ゲヘナ学園所属の男子生徒がいろんな生徒に重い矢印向けられていく話 作:コウハクまんじゅう
「大体よォ、なんで一分の遅刻程度でガミガミ言われなきゃならねえんだ。」
「まぁ!では石切さんは秩序を保つ風紀委員会に所属する身でありながら、『遅刻をする』という不義不正を働いた上、何の釈明もなく、あろうことか開き直って悪事を正当化すると!ヒナ委員長。恐れ多いですが、こんな男風紀委員会に相応しくないと思います。今!すぐにでも!追い出─」
「アコ、黙って。」
「……失礼しました。」
さきほどまでの饒舌ぶりはどこへやら。ヒナの一言であっさり押し黙ったアコは俺の前から退き、すごすごとヒナの隣へ戻った。
「…おい、マジかよ」
アコが立ちはだかっていて見えなかったが、ヒナの座る机にはどう見積もっても高さ1メートルはあろう書類の束で山脈が築かれていた。
「ようこそ、風紀委員会へ。」
書類の要塞に鎮座するヒナはテーブルから顔を上げこちらを向いた。慌てて俺も軽い会釈と「よろしく」と言葉少なく挨拶を返す。
「まさか、ほんとに来るなんて…」
「はぁ〜〜〜…せめてこれ以上面倒事を増やさないで欲しいですね…」
イオリにアコ、聞こえてるぞお前ら。
ヒナの耳にも届いているはずだが、あえて聞こえない体を装っているのだろうか。拾ったところで話が滞るだけだが。
「自己紹介…はしなくてもいいかしら。」
「お互いよく見知ってるからな。強いて言うなら、そこの眼鏡子ちゃんとはあんま面識ないな。」
「はい。1年の
しっかりと姿勢を正して自己紹介をするその姿から、生真面目で優等生然とした印象を受ける。つられてこちらの背筋も伸び、改めて腰を折り曲げた。
「来て貰って早々悪いんだけれど、しばらくは立て込むから歓迎会含めた諸々は先になると思う。調印式の日も近いし、今ゴタつくのは避けたい。」
「調印式?…あぁ、エデン条約とかいうやつか。確かトリニティと結ぶやつだっか?『これからはお互い仲良くしましょう』って不可侵条約。……ああ、そうか。俺も風紀入ったから多かれ少なかれ関わることになるのか」
「それどころか、風紀委員会は形式上ゲヘナの生徒会である万魔殿の傘下組織かつ治安維持組織ですから、当日は風紀委員の大半が現場に駆り出されることになるかと…」
「…俺も例外じゃないってことか。」
それはつまり、トリニティに俺の存在が知れ渡るということ。当日俺が何をやらされるかにもよるだろうが、帯刀した男子生徒とか異端の塊過ぎて警戒されるだろう。
「もし正義実現委員会やティーパーティーに目をつけられたらどうするんだ?男子生徒なんてキヴォトス全体を見渡しても石切くらいしかいないぞ。」
「風紀委員に限ってだけど、当日の配置は私の方で決められるからそんなに心配しなくても大丈夫。目下の問題は騒ぎを起こす連中の方。石切にはそっちの対処に当たってほしい。」
書類仕事は苦手でしょ?と付け加えられたのは癪だが、事実なので黙って頷くしか無かった。まぁ、戦うだけでいいならこんなに楽な仕事も無い。
「それと、石切もいい加減に銃を…と思っていたけれど。なんだ、ちゃんと用意していたのね」
「ああ。知り合いから譲り受けてな。」
そう。今、俺の腰には一丁のウィンチェスターライフルがオーダーメイドのホルスターに収まっている。同時に、ベルトには3つの弾薬盒がついている。これも自分で買い揃えた。
「それ、西部劇とかでしか見ないヤツじゃん。もうここらへんじゃ生産止まってるんじゃなかった?」
「ふふふ、今どき刀を振り回す時代錯誤な男にピッタリの銃ですね。」
「お前の拳銃だってすぐ故障するやつじゃねぇか。神経質なところがそっくりだぜ」
「なんですって!?」
アコがキレるのを遮って、電話が入った。近くにいたチナツが対応すると、すぐに表情が引き締まった。
「27-11区域にて温泉開発部が大規模な破壊活動をしているとの通報が。」
「はぁ、また温泉開発部か…こんな朝っぱらからよくやるもんだ。」
ガチャリ、と気怠げな装填音が響く。どうやらイオリが向かうようだ。
「ちょうどいいわ。早速だけど、石切もイオリについて行ってくれる?イオリ、石切に風紀委員のイロハを教えてあげて。石切は習うより慣れろ派だから」
「え、ええっ!?ちょ、何で私が─」
