ゲヘナ学園所属の男子生徒がいろんな生徒に重い矢印向けられていく話   作:コウハクまんじゅう

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※いつもに比べてかなり長いです



眠り姫と泥中に咲く花

 

 

 

「あっ、アズサちゃん戻って来ました!」

 

「あれ?アズサ、あんた顔が赤…まさか石切!!…さん。アズサにエッチな事とかしてないでしょうねえ!?男の子と女の子が二人きりとか─」

 

「問題ない。少し、話してただけ。」

 

 部室に戻ると、予想通りの声が飛んできた。すかさず、俺は鼻で笑って軽く返す。

 

「流石に年下には手ェ出さんよ。」

 

「あらぁ、年下『には』ですか…それじゃあ、石切さんは同い年の女の子は美味しく頂いてしまったり─」

 

「わあっ、わあああああああ!?エッチなの駄目ぇ!死刑ぇえ!!!」

 

 錯乱して銃を構えようとするコハル。それを慌てて取り押さえようと動くヒフミを愉快に見ていると、アズサが制服の裾を引っ張ってきた。

 

「石切。『美味しく頂く』ってどういうことだ?石切は…人の肉を、食べるのか?」

 

「あー…、いや違う。多分あれじゃねェか?比喩表現。」

 

「む、比喩表現。この間先生から習ったぞ。確か、『別のものに例えて間接的に描写する表現』だったか?むぅ、だとしても分からない。捕食でないなら、一体何が…」

 

「さあな~、俺も知らん。…それと、軽はずみに頭撫でちまったが、不快じゃなかったか?」

 

「?いや、全然。さっきは戸惑って逃げ出してしまったけど、もう大丈夫。それに、とても心地よかったんだ。だからもっとしてほしい…な。」

 

 そう言って、アズサは一点の曇りもない瞳でこちらを見上げた。その姿が、頭を撫でるのを催促する小動物のように見えるもんだから、たまらず俺はアズサの頭に手を置き、存分に撫で回す。

 

「ん…えへへ」

 

「あー!あー!や、やっぱりやっちゃってるじゃない!!」

 

「こ、コハルちゃん落ち着いてくださいぃ」

 

 ジタバタと暴れるコハルをヒフミが何とか抑え、それをうふふと笑って眺めているハナコ。眼下には目を瞑って身を委ねるアズサ。

 実に愉快な光景に頬を緩ませていると、ふと机の上に置いた土産の袋が目にとまった。

 

「…あ。セイアとナギサに挨拶、行かねぇとな。それとなアズサ、そろそろヒフミと変わってやってくれ。キツそうだ。」

 

「了解した」

 

 そうしてアズサとバトンタッチしたヒフミは、息を切らしながらよたよたとこちらへ寄ってきた。

 

「はぁ…ふぅ…ナ、ナギサ様にご用ですか?」

 

「セイアちゃんにもご用のようですが…」

 

 鎮圧をアズサに託したヒフミと、それを面白可笑しく見ていたハナコがこちらに近づく。

 

「でしたら、まずはセイアちゃんに会ってあげてください。何やら石切さんに話がある様子でしたので。…ふふ。自室で、二人っきり、だそうですよ♡」

 

「え゛…そ、それ、は…」

 

「あ、あわわ///」

 

 極力俺に近づき、辛うじてヒフミにも聞こえる程度の小さい声で囁いた。俺は乱れる鼓動を落ち着けながら口を開く。

 

「だ、だが、外はあの騒ぎだ。セイアの自室まで平穏無事に辿り着けるかどうか…」

 

「それでしたら、頼りになる知人がおりますのでご安心を♪少しお待ちくださいね。」

 

 そう言ってハナコはスマホを操作し、誰かに連絡を飛ばした。数分の間を置いて、補習授業部のドアが淑やかにノックされた。

 

「どうぞ〜♡」

 

「─失礼します」

 

 開いたドアから出てきたのは、修道服のような制服を身にまとった長身の生徒。例のごとく、ヒナから渡された情報の中で覚えのある人物だ。

 

(お、おいおい、この人は…)

 

「御足労いただき感謝します、サクラコさん。」

 

 サクラコ、と呼ばれた修道服の生徒は穏やかな桃色の瞳を浦和へと向ける。

 

