ダンジョン潜って5年、地上に出たら色々変わってました。   作:一般通過社会人

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邪悪胎動 肆

〜とある喫茶店〜

 

「ごめんなさい、遅れてしまって」 

 

とある昼下がり。 

 

その白い衣を身に纏った美しい女神は、都市第一区画の喫茶店に訪れていた。 

 

「ホンマ遅刻やで!うちらを待たすなんて、随分偉くなったな、アストレアぁ?」 

 

「はぁ…率先して三下に成り下がろうとするの、流行りなの、ロキ?」 

 

路地が見渡せるオープンテラスの席で彼女を待っていたのは二柱の女神。 

 

朱髪の中性的な神が無い胸を張りながらふんぞり返り、銀髪の美神がため息混じりに紅茶で唇を濡らす。 

 

朱髪の女神の名はロキ。銀髪の美神はフレイヤ。 

 

当代のオラリオ二大派閥、その主神達である。 

 

「アストレアは、また子供の面倒?」 

 

「ええ。孤児院に少し。あとは商店街の手伝いを。孤児達の力も借りて、スープを作って回ってきたの」 

 

「かーっ、出たわー。『正義』なんか知らんけど自己満足の偽善〜。うちらも大概やけど、少しは女神としての自覚を持てや」  

 

周囲の者達を『魅了』しないよう、全身ローブ姿のフレイヤの問いに答えながら席につくと、すかさずロキからいちゃもんをつけられる。 

 

アストレアは苦笑した。 

 

「貴方が大好きなお酒でくだを巻くのと、似たようなものよ。これは私の趣味のようなもの」 

 

そして、深い藍色の双眸を細める。 

 

「それに、眷族達(アリーゼ達)が都市のために戦い続けている。それなら主神も、何か行動を起こさないと示しがつかないわ」 

 

「……その純粋面が気に食わないって言うとるんや。同じ鼻につく神でも、即実力行使の純潔神(アルテミス)の方がまだマシや」 

 

今度はふざけた態度を消し、ロキはしかめっ面を浮かべ、吐き捨てる。 

 

「全知零能のうちらじゃあ、下界全部に公平に接することなんてできん。エゴとわかった『正義』の実践……うちは自分のこと、好かん」

 

『正義』の批判に、アストレアは眉を下げて笑うのみだった。 

 

それは誹謗や嘲りに慣れている者の顔であり、同時に『正義』の過程と本質を知る者の眼差しだった。  

 

だからアストレアは、そのロキの非難を甘んじた。 

 

「別にいいじゃない。私は好きよ、下界でしかできない無駄なこと。私も今度、アストレアの真似事をしてみようかしら?」 

 

「ったく、どいつもこいつも……。こんな偽善者と色ボケが子供達の間で人気なんやから、下界も末やな〜」  

 

ロキは再び吐き捨てる。

 

「それに」 

 

だが、フレイヤがロキの言葉を遮る。その瞳には隠しきれない興奮が有った。 

 

「彼(ロイ)もそうでしょう?ねぇ、アストレア?」

 

「………………オイ」

 

ロキから底冷えするような神威が滲み出る。時間が凍り付くような感覚が辺りに奔った。

 

「抑えて、ロキ。フレイヤも」

 

「………すまん」

 

「あら、ごめんなさい。私は素直に褒めただけなのだけれど」

 

アストレアの調停を二人は静かに受け入れる。そして、ロキは再び饒舌に戻った。

 

「…お前が話題に出す時なんてだいたい狙っとるっちゅー事やんか!ほんっと紛らわしい奴やで!!」

 

「フフッ。アストレアの眷属(こ)になったんだもの、奪いはしないわ。アストレアの眷属(こ)になったんだから……ね?」

 

「お前ソレ、ウチの眷属(こ)のままだったら奪いに行ってたって事よな?喧嘩売っとる?喧嘩売っとるよな?表出ろや色ボケ!」  

 

「嫌よ。私そんな野蛮じゃないもの」 

 

「どの口が言うとんねん!いつかイシュタル辺りと全面戦争しそうな収集家(コレクター)が!!」 

 

「お、落ち着いてロキ…ね?」 

 

「お前もなんで怒らんねん!ウチからの改宗(コンバージョン)とは言えもう自分の眷属(こ)やねんで!?」 

 

