十二月二十二日。
冬の冷たい風が次元世界を吹き抜ける中、ヴォルケンリッターは蒐集を続けていた。
完成まで六六六ページ。
残るは約六十ページ。
順調と言えば順調だった。
だが、誰の表情にも余裕はない。
病院のベッドで横たわる主――八神はやての容態が、日に日に悪化しているからだ。
シグナムは静かに闇の書を閉じた。
「あと少しだ……」
その呟きには願いにも似た響きがあった。
シャマルも黙って頷く。
大空のマーレリング。
さくらから託されたその力。
はやて自身が灯す調和の炎によって、闇の書の呪いはこれまで抑え込まれてきた。
だが――。
もう限界が近かった。
調和の炎ですら、闇の書の侵食を完全には相殺できなくなっている。
このままでは間に合わない。
だからこそ彼らは戦い続けていた。
すべては主を救うために。
ただ、それだけのために。
一方、高町家。
クリスマスを目前に控えた食卓では、久しぶりに穏やかな時間が流れていた。
フェイトも夕食に招かれ、翠屋のクリスマスケーキの話題で盛り上がっている。
なのはも笑顔だった。
だが心のどこかで、はやてのことが引っ掛かっていた。
病院で出会った少女。
優しくて明るい少女。
そして右中指に輝く大空のマーレリング。
あの時から嫌な予感は消えていなかった。
十二月二十四日。
クリスマス・イブ。
放課後。
なのは、フェイト、アリサ、すずかは病院へ向かっていた。
すずかが企画したサプライズ見舞い。
はやてを驚かせようという計画だ。
病室の扉を開く。
「こんにちはー!」
元気な声が響いた。
「みんな!」
はやてが嬉しそうに笑う。
だが次の瞬間。
なのはとフェイトの表情が凍り付いた。
病室の中。
そこにいたのは――
シグナム。
ヴィータ。
シャマル。
ザフィーラ。
ヴォルケンリッター全員だった。
空気が一瞬で張り詰める。
シャマルは即座に念話妨害結界を展開した。
だが。
もう遅かった。
なのはの視線ははやての右手に向いていた。
右中指。
そこに輝くリング。
大空のマーレリング。
そしてフェイトも同じ結論に辿り着く。
「まさか……」
「うん……」
なのはは小さく頷いた。
ヴィータ達の主。
闇の書の主。
八神はやて。
すべてが繋がった。
だが、はやては何も知らない。
だから誰も何も言わなかった。
その場は平穏な見舞いとして終わった。
夜。
病院近くのビル屋上。
冷たい風が吹いていた。
シグナムとシャマル。
なのはとフェイト。
四人は向かい合う。
最初に口を開いたのはシグナムだった。
「隠していたことは謝罪する。」
「だが、主は何も知らない。」
「我らが勝手に始めたことだ。」
そして。
シャマルが静かに語る。
さくらのこと。
大空のマーレリングのこと。
調和の炎のこと。
はやて自身が覚悟をもって炎を灯し続けていたこと。
そして。
「もう抑えきれなくなっています。」
その言葉になのは達は息を呑んだ。
「どういうこと?」
フェイトが問う。
「闇の書の侵食速度が上がっているんです。」
「調和の炎でも追いつかない。」
「このままなら……」
言葉は続かなかった。
それでも意味は伝わった。
はやては本当に危険な状態なのだ。
だが。
なのはは首を振る。
「それでも!」
「闇の書を完成させちゃ駄目!」
フェイトも続く。
「夜天の書は壊れている!」
「完成したら、はやては助からない!」
シグナムの瞳が揺れる。
だが。
それでも止まれない。
「我らは闇の書の一部だ。」
「そのことは誰より理解している。」
「そして我らは主を救う。」
平行線だった。
ヴィータが前に出る。
涙を浮かべながら。
「あたしたちがどれだけ頑張ったと思ってるんだよ!」
「もう少しなんだ!」
「あと少しで終わるんだ!」
「大空の炎だってもう抑えきれなくなってる!」
「はやては限界なんだよ!!」
叫びと共にグラーフアイゼンが振り下ろされる。
だが。
なのはは受け止めた。
純白のバリアジャケット。
揺るがない瞳。
「ヴィータちゃん。」
「それでも伝えたい。」
「本当に助けたいなら――」
「完成させちゃ駄目なんだよ!」
戦いが始まった。
上空。
フェイトとシグナムが向かい合う。
ソニックフォーム。
フェイト最大速度。
それを見たシグナムは静かに涙を流した。
「何故だろうな……」
「お前とは友になれた気がする。」
フェイトも悲しそうに笑う。
「まだ間に合うよ。」
「一緒にはやてを助けよう。」
だが。
シグナムは首を振る。
「もう戻れない。」
「我らは血を流し過ぎた。」
戦いが始まる。
その時だった。
遠距離からバインドが飛来する。
なのはが拘束される。
フェイトも気付く。
仮面の戦士。
そしてもう一人。
同じ姿の仮面の戦士。
二人いた。
誰もが驚愕する。
仮面の戦士たちはシャマルから闇の書を奪った。
そして。
シグナム。
シャマル。
ザフィーラ。
次々と拘束する。
闇の書の残りページ。
それを埋めるために。
守護騎士自身のリンカーコアが使われた。
「やめろおおおお!!」
ヴィータが叫ぶ。
だが届かない。
守護騎士達は消滅していく。
最後に残ったヴィータも倒された。
そして。
仮面の戦士は準備を始める。
闇の書の終焉。
そのために。
なのはとフェイトの姿に変身した仮面の戦士。
彼らははやてを召喚した。
何も知らないはやて。
倒れた仲間達。
拘束されたヴィータ。
消えたシグナム達。
混乱するはやて。
そして告げられる絶望。
「もう助からない。」
「全部無駄だった。」
目の前で消されるヴィータとザフィーラ。
その瞬間。
はやての悲しみが爆発した。
右中指の大空のマーレリングが激しく輝く。
調和の炎が燃え上がる。
だが。
限界だった。
闇の書の呪い。
完成した魔力。
膨大な負の奔流。
それらを抑えきれない。
炎は最後まで主を守ろうと輝き続けた。
そして。
静かに消えた。
闇の書が現れる。
ページが埋まる。
完成。
真の主。
八神はやて。
だが。
その意識は失われる。
代わりに現れたのは――
闇の書の意志。
拘束を破って駆けつけたなのはとフェイト。
だが。
そこにいたのははやてではなかった。
黒衣の少女。
涙を流す存在。
何度も主を失い続けた存在。
闇の書の意志。
彼女は静かに呟く。
「我は闇の書。」
「我が力の全ては主の願いのままに。」
空が割れる。
巨大な魔法陣。
無数の光球。
超広域殲滅魔法。
デアボリックエミッション。
世界を覆う破滅の光が、その頭上に出現していた。
なのはとフェイトは息を呑む。
クリスマス・イブ。
その夜。
最悪の悲劇が始まろうとしていた。