桃色の光が夜空を駆ける。
アースラを飛び出したなのはは、荒れ狂う海域へ一直線に向かっていた。
雷鳴が響く。
海は暴れ狂い。
巨大な波が空を覆う。
その中心。
金色の光。
フェイトだった。
バルディッシュを握り、暴走するジュエルシードを必死に抑え込んでいる。
その姿は、誰が見ても限界だった。
「フェイトちゃん!!」
なのはの声が響く。
フェイトが顔を上げた。
「……なのは」
次の瞬間。
海中から膨大な魔力反応が噴き上がる。
ジュエルシード。
残る全てが共鳴していた。
暴走寸前。
ユーノの通信が入る。
『なのは! 危険すぎる!』
『今ならまだ――』
だが。
なのはは止まらない。
「レイジングハート!」
『All right』
桃色の魔法陣が展開。
なのははそのまま海面へ突撃した。
フェイトも動く。
二人は同時にジュエルシードへ手を伸ばした。
轟音。
暴走。
だが。
なのはの砲撃。
フェイトの雷撃。
二つの力が暴走を抑え込んでいく。
一つ。
また一つ。
ジュエルシードが静まっていく。
海へ沈んでいた最後のジュエルシード。
それを。
二人は共に回収した。
静寂。
荒れていた海が、少しずつ静かになる。
雷鳴も消えていく。
夜空には月が見えていた。
なのはは静かに息を吐く。
フェイトも肩で呼吸していた。
だが。
互いに視線は逸らさない。
なのはが静かに言う。
「……これで全部」
フェイトも小さく頷いた。
その手には、ジュエルシード。
なのはの手にも、ジュエルシード。
残ったのは。
互いが持つ分だけ。
風が吹く。
海の上。
二人だけが向き合っていた。
そして。
フェイトがバルディッシュを構える。
『Scythe Form』
金色の魔力刃が展開された。
なのはもレイジングハートを握る。
桃色の魔法陣が足元に広がる。
「……やるんだね」
フェイトは静かに答えた。
「うん」
「これで終わらせる」
その瞳に迷いは無かった。
逃げない。
ぶつかる。
全部。
本気で。
なのはも頷く。
「私も」
夜空。
海上。
最後に残ったジュエルシードを賭けて。
二人の魔導士が向き合う。
アースラのブリッジでも、誰も口を開かなかった。
リンディ。
クロノ。
ユーノ。
そして、さくらも。
全員がモニターを見つめていた。
さくらは静かに壁へ寄り掛かっている。
その視線だけが、真っ直ぐなのはへ向いていた。
次の瞬間。
フェイトが消える。
超高速移動。
金色の閃光。
なのはも飛ぶ。
桃色の光が海上を駆け抜けた。
激突。
ドガァァァンッ!!