「だとよイオリ。さっさと行くぞ。」
ホルスターからするりと銃を引き抜き、ガチリ、とレバーを引いて弾を込める。
「なっ、待て!キャリアで言ったら私のほうが先輩なんだぞ!」
慌てて後ろからついてくる慌ただしい足音を聞きながら、俺は風紀委員会の執務室を後にした。
こうして、風紀委員としての俺の日常が始まったのである。
─そして、時は流れて一週間後。
「では、定例会を始めます。」
「ええ、お願い。」
風紀委員会の執務室にて、ヒナは書類を処理しながらアコの報告に耳を傾けていた。
「まず、27-11区域にて暴れ回っていた温泉開発部ですが、駆け付けたイオリと石切さんが早急に制圧し、被害は最小限に抑えられたそうです。とは言っても、直径2.2m、深さ3mの穴が道路に開きましたが…」
「そこら辺の処理は万魔殿に投げればいいわ、次。」
「はい、では次─」
執務室には暫時、アコ行政官が報告する声とヒナ委員長が報告を捌く事務的な会話が続いた。その間も書類を処理する手は止めず、紙が擦れ鉛筆が躍る小気味よい音が室内を彩った。
「─…以上になります。」
「思った通り、石切が入ってからかなり減ってるわね。期待通りの成果だわ。」
「…はい。仰る通り、石切さんが入ってからというもの、暴動事件は減少傾向にあり、既に報告したように今週に至っては3件のみでした。その内訳も2件は温泉開発部、1件は美食研究会となっており、その他の勢力はほぼ鳴りを潜めています。」
「この減少傾向の背景には、石切さんの実力がゲヘナ中に認知され始めているのと、万魔殿の生徒が発行している『週間万魔殿』や『万魔殿新聞』に石切さんが風紀委員になった事が取り上げられているのもあるかと。」
ただ、と急に歯切れが悪くなったアコの様子に、書類を捌く手を止めて訊ねる。
「…続けて。」
「はい…その、石切さんの戦闘スタイルはかなり粗暴で、銃の部品が頻繁に破損・故障しているそうです。それだけならまだいいのですが、破損した部品の修理費を『必要経費』と称して風紀委員会の予算から勝手に払っているそうです。」
「予算から!?ただでさえうちは予算がカツカツなのに、そんなことしたら─」
「はい。私も彼にそう叱責したのですが、そうしたら『予算の権限を握ってるのは万魔殿だったな?』と…」
「…まさか。」
「はい、そのまさかです。彼は万魔殿に乗り込み、『風紀委員会の予算を上げろ』と…」
そこまで報告するとアコは、バインダーから一枚の書類を引き抜いてヒナの前に置いた。
どうやらそれは予算追加に関する書類のようだった。そこには、今年一年は何不自由なく業務・訓練を行える程の金額が掲示されていた。万魔殿の印鑑もきっちり押されており、これが悪趣味なデタラメや嫌がらせでないことをありありと証明していた。
「…これを、石切が?」
「彼が乗り込んだ後にヤケクソ気味に送られてきたので間違いないでしょう。」
「………」
空崎ヒナは絶句した。
風紀委員会と犬猿の仲にあり、頑なにこちらの予算案を蹴り続けてきたあの万魔殿が向こうからあっさり予算を寄越したという事実と、石切の狂犬っぷりに。
一体何をしたらこんなことができるのだろうか?自分でさえ案を修正させるくらいしかできた試しはなかったというのに。
「…私見で恐縮ですが、万魔殿がどうなろうと知った事ではありません。が、しかし…本当に彼を風紀委員会に置いておくのですか?」
「…彼には私から話しておくわ。もともと私が引き入れたのだし、彼の責任は私の責任でもある。…腐っても、彼もゲヘナ生だっただけのことよ」
「…承知しました」
アコが報告を終えると、執務室は再び書類を処理する無機質な音が支配した。
□■□
「むぐ…むぐ…うん。っぱ昼飯は焼きそばパンだな」
俺は現在、いつも陣取っている屋上の休憩スペースにて昼飯の焼きそばパンを頬張っていた。
風紀委員会に入ってからというもの、毎日不良をボコる日々だ。しかし最近はかなり減っているように思う。今では温泉開発部と美食研究会以外の不良を相手にした記憶が無い。
強いて言うなら、この間乗り込んだ万魔殿くらいだろうか。
「銃ぶっ放して刀振り回すのァ好きだが、そのうちヒナに勉強教えてもらわなきゃあな。そのために風紀入ったんだし。」
