ゲヘナ学園所属の男子生徒がいろんな生徒に重い矢印向けられていく話 作:コウハクまんじゅう
珍しく、敬語多めな石切です。
石切、ミレニアムへ往く
時刻は朝の9時。
窓からは昇ったばかりの朝日が差し込み、室内を暖かく包みこんでいる。辺りを見渡せば、資料が詰め込まれたダンボールが床にいくつか放られていたり、テーブルには俺が入る前の風紀委員会を想起させる書類の山脈が築かれていた。
ここはシャーレのオフィス。
今日、俺は当番兼近況報告のためにシャーレへ来ていた。しかし、書類仕事などヒナとアコに丸投げしていた俺に作業を進められるわけもなく。早々にペンを放り出し、深く椅子に寄りかかって呟いた。
「あ〜〜刀振り回してぇ〜」
そうは言いながらも、ここに来る途中に絡んできた不良をしばいてきたばっかりなのだが。
“い、いきなり物騒だね…私としてはなるべく無茶して欲しくないし、無用な怪我人を出して欲しくもないなぁ”
そんな俺の言葉に苦笑する、1人の大人の女性。滑らかな光を帯びた黒い長髪が肩にかかり、余った髪は後ろに流している。香水をつけているのかバニラの甘い匂いがほのかに漂ってきた。
身にまとっている黒いスーツには皺一つなく、襟もきっちりと折り曲げられていた。ただ、少し暑いのか、中に着ている白いシャツは第二ボタンまで外されていた。
なまじ他の身だしなみが整っているため、崩れた胸元に目線がどうしても行ってしまう。
シャーレのビルは空調設備が整っているためそこまで暑くなるような空間ではないはずなのだが…眼福なので深くは気にしない。
「前者はともかく、いくら俺でも後者はしないすよ。斬っていいやつならズバッと行きますが。…あーあ、俺もアリウスで暴れたかったなァ。ベアトリーチェとかいうやつが元凶だったんでしょう?そいつ斬れてりゃいくらか満足したかもしれねェのに…」
“うーん…うん。まぁ、色々と拗れた原因ではあるね。悪人には違いないよ。だけど達也が来ると風紀の子も来ちゃうから…それはちょっとまずいかも”
「そうですかね?…あー、なんかそんな気ィします。」
アリウスがどこにあってどんな建物が建っているのかミリも知らないが、なぜだか燃え盛る廃墟ごと全てを焼き払う風紀委員会の姿が想像できた。
“あ、そう言えば。アリウスで思い出したんだけど、アツコ達と会ったんだって?”
「え゛…ど、どこでそれを??」
“アツコ達から聞いたよ。ご飯作ってあげたり、泊めてあげたり…色々と助けたみたいだね。それに、アツコ達を赦したとも聞いてるよ。”
「あぁ、全部聞いて─」
その時、脳裏によぎったのはあの日の夜のこと。
アツコが健気にも俺の気持ちのぶつける先になろうと身を差し出してきた、あの夜のことだ。アツコに限って俺の不利になるような事は言うまいが、それでも焦らずにはいられなかった。
「先生、アツコは俺に関して何か言ってましたか」
“いや?ただ、ミサキとヒヨリ共々『また会いたい。』って言ってたよ。”
「あ、ああ…そうでしたか。」
“うん。……流石に『一生を捧げる』は言えないよね…”
どこか気まずそうな様子で顔をそっぽに向ける先生をよそに、俺はひとまず胸をなで下ろした。
“風紀委員会の皆も元気?”
「まぁ…はい。この前『何でもする』って言ったばっかりに大変なことになりましたけど…」
“えっ”
「ヒナに丸一日つきっきりになったり、遅くまでチナツの仕事に付き合って
そこで、俺は先生の唖然とした表情に気づいた。
しまった、バカ正直に話すべきではなかったか、と自身の落ち度を嘆く間も惜しんで、弁明。
「もっ、もちろんいずれも一線は越えませんでしたァ!!」
“あっ、うん。…ごめんね、ちょっと…驚いただけ。達也なら一線は守るだろうし、大丈夫だって思ってる。私も似たような経験したし。”
「はは、そこまで信頼…えっ」
“ところで…イオリは??”
ずずい、と先生がこちらへ身を乗り出してきた。大人特有の成熟して整った顔、女性特有の甘い芳香とそれに華を添えるバニラの香水。それらが一挙に五感を刺激し、思わずたちくらむ。
何か気になる事を言っていた気がするのだが…なんだったか。
“イオリには?何をしてあげたの??”
「ず、随分食いつきますね…荷物持ちとして買い物についてっただけっす。」
“ほうほう、それで?”
「それで、って…ああ、そうだそうだ。特大パフェが食べたいけどカップル専用だってんで、彼氏のフリを頼まれましたね。あのパフェ美味かったなァ…」
“─…そっかぁ。達也モテモテだねぇ〜。青春を謳歌しているようで何よりだよ。”
あはは、と先生は笑ってデスクの向こうへ身体を引っ込めた。その横顔は、郷愁に浸っているにしてはどこか影があるような気がしてならなかった。一体何があったのかと思うも、何も手がかりがないためすぐさま思考を投げた。
“達也、ハーレムじゃん。ヒュー、男の夢!よっ伊達男!”