「冗談だと分かっているもの。それに…」 

 

アストレアの双眸が再び細まり、目を伏せる。目の中には深い愛が息を殺して潜んでいた。 

 

「それがあの子の為になるなら、私は受け入れるわ」 

 

「「…………は〜っ…!」」 

 

ロキとフレイヤは深い溜息をついた。 

 

「……え?」 

 

「素直やないなぁ…」 

 

「愛の女神として少し心配になるわ…。…貴女の将来が」 

 

「私の……??」 

 

この女神、忘れがちだがかなりの堅物である。少なくとも美や愛の女神のように男漁りなどしないし、そこら辺の神のように酒に溺れたりと言う事も無い。正義の女神は、それだけ清らかな乙女……恋愛処女であった。 

 

「お前、そんな顔しておいて受け入れるって…いや、もうええわ。処女神とか純潔を司る神なんてドチビ除いてそんなもんやしな」

 

「ソッチの方はつまらない神生なのね…」

 

「???」

 

そしてこの自覚の無さ。ロイ(クソボケ)の主神としては納得であるが、少しでも良いからあって欲しかったものである。 

 

「……ま、冗談は此処までにしとくか」 

 

「貴女本気で怒ってなかったかしら?」 

 

「此処までにしとくかっ!!」 

 

「……良いわ。そうね、本題に入りましょう」 

 

ロキが無理矢理話を打ち切った事で、茶会は再開された。 

 

「……でも、私がこの「お茶会」にお邪魔して良かったの?私の【ファミリア】は、貴方達よりずっと勢力が下だけれど」 

 

「ただ駄弁って情報を共有するだけや。不真面目な神々より、糞真面目に警濯をしとる自分のとこの方が情報も見解も豊富や」 

 

「それに、私は貴方個人のことを気に入っているわ。眷族も粒揃い。アストレアの子じゃなかったら、奪っていたもの」 

 

「やめろや、その悪癖!ホンマいつかイシュタル辺りと全面戦争しそうやな、このクソ収集家は!」 

 

これがギルドの会議でもなければ派閥の優位合戦(マウントゲーム)でもない、あくまでもただの井戸端会議……否、『世間話』だということをロキは強調する。 

 

その上で、『正義の派閥(アストレア・ファミリア)』としての見解を寄越せと彼女は言っているのだ。 

 

フレイヤもフレイヤでアストレアのことを認めているらしく、紅茶で唇を濡らしながら発言した。 

 

……同時に、不穏な発言もさらっと口にしたが。 

 

「誉め言葉として受け取っておくわ、フレイヤ。……でも、その理屈だと、ガネーシャは?子供達が憲兵として活動する彼も呼ぶべきじゃないの?」 

 

「はっは〜!おもろい事言うやんかアストレア。アイツ呼ばない理由なんて一つやろ?」

 

「?それって…?」

 

「「うるさい」」

 

「あぁ…」

 

アストレアはあっさり納得した。

 

 

〜ガネーシャ・ファミリア視点〜

 

なぜ吠えるのか。 

 

そう問われたら、その象の仮面はこう答えるだろう。 

 

「俺がガネーシャだからぁあああああああああああああああああ!」 

 

とどのつまり理由などないのである。いや、ただ叫びたいだけの☆馬鹿☆なのかもしれないが。

 

「俺がガネーシャだああああああ!」 

 

「うわ、うるせえ!でもなんか元気出た!ありがとうございます、ガネーシャ様!」 

 

「俺がっ、ガネーシャだあああああああああああああ!」 

 

「もぅうるさい!でも悩んでるのがバカバカしくなったわ! 感謝します、ガネーシャ様!」 

 

「俺がぁー ガネーシャだああああああああああああああ!」 

 

「うるせえええ!でもおかげで強盗がビビって逃げてった! サンクス、ガネーシャ様!」 

 

「オレ達がっつ、ガネーシャどぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」 

 

「「「マジで本当にうるさい!でも力が張ってきた! いつもありがとうございます、ガネーシャ様!」」」 

 

象面の神の雄叫びは今日も街中から上がり、歓声を呼び、途切れない。 

 

しかし死ぬ程うるさかった。 

 

「お姉ちゃーん。私達の神様、止めなくていいのー?」 

 

