ゲヘナ学園所属の男子生徒がいろんな生徒に重い矢印向けられていく話 作:コウハクまんじゅう
「ん…」
体を包み込む柔らかな感触と鼻腔を抜ける消毒の匂い。前にも似たような経験したなと思いつつ目を開ける。
「知らない天井だ…」
ああそうだ、調印式の時だったなと振り返りつつ身を起こした。
「あ!勇者石切先輩が目を覚ましました!」
“おはよう、達也。調子はどう?”
「…っす…」
ぼやける視界。目をこすって強引にクリアにすると、目の前の景色が保健室のそれであるとわかった。
そしてベッドの傍らに先生とアリス。なんならソファにはゲーム片手に対戦に興じる才羽姉妹。
それらをなんとなく見ている内に急速に記憶が蘇ってきた。
「ああ、そうか。でっかい胸に埋もれて死んだんだったな。じゃあもっかい寝るのも誤差か」
“死んでないからね?”
「アリス聞いたことあります!男の人は最期に見る景色はデカパイがいいと口を揃えて言う生き物だと!」
「デカパイとか言わないのアリスちゃん!というか誰から聞いたの!」
「モモイが言っていました」
「お〜姉〜ちゃ〜ん?」
俺が起きたことで、ゲームをやめてこちらへ寄った才羽姉妹。
流石にここまで騒がれては生きていると確信を持たざるを得ないので、布団に潜りかけた身を再び引っ張り出した。
「えーと、先生。マジで何があったんですか?突然出てきたでっけぇ子に絞め落とされたところまでしか覚えてないっす」
「石切先輩はアスナ先輩に抱き潰された後、先生がおんぶして保健室まで運びました!」
“合ってるけど誤解を招く表現はやめようね、アリス。”
「そうだったか…助かりました。ありがとうございます。」
“達也に大事無くてよかったよ。ネルにもね。”
そう言ってにっこりと微笑む先生。
俺はふと気になることが思い浮かび、横のアリスに耳打ちする。
「…ちなみに、決着はついて…」
「ません!」
「そうか…なら、まぁいいか。」
「アリス、本当に驚きました!まさかチビゴジラ先輩と渡り合ってしまうとは…今日から先輩も勇者です!」
「ハハ、あんがとな」
ところで、とアリスは俺の左目へ視線を向けた。
「帽子で隠れていた左目には眼帯が巻かれていたのですね。」
「ああ、まぁな。ちょっとした怪我だ。大したもんじゃねぇから気にすんな。」
「そうなのですか?アリスはてっきり中二病なのかと思いました!」
「こやつめィ、ハハハ」
“アリス。人には事情があるから見た目に関してとやかく言っちゃだめだよ。”
「はい!」
「良い子だァ」
素直に頷くアリスの頭を撫でていると、ミレニアムを訪れた本来の目的を思い出した。
「ゲーム開発の方は順調か?」
「それが、いいアイデアが閃かなくって中々難航してるんだー。」
「そこで、ヴェリタスが面白いものを見つけたらしくて、それを見に行こうって話になりました。」
「ヴェリタス?」
「簡単に言えば、ミレニアムでも指折りの天才が集まっているホワイトハッカー集団です。」
「ハッカー…」
ミドリの補足を聞きいて理解するのと同時に、一つの疑念が浮かび上がってきた。
思い起こされるのはゲーム開発部の部室へ入ろうとした時。俺はハッキングされているであろうドローンに監視されていた。
まだ確定したわけではないが、関連付けて考えずにはいられなかった。そこで。
「…先生も行くんで?」
“うん、そうだね。今日はゲーム開発部を手伝いに来たわけだし。”
「ほんじゃ、俺も行きます。俺もシャーレの当番生として来てるわけですし、なんなら業務をまだ果たしていないので。」
“来てもいいけど…体調は大丈夫?無理してない?”
