有形断末魔エピタフ   作:スパナ

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4 燻る

 

9

 

 四月十五日。小崎佳織に続く、五人目の失踪者が出た。名前は乃木由香莉──またしても、女子小学生。

 彼女の最後の目撃情報は、自宅のすぐ前の駐車場だった(そこで、共に下校していた子供たちと別れたのだとか)。

 つまり、そこから家の扉を潜るまでの僅か10メートル足らずの間で、彼女は犯人の毒牙にかかったのだ。

 

「光里さん。透明化の具合はどうですか」

「う〜ん…………不透明度50%ってところでしょうか。結構見えてますね。まだ強度が足りてないみたいです」

「マジっすか。これ以上飲んだら、流石の俺の頭脳も機能停止してまいますよ」

「捜査を姐さんに丸投げしてンのはいつものことじゃねえか。時間は有限だぜ。とっとと酔えよ、オッサン」 

 

 件の駐車場に、程近い場所にて。怪しげな三人組がヒソヒソと会話を交わしていた。この三人組は怪しげで、また奇妙でもあった。体が薄っすらと透けているのだ。

 

 仲間に促されるままに、心底嫌そうな顔でチューハイ缶を呷るのが、柄シャツの男──綾野顕彦。頬は上気し、既に酩酊している様子である。

 

 一人の女が、足取りが覚束ない彼の体を支えている。ワンピースの上に薄手のコートを羽織った、瀟洒な装いであった。ふんわりとカールの掛かった亜麻色の髪は、器用に編み込みの為されたハーフアップに纏められている。非常に整った目鼻立ちをしているが、しかし、高飛車さは感じさせない。むしろ、ある種純朴そうな印象すら与える──語弊を恐れず一言で言ってしまうのなら、『男ウケのしそうな女』。

 彼女こそが、綾野がオーナーを務めるエピタフ。人造人間(アンドロイド)の児玉光里だ。

 『思うがままに現実を改変する力』を宿す、この町が誇る規格外。

 

「しっかしよォ、久連山と戦った時のアンタは素面でも好き勝手やれてたじゃねえか。なんでこんな面倒くせえ手順が要るようになってんだよ?」

「あん時は……ぐぷっ……ハイになっとったんや。理性が残っちまっとるとあの力は使えんし、理性は飛ばそう思てポンと飛ばせるもんやないからな。…………アァ〜〜〜……能動的に使うには、これしかない」

 

 二人から少し間を置いて、路上に座り込む学ラン姿の男は賢章だ。スマホゲームに興じながら、綾野に野次を飛ばしている。

 ストロング系チューハイ、本日四缶目を飲み干した綾野は、徐ろにその空き缶を宙へと放り投げた。曇天の下でくるくると回るそれを睨め付け、ただ一言、唱える。

 

「消え失せろ」

 

 刹那、現実が塗り替えられた。確かに直上に投げ上げられた筈のそれは、しかし、二度と彼の手には戻らなかった。綾野がそうあれと願っただけで、世界がそれに応えたのだ。

 缶が跡形もなく消失したのを見届けると、続いて──半透明だった彼らの姿もまた、煙のように掻き消えた。

 恐らくは、被害者に何かがあったその現場。そんなところで、こんなに怪しい三人組がコソコソと嗅ぎ回っていては流石に面倒があるというもの。姿の隠匿は、自警同然の行為に励む彼らにとって必須事項であった。

 

「お互いの姿が見えないと不便ですね。顕彦様、私たちの間でだけは視認できるように調整できますか」

「無茶ァ〜〜〜〜…………言いよりますねえ、ホンマ」

 

「ちょっと待って」そう言って、綾野が黙り込む。

 噛み付くようにしゃがれた、粗野な雰囲気の声が口火を切った。賢章である。

 

「しっかし、相変わらず凄え力だな。透明人間になるなんて初めてだし、なんか落ち着かねえぜ」

 

 続いて対照的に、極めて落ち着いた怜悧な声。こちらは言うまでもなく、児玉のものだ。

 

「私は透明人造人間ってことになるんですかね?」

「確かに…………アンタならそういうことになるんじゃねえか? すげ〜強そう」

「ふふん。実際強いですしね、私(・)た(・)ち(・)」

「ハッ、仲睦まじくて結構なことだよ。………お」

 