「いえ。ハナコさんの頼みとあらば、私達は最大限協力しますよ。…ところで、そちらの殿方は件の?」

 

「はい。例のナギサさんの騎士様…石切達也さんですよ♡」

 

 ハナコの言葉を受け、サクラコは俺の方へと目を向けた。

 

「貴方が、あの石切達也さんでしたか。数々のご活躍、耳にしております。私はトリニティ総合学園3年生にして、シスターフッドのリーダーを務めさせていただいている歌住サクラコと申します。以後、お見知りおきを。」

 

「あ、ああ…知っての通り、ゲヘナ学園3年の、風紀委員会所属の石切だ。」

 

「ええ。あなたの事は()()()()()()()おりますよ。トリニティの救世主にお会いできて光栄です。…ふふっ」

 

「そ、そうか…」

 

 にこやかに笑うサクラコ。しかしその笑みにはなにか含みがあるように見えてならない。

 

 ヒナ曰く、『シスターフッドは歴史は長く、謎が多い。しかも、前身となったのはユスティナ聖徒会という生徒会で、反乱分子の弾圧から拷問まで行っていた闇の深い組織。』とのこと。

 要は、そんなおっかない組織が前身だったんだからシスターフッドもきっと相当に闇の深い組織のはず。だから警戒して関わるなと言うことなのだろう。

 

(ん?ちょっと待て。じゃあハナコはそのリーダーとコネがあって、しかも連絡一本で呼びつけられる仲なのか!?)

 

 一気にハナコが底知れない存在になったのと同時に、疑問も浮かんできた。

 

「ハ、ハナコ。なんたって、いきなりそんな大物を呼んだんだ?」

 

「それは、サクラコさんは校舎内に存在する秘密経路を全て網羅していらっしゃるからです♡」

 

「…ゑ?」

 

 秘密経路?校舎内に?理解が追いつかないまま硬直していると、サクラコが言葉を引き継いだ。

 

「事情は伺っております。現在、校舎内では石切さんが現れたことで小さくない騒動になっていると。この混乱では、正面からセイアさんとナギサさんの元へ辿り着けない。」

 

「そ・こ・で。シスターフッドが有事の際にティーパーティーのトップを救出、及び脱出させるために作られた秘密経路の出番…というわけです♪」

 

「………ありがたい。よろしく頼む。」

 

 もう突っ込むのはやめだ。

 俺のためだけにそんな重要な通路を使わせてもらえるのかとか、それ最早シスターフッドがティーパーティーの命を握ってるじゃねぇかとか、なんでハナコがそんなこと知ってんだとか、校舎内にそんなもん張り巡らしてるなんてやっぱシスターフッドやばいじゃねぇかとか。

 ともかく、今は目の前の救済案に縋るより他に方法は無かった。俺の言葉に、サクラコは一つ頷くと身を翻した。

 

「こちらへ。」

 

「あ、ああ。…それじゃあ、俺は行くよ。ありがとう、みんな。またな。」

 

 そうして、短かいながらも繋がりのできた補習授業部の面々に別れを告げ、部室を後にした。

 

 

 

□■□

 

 

 

「ところで、石切さん。左目の具合はいかがでしょうか。もう、よくなられましたか?」

 

「ああ。救護騎士団に随分世話になったからな。まだもう少し世話になるが。」

 

「そうでしたか…私達が直接できることは少ないですが、あなたのために祈っておりますよ。」

 

「フ、別嬪さんに祈ってもらえるたァ贅沢で良いな。」

 

「なっ…!?い、石切さん、軽弾みに淑女にそのようなことを言うのは…//」

 

「ハハ、冗談冗談…おっと。」

 

「ふぅ…ここからは機密保護のため、目隠しを。」

 

 右目が布で覆われ、一面真っ暗な中、何かを操作する音と隠し扉が出現したであろう金属音を耳にした。

 サクラコに手を引かれて進むと、空気感が変わったのを肌で感じ取った。恐らく、秘密通路に入ったのだろう。

 

「セイアさんとナギサさんには既に連絡を取っております。最初にセイアさん、その次にナギサさんと会うのでよろしかったでしょうか?」

 

「ああ。頼む。」

 

「分かりました。では、段差などはありませんが、はぐれないようにしっかり手を握っ…て…」

 

「?どうかしたのか?」

 

