ダンジョン潜って5年、地上に出たら色々変わってました。 作:一般通過社会人
誤字修正ありがとうございます。
〜南部 第七区画〜
バタン!既に住民が避難し、空になった民家の扉を一人の少年が蹴破る。
「けぼっ……うっぇ…!」
石の床に鮮血が流れ、ビチャビチャと水音が響く。鮮血の主はロイ・ヴァレンシュタイン。ヘラ・ファミリアの女傑、【静寂】のアルフィアとの遭遇戦から辛くも逃げ遂せた少年。
「…………」
背中に背負われているのは、未だに目を覚ます気配の無い青髪の少女、【
「クソっ…静寂め…いや、
この男、かなりトサカに来ていた。が。内臓損傷、打撲裂傷多数、その他骨折に加えて左脚にヒビ。与えられた傷を考えれば無理もない。
「っ……ふっぐっ!!」
側に落ちていたタオルを咥え、折れ曲がった左腕を無理矢理元の位置に戻した。そして、これまた瓦礫の中から漁って来た丁度良いサイズの木片を静寂戦で千切った縄で腕に固定し、添え木にする。
「はあっ、はあッ…うっ…!」
痛い、辛い、激痛だ。彼の中にはそんな言葉が渦潮の様に暴れ狂っていた。しかし、この痛みがまた彼の怒りと反骨心を煽っているのも事実。
「っぷっ…!」
血痰を吐き出し、ポーチの中で唯一無事だった
「っ……ふーっ…!」
今の傷の具合ではほぼ鎮痛剤代わりにしかならなかったが、それでも痛みで行動不能になる事態は防げた。
「………一先ず、アーディだな」
傷で加熱し、そして
〜中央広場〜
オラリオの中心、
「ロキ!負傷者を寝かせるベッドが足りない!周辺のベッドになりそうな物も全部使っちまった!」
「阿呆!そんなん重傷者と軽傷者に分けて重傷者はベッドや!軽傷者なんぞ立たせるか座らせとけ!!それもダメならもう地面や!」
悠久の時を生きるロキとて想定外につぐ想定外。大抗争の熱に魘され、しかし今代の都市最強派閥の主神としての責務を果たさんと頭を懸命に回していた。
そして、其処に。
「ロキ!」
「何やぁ!?」
「ロイが【
「ロイたんが!?今行くでぇ!!」
ロキ・ファミリアの団員が駆け込む。聞けばあの可愛い末っ子が自分に会いたがっているというではないか。こうしては居られない、早く行かなくては。
「ロイたぁん!?!って、何やぁその大怪我!?誰がやったんや!?」
「ん?ロイか?!」
主神の大声にフィンも反応し、駆け寄って来る。
「…………ロキ、フィンさん。南東に強敵です。ヘラ・ファミリアの…【静寂】です…!」
「っ…!ヘラ・ファミリアか…。ソレがヴァレッタの『切り札』か!」
「なんて奴連れてきてくれたんや闇派閥共…!」
「とにかっ…ゲホッ!」
「無理して喋ったらあかん。【
「いえ…大丈夫です。まだ動けます」
「ロイ。駄目だ。今此処で君を失う訳には行かない」
「お師匠とガレスさんが【静寂】を抑えてます。その間にできるだけ闇派閥の戦力を削がないと」
「その役割がロイたんである必要は無いやろ!?」
「今は何処も人が足りない。違いますか?」
「「………………」」
二人が言葉に詰まる。確かにその通りだ。フィンの指は未だに疼き、ロキも嫌な予感が拭えない。出来るうちに戦力を削いでおかないと、取り返しのつかない事態を招きかねない。
「アーディをお願いします。まだ息はある。治療すれば……もしかしたら、目覚めるかも」
「……良いだろう。だが、その腕の治療と…あと、ポーションは持って行くんだ」
「ありがとうございます」
フィンがポーションの入った細長い小瓶を渡す。
「一応聞いておこう、何をする気だ?」
「■■■」
「なっ…武器も無いのにどうするねん!?」
「秘密です」
アーディを引き渡し、
「………ロイ、ちょっと待ち」