 空間そのものから溶け出してくるかのように、賢章の視界に二人が現れ出でた。好き勝手に談笑していたうちに、能力の調整が終わったらしい。

 立役者の方を見やると、彼はうんうんと唸りながら、頭を抱えてしゃがみ込んでいる。透明化するその瞬間までは、支えられながらも自分の足で立っていたというのに。

 どうやら既に限界が近そうな恋人の姿を認めて、児玉はその傍らに跪いた。気遣わしげにその背を擦ってやりながら、真っ赤になった耳元に囁く。

 

「お疲れ様です。ここからは私と宝田さんで。ちびちび飲み続けるか、それとももう眠ってしまうかして、現実改変の維持だけはお願いしますね」

 

 最早何も言わなくなってしまった綾野が、鷹揚に頷くことで了解の意を示した。

 透明化完了。及び、相互コミュニケーションの問題も解決した。

 被害者の乃木宅から、道路を挟んで向かいにある駐車場。乃木由香莉は、ここを通り抜けて登下校を行っていた。平時、車は一、二台くらいしか駐められておらず、その面積の広さはほとんど活かされていない。

 ぐうぐうと寝息を立て始めた綾野を置き去りに、二人はそこに足を踏み入れた。

 

「結構開けてんな。最後の目撃情報は──確か、この駐車場を抜けたすぐ先の道だったか」

「入ってから通り抜けるまで、目測で65メートル。由香莉ちゃんは二年生ですから、時間は多少掛かったでしょうね」

「その間に襲われた、か。犯人のエピタフは銃って話だったよな?」

 

 投げ掛けられた疑問に、児玉はすぐさま首肯した。

 

「ええ。以前の現場に残っていた弾痕からして、拳銃弾でしょう。……ただ、ここまで弾自体は見つけられていません。犯人が律儀に回収しているようです」

「そんで、駐車場脇にはアパート。聞き込みは済んでんだっけ?」

「今日、宝田さんと合流する前に二人で。銃声も異音も、悲鳴も、やっぱり誰も聞いてはいませんでした」

「……悲鳴もってのが引っ掛かるんだよな」

「というと?」

「アンタみたいなごく一部の例外を除いて、エピタフの能力は武器の付帯効果としてのものが大半だ。例えば拳銃なら、撃って、当てなきゃ話にならねえ。篝の戦いを見るまで、オレ自身も分かっちゃいなかったんだけどよォ。拳銃ってのはイメージより難しいんだ。訓練を多少積んだ人間でも、実戦で狙ったところにまともに当てれんのは十メートルやそこらまで」

 

 かつてを懐かしむように語る賢章の眼光は、ひどく鋭い。話しながら、自分でも考えを整理していっている最中らしい。学業の成績は散々なれども、この男。文明の下に産まれた人間でありながら、野生の中にあって、抜群の思考力を発揮するのだ。

 エピタフを持たずしてあの一週間を戦い抜いた火(・)事(・)場(・)の(・)天(・)才(・)が、僅かな情報から勘付いた違和感を言葉にする。

 

「これまで何回も襲撃があったのに、悲鳴すら誰も聞いてないってことは…………即死、少なくとも一瞬で無力化までしてるってことだ。素人に、百発百中でできることか? ──なんで、犯人はターゲットを餓鬼に絞ってるんだ?」

 

 エピタフまで持っているのだから──相手が素人である限り、そんな奴なら誰だって殺せる筈だ。

 ならば何故、子供たちばかりが狙われる?

 

 能力、ひいては犯人の正体を探るためのヒントは、そこにある。

 

「……成る程。確かに、面白い推察です。綾野さんにも伝えておきますね。ですが、そこから先はまた今度。現実改変は彼が起きたら解けてしまいます。今は地道な現場検証を、時間いっぱいやらなくては」

 

10

 

 最後の一文字を打ち込み、全体のレイアウトバランスを微調整して。二人して、目を皿のようにしながら誤字脱字がないかを確認する。

 ノートパソコンの画面上に写るそれは、町内に配る空蜘蛛夏祭りのチラシであり、その制作が篝たちに任された仕事だった。 

 そこに一切の問題がないことを二重三重に確認して、ようやく、溜め息を一つ吐いた。そ(・)の(・)言(・)葉(・)を待っているのだろうか、隣で目を輝かせている彩華と、顔を見合わせる。

 

「…………一旦、完成か」

「やったね! 林おじちゃん、気に入ってくれるかな」

「ああ。きっと」

 

 差し出された掌にぎこちなく、弱々しくハイタッチを返す。なんとも締まらない間抜けな音がして、一瞬面食らって──それから、二人揃って吹き出した。

 

