有形断末魔エピタフ 作:スパナ
ゴールデンウイーク初日。
七人目の被害者はまたしても小学生、名前は熊井達樹。今朝のニュースで確認したことで、やはり、昨夜から行方不明ということらしい。
彼の行方を知るのは、犯人と──それから、篝たちだけだった。
障害者支援施設跡の廃墟。その一室に安置された、全長二メートルにも及ばんというハンマー。黒鉄の輝きが、重々しい迫力を放っている。これが、
綿がはみ出ているソファで、児玉は綾野に膝枕をしてやっていた。その傍らには、レジ袋と小ぶりなアタッシュケース。
「暮雨さん。これ、何だと思います?」
児玉が、そう言って指に抓んでいるものを掲げた。歪な形に潰れた、指先くらいのサイズの金属片である。
「貸してください」遠目ではまるで分からなかったので、篝は手渡しでそれを受け取る。右から、左から。更には上下を幾度もひっくり返し、舐め回すようにその外観を検め──答えを出す。
「銃弾……ですか?」
「正解。それも
弾痕こそあれど、弾自体は終ぞ見つからなかった。そういう話だったと篝は記憶していたが、では何故今、綾野はそれを手にできているのか。
きっと、被害者のエピタフを確保できたからだろう。
前提としてエピタフは、不滅の物体である。しかし、壊れることがない訳ではない。
例えば剣のエピタフが折れた時、それは大きい方の破片からゆっくりと再生する。逆に小さい方は、その再生の進行に伴って消失するのだ。
死にながらにして生きている、エピタフの特性の一つ。
人がエピタフになる時、人体を構成する物質はその全てがエピタフのそれへと再構成される。しかし、明らかな異物はそれに弾かれるという。これに関しては、今回のケースが分かりやすい。
「死亡時、体内に残った弾を巻き込んでエピタフ化。エピタフの再生に伴って、弾はやがて弾き出される……綾野さんがダウンしているのは、つまり
「はい。エピタフの再生はゆっくりですから、暮雨さんを待っている間に、現実改変を使ってそれを早めました」
逆にいうと、これまで見つからなかった弾は犯人によって持ち去られたエピタフの中にあったのだ。弾痕が残っていた例もあった辺り、外した分もちゃんと回収しているようだが。
慈しむような手つきで、綾野の頭を撫ぜる児玉。彼女に身を委ねている彼の顔はほんのりと上気していて、ほろ酔い、という具合であった。
酒嫌いの綾野が、理由もなく酔っ払う筈もない。その理由として最も可能性が高いのが、能力の行使。今朝、篝と顔を合わせてから綾野はずっとあの調子だったが──能力の使用目的は、それであったらしい。
コンクリートが剥き出しの床にあぐらをかいていた宝田が口を開く。
「その密造弾だけど、ここらの半グレがシノギで売ってるヤツだ」
「半グレ……はともかく、シノギで密造弾!? うちの町、そんなに治安悪かったか?」
「──連中が調子づいたんは、久連山の仕業や。あ〜……ヒック」
のそのそと、しゃっくりをしながら綾野が顔を上げた。
「余所から来たヤクザ崩れが、久連山のバラ撒いたエピタフのいくつかを手に入れて調子づいた。最近は、ここらで色々やっとるんや。……ほら、以前賢章クンが叩きのめしたンも、そこの木っ端構成員やったやろ」
久連山──
篝の父と──それから、生前の児玉を殺した男だ。奴の目的が何だったのか、それは篝の知るところではないのだけれど、確かなことが一つ。
あの男は群雲町にたった一振りのエピタフを持ち込み、とにかく殺して、殺して、無数の種を蒔き続けた。綾野の手によって復讐が果たされたあの瞬間まで、ずっと。
して、賢章が叩きのめした半グレ構成員というと……久連山に付き従っていた奴だろう。転入直後の一週間にて、篝と賢章が初めて戦った相手だ。