「はい。もう平気っす。」
確かめたいこともあるしな、とは言えないので胸の内に秘めておく。
ベッドから身を降ろし、銃はホルスターへ、袋に包まれた刀は紐を肩にかけて背中へ背負った。
そうして、医務室の職員に礼を告げ、ゲーム開発部についていく形でヴェリタスの部室へと移動するのだった
□■□
歩けば意外とかかるもので、ヴェリタスの部室に到着するのには数十分を要した。疲労からの解放感か、モモイが真っ先にドアを叩いた。
「マキー!入るよー!」
「はーい!どうぞー!」
中から快活な少女の声が返ると、モモイは躊躇いなくドアを開いて中へ突っ込んだ。その後に続き、ゲーム開発部のメンバーはぞろぞろと部室内へ入り、ヴェリタスの部員と言葉を交わすのが聞こえてきた。
俺も先生の後ろについてそっと部室へ入り込む。
部室内にはPCモニターがずらっと並んでおり、難解な数式やグラフが絶え間なく流れていた。
常に排熱音が空間を満たし、液晶の光が薄暗い部屋をほのかに照らし出す光景は、思い描いていたハッカーの部屋まんまだった。
「あー!こっち睨んでた男の子だ!」
「え??」
赤髪を団子ヘアーにまとめた少女に指をさされる。部室内の視線が一斉に集まった。
「え…え?どういうこと?」
「勇者からチンピラにジョブチェンジ…ということですか??」
「達也さん…?」
“えーっと、どういうこと…?”
「いや、え、ちょっ、俺何もしてない…」
そこで俺は、急速に頭の中で情報が整理されていった。結果、この赤髪の少女こそが、ドローンでこちらを監視していた犯人だと理解した。
「……ドローンで見てたのって、お前か?」
「そうだよー!」
「ああ、マキが悲鳴を上げてひっくり返ったときの…」
「ごめんね、マキも悪気があったわけじゃないの。すぐ面白そうなものに飛びついちゃうだけで。ほら、マキ。」
「うん…ごめんなさい。」
赤髪の少女は、銀髪の少女に促され素直に頭を下げた。特に他意は無く、純粋に興味を持ったから見ていただけのようだ。
「ん…まぁ、そういうことならいいさァ。ゲヘナの騒動に比べりゃかわいいもんだ。」
「ゲヘナはもっとすごいの?」
「ああ、すごいぞ。そうだな…例えば、ヒナがいないと知れ渡ったら、文字通り戦争が起きるぞ。ゲヘナ中の不良と風紀委員会との、な。」
「せ、戦争?」
急に話の雲行きが物騒な方向へ突き進み始め、少女は一筋冷や汗を流した。
「おう。ヒナがいるせいで暴れらんねぇ不良が一斉にはっちゃけるもんでなァ。」
「そ、そうなんだ…」
「ゲヘナの治安が悪い事は学園の垣根を超えて周知されていますが、現地民の言葉は重みが違いますね。」
「というか、風紀委員長がいるときでも結構治安悪いって聞いてるんだけど…それよりすごくなるの?」
「おう。そこかしこで爆発が起きまくるお祭り騒ぎだ。んで、これがヒナがいない間はずっと続く。あーあ…見てておもしろかったんだけどなァ…俺が風紀に入ってからはめっきり起こんなくなっちまった。」
寂しいぜ、と一人惜しんでいると、赤髪の少女が目をぱちくりとさせた。
「君、風紀委員会なの?」
「ああ。」
「ゲヘナの不良とドンパチ?」
「やってるぜ。」
「へ、へぇ、そうなんだ……なんか、睨みが怖かった理由分かったかも。」
「キレた副部長並みに怖かったですね。」
「潜った修羅場の数が違うのか…インドアな私達からはかけ離れた世界だね…」
「私、もう何があってもあの人には悪戯しない…」
引き攣った笑みを浮かべてコソコソと話すのを流し聞きながら、俺が風紀委員会に入ったためにもう見れなくなった景色に思いを馳せるのであった。
閑話休題。
事情を知らぬゲーム開発部と先生への説明と軽い自己紹介を終えると、本題へ入った。
銀髪の少女…ハレは、触手が生えた奇っ怪なロボットを持ってきた。このロボットこそが、ヴェリタスが見つけた面白いものらしい。
「んだァ、これ。エイリアンみたいな形してんな。」
「ね!深海魚みたい」
「急にホラー映画じゃん!…いや、達也の話あたりから全然怖かったけど…」
各々感想を述べながら、ロボットを遠巻きに見たり触ってみたりする。そんな中、アリスがロボットの一体にふらふらと近づいていくのが目に入った。
「アリス?」
俺の呼びかけに応えず、アリスは歩みを進めていく。
「これ、は……」
どこか虚ろな目でロボットに手をかざすアリスに、直感が警鐘を鳴らし始めた。
肩に背負った刀を身体の前に持っていき、袋の口を緩める。銃にも弾を込め、いつでも撃てるように準備を整えた。
「アリス。」
「アリスちゃん…?」
「ん?どしたの?」
アリスの異変に気づいたゲーム開発部の面々も近づいてくる。
「………起動開始。」
不穏な一言をきっかけに、今までうんともすんとも言わなかったロボット群に怪しい光が灯った。
瞬間、俺は袋から柄を引っ張り出し、鯉口を切って柄に手をかける。
先生とヴェリタスも流石に異変に気づき、混乱しながらもアリスへ視線が集まった。
「えっ?なになに!?」
「何か、様子が…」
“アリス?”