「私は知らん。もう、何も知らん……」 

 

にっこりとほのぼの笑う妹に、姉は疲れた言葉を返すしかできなかった。

 

 

 

〜アストレア視点〜

 

「それじゃあ、本当に始めましょうか。ロキ、貴方、ヘルメスのところに依頼を出したのでしょう?」 

 

とある男神の雄叫びが都市の彼方から聞こえてきたような気がしたが、さらっと無視してフレイヤが切り出した。 

 

「ああ。ま、うちやなくてフィン達やけどな。ここに来る前、【万能者(ペルセウス)】が一人、館を訪ねてきたわ」  

 

ロキはそれに頷いた。 

 

「都市外で閤派閥の下部組織、その動向を掴んだそうや。フィンの読み通り、神から「恩恵」を授かっていない非戦闘員…ま、俗に言う『信者』やな。ソレを大量に使役して、外部活動をさせとるらしい」 

 

その説明に、アストレアは顔を曇らせる。信者とは言えど、其処は闇派閥。非戦闘員でもやる事は同じだ。 

 

「それは、つまり……………」 

 

「ああ。略奪に脅迫……主に暴力で、勢力を拡大しつつあるってことやな」 

 

「動いている場所は?」 

 

【万能者】がもたらしたという情報を語るロキに、フレイヤが鋭い眼差しで尋ねた。 

 

「オラリオの遥か南方、『デダイン』の地域や」 

 

「デダイン……デダイン、ね。嫌な名前。あまり思い出したくないものですらある」

 

ロキの発した地名を反芻し、フレイヤは目を瞑る。

 

「ヘルメスんとこが嗅ぎ回った限りでは、これといって騒ぎを起こしとるわけじゃないらしいが……とにかく動き回っとるらしい。まるで何かを集めるように。ひたすらに、な」

 

「不穩」の一言につきる。

 

そう言外に告げるロキに、アストレアもまた、怪訝な表情を浮かべる。理由は、不理解。

 

「………………真意がよく見えない。闇派閥は都市外の地域まで巻き込んで、いったい何をしようとしているのか…」

 

「オラリオを『無法都市』に変えたい連中がおるのは確かや。『ギルドの打倒』を謳ってな」 

 

グラスにそそがれた酒をあおり、ロキは断言した。 

 

そして、顔をしかめにしかめる。 

 

「オラリオでは怪物の宝(ドロップアイテム)の商談は認められていても、『魔石』に関わる商いの一切は許されていない……」 

 

「ああ。迷宮都市でありながら迷宮に関わる商売は制限されとる。多くの商会にとって、ギルドは目の上のたんこぶってやつや」

 

「値千金の価値を生む魔石製品産業、その利権を独占するギルドが倒れれば、自分達が代わりにそれを牛耳ることができる……そういう腹ね」

 

アストレアが指摘し、ロキが頷いて、フレイヤが結論する。 

 

女神達の言っていることは何も間違っていなかった。 

 

まず、大前提として魔石製品産業は、この世界の文明を根幹から支える産業である。

 

その魔石製品産業こそオラリオが『世界の中心』と呼ばれる所以であり、その経済効果はおおよそ人間が数として数えられる範疇を軽く超えている。ダンジョンから『魔石』を無限に得られるからこそ、研究も開発もし放題。だからこそオラリオは下界で最も富んだ巨大都市となったのだ。そして、そんな金塊をも上回る宝の商を、妬ましく思わない商人がいるだろうか。 

 

答えは、否。 

 

哀しいかな、戦争も、人の命にさえも『利益』を見出してしまうのが『商人』という人種である。  

 

「悲しい、としか言えないわ。目の前の利益のためだけに、オラリオの混沌を助長させているなんて……」 

 

「まったくや。溜息も売り切れになる。もうちっと、視野を広げてほしいんやけどなぁ」 

 

嘆くアストレアに同意しながら、ロキはうっすらと片目を開いた。  

 

その朱色の瞳が「世界の実情」を問う。  

 

「ギルドが倒れて誰がダンジョンを管理する?冒険者が死んで、誰が『終末の厄災』―――黒竜を討てる?」

 

それに答えるのは、フレイヤ。 

 

「オラリオの崩壊は下界滅亡と同義……少し考えれば幼子でもわかる、この世界の真の死線(トゥルー・デッドライン)」 

 