「っ、いえ!…いえ。大丈夫です。行きましょう。…ああ、神よ。神聖な任務において、私欲を催してしまう罪深き私をどうかお許しください…

 

 何やら独り言を呟いてるが、いかんせん狭い空間故に反響して丸聞こえである。しかし、意味がわからない。わからないものは聞いていても仕方ないので、俺はそのすべてを聞き流していた。

 

 

 その後、前を進んでいたと思えば突然横に逸れ、かと思ったら引き返し、また前へ進む、といった具合に俺達は進んでいた。

 歩いている間は、サクラコが気を利かせてくれて雑談を振ってくれた。

 雑談の内容というのは、調印式に参列していたシスターフッドの生徒を助けてくれたことの感謝や、吐き出したいことがあったらシスターフッドの教会にいつでも来ていいといった内容だった。

 

 秘密通路を通る時間は、存外あっという間であった。目隠しを外されると、回廊に備えられた明かりに照らし出されたドアが佇んでいた。

 

「到着しました。私は待機しているので、用が済んだらお呼びください。」

 

「わかった、ありがとう。」

 

 サクラコに礼を言ってドアノブをひねると、開かれたドアの隙間から眩い光が差し込んできた。

 

「…っ」

 

 目が慣れるのを待ってからゆっくりと瞼を上げると、そこには豪華絢爛な部屋が在った。

 視線を窓際に鎮座している巨大なベッドに移すと、部屋の主がゆったりと腰掛けていた。

 

「やぁ、待っていたよ。大勢からの好奇の目に晒されるのは苦労するね、騎士くん。」

 

「久しぶりだな、セイア。…マジで自室来ちまった。ほんとに大丈夫なのか、これ?」

 

 俺の言葉に、セイアはおや?と首を傾げた。

 

「友人を部屋に招く事のどこに問題があるんだい?それとも、君はこの薄い身体が魅力的に見えてしまうのかな?前に読んだ本には、そういった趣向を持つ殿方もいるとあったが…」

 

 そう言ってセイアは、身体の滑らかな曲線と大胆に明け放たれた脇を強調するようにベッドの上で身を捩ってこちらを流し見た。その艶やかな仕草に心臓が昂るのを抑え、慌てて咎める。

 

「お、おい、セイア。」

 

「冗談さ。…ふふ、私がこんなに挑発的とは思いもしなかったかい?」

 

「…まぁ、もっとお固くて理屈っぽそうだったからな。ほら、土産だ。」

 

 いいように転がされていることに苦笑しつつ、手にした土産の袋を持ってベッドに近づく。

 

「む。君までミカのような事を…ああ、土産か。ありがとう。そこのテーブルに置いてくれ。後で読書の供に頂くとしよう。」

 

「ところで、俺に話があるって聞いたが、何だ?」

 

「ああ、一つ頼みたい事がある。…ふむ、客人を立たせるのは忍びない。ここに座るといい。」

 

 有り余った袖が彼女の隣を飛び跳ねる。

 逡巡の後、刀と銃を足元に安置して彼女の隣に腰を下ろすと、深く沈み込みつつも程よく押し返してくる心地よい感覚が身を包んだ。

 

「頼みって言ったな。」

 

「そうだ。…単刀直入に言おう。ナギサに、サオリの銃撃によって君の左目が失明した事を悟られた。」

 

「あァ〜……ナギサのメンケアしろって事か?」

 

「話が早くて助かるよ。加えて、最近はエデン条約の後始末や他の業務にも追われて心身共に疲弊している。彼女は仕事を抱え込んでしまう性質でね。だから、君のやり方で彼女を労って欲しい。例えば?ふむ…仕事から離れられるよう、いっそ抱き抱えてテラスから連れ出すのも良い。ナギサは君にゾッコンだから、君のすることなら何だって喜ぶ。…彼女は大切な友人なんだ。何卒、頼んだよ。」

 

「了ォ解。任せとけ…え?おい、ゾッコンて─」

 

「シスターサクラコ。用事は済んだ。彼を連れて行ってくれ。」

 

 言葉の意味を聞く間もなく、音もなく現れたサクラコに目隠しを巻かれた。

 

「よしなに。ああ、これ。忘れ物だよ。」

 

 巻かれる直前にセイアから渡された刀と銃を慌てて抱え直すと、そのままサクラコに秘密通路へ引っ張り込まれた。

 