「…はい……っ…!?」
ロキがロイの小さい身体を抱き締める。短い期間だったとはいえ、
「死ぬんや無いで」
「…努力します」
「……ええわ。さっさと行きぃ」
其処はハッキリと『はい』と言って欲しかったが、この状況では無理も無かった。ロキはロイの身体を放す。
「はい。……ありがとうございます」
「いえ…」
〜とある路地〜
火炎と爆発が石畳を撫でるオラリオで、とある邪神が作戦の為に眷属を引き連れ、誰も居なくなった路地で待機していた。
「タナトス様、そろそろ予定の時刻です」
「ん、じゃあ行こっか」
邪神の名はタナトス。『死』そのものを具現化した神。ヘスティアやヘファイストスと同郷の神である。
「いや、ヴァレッタちゃんもエレボスも酷いよね。一応俺神なんだけどな〜」
「仕方がありません。我々下界の者による神殺しは禁忌。神直々に手を下していただかないと…」
「いや、分かってるけどさ」
故郷では格式の高い神だとしても、この下界では皆同じ。一般人と変わらぬ身体能力にまで力を抑え、さらに
「………ん〜…」
「どうしました?」
「いや、ちょっとね」
………さて、読者の皆様は『何故このタイミングでそんな当たり前の事を説明したのか?』と思われている事だろう。
「なんか静かじゃない?」
「既にこの周辺での戦闘は終結しています。静かでも不思議ではないかと……」
「……それもそっか。じゃなきゃヴァレッタちゃんも護衛アリとは言え神を送ったりしないよね」
それは、これから起こる事を理解するにおいて、必要な知識だからである。
「………やっぱり引き返さない?」
「何故です?既に目標地点まで150Mを切っていますが…?」
「死ぬ程嫌な予感がするんだよね」
「嫌な予感…ですか?」
「うん例えばさ、
……フラグである。
「何を……があっ!?」
「……あーあ」
これからタナトスは、目の前の光景に恐怖することになる。
〜とある路地〜
そして。場面は変わり、タナトスとは別の路地。一人の女神と男神が狭い路地を進んでいた。
「――――アストレア、止まれ」
男神――ヘルメスの声が響く。ヘルメスの目は見開かれ、闇を凝視していた。
「!!」
狭い路地、かき鳴らされる剣戟の音から離れた戦場の片隅。何もいなかった筈の暗がりの奥から、かすかな、しかし確かな靴音が響いてくる。
鋭く見据えるヘルメスの隣で、アストレアは息を呑み、そして目を凝らした。
何かが来る、と。
ヘルメスがそう呟いた瞬間、闇が蠢いた。
都市を焼き、悲鳴を呼び起こす業火でなお照らし出すことのできない暗黒の奥で、何かが蠢動した。
うねり、歪み、ねじ曲がり。
ギチギチ、ゲラゲラと、縛るように、嗤うように、音を立てて蠢く。
その漆黒の眼差しで、神々の身を貫く。
刹那、瞬いたのは黒銀の光。
まるで肉を裂く凶刃を見せびらかすように、その何かは闇を這い出て、私達のもとへ―――
「――アストレア様!」
「っ!!……アリーゼ?」
その時だった。
アストレアが凝視していた闇とは正反対、橙色の炎光が揺らめく後方から、アリーゼ達が現れたのは。
それと同時に、闇から這い出ようとしていた存在が、ぴたりと足を止める。
「ご無事ですか!何だか体がすごく寒くなって、アストレア様を探さなきゃって、私っ……!」
ネーゼ達と共に、アリーゼは息を切らしていた。
不安に駆り立てられるまま、戦場を何度も縦断し、幾度となく強行突破したのだろう。アリーゼ達が身に着けている防具や戦闘衣はボロボロだった。
駆け付けてくれた眷族達に、アストレアが驚きをあらわにしていると――ぱち、ぱち、と。
「「――――」」
場違いなまでの、拍手の音が響いた。
アストレアが、ヘルメスが、アリーゼが、ネーゼが、イスカが。