衝撃が海を割る。
最後の戦いが――
今、始まった。
◇
金色と桃色。
二つの光が夜空を切り裂く。
激突。
分離。
再び激突。
轟音が海上へ響き渡った。
フェイトの速度は圧倒的だった。
高速機動。
雷撃。
変則軌道。
まるで雷そのもの。
だが。
なのはも以前とは違った。
さくらとの模擬戦。
アースラでの訓練。
何度も叩き込まれた実戦。
その全てが、今のなのはを支えていた。
「はあぁぁっ!!」
桃色の魔力弾が放たれる。
フェイトが回避。
その瞬間。
なのはの周囲へ赤い炎が灯った。
嵐の炎。
レイジングハートへ絡みつくように纏わりつく。
クロノがモニター越しに目を見開く。
「炎を……戦闘中に!?」
ユーノも驚く。
「もう実戦レベルまで……!」
なのはは空中で砲撃体勢へ入る。
「ディバイン――」
レイジングハートへ桃色の光が収束。
そこへ。
赤い嵐の炎が混ざる。
魔力と炎。
二つの力が共鳴する。
なのはが叫ぶ。
「――バスターッ!!」
轟音。
巨大な桃色の砲撃が海上を貫いた。
しかも。
その表面を、赤い炎が螺旋状に包み込んでいる。
フェイトが目を見開く。
「っ――!」
回避。
だが。
完全には避け切れない。
掠める。
その瞬間。
爆発。
嵐の炎が一気に拡散した。
「きゃあっ!!」
フェイトが吹き飛ばされる。
海面へ叩き付けられた。
だが。
フェイトもすぐに立ち上がる。
金色の瞳が真っ直ぐなのはを見る。
「……強くなったね、なのは」
なのはは息を切らしながらも笑った。
「うん」
「いっぱい特訓したから!」
その言葉に。
フェイトが少しだけ笑う。
次の瞬間。
金色の魔力が爆発的に膨れ上がった。
『Photon Lancer』
無数の雷撃弾。
なのはへ一斉射出。
なのはが飛ぶ。
高速回避。
だが。
数が多い。
一発。
二発。
掠める。
バリアジャケットへ傷が走る。
さらに。
フェイトが突っ込む。
超高速接近。
「っ!」
バルディッシュの斬撃。
なのはがレイジングハートで受け止める。
火花。
衝撃。
押し負ける。
フェイトの近接戦闘能力は、やはり高い。
だが。
なのはは逃げなかった。
むしろ。
踏み込む。
「お姉ちゃんが言ってた!」
フェイトが目を見開く。
なのはの周囲へ赤い炎が爆発する。
「止まったら負けるって!!」
レイジングハートへ嵐の炎を纏わせ、そのまま振り抜いた。
衝撃。
フェイトが弾き飛ばされる。
海上を滑る。
だが。
フェイトも止まらない。
「なら――!」
金色の魔力が収束。
雷光が夜空を染める。
『Thunder Smasher』
超高出力砲撃。
なのはも即座に理解する。
真正面から来る。
なら。
なのはも真正面から行く。
レイジングハートを構える。
桃色の魔法陣。
さらに。
赤い炎。
嵐の炎がレイジングハートへ巻き付く。
だが。
なのはの表情には、迷いがあった。
(私の砲撃……まだ足りない)
(もっと強く……)
(もっと届く力が欲しい)
脳裏に浮かぶ。
アースラでの訓練。
夜遅くまで続いた模擬戦。
へとへとになって座り込む自分。
そして。
壁へ寄り掛かっていたさくら。
『……悩んでる?』
『うん……』
なのははレイジングハートを抱えながら言った。
『私、もっと強い砲撃が欲しいの』
『フェイトちゃんに届くくらい』
『全部を超えるくらい』
しばらく黙っていたさくらが、小さく口を開く。
『なら、全部集めればいい』
『……全部?』
『魔力』
『意志』
『覚悟』
『全部を、一撃に込める』
なのはが目を丸くする。
『そんなの出来るの!?』
さくらは静かに頷いた。
『理論上は』
『でも、多分、なのはしか出来ない』
『なのはの魔力は、集束型だから』
『それに――』
さくらは少しだけ口元を緩めた。
『必殺技には、名前が必要でしょ』
『……!』
なのはの目が一気に輝く。
『かっこいい名前!?』
『うん』
『考えてある』
『ほんと!?』
回想が終わる。
夜空。
海上。
なのはは真っ直ぐフェイトを見る。
レイジングハートを握る手に力が入る。
「全力全開――!!」
