深夜。
高町家は静まり返っていた。
窓の外では、月明かりが静かに街を照らしている。
なのははベッドでぐっすり眠っていた。
小さく寝息を立てながら、抱き枕をぎゅっと抱えている。
その姿を確認してから。
さくらは静かに立ち上がった。
音を立てないように、そっと押し入れを開ける。
その奥。
さらに奥へ手を伸ばす。
取り出されたのは――
黒い箱。
今まで見せたリングケースとは違う。
かなり厳重に保管されていた。
さくらはそれを静かに机へ置く。
すると。
「……さくら?」
声がした。
振り返る。
そこには、半分眠そうなユーノがいた。
いつの間にか起きていたらしい。
さくらは少しだけ目を瞬かせる。
「起こした?」
「いや……なんとなく気配で」
ユーノはそう言いながら、机の箱を見る。
「それって……?」
さくらは数秒だけ黙った。
だが、隠す様子は無かった。
「特別なリング」
そう言って、箱を素直に見せる。
カチッ――
静かな音と共に箱が開いた。
その瞬間。
ユーノの目が大きく見開かれる。
「……っ」
中には、二十一個のリング。
だが。
今までのリングとは、明らかに違った。
まず目に入ったのは。
羽の装飾が施されたリング。
それぞれ属性ごとに違う意匠。
見ただけで分かる。
クロノ戦で使ったリングと同系統。
ユーノが静かに呟く。
「マーレリング……」
さくらは小さく頷く。
「七属性分」
さらにその隣。
別のリング群。
宝石の中に、貝の紋章が刻まれている。
リング自体もどこか重厚感があった。
「これは……?」
「ボンゴレリング」
さくらが答える。
ユーノは聞いたことのない名前に眉をひそめた。
そして。
最後のリング群。
それだけは、他とまるで違った。
宝石が存在しない。
装飾も異質。
まるで生物の骨のような独特なデザイン。
ユーノが思わず息を呑む。
「何これ……」
「シモンリング」
静かな声だった。
だが。
ユーノは分かった。
この三種類。
全部、別格だ。
今まで見てきたリングとは、存在感そのものが違う。
まるで。
それ自体が意志を持っているようだった。
ユーノが恐る恐る尋ねる。
「これ……全部使えるの?」
さくらは静かに首を横に振る。
「無理」
「適性だけじゃ足りない」
「リング側に認められないと使えない」
そう言いながら、さくらはマーレリングへ視線を向ける。
「普通のリングは道具」
「でも、この三種類は違う」
「継承されるリングだから」
「継承……」
ユーノが小さく呟く。
さくらは箱の中を静かに見つめた。
「使える人間が限られてる」
「だから特別」
月明かりがリングへ反射する。
その光景は、どこか神秘的だった。
そしてユーノは改めて思う。
高町さくらという少女は。
まだ、底が見えない。
◇
時空管理局のサポートが入ってから、ジュエルシードの回収は以前より格段に楽になった。
アースラの索敵能力。
結界補助。
転送支援。
管理局のバックアップは非常に優秀だった。
以前のように、街中を手探りで探し回る必要も減った。
その分。
なのはたちは、純粋に戦闘へ集中できるようになっていた。
休日は主に、アースラの戦闘シミュレーターで訓練を行うようになっていた。
広大な仮想空間。
空戦。
市街地。
森林。
様々な環境を再現できる施設。
なのははそこで、何度もさくらとの模擬戦を繰り返していた。
最初こそ一方的だった。
だが。
なのはの成長速度は異常だった。
魔法制御。
空中機動。
砲撃精度。
どれも短期間で急激に伸びていく。
さらに。
嵐のリング。
死ぬ気の炎。
さくらは容赦なく、それを戦闘中でも扱えるよう叩き込んだ。
「考える前に動く」
「迷ったら遅い」
「炎を止めない」
なのはは何度も撃ち落とされ。
転がされ。
へとへとになりながらも食らいついた。
最初は小さかった赤い炎も、今ではかなり安定している。
レイジングハートを握りながら、嵐の炎を纏わせることも増えていた。
もっとも。
魔力砲そのものへ完全に炎を乗せる技術だけは、まだ成功していない。
それでも。
なのはは確実に強くなっていた。
クロノもそれを認めていた。
そして。
そのクロノ自身も、再びさくらへ挑んでいた。
理由は単純。
一度負けたままで終われなかったからだ。
場所はアースラ内の戦闘シミュレーター。
なのはとユーノ、リンディ達もモニター越しに観戦していた。
前回。
クロノは霧の有幻覚によって敗北した。
だからこそ今回は、徹底的に幻術対策を整えていた。
だが――
「……雲?」
開始直後。
クロノは違和感に気付く。
さくらの薬指に嵌められているのは、紫色のリング。
雲属性。
さくらは無言で匣を構えた。
紫色の炎を穴へ押し当て、炎を注入する。
開匣。
次の瞬間――
ドンッ!!
