帰り道。歩いているといきなり後ろから声が聞こえてきた。
「...もう少し、平和を堪能したかったのだけれど。」
ルーの声だった。少しうんざりしたような。それでいて少し緊張が走るような、そんな声だった。思わず振り返る。そこにはいつもと変わらない、しかしそれでいて心底退屈そうな表情をしたルーの姿があった。
「周りをよく見るようにしなさい。来るわよ。」
何が、と聞こうとしたその瞬間だった。周囲の風景が変わった。俺は住宅街を歩いていたはずだった。それがどうだ。ここのどこが住宅街といえるだろうか。いや、むしろこれはこの世の光景といえるのだろうか。
あるのは墓、墓、墓、墓、墓
空は怪しく紫色に染まっている。恐ろしい。素直にそう感じた。
「しっかりしなさい。飲み込まれてはダメよ。」
ルーの言葉で目が覚めたような感覚になる。
「...なるほど、ルーの言っていた飲み込まれての意味が少しわかった。それで、この状況はなんだ?」
「だれかの領域に引きずり込まれたみたい。ここの領域を破るか、術者を倒さないと出られないわ。そして、今の私には領域を破る手段がない。」
「じゃあ倒すという選択肢しかないわけか。俺にできることは?」
「何もないわ。ついてきて。」
「わかった。」
色々聞きたいことはあるが、いつになくルーの様子が真剣であった。故に余計な事は聞かず、ルーの方針に従うことにした。そうして前を歩くルーの後をついていく。ふと、横の墓の方向を見ると青い炎が浮かんでいた。そう、まるで人魂のような...と、考えていたらその人魂がこちらに迫ってくるではないか。あまりにも急なことだったため、反応が出来なかった。咄嗟に顔を腕で覆う。しかし、何もなかった。
「もう吹き飛ばしたわよ」
ルーがくすくすと笑っていた。
「ぶっきらぼうなあなたのかわいらしいところが見れて満足だわ。引きずり込まれた甲斐があったわね。」
「俺からすれば散々なんだが...」
ルーの雰囲気が少し柔らかくなった。
「さ、もう少ししたら着くわ。気を引き締めて頂戴。」
少し開けた場所に出た。相も変わらずあるのは土の道と墓である。
「ようこそ」
声が聞こえた。低い男の声だった。
「私の箱庭へ」
その男の姿は、白い髪に白すぎる肌、赤い瞳。蝙蝠の翼のようなマントを羽織り、細長い足。鋭くとがった異様に伸びた爪。まさに、吸血鬼と呼ぶにふさわしい姿の存在がそこにいた。
「随分と悪趣味ね。お墓はインテリアとして使うものではないのよ。」
「くく...しかし、人の死ほど美しく、甘美なものはないだろう?貴殿も死をまとっている...実に甘美な、大きな死を...その様な貴殿だからこそ気に入ってもらえると感じたのだ!どうだ!この空間は!」
「はぁ...理解できないわ...」
吸血鬼らしき男は顔をしかめた。
「ふぅむ...理解してもらえぬのなら...そちらの男を殺して死の甘美を知ってもらうとしようか!」
ルーの雰囲気が変わる。
「それだけは...許さないわよ!」
「ふふ...はははは!」
吸血鬼の雰囲気も変わる。
「いいだろう!それならば貴殿に我が死を刻んでやろう!和が名は、ヴェルディ・ヴォン・クルキェイア!貴殿を殺すものだ!」
「あなたみたいな存在に名乗る名前なんてないわ!潔く死になさい!」
吸血鬼の目が光を放ち、空に月が昇る。ルーの髪と目が青白くなり、体の周りに黒い粒を出している。それはさながら異様としか言えない光景であった。