銀髪の美神はまるで魔女のごとく、愉快そうに、そして皮肉げに、薄く笑った。 

 

「欲望を追求するがために、自分達が住む世界を滅ぼす。子供達――『人間らしい』と言えば、とても『らしい』けれど」   

 

アストレアがまたも怪訝な表情を浮かべる。そう、フレイヤの意見を聞き入れれば、新たな一つの疑問が浮かぶのだ。

 

「……でも、何故今になって?」

 

「正直其処は、憶測の域を出んなぁ。ま、でももっともな疑問や。八年前、『暗黒期』が始まったばっかの時とか、絶好のチャンスやからな」

 

「アストレア・ファミリア、もっと言えば……【未完の新星(リトル・ルーキー)】含めた戦力が闇派閥の拠点を制圧し続けている今、態々闇派閥に投資する理由なんて無い筈……ある一つの可能性を除けばね」

 

フレイヤが紅茶で唇を濡らす。ちなみに【未完の新星(リトル・ルーキー)】、コレはアストレア・ファミリアの黒一点、ロイ・ヴァレンシュタインの二つ名である。

 

「その可能性って、もしかして…」

 

「『冒険者に代わる勢力』が現れたって事やろなぁ」

 

「…ギルドが倒れた後も、オラリオを掌握できる程の戦力?いえ、でも、そんな事が…」 

 

「――けど、それなら理屈も通る」 

 

ロキは断言する。 

 

逆に、それ以外の筋道は危惧にすら至らないとも。 

 

「ここにきて間派閥の不穏の動き、商人達との結託……力を持った『旗頭』の存在」 

 

フレイヤも言外に肯定する。 

 

その上で旗頭……『黒幕』の存在を示唆する。 

 

「都市外での暗躍も含め、全ては繋がっている……」 アストレアもまた、頷いた。 

 

頷きを返して、女神達は顔を見合わせる。

 

「これは、いるわね」 

 

「ええ、いるわ。間違いなく」  

 

「あぁ、そうやなぁ。見え隠れしてるわ。裏で全ての糸を引いている――」  

 

灰色の雲が漂う空を見上げながら、ロキは、フレイヤは、アストレアは、三つの声を重ねた。 

 

「「「―――厄介な「神」の影が」」」 

 

 

 

〜ロイ視点〜

 

作業中。暫くお待ちください。作業中。暫くお待ちください……よし。

 

「……終わった」

 

うーん中々の力作だ。アミュレットの複製に成功した。俺がシルさんから貰ったのと、あと2個複製できた。……え、材料費?中々痛かった…とだけ言っておこう(ペタンコになった財布から目を逸らしつつ)

 

「………明日からパン一個生活だな」

 

稼いだ傍から消えていく。冒険者の悲しい宿命である。

 

「………今日の予定は」

 

メモを開き、今日の予定を見る。……【ガネーシャ・ファミリア】とガサ入れか。例の盗品蔵……『倉庫』を見つけたんだったか。

 

「枝もあると良いが…」

 

兎も角、残り一時間。ささっと準備して行くか。

 

 

〜ガネーシャ・ファミリア視点 オラリオ北西部 第七区画〜

 

日が沈み、夜の帳が落ちる。

 

そこでは息を殺した冒険者の集団が、一つの建物を窺っていた。 

 

「ここで間違いないな?」 

 

「うん。獣人の身で追われないよう、消臭の道具まで使ってる怪しい集団が出入りしてるのは確認済み」  

 

ひそめた声を交わすのは、シャクティとアーディのヴァルマ姉妹。 

 

彼女達の視線の先には、人々の記憶から忘れられた廃教会が存在する。 

 

今は閉ざされている正面入り口の真上には、顔を半分失っている女神の石像が立っていた。 

 

「『悪人共の違法市(ダーク・マーケット)』で那く品を保管する『倉庫』………やっと見つけた。交易所じゃなくて、こんな寂れた北西区画にあったなんて」

 

「一般人の居住区は盲点だったな。敵も馬鹿ではないようだ。…が、それも今日で終わりだ」  

 

ぎゅっと拳を握るアーディの隣で、シャクティが双難を鋭くする。 

 

「……ロイも、悪かったな。急に来てもらって」

 