その場にいる全ての者が、暗がりの奥を見た。
『我が身を顧みず、挺身し続けた正義の女神。故に見つけるのに時間がかかってしまった』
囁いた。
深い闇が、はっきりと、『神の声音』をもって。
『正義を司る君だけは真っ先に葬り、この地を混沌に染めたかったんだが―――』
紡がれる言葉とは裏腹に。
ちっとも歯がゆくなさそうに、笑みが落とされる。
『
再び鳴る拍手の音。
立ちつくす神々と眷族に投げかけられるのは、不気味なまでの、掛け値なしの賞賛。
『そして、見届けろ。【生贄】に選ばれなかった以上、これより始まる邪悪を』
闇が揺れた。
上空を舞う炎の破片が、最後の薄布を取り払うように、暗がりの奥を照らし出す。
『正義を司る君が、最後まで――』
浮かび上がるのは、男神の輪郭。
冥府よりも昏く、深淵よりも鮮やかな眼光が、妖しく輝いた。
「貴方は――」
アストレアは驚倒する。
「お前は、まさか……!」
ヘルメスは目を疑う。
その二柱の神の反応に、全ての糸を引く『邪神』は、最後に唇を吊り上げ、ほくそ笑んだ。ゆっくりと背を向けて、闇の奥へと去っていく。
「い、今のは……」
「……………神?」
放たれた異様な神威にネーゼが放心し、アリーゼが呟きを転がす。
呆然と硬直していたアストレアは、咄嗟に身を乗り出した。
「ヘルメス、追うわ。追って確かめなくては!」
「駄目だ、アストレア!」
悪夢の源を突き止めようとする女神の体を、ヘルメスの腕が制した。
一瞬、炎に巻かれる建物が燃え盛る瓦礫の雨を降らせた。瞠目するアストレアの前で路地が塞がれ、物理的に先へと進めなくなる。
「今はよせ、今は行くな!途轍もない何かが、今、この場所で起きようとしている!」
まさかという危惧、敵の首魁は己が知っている神物という懸念。 最悪の可能性を予期する聡き男神は、なり振り構わず退避を訴える。
「今すぐここを離れてっ―――!!!」
しかし、その言葉が意味をなすことはなかった。
都市が震えたからだ。
「……………え?」
全てを包み込む光。
発する天空の唸り。
生じる大地の怒涛。
天と地が共鳴する。
「あれは」
絶句するアストレアとヘルメスを他所に、呟きを落とすアリーゼが見上げる場所。
都市の東側から、天に突き立つ『光柱』が生まれる。
それはおおよそ人の仕業とは思えぬ、人智を超えた莫大な光量。
それはオラリオにいる全ての者の耳を聾する断末魔の悲鳴である。
それは、神の絶叫である。
膨大なエネルギーの出現が、都市から時という概念を奪う。
冒険者も、闇派閥も、神々でさえも、ありとあらゆる者がその光景を目にし、凍結した。
慈悲はなく。
そして、情けもなく。
正義もない。
ただ悪のままに嗤う。
真の『邪悪』が開演した。
「ーつ」
地面を上下に揺らす甚だしい震動。
ソレ以外の力の余波など全て埋めつくす神光の高鳴りに、人々は声も上げられないまま事象そのものを畏れた。
人々は声も上げられないまま事象そのものを畏れた。
〜
「嘘やろ……!?」
白く明滅する視界の中で、天に突き刺さる「光の柱」を仰ぎ、ロキは心を手放す。
「あれは……」
周囲の民衆がそうであるように、呆然自失とするラウルは、絶望の声を落とす。
「光の柱――」
そしてフィンは、予言の成就を告げるかのように痛哭を上げる親指を握り潰しながら、その名を叫んでいた。
「――『神の送還』!」
答える声はない。
返ってくるのは、『邪神』が無邪気に落とす、悪辣な笑い声。
「ふたーつ」
『光の柱』を数える声。
続けて、轟音。
「なんだと!? 連続——二柱!??」
「馬鹿なっ……………………!!!」
