有形断末魔エピタフ 作:スパナ
「だ〜〜〜〜〜〜……クソッ!!」
「昇竜出ねえなあ篝ィ? 出ねえなあ〜〜〜っ?」
液晶画面で果敢に戦っていた篝の分身が、スローモーションでわざとらしい断末魔を上げながら倒れ伏す。
わざわざ筐体の向こうから顔を出してきた賢章が、なんとも憎らしくて仕方ない。光の早さで連コインを決め、レバーを握り直す。
彩華との顔合わせを済ませたその日の、放課後である。篝と賢章はいつものように近場のゲーセンに繰り出し、血で血を洗う格ゲー十先勝負(十本先取の意)を行っていた。
現在、篝が四本で賢章が八本。今朝の鬱憤を晴らすかの如き猛攻に、篝は劣勢に追いやられていた。
「オラァ九本ッ、王手だぜ!」
続く勝負も完敗。大分
「ここにおると思ったで。相変わらずやなあ、餓鬼ども」
ゲームセンターの喧騒の中でもよく通る、その声を聞きつけた。
百円玉を一旦筐体の上に置いて、それの方を見る。宝田もこっちに回ってきていた。
現れ出たのは、やはり、二人のよく知る人物であった。
極めて目鼻立ちの良い、若い男。すらりとしたシルエットが、暗い色調の花柄シャツとスキニージーンズを纏っている。糸のように細い目は、まるで微笑んでいるかのよう。
「……三ヶ月ぶりくらいですか?
「久々だなァ、オッサン」
「おう! 二人とも、お久やねえ…………それとな、俺まだ25や。お兄さんや」
彼が、空いていた椅子にどかっと座り込んだ。
「今日は一人なんですか?」
「ん、光里さんのことか。あの人にはちょっと調べ物してもらっとんねん。K市小学生連続失踪事件──お前らも、話くらいは聞いとるやろ?」
「ああ、例の……妹も、集団で登下校するようになりましたね」
K市児童連続失踪事件。
始まりは一ヶ月前。この町の小学校に通う女の子、山田陽子が下校中に失踪したというものだった。それからというもの、小学生の失踪が二件、三件と相次ぎ、その誰もが未だ見つかっていない。最早、そこに事件性があることは明らかであった。
これに伴い、周辺地域の小中学生にはなるべく保護者による送迎を、或いは集団での登下校を行うようにお達しが来たのだ。無論我々高校生も例外ではなく、「真っ直ぐ帰れ」くらいの注意喚起は受けている。
賢章が訊ねる。
「わざわざオッサンが出張るってことは…………ただの事件じゃねえのか」
「そういうことや。犯行状況があまりに不自然。十中八九、
エピタフ。全くもって本当に、嫌な響きである。
転入直後の一週間。篝と賢章は、このふざけた花柄シャツ野郎のせいでエピタフを用いた戦いに巻き込まれたのだ。文字通り、死ぬような思いも散々させられた。
なんなら、今こうして綾野の顔を見ているこの状況すらも、ちょっと嫌なくらいなのだ。
「今日、お前らに会いに来たんは他でもない。報酬は弾む。どや、俺に──」
「乗った!」
「お断りします」
「せめて聞けや。仔細を。どっちも」
だから、篝の答えは最初から決まっていた──のだが、賢章はどうやら違ったようだ。
「宝田、お前本気か?」
綾野が持ってきた事案という時点できな臭いというのに、エピタフの関与まで示唆されている。以前に酷い目に会ったのは、彼も一緒の筈なのに。
篝の問い掛けを受けて、賢章は事もなげに言った。
「エピタフが絡んでんなら、多分、その子たちはもう何処にもいねえ。人が…………それも、餓鬼が死んでんだ。放っとけねえよ」
「人が死んでるから、本気なのかって聞いてるんだよ」
「オレが働いて死人が減るなら、安いもんじゃねえか──どうせ、そういう話なんだろ? オッサン」
「ま、君らの想像通り、捜査協力のお願いや。陽子チャンの最後の目撃情報があった場所、そのすぐ近くで光里が発砲の痕跡を見つけた。住宅地のど真ん中やったってのに、近隣住民は銃声どころか異音すら聞いとらん。エピタフって考えんのが妥当やろう」
「
「わざわざ異音とも言うたやろ? アレも映画ほど万能じゃないんや。結構音するし、むしろ
聞けば聞くほど、という感じである。
「ここまで聞いて、考え変わんないのか? お前は」
「当たり前だろ。てか、篝の方こそ心変わりはナシ? 聞いた感じ、今度のオレたちは戦闘員としての採用じゃないっぽいぞ」
「ナシナシ。大ナシだ。エピタフに関わるって時点で、ない」
「まあ、そっか。命賭けろって言ってるようなもんだしな。今回はオレだけ参加かなァ」
「次回もその次の回もな…………正直、僕としちゃお前にも行ってほしくないんだけど。危ないし」
篝がそう言えば、賢章はへにゃりと笑った。こいつはいつもこうやって、人の心配を受け流す。