「そうそう。ミカに会ったら、彼女ともよく話してくれるとありがたい。重ねて頼む。」

 

 ドアが閉まる音と共に、セイアの声と肌に感じていた心地よい空気がかき消えた。

 

 

 

 

□■□

 

 

 

 

 またもやサクラコの導きで通路を歩くこと数分。手を引いていた彼女が止まったことを察し足を止めた。

 

「到着しました。私はここに控えておりますので、用が済んだらまたお呼びください。」

 

「感謝する。」

 

 また目隠しが外される。今度は迷うことなくドアノブを捻りこみ、ドアを開け放った。やはり最初に迎えるのは眩い光。しかし、目が光に慣れていた為か、先ほどより幾分マシであった。

 光で眩む視界の中で、徐々に像を結んできた人物の方へ目を向けた。

 

「久しぶりだな、ナギサ。」

 

「…ぁ、達也さん…」

 

 物憂げにテーブルを見つめていた顔がこちらへ向けられる。

 その姿を見た瞬間、セイアの言っていた事が即座に理解できた。化粧で誤魔化しきれないほど濃い目の下のクマ、生気が失われつつある青白い頬、そして昏く虚ろな瞳。

 今すぐにでも休養を取らなければならないのは誰の目にも明らかだった。

 

「…だいぶ窶れたな。」

 

「すみません、このような姿を晒してしまい…」

 

「気にすることはない。騒動の後処理に奔走していたとセイアから聞いた。」

 

「セイアさんが…」

 

「これ、土産だ。」

 

 足音一つにまで気を遣いながら歩を進め、テーブルの上に土産物が入った袋を置いた。ナギサは僅かに頬を緩ませるも、その顔には濃い疲労の色が浮かんでいた。

 

「ありがとう、ございます…早速お茶に─」

 

「その前に。二人っきりで話をしたい。」

 

「…えっ?」

 

 俺の言葉を聞いたナギサの瞳に、僅かに光が差し、頬には血が通い始めた。

 

「御免。」

 

 呆然としている彼女の前に立ち、左膝を床につける。彼女の前に跪く形となった俺は、椅子に座った彼女の両足と背に腕を回し、抱きかかえて立ち上がった。

 俗に言う、お姫様抱っこだ。

 

「……」

 

 ナギサは情報の処理が追いつかないようで、しばらく俺を見つめて呆けていた。俺の顔と自身の身体を何度も見返し、それが6回に及んだ所でようやく状況を理解できたようで。

 

「…………!!!??」

 

 先ほどの虚ろな顔はどこへやら。一気に瞳に光が戻り、頬どころか顔の隅々、耳の先まで急速に赤く染まっていった。

 

「たっ…た、たたた、達也さん!!?」

 

 目をぐるぐる回しているナギサを他所に、出入り口付近に視線を移し、突然の出来事にわたわたしていたティーパーティーの生徒を見やった。

 

「大事ない。少々ナギサを借りるぞ。」

 

 返事を待たず、外と聖域を隔てる柵へと近づく。

 背後から慌てる声と駆け寄ってくる音が聞こえるが、構わず左足を柵へかける。足裏から足首、膝、そして足の付け根から身体全体へと意識を集中させ、跳躍。

 

 一息で目の前にそびえ立っていた時計塔の屋根に着地し、そこから隣に建っていた校舎の屋上へと跳んだ。

 

「よっ…と。案外動けるな。」

 

 無事に屋上に着地した俺は、未だ固まったままのナギサを下ろし、ところどころ悲鳴を上げる身体をほぐして彼女の隣に腰を下ろした。眼下にはよく手入れの行き届いた庭と、テラスから身を乗り出しこちらを見上げるティーパーティーの生徒が見えた。

 

「驚かせて悪かった。どこか痛むか?」

 

「いっ、いえ!大丈夫です」

 

 視線を眼下から隣に座るナギサへと戻す。未だに顔が真っ赤で翼が忙しなく動いている事を除いては、確かに変わりなかった。

 しかし、流石は学園のトップに立つ者と言うべきか。ほどなくして動揺を収め、落ち着いた口調で訊ねてきた。

 

「あ、あの…それで、話とは…」

 

「なに。ただでさえ何かと気を揉む立場の姫君に、これ以上無用な心労は掛けまいと思ってなァ。」

 