都市北部。闇夜に現れる『二本目の光柱』に、輝夜とシャクティの戦慄が連なる。
「つっ………!??」
大瀑布の逆行のごとき光の奔流に、言葉を失うリューの相貌も染め上げられる。
『みーっつ』
『生贄』は止まらない。
「うそ……」
「……おい、まさか……」
リヴェリアとガレスを何とか中央広場まで運んできたアスフィが、ボロボロに成り果てながら戦い続けていたライラが、恐怖の鎖に縛られ、立ち竦んだ。
始まった「悪劇」の行く末に気付いてしまった聡い少女達は、青ざめる。
〜西のメインストリート〜
「よーっつ」
混沌が恐慌を生む。
『神の送還』が続くことの意味――その結末を叩きつけられるのは、他でもない冒険者。
「主神の糞野郎が……やられちまった?」
「お、『恩恵』がないと……俺たちはっ……!」
「―――助けてくれええええええええ!!!」
青ざめる者。
絶叫する者。
命乞いをする者。
その全てに、闇派閥の兵士達は容赦なく襲いかかり、凶刃を振るった。
切り裂かれ、串刺しにされ、ズタズタにされ、勇敢な冒険者達があっさりと数多の骸と化す。
吹き上がる鮮血は加速し、命が尽きた肉塊を炎の舌が舐め取る。
天へと昇る主神の後を、眷族は泣き叫びながら追った。
その光景に、闇の眷族達は酔った。
血走った瞳を見開き、唇を唾液で湿らせ、獣のように無力な冒険者達を蹂躙した。
血の饗宴に陶酔し、ゲラゲラと笑い声を轟かせる。
「いつーっつ」
天に昇る光柱の輝きは途絶えない。
「神」が持つ黒銀のナイフが次々と、追い詰められた神々をにする。
未だかつて見たことのない『神の送還』の合唱。
「本当に、ゴミみたいに冒険者が殺せるじゃねぇーか!!」
「ぎゃああああああああああああああ!?!?」
まき散らしながら、殺した。
「ハハハハハハハハハハハハハハハッ!ヒャハハハハハハハ!」
斬撃が閃く度に首が飛び、四肢が転がり、終わりの声が散る。
戦う術を失った冒険者を、いつも邪魔ばかりしてくる目障りなオラリオの脅威を、殺して、殺して、殺し回った。
絶景だった。念願だった。極上だった。
疑う余地のない『大虐殺』だった。
【
「最っ高だぜぇ、神様ぁ!! てめえがやっぱり、最凶だァァ!!」
全てを画策した『邪神』を崇め、讃える。
ヴァレッタは何にも代え難い絶頂を迎え、上空に向かって叫喚を放った。
「惨劇の『本番』だぜ、オラリオォオオオオオオオオオオオ!!」
「むーっつ」
混沌が蝕み、秩序は転覆する。
空を貫く残酷な神の光に、人々は顔を照らされながら、まるでこの世の終わりのように生気を失った。
〜ギルド本部〜
「【モンチュ・ファミリア】主神、送還!」
「【ネヴァン・ファミリア】全滅!」
押し寄せる情報の波に、受付嬢が叫び散らす。
青ざめては取り乱す。叫ぶことでしか正気を保てない。
そんな彼女達の声に、ギルド長ロイマンの時間は完全に停止した。
「送還…………………………全滅?『神の恩恵』を失った冒険者が、闇派閥に狙われて………………?」
呆然とこぼれ落ちる声の破片は、一を聞いて十を知る彼の聡明さを物語っていた。
しかしそんなものは、惨劇の前では何の役にも立たない。
展開も、伏線も、結末も読めてしまったところで、無力な観衆は席に座して「絶望」を見届けることしかできない。
地獄を象る門扉は、既に固く閉ざされたのだ。
どんなに泣き叫ぼうとも退席など許されない。
「止まりません…止まらない!?!?! 【ファミリア】の殺戮が!」
堰が破れたように、受付嬢の一人が目尻に涙を溜め、悲痛な叫喚を上げる。
過呼吸に陥りかける彼女の目の前で、窓の外から再び神々しい光が立ち上った。
誰かの膝が砕け、床に跪き、何枚もの書類が散乱する。
