「これは……!」
指令室の空気が張り詰める。
巨大モニターに映るのは、歪んだ鏡の世界。
無数の反射。
どこまでも続く幻影空間。
クロノがその中で戦っている。
リンディが即座に指示を飛ばした。
「対幻術フィルターを最大出力で展開!」
「映像補正急いで!」
「はい!」
オペレーター達が慌ただしく動く。
通常の幻術対策。
魔力波長の解析。
視覚補正。
認識阻害解除。
管理局の技術は高い。
並の幻術なら、即座に解析可能だった。
だが――
「……え?」
オペレーターが固まる。
モニター映像が、一切変わらない。
フィルターを通しても。
解析を重ねても。
映し出されるのは、あの異様な空間のまま。
ユーノが息を呑む。
「そんな……」
リンディの表情も険しくなる。
「フィルターが効いていない……?」
エイミィが青ざめた顔で解析画面を見る。
「違います!」
「フィルター自体が騙されてる!」
「映像システム側が“これが現実”だと認識してるんです!」
その言葉に、指令室の空気が凍った。
高度すぎる。
視覚だけではない。
認識。
観測。
システムそのものへ干渉している。
さくらの幻術は、既に通常の幻術の域を超えていた。
なのはがモニターを見る。
「お姉ちゃん……」
そこに映る戦場は、もう意味が分からなかった。
◇
戦闘空間。
クロノは空中へ跳んだ。
その瞬間。
重力感覚が狂う。
「っ!?」
視界が回転した。
いや。
空間そのものが歪んでいる。
本来、平面だったはずの空間。
それが今は――
巨大な円柱状に丸まっていた。
床。
壁。
天井。
その境界すら曖昧。
上下感覚が完全に崩壊している。
クロノが即座に姿勢制御魔法を展開。
だが。
次の瞬間。
ゴォォォォッ!!
床から赤い火柱が噴き上がった。
「っ!!」
クロノが回避。
だが掠めた。
ジュッ――
腕が焼ける。
クロノの目が見開かれた。
熱い。
痛覚。
焼損。
全部、本物。
ただの幻ではない。
有幻覚。
幻覚でありながら、現実へ干渉する炎。
クロノが舌打ちする。
「冗談だろ……!」
赤い火柱が次々と噴き上がる。
しかも。
空間が歪んでいるせいで、回避軌道すら狂う。
右へ飛んだつもりが、上へ落ちる。
距離感覚も狂わされる。
そして。
鏡の中。
無数のさくらがこちらを見ていた。
静かに。
感情の薄い瞳で。
クロノが魔法陣を展開する。
「ブレイズ――」
だが。
言葉の途中。
背後から殺気。
「っ!」
振り返る。
そこに、さくら。
三叉槍が振り下ろされる。
ガギィィンッ!!
防御。
だが重い。
さらに。
別方向からも槍撃。
「な――!?」
二人。
いや三人。
同時に存在している。
しかも全部、質量がある。
クロノが距離を取る。
だが。
着地した場所から、再び火柱。
「ぐっ!」
熱風。
視界が揺れる。
空間そのものが敵だった。
指令室。
ユーノが険しい顔になる。
「ここまで来ると、もう幻術じゃない……」
リンディも静かに呟く。
「現実改変に近い……」
なのははモニターを見つめていた。
いつものお姉ちゃん。
無口で。
少し不器用で。
静かな人。
なのに今、そこにいるさくらは。
まるで。
世界そのものを書き換えているように見えた。
そして。
歪んだ戦場の中央。
藍色の炎を揺らしながら。
さくらは静かに槍を構える。
その背後で。
『霧フクロウ(グーフォ・デッラ・ネッビア)』が、ゆっくり羽を広げていた。