 姫君、という言葉にまたもや赤面するも、小さく咳払いを一つして話の続きを促してきた。

 

「単刀直入に言おう。俺の左目が失明したこと、気づいたんだろ?」

 

「…セイアさん、ですか。」

 

「ああ。ただでさえエデン条約騒動の後始末で疲れてるのに、俺の事まで気にかけてて心身擦り減らしてるって心配してたぞ。」

 

「…なるほど。差し詰め、達也さんはセイアさんに私のことを頼まれ、気分転換の為に連れ出してくれた…という所でしょうか。」

 

「そうだ。ついでに、俺のことは気にするなって言う為でもあった。…ナギサ。俺は平気だ。だから、これ以上気にかけなくていい。俺のためにこれ以上思い悩まなくていい。お前が心身を擦り減らす姿を、見たくない。」

 

「……そう、ですか。私はまたしても多くの人に心配を…」

 

 そう言うと、ナギサは深く沈黙した。

 何度か口を開こうとしたが、その度に口をつぐんでは俯くのを繰り返す。そんな事を何度か繰り返す内、ようやく口を開いた。

 

「気にかけて下さり、ありがとうございます。しかし…心配が無用と言うのなら、これからも証明し続けて下さい。」

 

「どうすればいい?」

 

「一ヶ月に一度でいいので、私に会いに来て下さい。あなたが元気な姿を私に見せて下さい。」

 

「お安い御用だ。」

 

「風紀委員会の活動柄、傷が増えるのは目を瞑りますが、取り返しのつかない怪我はしないで下さい。…心配、しますので。」

 

「善処する。」

 

「それから…」

 

 そこで言葉を区切り、遠慮がちにこちらへ寄ってきたかと思うと、俺の肩に頭を預けた。

 

「少しだけ、このままでいさせてください。」

 

「ハハ、意外と遠慮しないな。」

 

「…その、殿方のご厚意を無下にするのは、淑女が廃るので。それに、ここはちょうどあらゆる場所から死角になるので。()()()()()も込みで、連れ出してくれたのでしょう?」

 

 そう言って、ナギサは広げた翼で俺の身体を覆った。

 肩に乗っかった彼女の横顔を見ると、既に気が抜けて年相応の少女の顔を見せていた。恐らく、数分も経たないうちに眠りに落ちるだろう。

 

「…私の

 

「ん?」

 

「…私の、騎士様…

 

 その言葉を聞いた瞬間、なぜか仁王立ちでこちらを睨む風紀委員の皆の姿が脳裏を走り、思わず身体が震えた。

 

「……寝てる、よな?」

 

「…」

 

 返事の代わりに、完全に力が抜けてこちらに身を預けてきた。

 翼で身体がある程度固定されているとは言え、途中で重心が崩れて眠りが妨げられるのも良くない。

 俺は彼女の華奢な腰にそっと手を添え、この疲れ切った天使の安眠を守ることに徹した。

 

 

 

 

□■□ 

 

 

 

 

 

 結局、彼女が目覚めるのに一時間近く掛かり、その頃には流石に俺の肩も痺れ尽くし使い物にならなくなっていた。

 肩が回復するまで、目覚めた彼女の愚痴に付き合っているとさらに一時間半が過ぎた。

 僅かな時間ではあったが、それでもナギサは十二分に気分転換と休息になったようで、見違えたように元気を取り戻していた。

 

 来た時と同じように、また彼女を抱えてテラスへと跳ぶと、ナギサお付きのティーパーティーの生徒にこっぴどく叱られた。

 ナギサのとりなしで何とかなったが、流石に唐突が過ぎたのは自覚しているので素直に反省。

 

「では、またのお越しをお待ちしております。約束、必ず守って下さいね。」

 

「ハハ、ああ。分かったよ。」

 

 

 

 そうしてテラスを後にした俺は、またもやサクラコの秘密通路に頼り、人気のない校舎裏へと辿り着いていた。

 目の前には、トリニティ学園内にしては手があまり行き届いていない、雑草が茂った道が伸びていた。遠くを見渡すと、ちょっとした公園のような広場も見受けられる。

 

「この先を行けば、迎えの車が待機しております。」

 

「大変世話になった。ありがとう、サクラコ。」

 