「この半年でますますデカくなった半グレ組織は、今じゃ『マットブラック』なんて名乗ってやがる。固定のアジトとかは作らずに、点々としてるみたいだが……市内からは出ねェ。コンタクト自体も、SNSから案外簡単に取れたぜ」
そう言って賢章が示したのは、彼のスマートフォン。誰かとの、ダイレクトメッセージの画面のようである。アプリの形式は、あまり見慣れたものではなかった。
『花火を一箱買いたいです』
というメッセージが、つい数分前の時刻に送信されている。
「ここじゃア密造弾をそう呼んでるらしい。顧客として接触するのが、一番手っ取り早い。誘き出して、出てきた連中を〆て、そんでもって他の取引相手について聞き出す」
きっと犯人も、その中にいる。言外に、賢章はそう凄んだ。
「決行はゴールデンウィーク中……俺の調子が戻ってからやから、明日以降になるなァ。久々にデカい山や。篝クンにも出来れば協力してほしい──いや、してもらう」
綾野はすっかり姿勢を直して、児玉の隣にどかっと座り込んでいた。篝は彼に、はっきりと「協力しない」と言った。綾野は聡い人間だ、きっと──篝を説得する為の材料を揃えてきている筈。
期待を込めて、篝はアイコンタクトで彼に先を語ることを促した。実のところ、彼の心は昨夜の電話の時点で固まっていたのだ。つまり、説得され待ちの状態である。
視線を受け、綾野は部屋のど真ん中に佇む鉄塊を指差した。
「この子……達樹クンの第一発見者、俺らとちゃうねん。道端に変なものが落ちとる言うてちょっとした騒ぎになっとってなあ、慌てて駆け付けて回収した。持ち去るところは、認識阻害でどうにかしたが──エピタフ自体の目撃者がまあまあおった。エピ対には、勘付かれてると見て間違いない」
エピ対。綾野の口から、聞いたことくらいはある言葉だった。
警視庁エピタフ犯罪対策課。そこに所属する捜査官らの業務は、エピタフ犯罪への対処及び、国内に存在するあらゆるエピタフの回収・封印である。
日本政府は、というかどこの国もそうしているようだが、世間一般にエピタフの情報は秘匿されている。それ故、この機関もまた公のものではない超法規的なものだ。
初めてこれの存在を聞いた頃は、国がやってくれるなら万々歳じゃないのか等と思ったものだけれど。問題が一つある。
エピタフの回収・封印。これが、綾野らと非常に折り合いが悪いのだ。
エピタフの所持は如何なる事情があっても認められない。
綾野には、彼らに決して従えぬ理由があったのだ。そしてこれは、他人事ではない。
篝もまた、父を手放すつもりは毛頭ないのだから。
成る程、綾野が用意してきた説得材料は理解できた。つまり、エピ対に対抗する戦力として篝が欲しいということなのだろう。
しかし、あれだけ頑として断った手前、すぐに頷くのもなんとなく体裁が悪い。一先ず、ここは焦らして──、
「連中の強権っぷりは噂に聞くところや。釈迦担いは、どうにか理由つけて町中ロックダウンでもさせるんとちゃうか。このままやと、空蜘蛛夏祭りは問答無用で中止。花火大会どころの話やないで」
「……………………は?」
こちらがまだ答えを決めかねていると思ったのだろう。追撃として放たれた綾野の言葉が、篝のくだらない思考を一瞬にして凍りつかせた。
「賢章クンから聞いとるで。篝クン、お祭りにご執心らしいやないか。とっとと事件解決させな、なんもかんも台無しになってまう────ほな、協力、頼んますわ」
「すまん」聞こえてきた声に振り向くと、賢章が浅く頭を下げていた。確かに、こいつには祭り関連の話を色々していた覚えがある。それを勝手に綾野に言ったことを謝っているのだろうが──相変わらず、損な性格をした野郎である。
空蜘蛛夏祭りの中止────篝が今、一番困ることだ。
それを知る切っ掛けを作ってくれたのだから、何をどうして謝る必要がある?