「大丈夫ですよ。元々日勤帯の予定でしたけど、やっぱり夜の方が落ち着く」

 

「もうすっかり夜型だね…」

 

間もなく、彼女達のもとに部下の団員が足音一つもなく駆け寄る。 

 

「シャクティ団長。全団員、配置につきました。いつでも行けます」 

 

「よし、一気に片付けるぞ」 

 

教会を包囲するように、【ガネーシャ・ファミリア】の団員達は物陰に身をひそめ、今や合図を待つばかり。ロイも戦鎚(メイス)を構える。 

 

シャクティは一拍の呼吸を挟み、告げる。 

 

「全隊突入――っっ!」 

 

団長の号令がかかると同時、【ガネーシャ・ファミリア】は雄叫びを上げた。 

 

人っ子一人逃さない意志を喊声に乗せ、目標の教会へと雪崩れ込む。 

 

中でも素早く駆けたアーディは、団員が蹴破った扉から一番乗りに飛び込み、声を発した。

 

「行くよロイ!」

 

「……了解」

 

黒衣の少年と共に夜の教会に突入するアーディ。しかし…。

 

「憲兵参上!この教会は包囲されてるよ!無駄な抵抗はって、え?」 

 

「う……ぁ………………」

 

名乗りを上げたアーディの降伏勧告は、意味をなすことはなかった。 

 

教会内にいた悪人共は例外なく、全滅していたからである。

男も、女も、ヒューマンもドワーフも獣人も。まるで慮外の力で叩きつけられたかのように全身が壊れ果て、割れた床の板石の上に倒れ伏している。

 

出血の類はないが、全員虫の息だ。命を繋ぎ止めていること自体が不可解と思えるほどの惨状だった。

 

「闇派閥も、商人も……みんな、やられてる?」

 

「全滅………………?私達が突入する前に? 一体誰が…………………!」

 

アーディは啞然とし、遅れて現れたシャクティも瞠目する。

 

「……切傷無し。打撃か魔法か?いったい誰が……っ!?」

 

「ロイ!?」

 

「どうした!?」

 

ロイが警戒しながら倒れている悪人に近づこうとして、そして急激に飛び退く。

 

「……………誰か居るな?」

 

 

「ほう」

 

声が響き渡った。

 

 

 

〜ロイ視点〜

 

「ほう」

 

声が響き渡る。今は夜。辺りが静かだと言う事もあるが、妙に澄み渡った声だった。

 

「気づくか。別に潜んでいた訳でもないが、良い勘だ」

 

「………コイツらをやったのは……いや、聞くまでもないか。何故やった?」

 

「私の癇に障った。それだけのことだ」

 

怪我人は大勢転がっている。一分一秒が惜しいこの状況で、不要な質問は避けるべきだ。必要な情報だけを聞き出す。対する女は淡々と答えるのみ。

 

「…………?どういうこと?」 

 

「この塵芥ともは不要な域まで妖精の森を荒らし、大聖樹を蹂躙した。挙句――ここを汚した。故に報いを与えた」 

 

女は周囲で倒れている闇派閥達に視線も向けず、唾棄の感情だけを声の端々に滲ませる。……キレてる?いや、あの女にとっては此処は大切な場所らしい。味方……ではないが、完全に敵とも言い切れないか…? 

 

静謐の中で唯一鮮明に視えたその感情に、アーディが混乱する。

 

「ここって……この、教会のこと……?」

 

「ああ……妹の愛した場所だ」 

 

窺い知れない女の表情が何を見ているのかまでは読み取れない。 

 

しかしその最後の言葉には、確かな感傷が含まれている。遠くもあるし近くもある、過去を見るような、熱の籠もった感傷。 

 

「た、たすけっ…………お、お赦しをっ…………!」 

 

「二度と雑音を生まない骸に変えてやろうと思ったが…薄汚い血でここが汚れては意味がない。後はお前達が片付けろ」 

 

倒れた闇派閥の男が、苦痛と恐怖に引きつった瀕死の息遣いで懇願するも、女の声音は降りそそぐ月光のごとく冷たかった。 

 

すぐに関心を失い、汚物の処理を押し付けるように教会を後にしようとする。 

 

「逃がすと思っているのか、女?」 

 