砲弾のような勢いで『雲ハリネズミ(リッチョ・デッレ・ヌーヴォレ)』が射出された。
「っ!?」
クロノが即座に防御魔法を展開。
激突。
ガギィィンッ!!
衝撃が空間へ響く。
だが。
弾かれたハリネズミは、そのまま壁へ激突し――
回転した。
「なに……!?」
紫炎を纏ったまま、高速回転。
そのまま壁面を走り始める。
床。
壁。
天井。
重力を無視するように、クロノへ襲い掛かる。
クロノが高速移動で回避。
だが。
さくらは既に二つ目の匣を開匣していた。
ドォンッ!!
二体目の雲ハリネズミが砲弾のように飛び出す。
さらに。
三つ目。
ドンッ!!
合計三体。
紫炎を纏う雲ハリネズミ達が、高速回転しながら戦場を駆け回る。
その軌道は予測不能。
しかも。
移動した場所に紫色の雲が残留する。
そして。
その雲が増殖していた。
クロノが舌打ちする。
「また増殖か……!」
次の瞬間。
パキッ――
さくらの薬指のリングへ亀裂が走った。
さらに。
砕ける。
紫色のリングが粉々になった。
なのはがモニター越しに驚く。
「壊れた!?」
だが。
さくらは全く動じない。
ポケットから新しい雲のリングを取り出し、そのまま薬指へ嵌め直す。
そして再び炎を灯した。
ユーノが引きつった顔になる。
「戦闘中に交換するの!?」
クロノが距離を取る。
だが。
壁を走るハリネズミ達が逃がさない。
高速回転しながら襲い掛かる。
クロノは魔法で迎撃。
一体を吹き飛ばす。
しかし。
増殖した紫の雲から、今度は槍が形成された。
「っ!?」
雲の槍。
無数。
クロノへ一斉射出。
回避。
だが掠める。
バリアジャケットへ傷が走る。
そして。
その間に。
さくらが動いていた。
増殖した紫の雲。
それを足場代わりに、空中を駆ける。
踏む度に足場が増殖。
加速。
クロノが気付いた時には、既に目前。
「な――」
さくらがトンファーを振り抜く。
ガギィィィンッ!!
直撃。
クロノの防御魔法が砕ける。
さらに。
背後から雲ハリネズミ。
横から槍。
完全包囲。
クロノはそのまま地面へ叩き落とされた。
静寂。
勝敗は明白だった。
モニター越しに、なのはが苦笑する。
「……やっぱりお姉ちゃん強い」
ユーノも静かに頷いた。
「今度は幻術ですらない……」
クロノは仰向けのまま天井を見る。
そして、小さく息を吐いた。
「なんで毎回戦い方変わるんだよ……」
高町さくら。
その戦闘スタイルは、あまりにも自由すぎた。