世界を立て続けに揺るがす衝撃と轟音。意味をなさなくなる聴覚。
代わりに脳裏に響くのは、「悪」の譏笑の幻聴。
「……ばかな」
ロイマンは、まさしく絶望への呻き声を漏らした。
「馬鹿なああああああ……!?」
『ななぁーつ』
〜大通り〜
邪悪の進撃は止まらない。絶望が連鎖する間にも、罪業を重ねる。
「がっっ、はぁ……!?」
残酷な凶刃の前に、また一人、冒険者が地に崩れ落ちる。
「………………破壞!蹂躙!殺戮!いいですねぇ、実にいい!」
ヴィトーは人一倍の喜び、熱狂で身を捩った。
『神の恩恵』を失った眷族、失っていない冒険者、抵抗する人間、無抵抗の人間、全て関係なく血の海へと沈めていく。
「なんて鮮やかな血の宴!まるで童心に返ったかのよう!」
返り血が剣に付着するのも構わず、『顔無し』と呼ばれる男は子供のように目を輝かせた。
絶えることのない笑みを貼り付けて迫る彼に、主神を送還されたある冒険者は、痙攣する手から武器を滑り落とし、叫んだ。
「降伏するっ!か、金も払うっ! だからやめろっ、やめてくれえええええええええ!」
ヴィトーは答えない。
言い渡すのは斬首だけ。
ごとっと音を立てて冒険者の頭部が瓦礫の上に転がり、火に飲まれ、力を失った体から噴水のごとき血が迸る。
光の雨のように舞う血飛沫の、なんて美しいことか。
ヴィトーの心は震えた。
「止まりませんよ、止められませんとも!だって、ここに『英雄』はいない!
我々を、『悪』を止められる存在は!」
両腕を広げ、闇を仰ぎ、その真理をオラリオに叩きつける。
「偉大なる『英雄』は、既に我々のもとへ堕ちたのだから!」
打ち上がる男の声が、空を渡る。
〜とある寺院の屋根〜
燃え盛る都市を眺める『昔日の英雄達』は、何の感情も感じさせず、呟いた。
「壮観だな」
「ああ、景色だけは」
ザルドの言葉に、アルフィアが答える。
その灰の髪を静かになびかせる彼女は、何の感慨もなく告げた。
「だが目を閉じれば――神もやはり雑音だ」
新たに発現する光柱。
瞳を焼く閃光が巻き起こる。
〜北のメインストリート〜
『やーっつ』
それは「終焉」である。
『正義』に与する者達の心を、ことごとくへし折る、邪悪の宴。
「ひひ、ひひひいひひひひひひひ……!!」
兵士達を従え、オリヴァスは笑った。
涎を垂らし、歓喜に身を包まれながら、邪神が望みし大願の成就を確信する。
「始まるぞ、オラリオの崩壊がぁ……!くふふっ、フハハハハハハハハハハッ!!」
止まない武器の音が鳴っている。
喉が嗄れた正義が泣いている。
命の音が減っていく。
空は暗雲によって塞がれ、星空は消えた。
混沌に呑まれてゆく秩序。
とっておきの『邪悪』は胎動の時を終え、この日、産声を上げた。
「九つ―――」
都合九柱。
天に突き立つ光柱の数、あまりにも多すぎる送還の数に、神々と冒険者が茫然自失となる中、全ての『黒幕」は充足の息を吐く。
「頃合いだ」と
神意の、
ならば演奏を終えた指揮者のように――あるいは惨劇の最後を締めくくるように――二人は片腕を振り、告げた。
「「生贄は終わった。さぁ、行こう(行くか)――」」
〜とある路地〜
地の鳴動が収まり、天の光輝が解けるように霧散していく。
暗黒の静けさが戻ってくる間、アストレアは、ヘルメスは、アリーゼは、一言も発することができなかった。
その代わり、どしゃっと音を立てて、獣人の少女の両膝が地面に落ちる。
「……終わりだ」
「ネーゼっ……」
「終わりだよ……もう、オラリオは……」
相貌を絶望の一色に染めるネーゼに、アリーゼは少女の名を口にすることしかできない。
それほどの光景を、叩きつけられた。
「神々の『一斉送還』………………」
