ゲヘナ学園所属の男子生徒がいろんな生徒に重い矢印向けられていく話   作:コウハクまんじゅう

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目覚め

 

─暗い

 

─痛い

 

─重い

 

 石切は永遠にも思える暗闇の中を漂っていた。

 右も左も、上も下も、進んでいるのか沈んでいるのか、目を閉じているのか開けているのかすら分からない。

 光もなく、音もなく、暑さも寒さもない。唯一感じるのは全身を巡る痛みのみ。

 しかし何も感じる事ができない闇の中、唯一感じる痛みこそが俺を縛って瀬戸際で繋ぎ止めている命綱にさえ思う。だが、それもいつ消えるか怪しい。

 

 

(俺は死んだのか?これから死ぬのか?)

 

 

 その問いかけに答える者はいない。

 代わりに返ってくるのは静寂のみ。

 

(ヒナ…先生…無事に街を抜けられたか…?他の皆は…)

 

 とめどなく溢れる思考の渦に呑まれながら、俺は更に深く、深く闇へと堕ちていく。

 指一本動かせる気配も無く、ここに自身の身体が存在しているのかすら怪しい。

 虚脱感と浮遊感に蝕まれながら、俺は未だ闇を彷徨っていた。

 繰り返し感じる痛みと脳裏にかすれて浮かぶ皆の顔だけが頼りだった。

 しかし状況は無慈悲に移ろっていく。

 

 

(…痛みが、もう…)

 

 ここまで俺を支えてきた一つである痛みが、遂に消えかけていた。

 瀬戸際で引き留めてくれていた命綱を失うことへの不安と、漠然とした解放感と安堵感に包まれていた。

 

(…まぁ、もし死ぬとしたら。心残りは風紀委員全員を助け出せなかったこと、か。アコにイオリにチナツ…他の風紀委員も。…先生は守れただろうか。できることならヒナも逃がしてやりたかったが…)

 

 

 後悔と未練の中、これまでの道のりが走馬灯のように流れてきた。

 思い返せば、なかなか良い人生を送れたなとらしくもなく感傷に浸った。

 

 ゲヘナに来るまで、俺は名前すら知られることのない地方の学園自治区で、先の見えない安上がりな傭兵稼業をしていた。

 日に日に生徒が抜けていく中、行く当てのない俺はダラダラと傭兵稼業をこなしていた。

 しかしそんな生活が続くはずもなく、遂に所属生徒が俺1人だけになると、連邦生徒会によって学園が閉鎖された。帰る場所を失くし、放浪していた俺はゲヘナ自治区に迷い込んだ。

 雨風をしのげる場所も食べ物も無く、生き倒れていたところをヒナに助けられ、ゲヘナに誘われた。

 

 

 ゲヘナ学園に転入した俺は、以前とは見違えるほど華々しい青春を送ることができた。

 友人も大勢できた。心の底から笑うことができた。腹いっぱい上等な食べ物を食べることができた。命をかけて守りたいと思う大切なものがたくさんできた。

 ただ一つ後悔は、それを守りきれなかった事。

 薄れゆく意識の中、思考が思い出と後悔と共に手を離れかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっと、鎮魂歌を聴くのにはまだ早いよ」

 

 俺の眠りは、聖堂を連想させる落ち着いた声に妨げられた。

 声のする方を見てみると、そこには黄金の長髪を背に流し、純白のドレスを身に纏った狐耳の少女が佇んでいた。

 頭の上には、少女がキヴォトスに生きる人であることを示す十文字のヘイローが浮かんでいた。

 

 

 いつの間にか動かせるようになっていた体を起こすと、周囲は一面の暗闇から純白の豪華なテラスへと置き換わっていた。テラスの中心には長テーブルが置かれており、狐耳の少女は3つある椅子の内1つに腰掛けていた。

 

「しかし君が望むのならば、私が捧げてもいい。私は君を買っているし、君には小さくない恩もあるからね。」

 

「…誰だ?」

 

 立ち上がって警戒心を顕にして訊ねる。次いで腰に差している刀の柄に手をかけようとするも、その手が空を切ったことで一抹の焦りを覚えた。

 

「ここは夢の世界だ。基本ここには何も持ち込むことはできないよ。君も私も。」

 

 少女は感情の読めない曙色の瞳でこちらを見据えた。

 