冷静に考えれば、心配はいらない。賢章はエピタフを持ってこそいないが、きっとそれでも篝より強い。
何より、綾野がついているのだ。エピタフ児玉光里との“臨界”を果たした彼に、文字通り
もしかしたら下手人が見つからないかも、という意味で、勝ちは確定していない。だが、返り討ちに遭うかも、なんてことだけは絶対に有り得ない。負けないことだけは、既に確定している。
話が纏まったことを見て取ったか、綾野が柏手を打って破顔した。
「──決まりやな。ほな早速、賢章クンは借りてくで。篝クンも気ィ変わったら、いつでも連絡してくれ。……逆もまた然りや。賢章クンも嫌になったらすぐ言いや?」
「ないから安心してください」
「ねェから安心しろよ」
「意志の固い子らで何よりやで、ホンマ」
という訳で、綾野襲来につき十先は中断。
丁度負けそうなところだったので、渡りに船である。今日の勝負について、篝は金輪際触れることはないだろう。賢章に「前の続きからな!」等と言われようとも、記憶にございません、で突き通す腹積もりだ。
半年前に、父が死んで以来。
暮雨家では、誰かの帰りがどれだけ遅くなろうとも、必ず皆で食卓を囲むようになった。これは妹──
父が死んですぐ、心休める間もなく母は働き始めた。篝たち兄妹を、養う為に。
元々篝は私立の進学校の生徒だったのだが、父の死後すぐに、近所の公立校──つまり、現在通う群雲高校へと転入した。時期外れの転入の理由はこれだ。母の負担を少しでも減らそうと篝から言ったことだったし、別に後悔もしていない。
だが母は、これをそれなりに気に病んでいる様子だった。
日に日に憔悴する母を、なるべく孤独にさせたくなかった。新菜の提案を受けて、それからは皆で一緒に夕食をとるようにした。
孤独にさせない。
むしろ、孤独じゃないことこそが母を苦しめていた根源だったのかも知れないし、この行動が正解だったのかは分からない。
だが、事実として、
「今日ね!
「ふふ。そう。流石、この私の娘の彼氏になっただけあるわね」
「でっしょ〜〜〜〜!!」
今、共にテーブルを囲む彼女の顔は穏やかだ。だから多分、これで良かったのだと思う。
篝とて、今回の事件に思うところがない訳ではない。
食事中の下品は承知ながら、スマホの液晶を眺める。別れた後すぐに綾野から送られてきた、事件について纏められた資料だ。情報は極めて仔細に集められており、恐らく、児玉に作らせたものなのだろう。
失踪したのは四人だ。
先ず、山田陽子。小学五年生女子。
次に、大宮幸喜。小学二年生男子。
その後、土井新一。小学四年生男子。
そして直近が、小崎佳織。中学一年生女子。
抵抗を恐れてのことだろうか、被害者は皆か弱い子供ばかり。あの綾野がわざわざ協力を仰ぎに来たのだ、この一連の失踪がエピタフ犯罪によるものなのは疑うべくもないだろう。
全てが同一犯と仮定するならば、犯人は大して強くはないが、隠匿力に長けた能力のエピタフを持っていて──非力な人間だけを狙っている。
新菜は中学三年生で、それでいて、篝同様に身長がかなり低い。正直、かなり微妙なラインだ。犯人のターゲット層に入っている可能性は捨て切れない。
篝が戦うことでこの憂いを取り除けるというならば、確かに、吝かではない。
だが、
「今日のこれ、ミネストローネ。実は初めて作ってみたんだけど、どう?」
「美味しい!」
「……美味いよ。味が濃いのが、良い」
もうこの
転入直後の一週間。エピタフなんてものの存在を初めて知った篝は、父の死の真相を探るべく、綾野の復讐に付き合った。それから、母にだけは全てを伝えた。
無茶をした篝に母は泣いて、怒って、最後には笑ってくれた。
あの戦いは、暮雨家のケジメだったのだ。だから、あれきりだ。篝はもう二度と、エピタフに関わるつもりはなかった。
しかし、それはそうと、だ。スマホを仕舞い、篝は対面に座る新菜の名を呼ぶ。
「なあ、新菜」
「何? にぃ」
「近頃の失踪事件、あるだろ」
この家でエピタフについて何も知らないのは彼女だけだ。厄ネタに新菜を巻き込まない為のことだが、今ばかりは、知らないということがリスクでもある。
だからそのリスクは、仕事で忙しい母に代わり、篝が潰さなければならない。
「明日から暫く、僕がお前の送迎をする」
「えっ、嫌だけど」
「嫌でもだ」
「そんな心配することないって。いつも荒汰くんと一緒に行ってるし」
「ならそれに僕も同行する形になるな」
「マジで言ってんの!? 何さ急に、キモ〜」
新菜は、顔を青くして隣の母に抱き着いた。
