夜空へ、桜色の光が広がっていた。
海鳴市の住宅街。その上空で、高町なのは は呆然と自分の身体を見下ろしていた。
白いバリアジャケット。
手に握られた杖。
身体を包む温かな魔力。
そして、自分が空に浮いているという現実。
「う、浮いてるぅぅぅっ!?」
慌てて手足をばたつかせる。だが落ちない。むしろ余計にふらふらと空中を漂ってしまう。
その下では、巨大な異形が唸り声を上げていた。
黒い泥のような身体。
赤く光る瞳。
地面を叩く度に、アスファルトが砕けていく。
「きゃああっ!?」
なのはが慌てて距離を取る。
その腕の中では、フェレット姿の ユーノ・スクライア が苦しそうに声を上げていた。
「落ち着いて! 君なら出来る!」
「で、出来るって何をぉ!?」
『Please calm down.』
突然、手の中の杖――レイジングハートが機械的な声を響かせた。
『Auto protection.』
瞬間。
桜色の障壁が展開される。
直後、化け物の腕が叩き付けられた。
轟音。
しかし、障壁は砕けない。
「えっ……」
なのはが目を見開く。
ユーノが叫ぶ。
「そのまま撃って!」
「う、撃つぅ!?」
『Divine Shooter.』
レイジングハートの宝玉が光を放つ。
すると、なのはの周囲へ桜色の光球が生まれた。
「わ、わわっ!?」
『Please say “shoot”.』
「しゅ、シュートぉっ!」
光弾が一斉に放たれる。
夜空へ走る桜色の軌跡。
次の瞬間、光弾が化け物へ直撃した。
爆発。
轟音。
異形の身体が大きく吹き飛ぶ。
「や、やった……?」
なのはが呆然と呟く。
だが。
化け物はまだ倒れていなかった。
むしろ、さらに大きく膨れ上がっていく。
「えぇぇぇっ!?」
ユーノの声が飛ぶ。
「ジュエルシードが暴走してるんだ! 封印しないと止まらない!」
「ふ、封印!?」
『Sealing mode.』
レイジングハートが変形する。
宝玉が輝き、魔法陣が展開される。
その光景に、なのはは息を呑んだ。
けれど。
怖い。
怖いはずなのに。
不思議と逃げたいとは思わなかった。
目の前には、助けを求める存在がいる。
それなら。
「……助ける」
小さな呟き。
なのははレイジングハートを握り直した。
「レイジングハート!」
『Yes, my master.』
「お願い!」
桜色の魔力が溢れ出す。
夜空へ巨大な魔法陣が広がった。
『Stand by sealing.』
なのはは真っ直ぐ化け物を見る。
怖い。
でも。
逃げたくない。
「ジュエルシード、封印!」
桜色の光が放たれる。
光の帯が異形を包み込み、その身体を拘束した。
化け物が苦しそうに暴れる。
だが、光は消えない。
やがて。
黒い泥の身体が崩れ始める。
赤い瞳が消え。
巨大な身体が、静かに霧散していった。
そして。
夜空に、小さな宝石が残る。
『Sealing complete.』
ジュエルシード。
静かに輝くそれを、なのはは呆然と見つめていた。
「終わった……?」
その瞬間。
張り詰めていた力が抜ける。
「きゃぁぁぁっ!?」
魔力飛行が解除され、なのはの身体が落下する。
ユーノが慌てて叫ぶ。
「なのはっ!?」
だが。
落下する寸前。
ふわりと身体が浮かび上がった。
「え……?」
なのはが目を瞬かせる。
見ると、身体が桜色の光に包まれていた。
レイジングハートの自動制御らしい。
ゆっくりと地面へ降ろされる。
「た、助かったぁ……」
へなへなと座り込むなのは。
その腕の中で、ユーノもほっと息を吐いた。
「ありがとう、なのは」
「う、うん……」
なのははまだ状況を飲み込めていなかった。
魔法。
空を飛ぶ。
化け物。
ジュエルシード。
全部が非現実だった。
それでも。
手の中のレイジングハートだけは、確かに温かかった。
夜風が静かに吹き抜ける。
そして。
物語は、静かに動き始めていた。