 五月の第一週の、ある日。篝と彩華は群雲町内会館にいた。林(・)お(・)じ(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)というのは、会長の林光治(はやしみつはる)のこと。年の頃は、多分、70歳に届かないくらい。得も言われぬ気迫を放つ、背筋が伸びた強面の老紳士である。初対面から半月ほど経った今では、彼が結構笑う人なことも、優しい人だということも知っているが──顔合わせの時には中々ビビらされたものだ。

 

「祭りの屋台とかってヤクザがやってるって話あったけど…………本当だったんだな」

「ブフッ! ちょっとやめてよ、笑っちゃう。林おじちゃんは全然フツーの人。うち、あの人にちっちゃい頃から色々お世話してもらったんだから。カタギもカタギ。ヤクザに関しては──何十年か前まではここも実際そうだったらしいけど、今は関与してないらしいよ」

 

 その時、篝らの間で実際にあった会話である。土彩華剣道の道場の娘なのだが、そこで現在、師範を務めているのが彼なのだそうだ。面識自体は、彼女が物心つく前からあったのだとか。

 

 ここ最近の日々は、怒涛、という他なかった。それも、健全に怒涛である。空蜘蛛夏祭りの準備のため、ほとんど毎日土屋と一緒に駆けずり回っている。

 人見知り、コミュ障、根暗の三重苦の篝といえど、だいぶ打ち解けられたと思う。彼女自身のことについても、それなりに理解が深まってきた。

 土屋彩華。誕生日は12月12日。実家は代々剣道の道場をやっていて、彼女自身も中学生の頃まではバリバリやっていたらしい。どうやら篝とは宗教が違うようで、酢豚にパイナップルは入れない。ネイルは月一ペースで変わる──なんでも、そのくらいの頻度が爪の健康を損なわない限界のラインなのだとか。剣道を辞めたのも、そのネイルのためらしい。

 

「暮雨くん、頑張って作ってくれてたもんね〜。いい感じに仕上がって、うちは嬉しいよ〜」

「土屋さんが手伝ってくれたお蔭。だし……やることはまだまだある。とりあえず、これでいいかの確認を取りに行こう」

「応!」

 

 今回、篝は柄にもなく張り切っていた。

 

 小学生の時分は、彼にだって友達くらいはいた。しかしそれから、私立の中高一貫の学校に進学して──群雲高校に転入するまで。篝に新しく友達ができることは、一度としてなかったのだ。一人が寂しいような性格ではなかったので、それでも問題はなかった──むしろそのまま拗らせ、薄っすら人間嫌いになっていたのだが。今年に入って、というか、例の騒動に巻き込まれて、篝にも心境の変化があった。

 

 賢章は、人生で初めて親友と呼べる男だ。綾野も、気に食わないが悪い奴ではない。児玉は言わずもがな。誰かと一緒というのは、別に必須というわけでもないのだけれど、存外心地良かった。

 

──ので、高校二年生の僕の目標は、友達を増やすこと!

 

 その点、地域ボランティア委員を押し付けられたのも今となっては僥倖であった。相方が彩華であり、また、彼女が滅茶苦茶良い奴だったからだ。是非、友達になりたい。

 故、暮雨篝のやる気は珍しく漲っているのである。

 

「林さん。暮雨と土屋です。チラシできたので、チェックを貰いに来ました」

「貰いに来ましたーっ」

 

 ノックをしてそう言えば、すぐに返事があった。が、

 

「…………ああ。入って」

 

 声色がやけに暗い。林は見た目に似合わず、朗らかな話し方をする人だ。しかし今のは、むしろ見た目通りといった感じのもので。

 奇妙に感じながらも、入室する。そうすると、部屋の隅の方で何やら資料を纏めていたらしい彼は徐ろに立ち上がった。

 相変わらずの、カタギとは思えぬ迫力である。オールバックにされた銀髪が、その鷹のように鋭い眼光を惹き立たせている。賢章のお蔭で強面耐性が上がっている篝といえど、思わず気圧されてしまう。

 

「林おじちゃん! チラシできたよ! 早く見て!」

 

 しかしそこは彩華。パタパタと、跳ねるような足取りで林さんの元へ。ノートパソコンを、さながら闇取引でアルミケースを開ける時みたいに仰々しく見せつける。

 林はその画面をちらりと見ると、それから、苦々しい表情で俯いてしまった。

 

「どう!? 暮雨くん、滅茶苦茶機械音痴だったんだけど、レイアウトのセンスは抜群でさ──林おじちゃん?」

「どうかしたんですか?」

「………つい今し方、行政の方から連絡があってね。強制ではないようだが──できることなら、祭りの規模を縮小してほしいとのことだ。多分望んでることは、花火大会の中止だね」

