## 最終話 君の名前を呼べたから
崩れゆく“時の庭園”。
プレシアが落ちていった虚数空間を、フェイトはただ呆然と見つめていた。
「母さん……」
伸ばした手は届かなかった。
その現実だけが、重く胸に残る。
だが次の瞬間。
轟音。
天井から巨大な瓦礫が降り注ぎ、床が崩壊する。
「フェイト!!」
遠くからアルフの叫びが響いた。
フェイトはとっさに飛び退く。
だが、崩れた床の向こうには虚数空間。
一歩踏み外せば終わりだった。
揺れる視界。
崩れていく世界。
その時――。
桜色の砲撃が天井を撃ち抜いた。
爆煙の向こうから飛び込んできたのは、白いバリアジャケットの少女。
「フェイトちゃん!!」
なのはだった。
傷だらけだった。
それでも、まっすぐフェイトへ手を伸ばしている。
「来て!!」
フェイトは目を見開く。
虚数空間。
母の消えた闇。
そして、なのは。
ほんの一瞬。
フェイトは迷った。
だが。
なのはの瞳は、真っ直ぐだった。
自分を見ていた。
フェイトは唇を噛む。
そして。
飛んだ。
なのはへ向かって。
二人の手が、強く繋がる。
「捕まえた!」
「……うん!」
その直後。
時の庭園は完全に崩壊した。
◇
脱出した一同は、アースラへ収容された。
医務室。
なのはもフェイトも、全身包帯だらけだった。
だが、フェイトだけは治療後、護送室へと移される。
重要参考人。
それが今のフェイトの立場だった。
数日が過ぎる。
次元震の余波が収まるまで、アースラは航行を停止していた。
なのはは何度もクロノへ尋ねた。
「フェイトちゃん、どうなるの?」
クロノは静かに答える。
「本来なら重罪だ」
「数百年単位の幽閉もあり得る」
なのはの顔が曇る。
だがクロノは続けた。
「でも、僕は無罪申告を出す」
「何も知らず、ただ母親の願いを叶えようとしていただけの子を、管理局は切り捨てない」
なのはは小さく笑った。
「……よかった」
一方。
なのはとさくらの帰宅日程も決まっていた。
だがユーノは違った。
「航路が安定してなくて、まだミッドチルダへ帰れないんだ」
困ったように笑うユーノ。
なのははすぐ答えた。
「じゃあ、今まで通りうちに住めばいいよ!」
「え?」
「ね、お姉ちゃん!」
さくらは苦笑しながら肩をすくめた。
「まあ、今さらよね」
ユーノは少し照れながら笑った。
「……ありがとう」
◇
地球へ戻ったなのは。
久しぶりの日常。
翠屋。
学校。
アリサとすずか。
笑い声。
暖かな時間。
それでも。
心のどこかには、いつもフェイトがいた。
そして数日後。
一本の電話が鳴る。
クロノからだった。
『フェイトの移送が決まった』
『本局へ向かう前に、君たちへ会いたいそうだ』
◇
早朝の海辺。
潮風が静かに吹いていた。
そこに立っていたのは、私服姿のフェイトだった。
バリアジャケットではない。
ただの少女として。
少し離れた場所には、クロノ、アルフ、ユーノ。
そしてなのはとさくらが歩み寄る。
一瞬、沈黙。
互いに何を話せばいいかわからない。
先に口を開いたのはフェイトだった。
「……助けてくれて、ありがとう」
なのはは笑う。
「うん!」
フェイトは小さく深呼吸した。
「今日は……返事をしたくて」
「返事?」
「なのはが言ってくれた、“友達になりたい”って言葉」
フェイトは俯く。
「私、自分でよければって思う」
「でも……わからないんだ」
「どうしたら、友達になれるのか」
なのはは優しく微笑んだ。
「簡単だよ」
「え?」
「名前を呼ぶの」
フェイトが目を瞬かせる。
「君とかあなたじゃなくて」
「ちゃんと相手を見て」
「名前を呼ぶこと」
静かな風。
フェイトはゆっくりとなのはを見る。
そして。
「……なのは」
なのはの顔がぱっと明るくなる。
「うん!」
「なのは」
「うん!」
「なのは……!」
何度も。
何度も。
名前を呼ぶ。
なのはの瞳から涙が零れた。
「えっ、なのは!?」
「へへ……なんか嬉しくて」
フェイトは戸惑う。
でも。
胸が少し痛かった。
なのはが泣くと、自分も悲しい。
その意味を、フェイトは初めて知った。
二人はそっと抱き合う。
「また会おうね」
「うん」
「今度は、わたしがなのはを助けるから」
アルフは涙を拭う。
「ほんっと、よかったよ……」
ユーノが苦笑する。
「アルフも泣くんだね」
「うるさい!」
◇
別れの時。
なのはは自分のリボンを外した。
「これ、あげる」
「え……」
「思い出!」
フェイトは大切そうに受け取る。
その横で、さくらがフェイトの右手を見る。
雷のマーレリング。
「それ、大事に使ってよね」
フェイトは驚く。
「……うん」
なのはが頬を膨らませる。
「お姉ちゃん! なんでフェイトちゃんにはくれるの!?」
「なのはには使えないから」
「むー!」
フェイトが少しだけ笑った。
それは、以前よりずっと自然な笑顔だった。
そして。
「またね、なのは」
「うん、フェイトちゃん!」
黄金の光が空へ昇る。
見送るなのは。
その髪を海風が揺らした。
ユーノが隣へ並ぶ。
「終わったね」
「うん」
なのはは空を見上げる。
小さな事件は終わった。
だけど。
ここからまた、新しい時間が始まる。
アリサたちと笑い合う日々。
管理局へ戻るアースラ。
移送中の部屋で、なのはにもらったリボンを結ぶフェイト。
それぞれの場所で。
それぞれの未来へ。
そして――。
高町なのはの、新しい物語が始まっていくのだった。