「えっ、風紀委員の皆とすかァ?いやー、そりゃねェっす。ハッハッハ。」
“あはは、そっかそ…は?”
またもや先生の目が驚愕に見開かれた。こころなしかその表情からは陰りが消えているように見える。
“え、えーっと…達也は風紀委員の皆の事どう思ってるの?”
「?大切な仲間です。」
“………そっかぁ”
力の抜けた声を発し、先生は脱力した。そしてその声色は…たぶん安堵か?なぜ??
“でも、多少なり恋愛感情とか…男の子の本能は起こったりしないの?”
「しないと言えば嘘ですが…それはそれとして彼女達は大切な存在なので。さっさとねじ伏せてます。」
“あ、感じてるには感じてるのね。安心した…っとと。モモトークだ。ちょっと待っててね。”
そういってスマホを操作する先生。その間、俺は投げていた書類仕事を渋々再開した。先生と話して気が紛れたのが功を奏し、先ほどよりかは進みがよくなった。
しかし、すぐさま難しい書類に当たり、再び萎えてペンを置いた。どうにも、事務作業は俺に合わないようだ。
「あ〜〜…書類なんざクソ喰らえだ…」
頭を掻きむしっていると、スマホから顔を上げた先生が口を挟んできた。
“ねぇ、達也。書類仕事が合わないなら、他の業務を手伝ってくれない?”
「他…ですか?ひょっとして、今連絡来たそれですか?」
“うん。書類仕事よりかは楽しいし、刺激的で達也にも合うんじゃないかな?”
「……おお?」
そこまで言われると、俺の好奇心も大分首をもたげ、早く続きを聞かせろとせがんでくる。心の声の赴くままに、俺は先生に訊ねた。
「んでェ、業務の内容はなんですか?」
先生は一つ頷くと、何か企みを思いついた子どものような笑みを浮かべた。
“今から、ミレニアムサイエンススクールへ行ってある部活動の手伝いをします。”
「おおお…」
ミレニアム。
確か、キヴォトスの頭脳だったか、キヴォトス最先端の技術を持つだったか、詳しくは忘れたがそういう風に謳われている学園だったか。
たびたび耳にこそすれ、未だ見たことも行ったこともない未知の学園。そこに、行くと。しかしどこの部活動の手伝いをするのだろうか。俺は緊張さえしながら言葉を紡いだ。
「ミレニアムの、何つう部活ですか?」
“ゲーム開発部。”
「行きます。」
こうして、俺は未知の学園へ行ける期待と『ゲーム』に魅了され、二つ返事で引き受けるのだった。
□■□
そうして俺が提案に乗ってからは早かった。
関係各所へ連絡を入れ、電車に飛び乗り、怒涛の勢いで俺はミレニアム自治区へと連れてこられた。
ミレニアムは、時々耳に挟む噂に違わぬ近未来的な姿をしていた。見上げるほどの高層ビルに、徹底的に管理・整備されぺんぺん草一本すら生えていない道路。
ゲヘナやトリニティでは決して見ることはないであろう、『美』を排除し合理性をひたすら追い求めたような構造物の数々に俺は圧倒されていた。
「こりゃあ…すげぇ…」
“ほら、おいで”
「えっ、ああ、はい…」
先生に呼びかけられ、袋に包んだ刀を無意識の内に握りしめながら借りてきた猫のように大人しく後ろをついていく。
校門を抜けると、どこか冷たく無機質にさえ感じた街並みから一変した。みずみずしい芝生にカスタード色の舗装された道と目に優しい光景が出迎える。
その道を慣れた様子で進んでいく先生の後ろを離されないようについていく。
“ふふ、達也でも緊張とかするんだ。”
「俺だって無敵ではないっすから…強いですけど。」
“自分で言うんだ…”
そんな軽い冗談を言い合いながら進んでいくと、恐らくは校舎であろう巨大なビルに入っていった。
普通の学校で言うところの昇降口に相当するその空間は、もはや博物館や大企業のロビーと言って差し支えないほど巨大であった。
一階…つまり俺達が立っているフロアへと伸びているエスカレーターのうち一つに乗り、俺達は2階へ上がった。
“もう少しだよ”
「あ…はい」
通学ラッシュの時間帯は過ぎているのか、生徒の数はまばらであった。そのかわりに、辺りには警備用や輸送用のドローンが無数に往来しており、小型プロペラが回転する音が常に響き渡っていた。
まぁ何はともあれ、生徒に捕まることなくスムーズに件のゲーム開発部の部室へと辿り着くことが出来た。
“ここだよ。”
「…何かァ、バタついてませんか?」
そう。着いたは良いのだが、ドアの向こうからは大いに焦っている声と何かをひっくり返すような音が絶えず廊下に漏れ響いていた。
“あー、達也が来るって伝えたから多分それかも。”
「なんて伝えたんですか?」
“『ゲヘナの男の子も来るから、よろしくね』って。”
「…無難な伝え方ですが、男の少ないキヴォトスじゃこうもなるかァ…これ、ほんとに俺来てよかったんですか?」
“歓迎するって言ってたし、大丈夫だよ。”
「は、はァ…ま、ここまで来たらなるようになれか。」
うん、と頷くと先生は『ゲーム開発部』と書かれた看板がかかったドアを軽くノックした。
“こんにちはー。入って大丈夫そう?”