アリーゼそんな眷族達の隣で、アストレアが呆然と呟く。
「今日までの間派閥の襲撃は、神々の「避難ルート」を把握するため……」
戦慄に打ち据えられたまま、記憶を振り返るのはヘルメス。
男神と女神は全てを悟った。
工業区襲撃や炊き出しの奇襲を始め、無差別かつ頻繁に繰り返されていた敵の襲撃は、今日この日、『大抗争』に至るまでの布石であったのだと。
「無差別と見せかけ、都市全域で事件を起こし、神送還の地点を全て洗い出していた……!」
でなければ、九柱もの神の「一斉送還」などできる道理はない。
【ファミリア】の主神が避難する経路を全て把握した闇派閥は、各方面に複数の「邪神」を遣わせることで、これを暗殺したのだ。
冷酷に、計画的に。
とっておきの惨劇を披露するために。
「こんなことが、できるのは……!」
そしてアストレアが声を震わせた、直後。
『聞け、オラリオ』
月と星を呑み込んだ闇夜に、その『邪悪』の声が響いた。
『聞け、
アストレアとヘルメスが瞠目し、立ち竦む中、都市の隅々にまでその声が届く。
とある魔術師が持つ眼晶を通じて、地下祭壇に座すウラノスもまた、天空を彷彿させる蒼の眼を見開きながら、その『宣言』を耳にする。
『約定は待たず。誓いは果たされず。この大地が結びし神時代の契約は、我が一存で握り潰す』
その声は高慢だった。
その声の主は悪逆だった。
邪悪の神意を高らかに掲げる。
息を呑む秩序の神々に。
ボロボロの冒険者達に。
天に祈ることもできなくなった民衆に。
優しく首を絞め上げるように、ドス黒く染まった祝詞をそそぐ。
『全ては神さえ見通せぬ最高の未知――純然たる混沌を導くがため』
殺戮の音は消えていた。
炎だけが静かに啼き声を上げ、闇派閥の兵達は拝聴するように天を仰ぎ、目を爛々と輝かせる。
『傲慢?—————結構』
『暴悪?—————結構』
『諸君らの憎悪と怨嗟、大いに結構』
『それこそ邪悪にとっての至福。大いに怒り、大いに泣き、大いに我が惨禍を受け入れろ』
立て続けに連なるその言葉を聞いて――カラン、と。 一人のエルフの手から、木刀が滑り落ちた。
頭の片隅で嘲笑を上げるように、彼女の記憶が疼痛を放ち始める。
その聞き覚えのある男神の声に、動悸が衝撃の旋律を奏でた。
そして。
『我が名はエレボス―――』
都市北西、古い歴史を持つ大寺院。
全ての者を見下ろせる屋上に、声の主は闇を払いのけ現れた。
二人の『覇者』を伴って、その姿を現した。
『原初の幽冥にして、地下世界の神なり!!』
怒号が上がる。
闇の軍勢が、悪の眷族が、自分達を導く『邪神の王』に向かって狂喜の渦を作り上げる。
一方で人々は、正しく恐れた。
冥府の王と言うに相応しい出で立ちに。
数少ない大神にも勝るとも劣らない、その絶大の神威に恐怖した。
「………………神、エレン?………邪神、エレボス?」
呟きを足もとに落とすリューの視界が、何度も明滅する。
うっすらと黄昏の色がかかった瞑色の双眸。
闇を凝縮したかのような漆黒の髪。
そして前髪の一部が帯びる灰の色。
纏う雰囲気はおろか神威まで異なっていようが、間違いなかった。
リューの前に何度も現れ、嘲笑うように正義を問うてきた、あの『エレン』に違いなかった。
衝撃に撃ち抜かれる妖精を他所に、エレボスの「宣告」は続く。
『冒険者は蹂躙された!他ならない、より強大な【力】によって!』
黒塊の剣が照り返す。
神の右に控える武人の得物が、血のように赤い焰の光を浴びて。
『神々は多くが還った!耳障りな雑音となって!』
灰の輝きが揺れる。
神の左に控える魔女の長髪が、凍てついた静寂を帯びながら。