「いえ。あなたにはシスターフッドの生徒を助けられた恩がありますので。それと、機会があれば教会にも立ち寄ってくださいな。いつでも歓迎しますよ。」

 

「ああ、是非。」

 

 そうしてここまで世話になったサクラコに別れを告げ、俺は寂れた一本道を黙々と進んでいった。

 

 ゲヘナではここまでの緑はお目にかかれず、かつ一人で人気のない道を通れば間違いなく不良に絡まれるので、誰にも邪魔されない散歩というのは意外と少ない経験だったりする。

 自然と足取りも軽くなり、周囲の景色を楽しむ余裕も出てきた。故に、気づく。雑草が生え散らかしていた道が、目の前を境にぺんぺん草一本生えていない整備された道へと変わっていた事に。

 

 僅かに違和感を覚えたのも束の間、次に入ってきた情報は声であった。

 

「あ〜、もう!腰痛いし、爪泥だらけ…」

 

 声のする方を見れば、桃色の髪の生徒がグラウンドの隅にしゃがみ込んで手を動かしているのが見えた。

 あれは…草むしり?

 トリニティのお嬢様がする事とは到底思えない地道な作業。しかし、彼女の着ている服は紛れもなくトリニティの体操服。

 

(こんなところで、何故だ?)

 

 幸い周囲に人影は無い。接触しても騒ぎになるような大事にはならないだろう。

 興味の赴くままに、土をかき出し雑草を抜く生徒の元へ足が向いた。

 

 

 

□■□

 

 

 

「んしょっ…と。ふぅ、これで半分終わりっ」

 

 引っこ抜いた雑草をゴミ袋に投げ入れ、手の甲で額の汗を拭う少女。その背後から十分な距離を開けて近づき、声をかけた。

 

「なぁ」

 

「うわぁあっ!?だ、誰!?」

 

 よほど疲れていたのか、話しかけるまでこちらの気配に一切気づかなかった模様。

 目を見開いてこちらを振り向き、後ろへ下がって身構えられてしまった。

 

「おっと、悪い悪い。驚かせるつもりは無かったんだが…」

 

 それ以上踏み込まずにその場に留まっていると、平静を取り戻した少女がこちらを観察し出した。

 

「……え、男の子?それに、ゲヘナの制服…ひょっとして、君がナギちゃんの騎士君?」

 

「騎士…あー、セイアがそんなこと言ってたな。」

 

「セイアちゃんと知り合い…やっぱり、君がそうなんだね。」

 

 少女は納得したように頷いた。一瞬、瞳の奥に複雑な感情が渦巻くのが見て取れたが、それが何なのかを把握する前にかき消えた。

 

「えーっと…名前は?」

 

「あれ?私のこと知らない?…ああ、いつもは髪下ろしてるからね。ちょっと分かりにくかったかな。」

 

 そう言って少女は、お団子に纏めていた髪を解いた。解放された髪は風に靡き、思わず見惚れるほど美しかった。

 風に乗って暴れる髪を、顔を振って後ろへ流す仕草一つにさえも気品があり、小さく心臓が跳ねるくらいには色香を感じた。

 

「じゃじゃーん!もう分かったかな?…私は聖園ミカ。()ティーパーティーで、パテル分派の…ってこれはいいかな。んーっ」

 

 ミカ、と名乗った少女は組んだ手を天に向かって伸ばし、大きく伸びをした。ただ立ち尽くし、その姿を見るだけだった俺を少女は下から覗き込んできた。

 

「初対面だけど。私いっぱい、いーっぱいあなたとお話ししたいなっ。」

 

 年相応のあどけなさを残した笑顔で、天使は微笑んだ。

 

 





今更感ありますが、一応。他に何か乗っけたほうがいいですかね?

【石切のプロフィール】
本名:石切(いしぎり) 達也
年齢:18歳
学年:3年生
役職:無し(切り込み隊長)

主な武器:刀
刀の名は『不退(ふたい)』。本人曰く、外から流れついた物を使い続けている。その気になれば戦車を豆腐のように斬れるそう(本人談)。多分石切の神秘が宿っている。

ちなみに、キヴォトスにおいて殺傷能力で言えば刃物>銃である。石切が刀を振るってもスプラッターな光景が広がらないのは、ひとえに彼が神秘と力を加減をしているからである。
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