 

 告げられた言葉を、頭の中で幾度か反芻する。行政からの、空蜘蛛夏祭りの縮小要請──それらしい原因には、すぐに思い当たった。というか、一つしかなかった。

 

「失踪事件のせい、ですよね」

 

 篝が訊ねる──否。確(・)認(・)すると、林は沈黙でもってそれに答えた。

 事件の始まりから、既に二ヶ月が経とうとしている。綾野がその異常性に気付き、捜査を開始してからは一ヶ月弱。未だ真相の究明に一切の進展はなく、しかし、失踪者だけは着々と増えていっていた。直近は四月末の蔵本宗介。小学四年生の男の子で、彼もまた、住宅街のど真ん中で突如としてその行方が分からなくなって──それきり。

 これで、六人目だった。

 こうして事実だけを羅列してみると、むしろ、これまでそういった話が出なかったということの方がおかったのではないかとも言える。

 

「そんな……じゃあ、花火は止めちゃうってこと?」

「いや。警備を増員することで対応しようと思う。少しばかり出費が嵩むけれど、背に腹は代えられないからね。……本当なら安全第一で指示に従うべきなんだけど、空蜘蛛夏祭りは、そうやすやすとそれができる規模でもない」

 

 反応を窺おうと見てみると、彩華は、なんとも言えぬ顔で固まっていた。

 花火大会が敢行されるということに安心しつつも、その背景が背景だけに喜び切れないのだろう。

 

 そしてそれは、篝とて同じだった。僅か半月程度の期間だけれど、祭りのために駆け回って。篝だって、これが例年通りに成功してほしいと思っているのだから。

 

 ノートパソコンの画面を見つめ、林が笑顔を見せる。努めて作ってくれたのであろう、笑顔である。

 

「いいね。良い出来だ。二人とも、よくやってくれたと思う。本当ならこのまま使いたいところだったんだけど、これに後、例年より警備の動員を増やす旨だけ加えておいてくれるかい? ごめんね」

「全然大丈夫です。それくらいなら、すぐに────土屋さん、行こう」

「…………ん」

 

 黙り込んでしまった彩華を伴い、その部屋を後にする。

 

「……大丈夫だから」

 

 口をついて出た、言葉だった。

 

「え?」

「どこかで誰かが被害に遭ってるからって、それで土屋さんが楽しんじゃ駄目ってことにはならないと思う。不謹慎とか、そういうのは……君が考えなきゃいけないことじゃない」

 

 それを考えなきゃいけない奴がいるとしたら、篝の方だ。

 それに、と付け加える。脳裏に、誰よりも信頼するあの人たちの姿を浮かべながら。

 

「事件は、もうちょっとで解決する。絶対」

 

 彩華の前を早足に歩きながら、目も合わせずにそこまでを言い連ねた。彼女からすれば妙な──不自然なことを言ってしまったことには、すぐに気付いた。

 忘れてくれ、とそう言おうと思って、振り向く。

 

「ありがと」

 

 篝の口が開くのを、制するように。花咲くような笑みが、そこに待ち受けていた。

 

「でも別に、全然大丈夫だよ、うちは。そんなに変な顔しちゃってた?」

「…………分からない」

「なにそれ」

 

 正直に答えると、彩華はその笑みをからかうような種類のそれに変えた。

 彼女と目を合わせるのは、どうしてか照れ臭いから。分(・)か(・)ら(・)な(・)い(・)というのは、本当のことだった。

 

11

 

「う〜〜〜っス!! 篝さん!」

「お〜〜〜っス荒汰くん〜」

 

「遅い! 超待った!」と文句を垂れる新菜を見て見ぬ振りして、荒汰と小気味よくハイタッチをする。

 送迎の、迎の方である。お祭りの準備と同じくこちらも半月近くが経ったので、随分馴染んできた。

 群雲中学校から我が家へ。それから、野渡宅まで荒汰を送る。地域ボランティア委員の仕事が被らない限り、篝は毎日これを行っていた。

 初対面であれだけ突き放しておいてアレではあるのだが、篝と荒汰は意外と波長が合ったのだ。この通り、かなり気安い関係を構築することに成功している。

 

「明日からゴールデンウィークっスね。篝さんはなんか予定とかあります?」

「…………ゴールデンウィーク。明日からか。すっかり忘れてた」

「嘘でしょ。いつものことだけどさ、にぃってば俗世捨て過ぎじゃない?」

 

 失礼な。むしろ近頃が一番俗世を謳歌してるんだぞ。

 とはいえ、ゴールデンウィークについて語ることがないのも事実であった。とりあえず篝は、パスを返すことにした。

 