それを、シャクティさんが身を乗り出して制止する。 

 

「捕えられると思っているのか、小娘?」 

 

女は意に介さず、淡々と告げる。 

 

「お、お姉ちゃんを小娘扱い……?」 

 

「小娘て…」

 

この人31何だが?何歳だよこの女…。ま、まあ良い。

 

「……一応聞くが付いてきて貰うことは」

 

「する訳が無い。私も暇では無い」

 

「………だよな」

 

任意同行も無理。かと言ってこの惨状、タダで帰す訳にも行かない。

 

「ふざけているな、アーディ!全隊、かかれ!!」 

 

一喝とともに放たれるシャクティさんの指示は即断だった。 

 

たった一人で『悪人共の違法市』を壊滅させた得体の知れない相手(イレギュラー)に対し、教会内の全戦力をつぎ込む。無論、俺も突撃する。

 

Lv.3も多数含まれた上級冒険者、その総数二十にも達する 【ガネーシャ・ファミリア】が女のもとへ殺到した。 

 

「五月蠅い(ゴスペル)」 

 

しかし。 

 

目の前の灰色の魔女はその一言で、全てを薙ぎ払った。  

 

轟音が、衝撃が、破壊が。 

 

「「「――――っっっ!!?」」」

 

『殲滅』に関するあらゆる要素が同居した『魔力』が解き放たれる。

 

鼓膜を貫くのは荘厳な聖鐘の音。

 

飛びかからんとしていた団員達は余さず蹴散らされ、咄嗟に武器を前に突出し防御しようとしたヴァルマ姉妹も床に転がった。立っていたのは俺だけ。突入時に前面に展開していた結界は一瞬で消し飛んだが、装備していた円盾(ラウンドシールド)を咄嗟に構えて防御した。

 

「…耐えるか。妙なモノ(スキル)を持っている」

 

「よく言われる……はぁ、分かった。行けよ。追わないから」

 

「賢明な判断だ」

 

女の姿が巻き上がった砂埃の奥に消えて行く。……行ったか。

 

「っ……!ロイ、大丈夫っ!?」

 

「問題無い。たぶんソッチの方が重傷だ」

 

アーディが駆け寄ってくる。が、全く持って問題無い。盾持ちは伊達では無いのだ。……まあ、今ので盾は持ち手の革ベルトを残して消し飛んだが。

 

「良くやってくれた…ロイ。君が防いでくれなければもっと被害が拡大していただろう」

 

「流石に防ぎきれませんでしたけどね…」

 

腕がビリビリする。というか全身が痛い。目立つ打撲痕こそ無いものの、衝撃が未だに残っていた。あと酷い耳鳴りだ。

 

「お姉ちゃん……どうする?」

 

「……今はこの場を押さえる」

 

苦虫を噛み潰したような顔で辺りに視線をやるシャクティさん。制圧に来たのだ、任務は失敗も良い所だが…流石に今回は致し方ないだろう。

 

「既に制圧された後、だがな……」

 

 

〜1時間後〜

 

その後、時間を経て、【ガネーシャ・ファミリア】と俺は本来の仕事に取り掛かった。

 

負傷した者は治療師の手とポーションで回復を済ませ、回復した者から床に転がっている間派閥達の捕縛と教会内の調査を同時並行で進めていった。 

 

「闇派閥及び商人、全員拘束しました!」 

 

「ご苦労。この教会のどこかに『悪人共の違法市』の品が隠されている筈だ。部隊を分け、捜索してくれ」 

 

「わかりましたー!」 

 

団員の報告に対し、シャクティさんは淀みなく、矢継ぎ早に指示を返していく。 

 

コッチも終わった。……いや、普通に重傷者しか居なかったから無抵抗で時間が掛からなかっただけなんだが。 

 

「お姉ちゃん……さっきの人、誰だったんだろう?闇派閥を倒しちゃってたけど……味方なのかな?」 

 

「あのような野放図な味方、想像しにくいな。確かなのは非協力的であること……そして、圧倒的に強いことだ」 

 

「確実にLv.6はあったな。何者だアイツ…」

 

「じゃあ第一級冒険者クラスの実力者なのかな…?」

 

「新参…っぽかったけどな」

 

「何故そう思う?」

 

シャクティさんとアーディが首を傾げてこちらを見てくる。

 

