたり。どれだけアピールしてみても、態度は変わらなかった。

 あの人にしてみれば私は数ある友人の内の一人止まりなんだ。そう、思っていたのに。

 

 

『え゛っ、意趣返しって…』

 

 石切先輩が議事堂を襲撃して予算をもぎ取った翌日。マコト先輩からの指示で『意趣返し』に来た私は、彼にベッタリとしなだれかかってみた。

 そうすると、今まで見られなかった彼の新しい顔を見ることが出来た。

 てっきり軽くあしらわれておしまいと思っていたが、意外にも彼は赤面していた。

 

(…なんだ。ちゃんと『女の子』として見てくれてるんだ)

 

 今までの苦労が報われたような爽快感と、純情な乙女としての羞恥心がない混ぜになった奇妙な心持ちになったのを覚えている。

 きっと、これから距離を詰めていけばいずれは…なんて考えていた矢先だった。

 

『石切が意識不明の重体で病院に運ばれた。』

 

 その一報を耳にした瞬間、目の前が真っ暗になった。

 マコト先輩から石切先輩の容態を見てくるよう指示されるまで、私はただの一歩も動けなかった。

 

 

 初めて病室を訪れた時の記憶が鮮やかに蘇った。

 

『失礼します〜、石切先輩?いらっしゃいます…か…。』

 

 病室のドアを開け放った瞬間、言葉を失った。

 そこには左目を二重三重に包帯で巻かれた石切先輩が横たわっており、一目見てただならぬ様子であることが察せられる見た目だった。

 

『ん…おお、イロハか。見舞いに来てくれたのか?』

 

 私の姿に気づいた彼は半身を起こし、瞼をこすりながらこちらに顔を向けた。

 私は動揺を悟られぬよう、常に持ち歩いている本で顔を隠し、痙攣する喉を鎮めて訊ねた。

 

『…その包帯は?』

 

『ああ、こいつか。あの騒動でちょいと左目が逝った。いやァ、下手打ったわ。』

 

 努めて軽い口調で左目に手をやる石切先輩。多くを語らないことも含め、私に余計な気を使わせまいとしているのだろう。

 しかしその気遣いこそが、左目の喪失という予想へ辿り着く標になってしまった。

 

『……そう、ですか。左目が…』

 

 いつ学園に戻ってこられるのか、身体は大丈夫なのか。聞きたいことがいくつもあったはずなのに、そのすべてが霧散した。

 このままでは、彼が次に失うものは命かもしれない。

 とにかく、いなくなってしまうのではないかという不安を今すぐ拭いたかった。

 気が動転した私は、彼に本を貸し出し、必ず彼自身が返しに来るよう約束で縛った。

 義理堅い彼ならば、必ず来てくれると無理やり自分を安心させて、その日は帰った。 

 

 万魔殿にはイブキを除いた幹部の皆に、左目を失明している可能性も含めて石切先輩の状態を伝えた。

 

『……そうか。ご苦労、イロハ』

 

『…石切先輩』

 

 マコト先輩は動揺を悟られないよう帽子を深くかぶり、チアキは不安げに先輩の名を呟いた。

 

 意外だったのは、議事堂襲撃事件*1以降あれだけ石切先輩を苦手としていたマコト先輩が、偵察任務の度に私にお見舞いの品を持たせてくれたことだ。

 あと、イブキと石切先輩が接触しないようにあれこれ手を回していた。まだ精神的に幼く、可愛がってきたイブキに辛い思いをさせないための配慮だ。

 

 それから定期的にお見舞い…もとい偵察に行っていたが、ある時、いつものように病室を訪れたとき、部屋の中から漏れ聞こえてしまった。

 

『…何も見えねェ、何も感じねェ。目を失うってのァ思ったより堪えるもんだな。って、いけねぇ。また独り言が出ちまった。』

 

 ハハハ、と冗談めかして喋る彼の声が耳に届いた時、お見舞いの品が入った袋が力なく床へ落ちる音がした。

 

─やっぱり、辛いんですね。先輩。

 

 暫時の間、虚脱感と無力感が襲い掛かりドアの前から動けずにいたが、やがて心の中にはある考えが浮かんできた。

 

─だったら、私が先輩を支えます。

 

─失った分を、私が満たします。

 

─喪失感を感じさせないほど満たしてあげます。

 

 その時の私の内面はお世辞にも純真とは言えないだろう。自分でも分かるほどドロドロとした黒い感情が渦巻いて来ているのが分かる。

 

─待っていて下さい、先輩。

 

 私が、あなたを幸せにしてみせます。

 

 

 

 

 

□■□

 

 

 

 

 

「…ハちゃん!イーローハーちゃん!!」

 

「うわぁっ!?な、なんですか、チアキ」

 

「もうっ、さっきからずっと呼んでたんだよ?」

 

「イロハ先輩、大丈夫?ずっとうつむいてたけど…」

 

「大丈夫。私は大丈夫ですよ。少しぼーっとしていただけです。」

 

 不安げにこちらを見上げるイブキの山吹色の頭髪を撫でてやると、安心したのかいくらか表情が柔らかくなった。

 

「ええっと、どこまで話しましたっけ」

 

「石切先輩が昨日退院したから、また会いたいねって話をしてたんだよっ」

 

 身振り手振りを交えて、全身で伝えてくれるイブキに顔が綻んだ。と同時に、心臓が一段跳ね上がり、背中に冷たい汗が流れ落ちた。

 

 会う。

 この純真無垢な天使が、痛々しい姿と成った彼に。

 もしこの子が今の石切先輩の姿を見たら何と言うだろうか。

 チアキも僅かに動揺の色を見せたが、すぐに繕って誤魔化す。

 

「退院したとはいえ、一週間は自宅療養。復帰しても戦闘は控えるそうです」

 

 さきほど送られてきたモモトークの内容に目を通し、簡潔に説明する。

 

「えー、まだ会えないの?イブキ早く会いたーい!」

 

 頬を膨らませ、丈の合わない袖を振り、全身で不満を表現するイブキ。こうなるのも無理はない。

 何しろ、彼が入院している間は一度たりともお見舞いに行くことが叶わなかったのだから。

 

 さきほど言ったように、石切先輩が左目を失ったことを知ったらイブキはきっと悲しむ。

 故に、イブキがお見舞いに行かないようにマコト先輩は必死に手を回していたのだ。

 

(けど、それも限界ですね)

 

 彼が戻ってくる以上、もはやバレるのは時間の問題だろう。

 石切先輩曰く、大きめの制帽で左目を覆っているそうだが、勘が鋭く聡いイブキにどこまで持つか。

 チアキも不安げにこちらを一瞥する。

 私はイブキに目線を合わせ、静かに語りかける。

 

「イブキ。」

 

「なぁに、イロハ先輩?」

 

「石切先輩は、まだ体調が優れないんです。だからもう少しだけ休ませてあげてください。『大人の女性』になるためには、相手を待つことも大切ですよ。」

 

「…!わかった!イブキ、待てるよ!」

 

 そう言ってニコリと笑みを浮かべる健気な少女の姿に心がちくりと痛む。

 

(…石切先輩。)

 

 イブキに左目のことが知られた日にはどうなるのか。想像すると今から心が重くなった。

 

 

*1
石切が万魔殿の議事堂にカチ込んで予算をもぎ取ったあの事件

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