アースラ内部。
庭園に流れていた穏やかな空気は、既に消えていた。
クロノとさくらが向かい合う。
その瞬間。
ブゥン――
空間そのものが変形した。
芝生。
花壇。
小川。
全てが消えていく。
代わりに現れたのは、白銀の無機質な空間だった。
広大な戦闘シミュレーター。
なのはが目を丸くする。
「わぁ……!」
ユーノも周囲を見回していた。
クロノは冷静に告げる。
「模擬戦用空間だ」
「多少暴れても問題ない」
リンディは小さく息を吐く。
「なのはさん達はこちらへ」
そのまま案内される。
転送。
次の瞬間、なのはたちはアースラの指令室へ移動していた。
巨大モニター。
多数の局員。
そして中央モニターには、戦闘空間の映像が映し出される。
エイミィが振り返った。
「わぁ、本当にやるんだ……」
なのはは少し不安そうにモニターを見る。
その中では、クロノがデバイスを構えていた。
『Durandal standby.』
一方。
さくらは静かに立っているだけ。
クロノが口を開く。
「管理局保管の予備デバイスを貸与する」
「最低限、安全制御は必要だ」
だが。
さくらは即答した。
「いらない」
「……そうか」
クロノも深くは言わない。
さくらは静かにポケットへ手を入れる。
そして。
取り出したのは――
小さな箱だった。
いつもの匣ではない。
金属製。
厳重な封印が施されている。
なのはがモニター越しに呟く。
「……あれ」
見た事がない。
さくらは静かに封を外した。
カチッ――
箱が開く。
その中に入っていたのは。
藍色のリング。
だが、いつもの霧のリングとは違う。
宝石の両側へ、折りたたまれた羽のような装飾。
どこか異質な存在感。
ユーノが目を細める。
「……違う?」
さくらは静かに、そのリングを中指へ嵌めた。
瞬間。
ボッ――
藍色の炎が灯る。
だが。
いつもより深い。
より濃密な炎。
まるで空間そのものへ滲み込むような気配だった。
クロノも表情を変える。
「……!」
そして。
リンディの声が響く。
『――模擬戦開始』
その瞬間。
さくらが匣を取り出した。
藍色の炎を穴へ押し当てる。
ガコンッ!!
開匣。
飛び出したのは――
藍色の炎を纏う梟。
『霧フクロウ(グーフォ・デッラ・ネッビア)』
梟が静かに羽ばたく。
その藍炎が周囲へ広がる。
さくらは片手を上げた。
藍色の炎が収束。
そして。
三叉槍が形成される。
長い槍。
揺らめく藍炎。
完全な実体にしか見えない。
クロノは僅かに目を細めた。
「武装生成……?」
だが次の瞬間。
さくらは槍の石突きを、床へ軽く打ち付けた。
コン――
静かな音。
それだけだった。
なのに。
世界が歪んだ。
「――っ!?」
クロノの目が見開かれる。
景色が変わる。
白銀の空間が、まるでガラスのように砕け散った。
現れたのは――
無数の鏡。
上下左右。
どこまでも続く反射空間。
自分自身が無限に映り込む。
クロノが即座に距離を取る。
「幻覚空間……!」
だが。
次の瞬間。
背後から殺気。
「っ!?」
振り返る。
そこに、さくらがいた。
三叉槍による突き。
クロノは咄嗟に防御魔法を展開。
ガギィンッ!!
重い。
ただの幻ではない。
衝撃が本物。
クロノが目を細める。
「有幻覚か……!」
だが。
次の瞬間。
さくらが霧のように消えた。
「な――」
横。
後ろ。
上。
鏡の中。
全ての空間へ、さくらが映っている。
どれが本物か分からない。
クロノが即座に広域魔法を展開。
雷光が周囲を薙ぎ払う。
だが。
鏡の中のさくら達が、同時に笑った。
次の瞬間。
全方向から槍撃。
ガギィィィンッ!!
クロノが障壁を展開。
衝撃。
火花。
だが、防ぎ切れない。
肩へ浅い裂傷。
クロノが後退する。
指令室。
なのはが息を呑んだ。
「うそ……」
ユーノも驚いている。
「幻術……なのに、攻撃が実体化してる……!」
リンディも真剣な目になる。
「これが……霧の炎」
モニターの中。
無数の鏡。
その中央で。
藍色の炎を纏う少女だけが、静かに立っていた。