『貴様等が【巨正】をもって混沌を退けようというのなら! 我等もまた【巨悪】をもって秩序を壊す!』
「――――――――――ツッ!??」
告げられるのは猛烈な皮肉。
今日までの『正義』の所業を弾劾するべく、邪神は堂々と力の行使を掲げる。
既視感のあるその言葉に、巡り巡って返ってきた『悪』の道理に、リューは一人絶句した。
『故に、告げよう。今の貴様等にぴったりな言葉を』
吊り上がるのは、唇。
邪神は口もとで三日月を描き、静かに片腕を上げ、突きつけた。
『脆き者よ、汝の名は【正義】なり』
神愛なる愚かな『正義』へ、心からの言葉を贈る。
輝夜とシャクティが、ライラとアスフィが、アリーゼとネーゼ達が、アレンとラウルが――数えきれない冒険者が、相貌に怒りと戦慄の線を走らせる。
アストレアとヘルメスが、ロキとフレイヤが、ガネーシャとヘファイストスが、「勇者」の名を冠する小人族とともに、「邪神」を睨み返す。
そして最後に、リューは。
降り積もった絶望に屈するように、その膝を地に落とした。
「滅べ、オラリオ――――我等こそが『絶対悪』!」
轟き渡る『悪』の宣言。
秩序を打ち砕く混沌の嗤い声。
その日、英雄の都は敗北した。
――――と。誰もが思ったのだろう。
『聞け、
『聞け、
其処に響くは子供の声。齢十にも満たぬような、子供の声。
『血は流され。死は飛び交い。
〜西のメインストリート〜
「あぁ!?何だこりゃあ!?聞いてねぇぞ!?」
ヴァレッタは憤慨していた。自らと、そしてあのエレボスが示し合わせた台本に無い展開。それは彼女の感情を正しく逆撫でした。
「ヴァレッタ様ぁ!!」
「何だぁ!?」
「大変です!前線の兵士達が、次々に無力化されています!!」
「あぁ!?」
ヴァレッタは急速に思考を回した。まるで示し合わせたかのようなタイミング。今叫んでいるあのガキと、絶対に関係がある筈だ。そう考えたからだ。……最も、その思考が役に立つ事は無かったのだが。
『…っと、もうこんな所で良いかぁ!?お行儀の良い子供ごっこは!?』
『ヴァレッタぁ!!!』
「何だぁ!?いきなり私をご指名かぁ!?」
『聞いてるだろうから言うぜ!?お前等本当に馬鹿だよなぁ!?どうせお前等さっきのが、『自分達の台本通りの筋書きだ』って思ってんだろォ!?』
ヴァレッタは耳を疑った。何を言っているんだこのガキは?アレは確かに自分達の計画だ。目障りな冒険者どもの力の源である神々を送還し、力を封じ込めた。他でも無い、自分達の計画だと。
「………あ?」
『だが残念でしたぁ!!お前の部下に今すぐ確認させろよ!さっき送還された神は、
「…………!?オイッ、おいお前!さっき
ヴァレッタの頭の中に過ぎった、一つの可能性。まさか、まさかアイツは。
『すぐ答えは分かるだろうから、先に言ってやる。ぶぁぁぁぁぁかめ!!さっき上がった光の柱の内の
「っち!!!」
やられた。あのガキは、最初からこのつもりだったのだ。秩序側の神を送還しに行った邪神を、逆に狩ったのだ。
『その時に協力
〜とある寺院の屋根〜
「………へ〜ぇ…!」
「今すぐその気色の悪い顔をやめろエレボス。雑音だ」
「言ってやるなアルフィア。そもそもお前が奴を逃したのが原因だろう?」
「構わない。どうせ誰も逃げられんし、逃がさん。今はその時でない……それだけだ」
寺院の屋根上。二人の覇者を携えて先程まで笑みを浮かべていたエレボスは、更にその口角を吊り上げていた。
『とんだ宣戦布告してくれたなぁ、上等だ受けて立ってやるよぉっ!!此処はオラリオ、英雄の都!!燃えようが吹き飛ぼうが、瓦礫の山からでも何度も立ち直る!!』
「ヒヒッ、ウヒヒヒヒヒヒッ…!!!」