「ところで、先ほどの質問に答えていなかったね。私は百合園セイア。本来ならばティーパーティーのホストを務めていたはずの者だ。」

 

 困惑する俺に、狐耳の少女…百合園セイアは改まって自己紹介をした。反射的に俺も姿勢を正し、挨拶を返す。

 

「ゲヘナ学園3年の石切達也だ。ティーパーティーということは、桐藤ナギサと同じトリニティの…」

 

「そうだ。彼女は私の大切な友人でね。先ほど言った恩とは、彼女を助けてもらったことさ。改めて礼を言うよ」

 

「…礼を言われるような事じゃない」

 

 俺の言葉に、百合園セイアはピクリと片耳を動かすと、僅かに好奇の色を宿した瞳でこちらを捉えた。

 

「君は随分と謙虚なんだね。男子であることと、君の得物である刀も相まって、かつて本で読んだ武士を想起させる…ああ、君の武器が刀であることは既に知っているよ。」

 

 それはいいとして、と狐耳の少女は話を続けた。

 

「私は君に興味があるんだよ。君を買っている、と言った理由にも当たるね。…そんな所にいないで、ここへ座ったらどうだい?別に取って食いはしないさ。私は見た目通り非力だからね。目が覚めるまでまだ時間はある。少し話していかないかい?」

 

 狐耳の少女は椅子を引き寄せると、背もたれに軽く手を乗せこちらを誘った。

 敵意、害意の類は感じない。

 俺は恐る恐る歩みを進め、椅子へと腰掛けた。

 少女は満足気に頷くと、洗練された動作でティーカップをこちらへ差し出した。

 

「紅茶だ。飲むと心が安らぐよ」

 

「…頂きます」

 

 控えめにティーカップを傾けると、空っぽだった体に熱が戻ってきた。鼻腔を抜ける香ばしい匂いと、ロイヤルな甘味と苦味が舌を通って喉へ滑り込む。

 

「美味いな。」

 

「ふふ、お世辞でも嬉しいよ」

 

「世辞じゃない。…生き返った気分だ」

 

「そうか。飾らない、というのは美徳にも悪徳にもなり得る。今回の場合は、言うまでもないかな。…さて、雑談はここまでにしようか。君も色々と知りたいだろう」

 

 少女はソーサーにティーカップを置くと、おもむろに口を開いた。

 

「私には特殊な能力があってね。未来が視えるんだ。こういった具合に夢としてね。そして、観測した未来に干渉することはできない。」

 

「…未来予知か」

 

「分かり易く言えばそうなるね。実際には未来、現在、過去問わずに観測できるのだがね」

 

 その言葉を聞いて、テーブルに積み上げられた菓子に伸ばしていた手を止めた。

 

「無法過ぎじゃねェか?あと、俺が刀を使っているのを知ってるのもそれか。」

 

「ああ、そうだ。しかしそこまで便利なものではないさ。…私は、この悲劇を予知すると同時に、どうすることもできないという事実にも絶望していた。」

 

 百合園セイアは悲観するように俯き、手にしていたティーカップへと視線を落とした。

 

「…本来ならば、この物語はもっと悲惨な形で幕を引くはずだった。ナギサの救出は遅れ、トリニティはティーパーティーの不在で大いに荒れた。先生は凶弾に倒れ、先生の復讐のためにかつての家族に武器を向けた少女もいた。」

 

 しかし、と言葉を区切ると、百合園セイアは顔を上げてこちらを見つめた。

 

「君という特異点によって、筋書きは大きく変わった。ナギサと先生の健在によってトリニティの治安は比較的保たれ、風紀委員会の結束はより強固になった。今、先生はゲヘナとトリニティの生徒達と共にアリウスと決着をつけるべく戦っている。」

 

「ちょっと待て、百合園セイア」

 

「セイアで良い。」

 

「え?あ、ああ…セイアは未来予知ができるんだろ?じゃあ俺の行動も知ってたんじゃねェのか?」

 

「いや、君が未来に出てくることはなかった。過去や現在にはいたけどね。だから君に興味があるんだよ。」

 

 セイアは面白いものを見つめるように目を細めた。

 だがそう言われても、これと言って特別な物を持っているわけではない。強いて言うならキヴォトスでは珍しい男子生徒であることと、刀を持っていることくらいだ。

 

