次元航行艦アースラは、“時の庭園”へ向けて突入を開始していた。
歪んだ紫電が走る空間。
崩壊しかけた次元座標。
その中心へ、なのはたちは向かっていた。
高町なのは。
高町さくら。
ユーノ・スクライア。
クロノ・ハラオウン。
それぞれの想いを胸に。
一方――。
医務室では、フェイトが静かに座り込んでいた。
膝を抱え、虚ろな瞳のまま。
何も見えていないようだった。
そんなフェイトの前に、アルフがしゃがみ込む。
「……フェイト」
返事はない。
アルフは少しだけ笑った。
「さ、聞きな」
優しく。
けれど、力強く。
「あたしはさ、お前と過ごした時間、嫌いじゃなかったよ」
フェイトの肩が微かに震える。
「泣いたり、怒ったり、笑ったり」
「母さんのことで必死になって」
「転んでも、傷だらけになっても立ち上がって」
アルフはフェイトの頭をそっと撫でた。
「そんなお前が、あたしは大好きだ」
フェイトの瞳から涙が落ちる。
「……でも、私は」
「まだ終わってない」
アルフは即座に言った。
「お前の未来は、まだこれからだ」
フェイトはゆっくりと目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、これまでの日々。
白い服の少女。
自分へ真っ直ぐ手を伸ばしてきた子。
戦い。
言葉。
笑顔。
『逃げればいいってわけじゃない』
『捨てればいいってわけじゃ、もっとない』
『わたしたちのすべては、まだ始まってもいない』
フェイトは震える手で、傍らのバルディッシュを取った。
砕けかけたデバイス。
装甲は割れ、火花が散っている。
「……バルディッシュ」
静かに問いかける。
「私は……まだ始まってすら、いなかったのかな」
一瞬の沈黙。
そして。
『Stand by. Ready.』
傷だらけの機体が起動した。
フェイトの瞳が見開かれる。
壊れていても。
傷ついていても。
それでも、バルディッシュは立ち上がる。
自分と共に戦うために。
フェイトの頬を涙が伝った。
「……ごめんね」
両手でバルディッシュを抱き締める。
「ずっと、一緒だったのに……」
どれだけ傷ついても。
どれだけ苦しくても。
この杖は、自分を見捨てなかった。
フェイトは立ち上がる。
もう、逃げない。
ただ信じるだけの子供も終わる。
今までの自分を終わらせる。
その決意を見届けたさくらが、静かに前へ出た。
そしてフェイトへ、小さな箱を差し出す。
羽の装飾が施されたリング。
中心には緑の宝石。
そして、雷の紋章が刻まれた匣。
「これは……?」
フェイトの問いに、さくらは静かに答えた。
「雷のマーレリング」
フェイトが息を呑む。
「あなたなら扱える」
さくらはフェイトの手を取り、リングを握らせた。
「覚悟が炎になる」
「その炎が、力になる」
フェイトはゆっくりとリングを右手中指へ嵌める。
瞬間。
緑色の炎が灯った。
驚くフェイト。
さくらは頷く。
「それでいい」
緑の炎を匣へ注ぎ込む。
開匣。
勢いよく飛び出したのは――。
二匹の、緑色の電撃を纏う狐。
雷狐。
その姿を見たフェイトの瞳に、初めて強い光が宿った。
そして――。
時の庭園。
大量の傀儡兵が、なのはたちの前に立ちはだかっていた。
「数が多すぎる……!」
ユーノが叫ぶ。
なのはがレイジングハートを構えた、その時。
雷光。
傀儡兵が一撃で吹き飛んだ。
「え……?」
現れたのはフェイトだった。
その隣にはアルフ。
足元には二匹の雷狐。
なのはの顔が明るくなる。
「フェイトちゃん……!」
フェイトは静かに頷いた。
「……手伝う」
アルフがニヤリと笑う。
「待たせたね」
大型傀儡兵が現れる。
巨体。
重装甲。
強大な魔力。
なのははフェイトを見る。
フェイトも、なのはを見る。
そして。
二人は同時に頷いた。
『Divine Buster.』
『Thunder Smasher.』
桜色と黄金。
二つの砲撃が完全同期する。
轟音。
閃光。
巨大傀儡兵が消し飛び、さらに庭園外壁まで撃ち抜いた。
その光景を見ながら、ユーノは苦笑する。
「本当にすごいな、二人とも……」
その後。
なのはとユーノは駆動路へ。
フェイトとアルフはプレシアの元へ向かった。
大量の傀儡兵を前に、ユーノが前へ出ようとする。
だが、なのはがその前に立った。
「なのは?」
なのはは笑った。
「ユーノくん」
「ありがとう」
「ずっと一緒にいてくれて」
「守ってくれて」
「ユーノくんの背中、いつも温かかったから」
ユーノの目が少し見開かれる。
「だからわたし、ここまで来れたんだよ」
一方。
プレシアの前では、リンディとクロノが立ちはだかっていた。
「アルハザードなど伝承に過ぎません」
リンディが告げる。
だがプレシアは笑った。
「道はあるわ」
その瞳には狂気と執念が宿っていた。
「こんなはずじゃなかった世界を……取り戻すのよ」
クロノが静かに前へ出る。
「世界はいつだって、こんなはずじゃないことばかりです」
「それでも生きていくしかない」
「他人を巻き込む権利は、誰にもない」
その時。
フェイトが現れた。
「母さん」
プレシアが振り向く。
フェイトは震えながらも、まっすぐ前を見る。
「私は……」
「母さんの娘でいたかった」
「でも」
「それだけじゃ駄目だった」
ゆっくりと、手を差し伸べる。
「一緒に帰ろう」
プレシアの瞳が揺れる。
だが。
その手が取られることはなかった。
プレシアは静かに笑った。
「……もう遅いのよ」
崩壊する空間。
開き始める虚数空間。
プレシアは後退する。
「母さん!!」
フェイトが叫ぶ。
だが届かない。
プレシアは最後まで、“アリシア”だけを見つめていた。
そのまま。
虚数空間へ落ちていく。
「アリシア……」
消えていく姿。
フェイトの伸ばした手は、空を掴むだけだった。
次の瞬間。
庭園全体が激しく揺れた。
崩壊が始まる。
警報音。
崩れ落ちる天井。
なのはが叫ぶ。
「みんな、脱出するよ!!」