いや、まあ、仕方ない。日頃より確かに仲良し兄妹ではあるが、そこまでガッツリベッタリという訳でもない。お互いのお互いに対する扱いもそれなりにぞんざいだというのに、その兄が突然こんなことを言い出したのだ。至極真っ当な反応だろう。
いきなり同伴される彼氏からしてもドン引きは必至だ。
だが、その彼氏だけでは駄目な理由がある。犯人がエピタフを使っている可能性が高い以上、いつ何が起きるか、まるで分かったものではない。
篝が付き添ったところでそれは変わらないのだけれど、しかしエピタフの存在をしっかりと認知できているだけマシというもの。
胸に飛び込んできた新菜の、その長い黒髪を手櫛で整えてやりながら、母が言う。
「本当なら、私が送迎できたら良かったんだけどね…………高校とは逆方向だし、篝も大変じゃない? 荒汰くんもいてくれる。新菜の言う通り、そんなに心配しなくてもいいんじゃないかしら?」
「ちょっと、綾野さんがね」
「…………あの人が?」
とりあえず母を味方につけなければと、その名前を出す。本当に名前以外何も伝えなかったのだが、どうやら、それで十分だったらしい。
いつも優しげなその目元が、微かに険を帯びる。別に、また危険を冒そうとしている訳じゃない。そう弁解するために、篝は慌てて口を開いた。
「大丈夫。分かってるから」
「……………………そう。ならいいわ。新菜、明日からは篝と一緒に行くのよ」
「意味分かんないケド!?」
「別に彼氏を呼ぶなって意味じゃない。僕が加わるだけだよ」
「余計ヤだよ! にぃと二人のがマシだよそれだったら!」
「そんなに気にしなくてもいいのに。お前らの仲を邪魔するつもりはない。僕のことは道路でペシャンコに潰れてる蛙の死骸か何かだと思って──」
「思えないよっ!! 二親等を!」
喚く新菜を尻目に、汁が残るのみとなっていたミネストローネを一気に流し込む。手を合わせて、皿を全部纏めて、席を立つ。
「ごちそうさま。じゃ、そういうことで」
「そういうことで──じゃない!」
駄目だったみたい。
「ママもなァ〜んでそんな感じなの!? てかそもそも綾野さんってダレ!?」
「……そこを言われると苦しいんだけどね。……新菜、ごめんね。お母さんと篝、二人のお願いだから。聞いてくれる?」
「……………………んゥ〜〜〜〜〜」
母に真っ直ぐ見詰められて、新菜が口を噤む。暮雨家の人間は、皆、どうにもこの人には逆らえない。母が兄の側に立った。その時点で、こうなることは決まっていたのだ。
新菜はそれから、暫し唸り、最後に勢い良く篝の方に振り向いた。ジト目で睨め付けながら、兄である篝ですら聞いたことがなかったくらいの低い声で言う。
「…………ママのお願いだから聞くだけだからね」
「新菜はいい子だなあ」
「イ〜ッ」
今日の皿洗い当番は、今も呻き続けている新菜だ。皿を流しに置いて、篝は足早に自室に向かった。
部屋に入ってすぐ、後ろ手に鍵を掛ける。
クローゼットの中の金庫を開こうとして、暗証番号をすっかり忘れてしまっていることに気付く。例の一週間の後に、綾野から貰った金で買った金庫である。はや半年弱経つが、あれから一度も開けていなかった。
スマホのメモとにらめっこしてどうにか開いたその中から、篝は
「また、僕らを守ってくれ。……お父さん」
一丁の、
『ある程度までなら何でも撃てる力』を宿したエピタフにして、篝の父。
名を、
エピタフとは、異能の武器である。
ある人物が死んだ時、その死体と入れ替わるようにして現れる。そして、その人物の精神性を反映した能力を宿す。
形態は様々だが、綾野曰く銃が多いらしい。
「多分、そいつが『武器』って言われて真っ先にイメージするもんが、そいつのエピタフになるんや」
確かこんな風なことを言っていたのを篝は覚えていた。
それから、重要な点はもう一つ。
エピタフで殺された人間は、エピタフになる。
つまり、篝の父もまた、エピタフによって殺されたのだ。綾野が、一月のあの日に殺した男──
この特性から、エピタフによる殺人では死体は疎か、血の一滴すらも遺らない。そのせいで、父は公的には依然として
今回の連続失踪事件は、やはり連続殺人事件なのだろう。エピタフで殺せば、衣服や鞄、ランドセルといったものは兎も角として──一番大変な証拠が、随分と処理しやすい形に変わってくれるのだ。
綾野が動き出したのならば心配はない。事件はじきに収束するだろう。しかし、それまでは。
「戦わないから、大丈夫。あくまで当分の間の護身用だ」
もう、この家族に悲劇は起こさせない。
誰にともなく、敢えて言うなら父に言い訳をしながら。篝は、暮雨薪之進を通学鞄の中に収めた。