「まあ、この通りだから、別に予定はないかな。荒汰くんは何かあるのか?」

「荒汰くんはあたしとデート!!! …………したかったんだけど」

「こんな情勢っスから、新菜を連れ回す訳にもいかないんで…………家でエアガン弄るくらいっスかね〜」

 

 ここ暫くの付き合いで、荒汰のエアガン趣味については知らされていた。だが、どうしても未成年のエアガン趣味はやれる幅が狭い。彼自身、そこを窮屈に思っているらしかった。

 波長が合った、というのはここのことだ。

 篝は銃が特別好きという訳でもないのだが──この冬には実際に使って戦っていたものだから、基礎だけは把握している。

 篝にそれらについての知識があると知って以来、彼は事あるごとに銃の話を振ってくる。あまり良い記憶でもないのだが、心底楽しそうにその話をしてくるものだから、乗ってやらないのも可哀想だ。ガンマニアの荒汰からすると、そういう話ができる人間というのは貴重だったらしい。

 

「せっかく長期休みだっていうのに、事件のせいでつまんない。サイアク」

「……早く解決すればいいのにな」

「でも、解決しちゃったらしちゃったで篝さんとは帰れなくなっちゃうぜ」

「にぃなんていなくてもい・い・の〜」

 

 荒汰との距離は縮まったというのに、新菜とはむしろ離れた気がする。

 心配と言えば聞こえはいいが、つまるところ、篝の我儘で二人に同行を許してもらっているのだ。事件の解決が待たれるばかりである。

 

 

 新菜を家に帰して荒汰も送って、それから、やっと篝自身も帰宅した。

 今日も帰りが遅いという母を、晩御飯を作りながら待つ。

 献立は酢豚──さっき台所を覗きに来た新菜は、「……前に作ってくれた日から、一週間も経ってなくない?」と信じられないものを見たかのような顔で言っていた。酢豚はあればあるだけ良いとされている。恨むなら、食卓をこの男に任せてしまったことを恨むのがいいだろう。

 香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。後はとろみがつくまで混ぜ、野菜を戻すだけでほぼほぼフィニッシュ。今、芸術が完成する────ッ。

 

 というところで、不意に、ポケットに入れていたスマートフォンが鳴動した。篝にとって、彼謹製の酢豚より重要な事項はそうそうない。人によってはスルーしてやるぞと思いつつ、篝はとりあえず画面を見た。

 

『宝田賢章』

 

 平時ならともかく、今ばかりは、スルーできない人間だった。リビングでだらけている新菜を呼び出し、へらを握らせ後を任せる。それから廊下に出て、10コールくらいは掛かっただろうか、ようやくそれに応えた。

 

「どうした」と一言聞こうとしたのすらも遮って、賢章が言う。強い語気で、興奮している様子だった。

 

「失踪事件は、殺人事件で確定だ。エ(・)ピ(・)タ(・)フ(・)が出た」

 

 開口一番、電話越しに聞こえたその言葉に、思わず、息を呑む。

 

「出た…………っていうと?」

「クソデカいハンマーのエピタフだ。誰にも悟られずに持ち帰るのは無理だと思ったんだろうな。犯人が放置して帰ったそれを、オッサンたちが確保した。多分、七人目の被害者。殺されてから、そう時間も経ってねえ筈」

「おい、待て。それって、ま(・)さ(・)に(・)つ(・)い(・)さ(・)っ(・)き(・)殺されたってことか!?」

「そう言ってんだろうが。まだ失踪騒ぎにすらなってねェ。明日、あの施設跡に集まるから──篝。お前も来い」

「……僕は参加しないって言ったと思うけど」

「オレの予想が正しけりゃ、人手が要るんだ。このままじゃ、まだ何人も死んじまう」

 

「頼む」

 

 その懇願を受けて、真っ先に浮かぶ顔があった。

 

『事件は、もうちょっとで解決する。絶対』

 

 或いは、無責任に言い放った言葉があった。

 

 激化する事件と、それがようやく見せた、進展の気配。

 

 手の届く場所で子供が死んでいく中で、その真実に普通の人よりかは近いところにいて、知らぬ存ぜぬを貫いてきた歯痒さが。

 そんな篝とは対照的に、誰よりも夏祭りを楽しみにしている筈なのに、その犠牲に心を痛めていた彩華。彼女に掛けた、他力本願な励ましの言葉が、

 

「──行くだけだからな」

 

 篝の背中を、思い切り蹴飛ばした。

 

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