まだまだ本調子ではないのだろう。青い顔に、しかし不敵な笑みを浮かべる綾野の方を、再び見据える。
彼に倣い、篝もまた笑みを浮かべた。歯を剥き出し、努めて凶暴に。最早完全に、心は決まった。
「言われなくても!」
転入直後の、一週間の大騒動──あれから半年弱が経った、ゴールデンウィークの初日のこと。
再び、暮雨篝の日常は終わりを告げる。
「さて、話も纏まったことやし! ──これ受け取りィ」
綾野がアンダースローで投げ渡した何かを、賢章が危なげなく受け止めた。
肉球のようにも見える、骨太の金属フレーム。所謂、
久連山との戦いで“臨界”するまで、綾野が児玉と併用していたエピタフである。異能は、『自身と対象に磁力を付与・剥奪する力』。綾野が殺した犯罪者であるらしい。彼ですら、その名は知らない。まして篝らがその素性を推測することは極めて困難であるが──十中八九、あの男絡みであろうことだけは容易に想像がついた。
篝が、一応確かめる。
「綾野さんが使ってたエピタフですよね? それ。確か…………ジョン・ドゥ」
「名無しの権兵衛でもかまへんで。賢章クンも、ええ加減にエピタフを持つべきや思うてな」
「しかし、良いのかよ。こりゃオッサンの得物だろうに」
「あの頃とは違って、俺らは現実改変を使えるようになったからな。正直、それあってもしょっぱいねん。今の俺と光里さんの二人で100パーやとしたら、そいつ加えても102パーくらいにしかならん。それなら、エピタフ未所持の賢章クンにあげんのが一番ええ」
賢章はそれを指に嵌め、数度握り込み──頷く。悪くない感触だったようだが、その表情は優れない。
綾野は罪のない人を殺すような真似はしないので、つまりこれは罪のある人のエピタフなのだろうが、死体は死体。気分の良いものではないのだろう。
「では、始めましょうか」
気持ち暗くなった雰囲気を敢えて無視した声が、廃墟の一室に響いた。無感情、されど理知的な雰囲気を持ったそれは、児玉のもの。
「何を?」と篝らがそちらを見やれば、真っ先に目に飛び込んできたのは
視線を受けて、児玉は妖艶に──本人の意図としては
「模擬戦ですよ、勿論」
「模擬、戦。マジですか」
「せや。わざわざ酒飲んだんや。なるべく活用せな、大損ってもんやろ。怪我は能力で治したるさかい、お前ら二人で光里さんと戦え。具体的には──篝クンは戦闘勘を取り戻すまで。賢章クンは名無しの権兵衛の能力行使に慣れるまで」
「お二人とも、ご安心を。今回の戦闘に現実改変は使いませんから。この私が、身一つでお相手します」
児玉が握り拳を作って、なんとも様にならないファイティングポーズを取る。思わず和んでしまいそうな、可愛らしい立ち姿だが──この女の恐ろしさを知っている者からすれば、少しもそんな気にはなれはしない。
児玉の最大の武器は、“臨界”によって得た何でもありの現実改変能力。しかし綾野と彼女は、それ以前から十分に強者であった。
エピタフ児玉光里。形態は
この能力自体は戦闘に一切寄与するものではないので、彼女の強さの理由はその形態にある。綾野はエピタフの形態を、「生前のその人が武器と言われて真っ先に思い浮かべるもの」と予想していた。
故、当然銃やら剣といったものがエピタフの大半を占めることになるのだが──尋常から逸した精神性の人間からは、予想だにしない形態のエピタフが生まれ得る。
現代科学では実現不可能なレベルの高度な人造人間を、武器であると信じてやまなかった。そんな、児玉光里という狂人の心が生み出した文字通りのオーパーツ。それが彼女なのだ。
「ハッ、上等じゃねえか」
「…………仕方ないか」
噛みつくように笑って、賢章が首の骨を鳴らしながら立ち上がる。相棒が乗り気らしいので、仕方なく、篝も鞄から暮雨薪之進を取り出した。
レンコン型のシリンダーをスイングアウト(弾を籠められるよう、銃本体の側方からシリンダーを振り出すこと)すれば、それが能力発動の合図である。この状態のシリンダーに接触させることで、あらゆる物体を弾として籠めることができる。取り敢えず、足元に転がっていたコンクリートの破片を一つと──他に目ぼしいものが見当たらなかったので、残りにはそこらの空気を圧縮して籠めた。