とは言ってもテストはまだ先だ。エデン条約とやらの締結後も時間はある。今はひたすら不良をボコって内政安定に努めるだけだ。
「あ、石切先輩。」
「ん?あー、イロハか。」
いつものように気怠げな目と雰囲気を醸し出し、ホットドッグを片手にこちらへ歩み寄って来る。
「隣、失礼します」
スカートに皺が立たないよう淑やかに腰掛ける様子から、やはり女子高校生なのだなと感じる。しかしなぜか、こちらへ身を寄せて密着する形になった。
「!?な、何で寄せてくるんだ?スペースはあるだろう」
「嫌ですか?」
「嫌、ではないが…」
「では、このままで。」
小さく口を開き、ホットドッグの先端に齧りついた。固い表面の皮が割れる音が心地良い。
参ったな、俺は女子に特別耐性があるわけじゃない。ヒナに腕を掴まれた時は恐怖で気が紛れていただけで。今だって、女子特有の柔らかい身体の感触と甘い匂いに割と動悸が止まらん。
「聞きましたよ、万魔殿の議事堂に乗り込んだって。私はその時いませんでしたが。」
「なァに、ちょっとお前らの議長様へ交渉に上がっただけだ。なぜかビビり倒していたがな。」
「知り合いが所属している組織のリーダーに恐喝なんてよくできますね…一体どうやって脅したんですか?あれ以降、石切先輩の話を出しただけでマコト先輩が青くなって『ヤツの話はするな!』と慌てるのですが。」
見ていて面白いので構いませんが、とつけ足して咀嚼したホットドッグを嚥下した。
うーむ、咀嚼したホットドッグが喉を通る音さえも魅力的に感じてしまう…
俺は動揺を悟られぬように、平常であるのを装った。
「人聞き悪い事言うなよ、イロハ。ちょっと『お話』しただけだからよ。心配せずとも、イブキにはプリンをやって遠くに行かせたから何も聞かせちゃいねーよ。」
「その配慮はありがたいですけどね…ふぁあ…なんだか眠くなってきました。」
目尻に小さい雫を溜めたイロハは小さくあくびをしたあと、俺の肩に首を預けた。
「先輩、肩借ります…」
「な!?お、おいイロハ─」
俺が焦るのも構わず、イロハは目を閉じて俺の肩に身を預けきってしまった。
その時、後ろから後ずさる音が耳に入った。
見られたという事実を認識する前に反射的に振り返ると、そこには瞳をキラキラさせたチアキがカメラを構えていた。
「ねっ、熱愛現場確保ーッ!!!」
ここぞとばかりに騒ぎ立てられ、慌ててその場を離れようとするが、眠っているはずのイロハに腕を拘束され、耳元でこう囁かれた。
「…実は、ここに来た理由はお昼を先輩と食べる以外にもう一つあったんです。マコト先輩から『何か仕返しして来い』と仰せつかっていたので、こうして意趣返しに来ました。」
「え゛っ」
風紀委員会と万魔殿が犬猿の仲なのは周知の事実だ。そんな両組織の幹部がひっそり会っていると周りに知られれば、どうなるかは火を見るよりも明らかだった。
しかも風紀の男幹部と万魔殿の女幹部という性別の違いがあるのもよくない。周りから見れば、俺は恋人可愛さに風紀委員会の内部情報を流す邪な男…と見えなくもない。
周囲にはチアキのバカ騒ぎによって早くも野次馬が現れ始め、皆一様にこちらの様子を伺い、ヒソヒソと噂話をしている。
まさかここに来て風紀委員会という立場が自分の首を絞めるとは…
「では、また。」
べったりと俺にしなだれかかっていたイロハは別れを告げると、愛用している手帳で顔を隠しながら足早にその場を立ち去った。
「イ、イロハちゃん?打ち合わせよりもかなり過激になってない?あれ、イロハちゃん顔が赤─」
「うるさいですよ」
「お、おいイロハ!イロハァー!!」
なお、この時イロハの名を叫んでしまったせいで余計に誤解を招き、更に万魔殿へ襲撃した件と予算を横領した件も合わせてヒナからこってり絞られ、アコからはたっぷりと嫌味を言われた。
ちなみに、石切の戦闘スタイルがどういう風に粗暴か例を挙げると『ウィンチェスターライフルをブーメランのように投げる・バットのように振るう』、『相手の銃を刀で真っ二つにする』、『敵のを盾にして敵陣へ突っ込む』などなど。
やはり腐ってもゲヘナですね。
ライフルと刀振り回して特攻してくる化け物が風紀委員会に入ったらそりゃ事件発生率もダダ下がりになるはずです