「魔法の割に目撃情報が皆無すぎますから。前衛を務められる体格や装備でも無かったですし、魔導師なのは確定して良いと思います」

 

「…確かに。弾自体は不可視とは言え、あの威力だ。隠し通すには無理があるか…」

 

魔導師は基本的に目立つ。お師匠も言っていたが、隠密した所で魔法自体が派手な物が多いので余程の長射程でも無ければ意味が無いらしい。

 

「じゃあ、あの女の人は…」

 

「第一級冒険者クラスの実力を持った灰色の魔導師になるな」

 

少なくとも、女の実力は第一級冒険者級。

 

自分達が取り逃がしたことも含め、客観的に判ずるシャクティさんは無視できない棘が喉に刺さったような顔を浮かべた。アーディも今回ばかりは人懐こい笑顔を消し、真剣な表情で考えを巡らせざるをえない。

 

「シャクティ団長! 交易所の誠品を多数発見しました!」 

 

と、そこで教会の奥を調べていた団員の一人が、足早に駆け寄ってきた。 

 

「都市外から集められた品々もあります!」 

 

「あ……!ごめんなさい、それ見せてください!」 

 

一番最初に反応したのはアーディだった。……あ、枝。忘れてたな。 

 

自分もアーディと団員達のもとへ赴き、床底に隠されていた木箱を覗き込む。 

 

丁寧に、けれど急きながらゴソゴソと物品を漁ることしばらく。 

 

「あった……!『大聖樹の枝』!」 

 

「……分かってはいたが、多いな」 

 

布が巻かれた棒状の品――女性の腕ほどもある枝を手に取り、アーディは喜びの声を上げた。まあ、その下にある何本もの枝が目に入らなければ俺も素直に喜べていただろう。 

 

「リオンの里からも奪われていたという、あれか?武器や杖になる貴重な素材とはいえ……ここまで溜め込んでいたとはな」 

 

「うんっ!リオンに必ず取り返すって約束してた枝だよ!」 

 

ま、木だからな。金属よりも設備面で安く済むし、オマケに加工しやすい。鍛冶師はそこら中の組織でも重宝されて保護されてるが、木工師はそうでも無い。適当に攫ってきて作らせれば、武器を生産できる。

 

「って、うわっ、どれがリオンの里のものかわかんない!数も多いけど、枝の見分けなんてつかないよ〜!」 

 

何本もの枝を両手に持ち上げては交互に見て、泣きべそをかくアーディ。 

 

ころころと表情を変える妹に、シャクティさんはやれやれと溜息をつき、微笑ましそうに頬を緩める。いや、本当にヤレヤレだぜ。全く…。

 

「そんなの後でエルフの団員さんに聞けば良いだろ。里ごとにかなり違いがあるらしいからな。大雑把な見分けくらいは付く筈だ。……良いですよねシャクティさん?」 

 

「ああ。エルフの団員達に取り合ってみよう」 

 

「お姉ちゃん……うん!ありがとう!」 

 

膝を折って屈み込んでいたアーディは姉の顔を見上げ、満面の笑みを浮かべた。 

 

そこから立ち上がると、今度はおずおずと尋ねる。 

 

「……ねえ、お姉ちゃん。あと、もう一つだけ我儘言ってもいい?」 

 

「言ってみろ」 

 

「もしリオンの里の……『リュミルアの森』の大聖樹が見つかったら、リオンに返しちゃダメかな?」 

 

前々から、妹の『要望』に察しはついていたのだろう。 

 

シャクティさんは大した思考の時間を挟まず、けれど憲兵の長として言葉を選んだ。 

 

「歴とした賊品だ。憲兵である我々が勝手に扱っていい道理はない」 

 

「っ……」

 

まあ、当然だろうな。普通に職権乱用だし。

 

「……が、リュミルアの里の者はエルフの中でも殊更気位が高いと聞く。もし返しにいったとしても、激昂して受け取らないだろう」

 

「そ、それじゃあ!」

 

え?良いの?

