──黒髪の青年”漂泊者”とシュウが出会ったのは『無冠者』との戦いの時だった。
「漂泊者さん、今です!」
「任せろ!」
突き出した槍の穂先を
この隙に漂泊者は一瞬にして距離を詰め、ガラ空きになった胴体目掛けて刃を叩きこむ。
脇腹から肩口へ、逆袈裟の一閃。一太刀浴びせられた『無冠者』の体がぐらりと傾いた。
「一気に行くぞ秧秧! ──光よ、舞え!」
これを好機だと捉えた漂泊者は、右手を伸ばして黄金の輝きを込める。手のひらに集束した回折の力が解き放たれ、くるくると旋回する光刃となって『無冠者』を切り刻む。
全身に無数の亀裂を生じさせると同時に、背後へと飛び込んだ秧秧が追撃した。
「風よ起これ──!」
抜き放った刀身を中心に凄まじい旋風が巻き起こったかと思えば、光刃によって刻まれたヒビを押し広げ、ボロボロになった外殻が小さな破片となって飛び散る。
『無冠者』の胸部中央、人間で言うところの心臓付近に残像のコア──音核が露出した。
「これで……終わりだ!」
一瞬の溜めの後、漂泊者は迷いなく迅刀の切っ先を突き出した。その鋭いひと突きは寸分違わず『無冠者』の音核を刺し貫いた挙句、根本までずぶりと突き刺して背中側に貫通した。
心臓を抉られた『無冠者』の体から力が抜ける。
全身が弛緩し、妖しく光っていた瞳から輝きが消え、漆黒の翼からは羽の一枚一枚が枯れ葉の如く霧散していく。
(倒した、か。こいつは他の残像と違うみたいだが……一体どうして俺たちの前に現れたんだ?)
「秧秧、怪我はないか……」
そして秧秧を気遣おうと注意を向けた瞬間、彼女の顔がサッと青ざめたのが見えた。
「なっ!? ──漂泊者さん! まだ終わってません!!」
彼女の視線の先、確実にトドメを刺したはずの『無冠者』の瞳が輝きを取り戻す。
それは風前の灯火と言わんばかりの弱々しい光にも拘らず、不意を突かれた形の漂泊者にとって、脳が警鐘を鳴らすには十分すぎるものだった。
反射的に腕を引こうとするも、深々と食い込んだ迅刀が邪魔をしてたたらを踏む。
(マズい、刀身が抜けない……!)
一瞬の油断。一瞬の迷い。
判断を鈍らせた漂泊者へ、満身創痍な『無冠者』が振り上げた拳が襲い掛かる。非常に緩慢な動作、平時であれば容易に避けられるはずの一撃は、しかして致命的な隙を生んだことで逆転した。
最後に一矢報いるべく、ボロボロの拳が漂泊者を捉えんとし……
「────伏せろッ!!」
叫び声と共に、莫大な反響エナジーの奔流が『無冠者』を飲み込んだ。
唯でさえ消えかけていた『無冠者』の周波数エナジーは一瞬にして圧し潰され、激流が過ぎ去った後には半透明の”残響”のみが残されていた。
何が起こったのか、余波だけで吹き飛ばされかけた漂泊者が目を白黒とさせる一方で、誰の仕業なのか分かった様子の秧秧は刀を納め、ほっと胸を撫で下ろす。
と、同時に無音区を隔てた結界も解除されたらしく、血相を変えた
それに、もう一人の人影も。
「秧秧、漂泊者、怪我はない!?」
「目立った外傷はなさそうだけれど……念の為、検査を受けたほうが良さそうね」
ペタペタと体のあちこちを触る熾霞に苦笑しつつ、同じく険しい顔で考え込む白芷に心配は要らないと返した2人は、窮地を救った声の主こと紫紺の瞳をした青年に視線を向けた。
「あー……無音区が活性化したのを感じて駆け付けたんだが、余計なお世話だったか?」
何処か遠慮がちに尋ねる青年の言葉に、漂泊者は首を横に振った。
「いや、お陰で助かった。ありがとう」
そしてスッと手を差し出し、感謝を述べながら青年と握手を交わす。
「俺の名は漂泊者。──あなたは?」
「シュウだ。気軽に呼び捨てにしてもらって構わない。よろしく、漂泊者」
◆
今日も今日とて先駆条約から届いた依頼のために今州中を駆けずり回っていたところ、雲陵谷の方角から妙な気配が感じられた。
遡回雨の予兆かと思った次の瞬間、オレの目に飛び込んできたのは無音区が活性化した波紋。
そこで慌てて現場にダッシュで向かったオレは、謎の残像と”漂泊者”に出会ったのだ。
「いやぁ~ナイスタイミングだったよシュウ! ──それはそうと、この残像は……?」
「見たことのない種ね。最低でも怒涛級だけれど……データドックには記録されてないわ」
と、熾霞と白芷が残された残響を前に頭を捻る。かく言うオレも全く見覚えがない。
残像は一般的に、含有する周波数の量によって水風級→巨浪級→怒涛級→津波級……とランク付けされているのだが、今までに確認された人型の残像はほとんどが水風級or巨浪級だ。
他にも『雷刹のウロコ』や『雲刹のウロコ』は怒涛級に属するが……似ても似つかない。
「あ、こいつの音骸は入手できそうか?」
「いえ。さっきから試してはいるのですが……。私たちの権限では足りないようです」
「秧秧が無理ならオレも無理そうだな」
試しにオレも盤古デバイスを翳してみるも、残響はうんともすんとも反応せず。惜しいな、新種の残像だけあって可能なら手に入れたかったのだが……。
「はぁ……、仕方ないわ。取り敢えずこの場を離れるわよ」
後ろ髪を引かれる思いで無音区を後にしようとすると、不意に漂泊者が足を止めたのが見えた。
「どうしたんだ? 漂泊者」
「いや、何かが俺を呼んで……──ッ!?」
突如、漂泊者の右手の音痕が輝き出す。オレたちが呆気に取られて見ているうちに、まるで何かに引っ張られるようにして謎の残像の残響は音痕へと吸い込まれて消え去ってしまった。
「……マジか」
オレはそう呟くしかなかった。
「何それ超凄いじゃん! ねね、他にも技を隠し持ってるんじゃない? 音骸炭焼とか!」
「炭焼……? いや、俺にも何が何だか……」
目をキラキラさせていたのは熾霞だけで、漂泊者にも分かっていないらしい。当の本人がこれなのだ、説明を求めても無駄だろう。気になりはするものの、今は一旦口を噤むべきだ。
「調べなければならないことが増えたわね。──でも、今は漂泊者を今州城に案内するのが先決」
「う~ん、まいっか! 漂泊者、後で絶対に検査してもらいなよ!」
そんなわけで、漂泊者を今州城へと連れて行くことにした。
清宵と漂泊者のストーリー不評らしいですね……