 未来予知、特異点、筋書きが変わった…

 情報の波に呑まれ、こんがらがった頭を紐解くべく紅茶を飲もうとした、その時。

 紅茶に自分の顔が映り込んだ。

 そこには、左目が閉じられた自分の姿があった。

 

「…これ、は…」

 

「気づいたかい」

 

 セイアは冷静に、諭すように語りかけてくる。

 左目が閉じられているにも関わらず、健常者と変わらぬ視界を確保できていることに俺は戸惑いを隠せなかった。

 紅茶に反射した顔を見るまで、左目を負傷したことさえ忘れていた。

 

「何度も言うが、ここは夢の世界だ。知覚するのに感覚器官は必要ない。」

 

「じゃあ、あの紅茶は偽物なのか?俺が感じた味、匂い、熱も?」

 

「いや、少し違う。君は確かに紅茶を五感で味わっている。夢で食べ物を食べたりすると、寝ているのにも関わらず美味いだの不味いだのと感じるだろう?あれさ。」

 

「ああ…夢の世界ならなんでもありってことか。」

 

 それで、とセイアは俺の左目に話を戻した。

 

「…代償、とでも言うのだろうか。君の活躍は、暗く陰鬱な物語の犠牲になるはずだった者の多くを救った。君の犠牲と引き換えに、ね。」

 

「…先生に当たっていれば死んでいたかもしれない。話していて感じたが、あの人は皆に必要な良い大人だ。先生が死ぬぐらいなら、目の一つ安いもんだ。」

 

「そう、か。君はそう考えるのか…」

 

 セイアはさらに何かを言おうとしたが、突然テラスに差し込んできた夜明けの光に遮られた。

 

「…そろそろ時間か。私も君も、起きる時間だ。なに、私達が起きた時にはすべて解決した後さ。君はまず、傷を治すことに専念したほうがいい。」

 

 暁光に照らされ、テラスや柵の外に広がる景色が溶けて霞んでいくのを見ながら、セイアの言葉に頷いた。

 

「退院したら、ナギサが正式に君をトリニティへ招くだろうから、その時にまた会えるだろう。」

 

 薄れゆく意識の中、セイアの声が頭に響く。

 その言葉を聞き届けたと同時に、狐耳の少女のシルエットが微睡みの中に溶けていった。

 意識が落ちる直前、「目覚めてからは覚悟することだね」と聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

□■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 浮上するような独特な感覚と共に、視界が開けてきた。

 最初に飛び込んできたのは清潔感のある真っ白な天井。

 

「知らない天井だ…」

 

 次いで目に入ってきたのは窓から差し込む朝の光。

 首を右に捻って窓の外を見ると、夢で見た神殿のような建物や白く清涼感のある建物が立ち並んでいた。

 

(トリニティか…)

 

 さきほどセイアと話をしていた流れから、ここがトリニティ自治区内の病院であることを抵抗なく受け入れられた。

 

 ベッドの横に置かれた時計に目をやると、時刻は午前11時を回っていた。どうりで外が弁当や買ってきたであろうパン類を持った生徒で賑わっているわけだ。

 

 

 外の美しい風景に見惚れていると、左目の違和感に気付いた。指先で目の周りを撫でると、触り心地の良い布が当たった。

 試しに目を動かそうとすると、そもそも左目の感覚が無いことに気づいた。

 

 …分かってはいた。

 分かってはいたが、夢は夢のまま終わるかもしれない、という淡い期待は今しがた確かめた感覚の喪失によって打ち砕かれた。

 

「…まぁ、あんな至近距離で食らえばそうなるか。」

 

 左目を喪ったのは痛い。だが、悔いはない。

 セイアから先生が死んでいた可能性を聞いた後なら尚更。

 

「覚悟ならできてるぞ、セイア。」

 

 意識が現実へと引き戻される直前に聞こえたセイアの声。ここにはいない彼女へ届けるつもりで呟いた。

 

 俺は大切な物を守るためなら死んでも悔いはないと思っている。

 今更、目の一つや二つで狼狽えることなど…

 

 

「………ん?」

 

 視界を窓の外から戻した俺は、一つの異変に気づいた。

 というのも、このべッド。俺1人が寝ているにしては少々毛布の膨らみが大きいように見える。

 具体的には俺の体の左側。未だ毛布の下に埋まっている下半身の左側が不自然に小さく盛り上がっている。まるで体の小さな誰かが丸まっているみたいに。

 しばらく観察していると「んぅ…」という、うめき声とも寝言とも取れる小さな声が上がった。

 それと同時に、不自然な膨らみが小さく動いた…気がした。

 

(今何か聞こえなかったか??しかも小さく動いて…一体何が?)