『あっ、あわわわわ先生来ちゃったよ!?』
『おっ、お姉ちゃん落ち着いて!…アリスちゃん、部屋の片付けお願い。私は先生の対応してくるから…!』
『わかりました!』
そんなやり取りが中から聞こえた後、ドタドタと走る音がドアの前で止まる。
俺は彼女たちを驚かせないように先生の影に隠れ、握っていた刀を肩に掛け直した。
少しの間が置かれた後、ドアが僅かに開いた。隙間から顔を出したのは金色の短髪から緑に発光するメカニックな猫耳を生やした少女であった。
「こ、こんにちは、先生。お忙しい中ありがとうございます。」
“ミドリ。”
ミドリ、と呼ばれた緑猫耳少女は何かを探すように辺りをキョロキョロと見渡した。
「あの…それで、先生。当番生の人が一緒だと聞いたのですが…」
“うん。紹介するね。”
そう言って先生はこちらを振り返った。それに合わせて先生の影から出た俺は、少女の目の前にゆっくりと進み出る。
“彼は石切達也くん。ゲヘナの3年生で、今日のシャーレの当番生。業務を手伝ってもらうために連れてきたんだ。”
「改めて…石切達也だ。よろしくな。呼び方はァ…ま、好きにするといいさ。」
軽く片手を上げて名乗ってみると、緑猫耳少女はビクリと身体を震わせ、恐る恐る俺の顔を見上げた。
「わ、わぁ…男子生徒…本当にいたんだ」
物珍しそうに目を見開いてこちらを見つめ、その頬には僅かながら朱が差した。
「あー、まぁ、なんだ。ここまで来ちまってなんだが、もしダメそうなら外で…」
「ッい、いえ!大丈夫です。さあ、中へどうぞ。先生も」
「ちょっ、ミドリ!?まだちょっと大丈夫じゃないかも!」
「うわーん!収納スペースが小さすぎて収まりません!ユズのロッカーも限界です!」
部屋の中から悲鳴にも似た叫び声が轟いた。
「あー…はは、んじゃあ、そうだなァ…先生お先どうぞ」
せめてもの配慮に、同じ女性である先生を先に中へ入れることにした。それを察してか、先生も苦笑いしながら頷いた。
“あはは…うん。じゃあ、先に入るね。”
そう言って、ドアの隙間に身体を差し込んで室内へと入っていった。
「えっと、それじゃあ達也さんも…」
「あー…少し時間を置いてから入るわ。もー少し周りを見物してェ。こんな機会もないしな。な?」
有無を言わさせないために、先手を取って言葉を被せ、とどめに軽く頭を撫でた。
「う、あ、あぅ、あぅう…わ、わかり、ましたぁっ」
目論見通り、処理落ちした緑猫耳少女…ミドリは湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして部屋へ引っ込んでいった。
「………ふぅ。」
一息ついた俺は、中から聞こえる慌ただしい声に先生が混ざった事を確認して小さく笑みがこぼれた。
「…多分、これが先生達にとっての日常、なんだろなァ。」
ただただ、そう思う。面白そうという理由で来てしまったが、本来は俺がいるべきではないように感じる。
─そして、さっきからこっちをずっと監視している、趣味の悪い第三者も。
「……」
廊下を往来する、数台のドローン。そのうちの一つに視線をくれてやる。
『─…』
明らかに他のプログラミングされたドローンとは動きが違う、異彩を放つそれ。
姿形は同じ。されど動きは知性を感じる。そしてここは最先端技術が集う理系鬼強学園と来た。と、なると。
「…ハッキング、か?多分生徒会の関係者か…いや、ならこんな回りくどいことはしないはず。んー…ミレニアム内でも独立した…もしくは後ろ暗い組織、なのかァ?」
いずれにせよ、いくら俺が異物といえど監視されるのは気分が良くない。少しおどかしてやるか。
「…。」
『ッ!?』
いたずらが成功した子どものような妙な達成感と優越感に浸り、満足して部屋へと入った。
しかしこの時、石切は見落としていた。
ドローンをハッキングして動向を見ていたのは、一人だけではなかったことを。
それは、廊下の窓の外から、気配を気取られぬように石切を補足していた。
『……』
丸みを帯びたそのドローンは、淡々と目の前に映る情報を遠くにいる何者かに送り続けていた。
そのドローンには、『AMAS』の文字があった。