お互い何を言うでもなく、賢章が前へ。篝がそのすぐ後ろにと着く。
二人と児玉の間合いは、六、七メートル程。
リボルバーの照準をその細い胴体へと合わせる。同時に、賢章が腰を落とした構えを取った。
彼はこれまで、ずっとエピタフでもないただの金属バット一本で戦い抜いてきていた。
武器としては、正直頼りない。しかし事実として、ここに至るまで賢章はこれ一本を武器に生き残ってきたのだ。篝と暮雨薪之進が勝てなかった相手に、この男はただのバットだけを使って勝っている。
そんな男がエピタフを手にしたのだ。使い方も、一緒に綾野の戦いを見てきたのだ、お蔭で薄っすらと分かっている筈。
現実改変能力なしの、児玉単体であれば。二人で、力を合わせれば。
「悪いけど…………手加減しませんよ」
勝てる。勝つ。
篝の不遜な物言いに、児玉はいつものように、優しく微笑んで答える。たった一言。
「私の方は、手加減してあげます」
それが開戦の合図になった。
低い姿勢のまま、賢章が突っ込む。その類稀な身体能力によって矢の如きスピードで飛び出した彼は、あっという間に児玉に肉薄した。
アッパーの要領で拳を繰り出す。ジョン・ドゥのエピタフを嵌めた右の拳である。狙いは磁力の付与。
その程度、当然お見通しだったのだろう。児玉の手が人間離れした速度で閃き、賢章の手首を掴み取った。そのまま捻り上げ、もう片方の腕で瞬く間にヘッドロックを掛けて拘束する。
「だっ、アッ……がアッ! クソ…………ッ!!」
この間、僅か数秒。賢章の動きを見て、それに合わせようと待機していた篝だったが──最早、全てが手遅れだった。
「人間の力では、私の拘束から逃れることは不可能です。宝田さんは制圧したと言っていいでしょうね。暮雨さん……ここから、どう打開しますか?」
児玉自体は、ずっと照準に捉えたままだ。距離の方も、撃てば十中八九当たる程度。しかし撃てない。
彼女は藻掻く宝田の体を盾にしており、射線が塞がれている。こちらの様子を窺うため、その顔半分だけは当然覗いているのだが、ピンポイントにそこを撃ち抜くだけの技量は篝にはない。
それに、そもそも空気弾では文字通り鋼の肉体を持つ児玉にダメージを与えられない。ないよりはマシで籠めた空気弾だったが、本当にないよりはマシでしかないのだ。
では、先刻拾ったコンクリート片なら? これも駄目だ。よしんば的確に狙いをつけられたとしても、弾としてあまりに大き過ぎる。児玉
打開もクソもない。詰みである。
「逆に、打開のしようがあると思います?」
「あるでしょう。“臨界”するとか」
「じゃあ無理ってことじゃないですか」
銃を下ろすと、児玉は肩を竦めて人質を解放した。やっとまともに息ができるようになり、苦しそうに咽る賢章に篝が慌てて駆け寄る。地べたにへたり込んだその体を支えてやっていると、上方から声が降ってきた。
「まあ、最初っから大間違いでしたね。とりあえず能力の行使を狙うというのは、エピタフ戦の基礎ですから悪くないのですが──先ず動くべきだったのは牽制の手段を持つ暮雨さんでした。貴方たちは以前からそうでしたが、宝田さんに合わせて暮雨さんが戦うという形はセオリーとして間違っています」
「そんなこと言ったって、児玉さん空気弾効かないでしょう」
「一つだけでしたが、コンクリートの破片も入れていたでしょう? 出し惜しみした挙げ句、結局出せずに終わるなんて……そんなに間抜けなことはありません。実戦なら死んでいるんですよ」
容赦のない叱咤だったが、その全てが事実でもあった。一切の反論は許されず、篝はただ歯噛みするしかない。
「おら、何グズグズしとんねん。時間は有限。とっとと二戦目や」
いつの間にやら、またソファに寝転び始めていた綾野が急かす。
その声を受けて、やおら、賢章が立ち上がった。笑みは崩さず、されど凄絶な表情。闘志は萎びるどころか、むしろ漲り始めている様子である。
「ありがとよ」と傍らにいた篝に小声で礼を言いながらも、視線は間近に立つ児玉を睨め付けたまま動かない。
「──続きだ」
【臨界】
特定の条件下にて起こる、エピタフ能力の覚醒。基本的に永続だが、エピタフだけでなく、共に臨界を経験したオーナーが振るわなければこれによって得た能力は行使できない。