「……コードネーム『AL-1S』起動完了。」
皆の呼びかけにも応えず、アリスは機械のように淡々と起動プロセスを詠唱していく。
「プロトコルATRAHASISを実行します。」
その言葉とともに、アリスは身の丈をゆうに越えるレールガンを構えた。周囲のロボットもそれに呼応して一斉に武装を展開する。その向かう先は…
「アリス!?」
戸惑うモモイを意に介さず、レールガンは無慈悲に光を強めていく。
「チッ…!」
そして、レールガンから光が放たれようとした瞬間、思いっきりレールガンを斬り上げ、モモイから射線を外した。
天井に向かって放射された光は、部室の屋根ごと周囲の壁を吹き飛ばした。轟音が鼓膜を打ち、衝撃が身体をさらった。さきほどまでモニターが溢れた部室は、今や青空が覗く箱と化していた。
「無事か!?」
煙が晴れてくると、互いの位置関係があらわになる。ゲーム開発部、ヴェリタス、そして先生。衝撃波や瓦礫にぶつかった者こそいれど、重傷者はいなさそうだ。
「いたた…一体何が…」
「ロボットが、起動…アリスさんがレールガンを…」
“っ、達也!アリス!”
「俺ァ大丈夫です。それより、アリスをどうにかせにゃァ…」
「…有機体の生存反応を確認。」
無機質な声が響き、黒煙を裂いてまばゆい光が差し込んできた。
「…プロトコルを再実行をします。武装のリロードを開始。」
「アリスちゃん!?」
「アリス、どうしちゃったのさ!?」
「とにかく止めないと!」
そうして動き出そうとしたゲーム開発部の前に、あのロボットが立ち塞がった。そして銃口を向けると、冷徹に引き金を引いた。
無数のマズルフラッシュが点滅し、曳光弾が尾を引いてゲーム開発部の面々へと真っ直ぐ飛んでいく。慌てて回避しようとするも、瓦礫と煙に遮られてうまく身動きが取れない。
「ッ…!」
瞬間、俺はゲーム開発部の前に飛び出し、咄嗟に刀で受け止めた。
いくつかは刀で捌けたが、ほとんどの弾は俺の身体へ命中した。
「いてて…感触からして中口径ってとこか。ハッ、生憎、こういうのにァ慣れてるもんでな。レールガンよか怖くねぇ。」
“達也!”
焦る先生を片手を上げて制すると、刀を構え直した。
「達也っ…」
「達也さん…!」
不安そうにこちらを見つめるゲーム開発部へと振り返ると、ニッと笑ってみせる。
「怪我ァ、無ぇか?」
「っだ、大丈夫、です。達也さんが庇ってくれたので…」
「それより、達也は大丈夫なの!?」
「平気だ。…いいか、お前達はヴェリタスと協力して先生の指揮で戦え。いいな?」
「わ、わかった!」
「よし。先生!」
“オッケー任せて!やるよ、みんな!”