桃色の魔法陣が幾重にも展開。
周囲へ桜色の光粒子が集まり始める。
さらに。
赤い嵐の炎が混ざる。
推進。
加速。
貫通。
その全てが、砲撃へ集束していく。
レイジングハートが高らかに告げる。
『Starlight Breaker』
なのはが叫ぶ。
「約束された星の破壊――スターライト・ブレイカー!!」
夜空が桃色に染まった。
そして――
巨大な光の奔流が、海上を貫いた。
◇
巨大な桃色の奔流。
その中心を、赤い嵐の炎が螺旋状に駆け抜ける。
海を割り。
空を染め。
世界そのものを照らすような一撃。
スターライト・ブレイカー。
フェイトの『サンダースマッシャー』を真正面から飲み込み、そのまま突き進む。
「きゃああぁぁっ!!」
金色の砲撃が砕け散る。
フェイトの身体が大きく吹き飛ばされた。
海面へ激突。
巨大な水柱が夜空へ舞い上がる。
爆風。
衝撃。
その余波だけで海が大きく揺れていた。
アースラのブリッジ。
誰も言葉を失っていた。
クロノが呆然と呟く。
「……なんだ、あの砲撃」
ユーノも完全に固まっている。
「なのはが……撃ったの……?」
リンディですら、目を見開いていた。
「魔力収束率が異常……」
「それに、あの赤い炎……」
ブリッジ後方。
さくらだけが静かだった。
壁へ寄り掛かったまま、小さく目を細める。
「……出来たんだ」
その声は、どこか嬉しそうだった。
海上。
なのはは息を切らしながら空中へ立っていた。
肩で呼吸する。
全身が重い。
魔力もかなり消耗していた。
だが。
視線だけはフェイトを探していた。
「フェイトちゃん!!」
海面へ降下する。
荒れる波。
その中で。
フェイトは海へ浮かんでいた。
バリアジャケットはボロボロ。
呼吸も荒い。
バルディッシュの魔力光も弱くなっている。
なのはは慌ててフェイトへ駆け寄った。
「大丈夫!?」
フェイトは小さく目を開ける。
ぼやける視界。
そこには、心配そうななのはの顔があった。
「……どうして」
かすれた声。
「どうして、そこまで……」
なのはは迷わなかった。
「友達になりたいから」
真っ直ぐな言葉だった。
フェイトの目が揺れる。
「私は……」
「いっぱい酷いことしたのに……」
「戦ったし、傷つけたし……」
なのはは静かに首を横に振った。
「それでも」
「私はフェイトちゃんと話したい」
「ちゃんと知りたい」
海風が吹く。
その言葉は、不思議なくらい真っ直ぐだった。
フェイトはしばらく黙っていた。
そして。
小さく笑った。
ほんの少しだけ。
泣きそうな笑顔だった。
「……変なの」
その瞬間。
バルディッシュが静かに音声を鳴らす。
『Device damaged』
『Current combat impossible』
フェイトは小さく息を吐いた。
「……負けた」
なのはも静かにレイジングハートを下ろす。
戦いは終わった。
本当に。
全部。
終わったはずだった。
だが――
次の瞬間。
ユーノの叫び声が通信へ響く。
『なのは!! まだ終わってない!!』
なのはが顔を上げる。
その瞬間。
海が震えた。
ゴゴゴゴゴ……!!
海底。
そこから、異常な魔力反応が噴き上がる。
クロノがモニター越しに叫ぶ。
「まだジュエルシードが残っていたのか!?」
リンディの表情が変わる。
「違う……!」
「共鳴してる……!」
回収されたジュエルシード。
なのは。
フェイト。
管理局。
全てのジュエルシードが、共鳴反応を起こしていた。
海面が割れる。
巨大な光。
暴走。
これまでの比ではない。
フェイトが目を見開く。
「そんな……」
なのはも息を呑む。
その時だった。
ブリッジ。
壁へ寄り掛かっていたさくらが、静かに目を細める。
そして。
ポケットへ手を入れた。
取り出されたのは。
羽の装飾が施された、藍色のリング。
霧のマーレリング。
クロノが息を呑む。
「まさか……」
さくらは静かにリングを中指へ嵌めた。
藍色の炎が、静かに燃え上がる。
「……ようやく出てきた」
その瞳は。
真っ直ぐ海の向こうを見ていた。