第一話 それは不思議な出会いなの?
暗い森だった。
木々の隙間を縫うように、冷たい風が吹き抜けていく。
その奥で。
黒い影が蠢いていた。
獣のようで。
けれど獣ではない。
不気味な何か。
そして、その怪物と戦う一人の少年。
金色の光。
激しい衝撃。
誰かを呼ぶ声――。
「……はっ!?」
高町なのはは、勢いよく目を覚ました。
枕元では、携帯電話のアラームが鳴り続けている。
「また変な夢……」
ぼんやりした頭を押さえながら、なのはは身体を起こした。
その隣。
もう一つのベッドでは、高町さくらが静かに目を開けていた。
同じ茶色の髪。
よく似た顔立ち。
なのはの姉である少女は、しばらく黙ったまま天井を見つめる。
「……お姉ちゃん?」
「ん?」
「起きてたんだ」
「今起きた」
短く返事をしながら、さくらはベッドから降りる。
その横顔は、いつも通り無表情気味だった。
なのはは小さく首を傾げる。
「お姉ちゃん、眠そう?」
「普通」
即答だった。
けれど。
さくらは窓の外を一瞬だけ見つめる。
まるで、何かを確かめるように。
しかし次の瞬間には、何事もなかったようにカーテンを閉めた。
「ほら、遅れる」
「あ、うん!」
リビングへ降りれば、いつもの朝。
父の士郎が新聞を読み。
母の桃子が朝食を並べ。
兄の恭也と姉の美由希が軽口を叩き合っている。
「おはよう、なのは、さくら」
「おはようございます!」
「おはよ」
食卓につく。
温かな朝食の匂い。
いつもの風景。
変わらない日常。
なのはは、さっきまで見ていた夢を思い返していた。
暗い森。
黒い影。
そして――。
「なのは?」
「あっ、はいっ!?」
桃子の声に、なのはは慌てて顔を上げる。
「ぼーっとしてるわよ?」
「えへへ……」
照れ笑いを浮かべるなのは。
その隣で、さくらは静かに味噌汁を飲んでいた。
ただ。
時折、考え込むように目を伏せている。
スクールバス。
教室。
授業。
いつもの日常は、いつものように流れていく。
「なのはー!」
「おはよ、アリサちゃん、すずかちゃん!」
親友のアリサ・バニングスと月村すずか。
三人で笑い合う時間は、なのはにとって大切なものだった。
その少し後ろの席。
さくらは静かに窓の外を見ていた。
「さくらちゃん、どしたの?」
すずかが不思議そうに聞く。
「別に」
そう答えながらも、その視線はどこか遠い。
アリサが呆れたように肩をすくめる。
「相変わらず無口よねー」
「アリサちゃんが喋り過ぎ」
「なによそれ!」
少しだけ。
さくらが笑った。
昼休み。
教室でお弁当を広げながら、三人は授業中の話題を続けていた。
『将来は何になりたいですか?』
担任教師のその問い。
「私は家の会社継ぐから、そのために勉強かな」
アリサが言う。
「私は機械系に進みたいな」
すずかも続ける。
二人とも、やりたいことがある。
けれど。
「なのはちゃんは?」
「え……」
聞かれて、なのはは困ってしまった。
自分には何があるんだろう。
何が出来るんだろう。
特別な何かなんて、本当にあるんだろうか。
「……よく分かんない」
小さな声。
すると、アリサが額を小突いた。
「ばかちん」
「ふぇっ!?」
「そんなの、今すぐ決まってなくてもいいでしょ」
すずかも優しく笑う。
「なのはちゃんにしか出来ないこと、きっとあるよ」
「……うん」
なのはは頷いた。
けれど。
その“何か”が、まだ分からない。
放課後。
塾へ向かう途中。
なのはは足を止めた。
「……あれ?」
見覚えがある。
夕暮れの森。
この景色。
昨夜の夢と同じ。
その瞬間。
『助けて……』
声が聞こえた。
なのはは、導かれるように森へ入っていく。
その少し離れた場所。
木陰から、その様子を見つめる影があった。
高町さくら。
彼女は静かに、妹の背中を見つめている。
「……やっぱり」
小さな呟き。
だが、追い掛けようとはしない。
ただ静かに。
なのはの進む道を見守っていた。
森の奥。
そこでなのはが見つけたのは。
傷付いた、小さなフェレットだった。
「大丈夫!?」
慌てて駆け寄るなのは。
フェレットは苦しそうに鳴き声を上げる。
なのはは、その小さな身体をそっと抱き上げた。
その夜。
槙原動物病院へ預けたフェレットのことを考えながら、なのはは眠る準備をしていた。
すると。
『お願い……助けて……』
再び声が聞こえた。
「え……?」
なのはは部屋を飛び出す。
その背中を。
廊下の影から、さくらが静かに見つめていた。
「……なのは」
止めない。
助けない。
ただ、見送る。
妹が、自分の足で進もうとしているから。
だから、さくらは動かない。
槙原動物病院。
そこで、なのはは再びフェレットと出会う。
そして。
世界は変わった。
色を失った街。
黒い怪物。
喋るフェレット。
異世界。
魔法。
突然告げられる非日常。
それでも。
なのはは逃げなかった。
『力を貸してほしい』
ユーノの願いに。
なのはは頷いた。
手渡される、真紅の宝石。
「レイジングハート……」
その瞬間。
眩い光が世界を包み込む。
そして。
少女は、初めて魔法と出会う。
同じ頃。
遠く離れたマンションの屋上。
さくらは静かに夜空を見上げていた。
風が、茶色の髪を揺らす。
遠く。
膨大な魔力の奔流を感じる。
「……始まったんだ」
小さな呟き。
その表情に、驚きはない。
ただ静かに。
妹の選んだ道を見守るように。
「なのは……」
その声は、夜風の中へ消えていった。