「……優先攻撃目標を変更。剣を持った男を先に排除します。」
「ハッ、こちとら不完全燃焼なんだ。手加減なんぞ期待すんじゃねぇぞ!」
先生の一声で、ヴェリタスとゲーム開発部は纏まり、俺達はアリスを止めるべく戦闘を開始した。
□■□
「ッらァ!」
白刃がロボットの機体にするりと入り込み、一刀のもとに両断する。瓦礫の奥からぞろぞろと来る増援を認めると、すぐさま散弾銃で蹴散らす。
ヴェリタスとゲーム開発部は先生の指揮によって見事な連携を見せ、ロボット軍団を圧倒している。しかし。
「もー!いつになったら倒し切るのさー!」
「エンドレスゲームは、得意じゃないんだけど…っ!」
「流石に、ちょっと疲れてきたかも…」
無尽蔵に湧いてくるロボット達相手に、疲れが見え始めていた。俺もまた、このロボット軍団に阻まれてあと少しのところでアリスへ攻撃が届かない。
そして、追い打ちをかけるようにアリスのレールガンに光が収束し始めてきた。
「まだ、撃てるの…?」
「もう限界かもです…」
「ハレ先輩!コタマ先輩!」
ここに来て、ついにヴェリタスに限界が来た。ロボットからの攻撃を受け、動けなくなったハレとコタマを助けようとマキが駆け寄った。しかし、その隙を逃さずロボットが容赦なく銃弾を叩き込んできた。
「うわぁっ!?」
「マキ!」
「う、うぅ…いたた…」
「…疲労の蓄積を確認。目標を変更します。」
レールガンの銃口がより一層光り輝き始める。それに対処しようとゲーム開発部が動こうとしたが、ロボットの猛攻に捕まり、身動きが取れなかった。
「マキ!アリス、お願いやめて!」
「リロード完了。発射─」
モモイの叫びも虚しく、レールガンは銃口から光を迸らせた。
「マキ!ハレ先輩!コタマ先輩!」
“まずい…!”
レールガンから放たれた極太のビームが、ヴェリタスの3人に向けて真っ直ぐ突き進む。
それを見た俺は無理を通してロボット軍団を蹴散らし、3人の前に滑り込むと刀を構え、力の限り振り下ろした。
「ッだぁあああ!!」
身体中に激しい衝撃と痺れが加わるが、構わず刀を押し込んだ。すると、ビームは二股に分かれ、両横を通り過ぎると後方で爆ぜた。
「ッはぁ…はぁ…ふぅ…なんとかなったか。」
「…!!攻撃の失敗を確認しました。リロード─」
「そこまでだ、チビ。」
「…!」
人体を打つ鈍い音が響いた。後ろへ倒れ込んだアリスを支えたのは、さきほど俺と激戦を繰り広げたネルだった。
「ネル!」
「よぉ、達也。ハハッ、お前根性あるじゃねぇか!ますます気に入ったぜ。」
そうして快活に笑うネルの後ろからは、C&Cのメンバーが続いてきた。
「やっほー!また会ったね!」
「助けに来た。」
「親睦を深めたいところですが…そうも言ってられませんね。」
「C&C…ハハ、すんげーありがてぇや。あとは頼んでいいか?」
「たりめーだろ。お前はそこで休んどけ。…おい、行くぞ。」
ネルの一声で、C&Cは一斉に動き出した。
圧倒的な火力と洗練された身のこなしで、文字通り敵を掃除していった。
C&Cが来てからは、5分とかからずロボット達は殲滅された。
俺はヴェリタスの部員に支えられながら、『掃除』を終えて先生達から事情を聞き出すC&Cに合流した。
「よォ、ネル。マジに助かったわ。ありがとう」
「気にすんな。つか、お前怪我だらけじゃねぇか。医務室行けよ。」
「ああ?怪我のうちにも入んねェよ、こんなん。」
「痩せ我慢すんじゃねぇ。腕と足痙攣してんぞ。」
「平気だっつってんだろ。」
「ああ?」
「ああ?」
“ま、まぁまぁ二人とも、そこら辺で…”
先生の仲裁でネルは身を引いたが、何かを思いついたようにニヤリと笑った。
「よーし分かった。アスナ、医務室まで達也運んでやれ。」
「はーい!」
「え、ええ!?ちょっと待─」
そうして、問答無用でアスナに担ぎ上げられた俺は、再び医務室へと逆戻りすることになった。