歪んだ世界。
円柱状に曲がった空間。
無数の鏡。
赤い火柱。
現実と幻覚の境界すら消えた戦場。
その中心で。
クロノは荒く息を吐いていた。
「はぁ……っ……!」
バリアジャケットは既に損傷だらけ。
肩。
腕。
脚。
火傷と裂傷。
決して致命傷ではない。
だが、確実に追い詰められていた。
周囲には無数の“さくら”。
どれも実体。
どれも本物にしか見えない。
そして。
その中央。
本物のさくらだけが、静かに立っていた。
藍色の炎を纏いながら。
指令室。
なのははモニターを見つめていた。
その表情は、不安と迷いが混ざっている。
リンディもクロノも、もう理解していた。
この戦い。
さくらが本気なら、既に終わっている。
だが。
その時だった。
モニターの中。
さくらが静かに視線を上げる。
そして。
指令室のなのはへ向けて、言った。
「なのは」
なのはがびくっとする。
「……え?」
「なのはは、どうしたい?」
その言葉に。
指令室の空気が静まった。
ユーノも。
リンディも。
クロノすら。
言葉を止める。
なのはは少しだけ目を伏せた。
ユーノとの出会い。
突然始まった魔法の世界。
ジュエルシード。
フェイト。
危険な戦い。
怖かった。
痛かった。
何度も負けそうになった。
でも。
それでも。
なのはは思い出す。
助けたいと思った気持ち。
話したいと思った気持ち。
フェイトの、あの寂しそうな目。
そして。
自分は――
どうしたいのか。
なのははゆっくり顔を上げた。
迷いは消えていた。
「……続けたい」
真っ直ぐな声。
「わたし、ジュエルシードの回収を続けたい」
「フェイトちゃんとも、ちゃんと話したい」
静かな決意。
その言葉を聞いて。
さくらは数秒、なのはを見る。
そして。
小さく呟いた。
「……そう」
それだけだった。
次の瞬間。
さくらが三叉槍の石突きを床へ軽く当てる。
コン――
静かな音。
だが。
その瞬間。
パァンッ――!!
まるで風船が割れたように。
世界が砕け散った。
鏡。
歪み。
赤い火柱。
全てが消える。
無機質な戦闘空間へ戻っていく。
クロノが目を見開く。
「っ……!」
気付けば。
自分は膝をついていた。
肩で息をする。
バリアジャケットはボロボロ。
各所が焼け焦げ、裂けている。
完全に敗北だった。
指令室も静まり返る。
リンディが小さく息を吐いた。
「解除された……」
ユーノも呆然としている。
「あれだけの幻術を、一瞬で……」
さくらは静かに三叉槍を消した。
藍色の炎が霧のように消えていく。
『霧フクロウ(グーフォ・デッラ・ネッビア)』も、静かに匣へ戻った。
そして。
さくらはリンディを見る。
その瞳は相変わらず静かだった。
「手伝ってあげる」
リンディが少し目を丸くする。
なのはも驚いた。
「お、お姉ちゃん!?」
さくらはなのはを見た。
「なのはが続けるなら」
「見てるだけは無理」
その言葉に。
なのはの顔へ、ぱっと笑顔が広がった。
「お姉ちゃん……!」
クロノはゆっくり立ち上がる。
悔しさはある。
だが、それ以上に理解した。
この少女は。
管理局の常識では測れない。
リンディは小さく微笑む。
「ありがとう、さくらさん」
「歓迎するわ」
こうして。
高町なのは。
ユーノ・スクライア。
そして、高町さくら。
三人は正式に――
時空管理局と協力関係を結ぶことになった。