 

「ああ。折られた枝も里の者の手に渡るのなら本望だろう。ただし、押収し終え、検分した後でのことだ」

 

「うん、いいよ!全然いい!私がリオンに返しにいくから!」 

 

再び満面の笑みで何度も頷くアーディ。  

 

無邪気な子供のようにはしゃぐ妹の姿に、シャクティさんは「まったく……」と優しげな微笑を唇に宿した。 

 

「よかった……喜んでくれるかなぁ、リオン……」 

 

友の里のものかもわからない『大聖樹の枝』を手に取り、アーディは顔を綻ばせる。……あ、そうだ。

 

「アーディ、俺からもプレゼント」

 

「え?」

 

「なっ……ロイもか!?」

 

「別にナンパじゃないですよ?」

 

シャクティさんが信じられない者を見るような目で見てくる。割と過保護だよなこの人。

 

「ほら」

 

「わわっ!?………アミュレット?」

 

「ただのアミュレットではないな、冒険者用装身具(アクセサリー)か?」

 

「肌見放さず着けといてくれよ?」

 

ま、何も無ければそれで良し。あくまでも保険だ。

 

「……うん!ありがとう、ロイ!」

 

「全く…遂にお前もアーディに惚れたのかと…」

 

「まさか」

 

流石に歳上すぎて対象外だな。愚姉よりも上だぞ?

 

「むむ…そう言われると複雑だけど、分かった!ちゃんと着けておくね!」

 

「ああ。一応言っておくけど着けとかないと意味無いからな?毎日忘れずに着けとけよ?」

 

「分かってる!ありがと、ロイ!」

 

青白い月明かりが、ステンドグラスを通じて微笑む少女をうっすらと照らしていた。 

 

 

『大抗争』まで、あと六日―――。




ロイ・ヴァレンシュタイン(ろくさい)
バカ。もしくは他の女からのプレゼントを複製して別の女にプレゼントするクズ。人の事言えない。結果的にはファインプレーだが(詳しくはアストレア・レコード、時を渡る道化師(ジェスター)参照)、ちょっと常識が無い。歳上に囲まれ過ぎて歳上が恋愛対象外……と言うか恋愛が何なのかさえ分かっていない。保健体育の成績はお察し。

アミュレット
原作でシルがアポロン・ファミリアとの戦争遊戯(ウォーゲーム)の前に渡したアレ。効果や見た目は全く変わらない。

アーディ・ヴァルマ
皆のアイドル…?滅多にない親友のデレに内心めっちゃ喜んでいる。恋心は無自覚ではあるものの、既に存在する。自覚し始めたら?終わりですね(ロイ君が)。ちなみに本編のアーディは既にアップを始めている。

シャクティ・ヴァルマ
アーディの姉貴。自分の妹が危ない方向(ショタコン)に目覚めつつあるのを察しており、戦々恐々している。妹の前に自分の婚期気にした方が良いと思う。アラサーだし。

〜現状のステイタス〜

ロイ・ヴァレンシュタイン Lv.3

力 C 650 

耐久 B 721 

器用 E 412

敏捷 SS 1011  

魔力 SSS 1150 

【魔法】なし  

【スキル】 
【撲殺蛮族(バルバロイ)】 
打撃で敵性存在を排除した場合『力』と『敏捷』上昇。 
連続排除の場合は更に効果向上。 
上昇する効果に上限無し。

【黒隠(ナイトシーフ)】 
暗所、または黒色を布面積の80%以上身に纏った場合、結界魔法の自動展開。 
結界魔法の硬度は魔力のアビリティに比例。 
スキルの発動には精神力を消費。発動中は継続的な消費。 単独での戦闘時に精神力の自動回復。

【嫉妬憧憬(ローザフレーゼ)】不完全発現
早熟する。(効果減)
憧憬が続く限り効果持続。(効果減)

【壊れた天秤(スレイヤー・リブラ)】 
任意発動。 
以下、怪物種に対する限定効果。 
殺害を決定した対象に対するチャージ実行権。 
殺害を決定した対象に対し攻撃力超域強化。 
殺意の丈により効果上昇。  


はい、この通りです。嫉妬憧憬(ローザフレーゼ)が中途半端にしか機能していないのでアビリティはSがあるのにレベルアップできないと言う変なステイタスになっています。加えて、世界はロイ君に対して若干厳しめなので余程の偉業を成し遂げないとレベルアップさせてくれません。人には好かれるけど運命からは嫌われる男、ロイ・ヴァレンシュタインです。よろしくお願いします。

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