黒い影が唸り声を上げる。
アスファルトを砕きながら、巨大な腕が振り下ろされた。
「きゃあっ!?」
なのははとっさに身を伏せる。
轟音。
砕け散る地面。
夜の街に、暴風が吹き荒れた。
「なのは! こっちです!」
フェレット――ユーノの声に導かれ、なのはは必死に駆け出す。
心臓がうるさい。
怖い。
怖いけれど。
足は止まらなかった。
少し離れたビルの屋上。
その光景を、高町さくらは静かに見下ろしていた。
風が、茶色の髪を揺らす。
「……再生してる」
さくらの視線の先。
一度砕けたはずの黒い影が、どろりと形を戻し始めていた。
まるで最初から壊れていなかったかのように。
その様子を見ても、さくらは動かない。
ただ静かに、妹の戦いを見守っていた。
「どういうことなの……?」
人気のない路地裏。
息を切らしながら、なのははユーノを見る。
「さっきのは“ジュエルシード”の暴走です」
「じゅえる……しーど?」
「僕の世界で発見された危険な遺産です」
ユーノは苦しそうに説明を続けた。
時空間船の事故。
散らばった二十一個のジュエルシード。
そして。
願いを暴走させ、怪物を生み出す力。
「止めるには、封印するしかありません」
「封印……」
「レイジングハートを使って」
なのはは、手の中の赤い宝石を見る。
不思議な輝き。
温かな感触。
「でも、どうやって……?」
「呪文を」
「え?」
「あなた自身の言葉です。心の中に浮かぶ、“あなたの魔法”を」
なのはは目を閉じた。
怖い。
でも。
逃げたくない。
助けたい。
その想いが、胸の奥で熱を帯びていく。
そして。
自然に、言葉が浮かんだ。
「――リリカル・マジカル」
瞬間。
レイジングハートが輝いた。
『Stand by ready. Set up.』
響く機械音声。
爆発するような光。
なのはの身体を、桜色の衣装が包み込む。
「えっ……!?」
だが、驚く暇はない。
再生を終えた黒い影が、再び襲い掛かってきた。
「なのは!」
「――っ!」
今度は逃げない。
なのはは自分の意志で、杖を構えた。
「ディバイン――」
身体の奥から、力が溢れてくる。
レイジングハートが応える。
「――シューター!!」
桜色の光弾が夜を裂いた。
黒い影へ直撃。
怪物が悲鳴を上げる。
「今です!」
ユーノの声。
なのはは杖を握り締めた。
「お願い……!」
『Sealing mode.』
光が収束する。
そして。
「封印っ!!」
眩い閃光。
次の瞬間。
黒い影は、小さな宝石へと姿を変えた。
赤く輝く結晶。
「これが……ジュエルシード」
なのはは、小さく息を吐いた。
その後。
なのはは、気を失ったユーノを連れて近くの公園へ向かった。
ベンチに座り、そっとフェレットを膝へ乗せる。
「大丈夫かな……」
すると。
「う……」
「ユーノくん!」
目を覚ましたユーノが、申し訳なさそうに耳を伏せた。
「ごめんなさい……あなたを危険に巻き込んでしまって」
「え?」
「本当は、一人でやるつもりだったんです」
なのはは少し困ったように笑った。
「わたし、多分へいき」
「でも――」
「怖かったけど……」
なのはは夜空を見上げる。
そして、小さく微笑んだ。
「助けられて、よかったなって思うから」
ユーノは、しばらく何も言えなかった。
帰宅後。
「なのはぁぁぁ!!」
恭也の怒声が飛んだ。
「夜中に女の子が出歩くな!」
「ご、ごめんなさい~!」
「まぁまぁ、恭ちゃん」
美由希が苦笑しながら間に入る。
一方。
「かわいい~!!」
桃子はユーノを抱き上げていた。
「きゅっ!?」
「この子、うちで預かるの!?」
「う、うん……」
賑やかな夜。
その少し離れた場所で。
さくらは静かにユーノを見つめていた。
「……異世界の人」
ぽつりと呟く。
ユーノが小さく身を震わせた。
だが。
さくらはそれ以上何も言わなかった。
翌朝。
学校へ向かう途中。
なのははレイジングハートを鞄へ入れて歩いていた。
『聞こえますか、なのは』
「わっ!?」
突然、頭の中へ響く声。
精神通話。
ユーノは、その中でジュエルシードについて詳しく話した。
二十一個。
まだほとんど見つかっていないこと。
そして。
自分の責任であること。
『魔力が回復したら、また探しに行きます』
「一人で?」
『はい』
なのはは立ち止まった。
「……だめ」
『え?』
「わたしも手伝う」
『でも危険です!』
「ひとりぼっちは寂しいもん」
なのはは、真っ直ぐ前を見る。
「わたしにも、お手伝いさせて」
ユーノは黙り込んだ。
その時。
突如として、近くで強い魔力反応が発生する。
『ジュエルシード!?』
「神社の方だ!」
神社では。
一匹の子犬が、巨大な怪物へ変貌していた。
赤い目。
巨大な牙。
唸り声を上げながら暴れている。
「危ない……!」
なのははレイジングハートを構える。
だが。
「セットアップってどうやるのぉ!?」
起動しない。
焦る。
そこへ、犬獣が突進してきた。
「きゃっ――!」
瞬間。
『Setup completed.』
レイジングハートが、自動で起動した。
桜色の光。
一瞬で装着されるバリアジャケット。
展開される防御障壁。
犬獣の牙を真正面から受け止める。
『すごい……』
ユーノが驚愕する。
なのはの魔力。
才能。
その規格外の力に。
なのはは、レイジングハートを握り締めた。
「お願い、レイジングハート!」
『All right.』
心が通じる。
なのはには、そう感じられた。
「ディバインシューター!」
光弾が夜空を駆ける。
犬獣へ命中。
そして。
『Sealing mode.』
「封印!!」
光が弾けた。
ジュエルシードが、静かに宙へ浮かぶ。
元に戻った子犬は、飼い主の腕の中で元気に鳴いていた。
「よかったぁ……」
なのはは安心したように笑う。
その隣で、ユーノも小さく笑った。
「お疲れ様、なのは」
「うん。おつかれさま」
まだ始まったばかり。
だけど。
なのはは、少しだけ思った。
自分にも。
出来ることがあるのかもしれない――と。
遠く。
神社の石段の上。
さくらは静かに、その様子を見守っていた。
「……順調」
小さな呟き。
なのははまだ気付かない。
姉がずっと、自分を見守っていることを。
そして。
この出会いが、まだ始まりに過ぎないことを。