 

 なぜだかすごく面倒なことになりそうな予感を猛烈に抱きながら、俺は恐る恐る毛布をめくった。

 

「…ふぁ」

 

 清潔感のある純白の毛布と、俺が寝ているベッドの狭間。そこには小さく息を吐き出す白モップが挟まっていた。

 俺が毛布をめくるともそもそと動き始め、腹に乗ってきた。

 

(ん?ちょっと待て…この白髪と毛量どっかで…まさか!?)

 

「えっ…と…ヒナ、か?」

 

 白状しよう。そこにいたのはゲヘナ学園風紀委員会委員長、空崎ヒナ本人…のはずだ。白モップというのは、彼女の髪が毛布の中に広がっていてそう見えただけだ。

 

「んぅ」

 

 返事とも寝言とも取れぬ声を発し、ヒナは寝ぼけ眼を擦りながら俺の体の上を這いずり出てきた。

 

「う〜ん…たつやぁ、おきたの?よかったぁ…おはよぉ」

 

「ほ、本当にヒナ…だよな?」

 

「うん…空崎ヒナ…ゲヘナ学園3年生…風紀委員長…」

 

 俺の腹の上で寝そべりながら、寝ぼけ半分で言葉を紡ぐヒナ。どうやら本物らしい。本当に?風紀委員長の姿か?これが…

 

「色々聞きたい事があり過ぎるんだが…とりあえず、なんでここにいるんだ?」

 

「たつやが…心配で…戦いが終わって、すぐにきたの…でも、ねむくて…ふとんに、もぐって…ふわぁ…」

 

 そうかそうか、つまり俺はヒナに心配をかけてしまった奴なんだな。ごめんな、ありがとう。

 

「そ、そうだったのか…心配かけたな、ごめん。ところで、そろそろ離れないか?誰か来たら絶対面倒なことになるから。特にアコ」

 

「やだ。はなさない」

 

 そう言ってヒナは俺の体に回した手に力を込めて締め上げ始めた。慌てて振りほどこうとするも、力が強すぎて一向に緩む気配がない。

 

「イデデデデデ!!力強すぎるだろ!ちょ待てってこんな所見られたらやばいから─」

 

「失礼します。鷲見セリナです。石切達也さん、起きていらっしゃいます…か…」

 

「委員長、達也さんのお見舞いもいいですがそろそ…ろ」

 

 控えめに開かれたドアから最初に入ってきたのは桃色の髪をしたナースの生徒。そこまではいい、なんとかなる。

 しかし続いて入ってきた人物は…この場において最も遭遇してはいけない人物だった。

 

「よ、よォ……アコ」

 

「…………」

 

 ゲヘナ学園3年、風紀委員会行政官、天雨アコ。別名空崎ヒナの犬…右腕。

 アコは俺と、俺を抱きしめベッタリとしているヒナを見て入り口付近でフリーズしていた。

 

「どうしたのアコちゃん?」

 

「行政官?どうしましたか?」

 

 アコの後ろからイオリ、チナツもひょっこりと顔を出し、ベッドにいる俺とヒナの状態を見て固まった。

 

「し、失礼しましたっ」

 

 桃色の髪をしたナースは顔を赤くして部屋を駆けて出ていった。ま、待ってくれ、行かないでくれ…

 後に残されたのはベッドに横たわる俺と、それを抱きしめるヒナ、それを怖い目で見る風紀委員会幹部一同。

 

「いや、違うんだ」

 

「……」

 

「これは誤解で…」

 

「……」

 

 能面。アコの表情を言い表すとしたら、その一言に尽きた。後ろにいる2人も、涙を溜めながらこちらを睨んでいた。

 

 

─詰んだ。

 

 

「達也さん。」

 

「……はい。」

 

「一から十まで、説明してください。」

 

 

 この後、釈明に2時間掛かった。

 

 






省略セイアですまない
アリウスとの決戦は原作通りです。ただ風紀委員会側の士気が異常に高くて原作よりイージーになりました。

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