「………とは言え、流石にアレか。おいエレボス、少しは抑えろその笑み。俺まで寒気がしてきた」
「無理言うなよ、ザルド。こんな
言葉は続く。
〜
『冒険者諸君!!聞いただろう!?最早、賽は投げられた!!ならば我々に出来る事は、目の前の敵に全身全霊を持って礼をするだけではないか!?』
「「「うおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」」」
「エレボスざまぁぁぁぁああwwwwwwwwww」
「笑いすぎだロキ。だが……悪くない。いや寧ろ、良い兆候だ」
フィンは内心ほくそ笑んでいた。神の送還という惨劇を前にして、既に沈みきっていた士気がこの演説によって回復しつつあったからだ。
『我が名はロイ!!女神アストレアが眷属にして、【
「マジか!?」
「リトル・ルーキーって、今噂の!?」
此処に来て明かされた演説者の名前で、再び周囲がざわつく。だが、先程の光の柱が並んだ時の絶望漂うざわめきとは違い、期待に富んだ物であった。
『エレボス、そして二人の覇者、
『諸君らが【巨悪】をもってこの都市を破壊し尽くそうというのなら、その頭上には再び、正義の剣と翼が翻るであろう!!!』
「良いぞぉ、
「そうだ、何も変わんねぇじゃねぇか!!」
「俺達はいつも通り、目の前の敵をブッ倒すだけだ!!」
都は未だ潰えず。
「主神が送還された闇派閥兵士の特定、急げ!撤退前に少しでも戦力を削ぐ!冒険者達よ、この
「「「「おおおおおおおおおおおおおーっ!!!」」」」
勇者は槍を取る。
戦士達は士気を取り戻し、鬨を挙げる。
轟き渡る『正義』の宣言。
目の前の悪を滅さんと奮起する、
その日、英雄の都は敗北した。だが、其処には泥を被りながらも確かに生き延びた、英雄達の不撓不屈の精神があった。
〜あるかもしれないQ&A〜
Q.ダンまち二次創作のオリ主人公の癖に、神造武器(ヘスティア・ナイフみたいなの)をロイ君に持たせないの、なぁぜなぁぜ?
A.オラリオ春の神56し祭りが始まるから。
ロイ君はベル君と比べて間違いなくヤベー奴なので、神造武器を持ってオラリオに降り立ったら邪神達や敵対派閥の主神が軒並み送還される事になります。
スゲー分かりやすく言うなら……もし、ロイ君がヘスティア・ファミリア所属でアポロン・ファミリアとのゴタゴタに巻き込まれたら戦争遊戯じゃなくて速攻でアポロンを暗32する方向に走ります(アッチから襲ってきたんだから
それくらいロイ君はヤベー奴なんです。だから神造武器を持たせちゃいけないんですね。
Q.結局ロイ君は何したの?
A.秩序側の神を送還しよう作戦に参加していたタナトスを襲撃&脅迫、そして誘拐したタナトスに作戦に参加していた邪神達を送還させた。
Q.やり方が黒すぎね??
A.だって黒竜&怪物絶対56す系女子の弟だよ?
ロイ・ヴァレンシュタイン(ろくさい)
思考がヴィラン系主人公。タナトスを誘拐したのは神を殺せる武器が手元に無かったからで、あったら直接殺しに行っていた。最後の演説でなるべく秩序側っぽく締めたが、やり方が真っ黒。たぶん死ぬ程怒られる。
タナトス
ロイ君被害者の会副会長。軽くトラウマになった。33話でロイ君はほっといたらやべぇって言ってたのも、この時の体験から。タナトスヲイジメヌンデ…!!
ヴァレッタ
くぁwせdrftgyふじこlp!!!!!!
オリヴァス
くぁwせdrftgyふじこlp!!
闇派閥兵士
くぁwせdrftgyふじこlp……いやそんな事よりも援軍くれぇぇぇえぇぇ!?!?
フィン&ロキ
何はともあれ士気が回復したのでヨシ!!!
アストレア様
おいちょっとキミ(ロイ君)、裏行こうか…。