海が唸る。
空が軋む。
海底から噴き上がる異常な魔力反応。
回収されたジュエルシード同士が共鳴し、不気味な光を放っていた。
なのははフェイトを支えながら、その光景を見上げる。
「なに……これ……」
フェイトも顔を青ざめさせていた。
「そんな……」
「まだ、終わって……」
その時だった。
空間が歪む。
まるでガラスが砕けるように、夜空へ亀裂が走った。
そこから現れたのは――
一人の女性。
長い金髪。
鋭い瞳。
圧倒的な魔力。
フェイトの目が大きく見開かれる。
「……母さん」
プレシア・テスタロッサ。
今回の事件、その黒幕だった。
なのはが身構える。
だが。
身体が動かない。
スターライト・ブレイカー。
その消耗は、想像以上だった。
フェイトも同じ。
魔力はほぼ空。
バルディッシュも沈黙したまま。
プレシアは冷たい目で二人を見下ろした。
「フェイト……」
「まだ終わっていなかったのね」
その声に、フェイトの身体が強張る。
なのはが思わず前へ出た。
「フェイトちゃんを傷つけないで!!」
だが。
プレシアはなのはを一瞥しただけだった。
次の瞬間。
紫電のような魔力が放たれる。
「っ――!」
なのはは咄嗟にフェイトを庇った。
爆発。
海面が揺れる。
だが。
防ぎ切れない。
消耗した身体では限界だった。
二人まとめて吹き飛ばされる。
「なのはっ!!」
フェイトが叫ぶ。
プレシアは無表情のまま、フェイトへ近づいた。
そして。
フェイトが回収していたジュエルシードへ手を伸ばす。
フェイトが必死に掴もうとする。
だが。
力が入らない。
「母さん……!」
プレシアは冷たく言い放った。
「それは必要なものよ」
次の瞬間。
フェイトが持っていたジュエルシードだけが、プレシアの周囲へ集まった。
膨大な魔力。
空間そのものが軋む。
クロノがブリッジで叫ぶ。
「転移反応!」
リンディも険しい顔になる。
「まずい……!」
プレシアの背後へ巨大な魔法陣が展開される。
次元転移。
フェイトが必死に手を伸ばした。
「母さん……!」
だが。
プレシアは振り返りもしない。
その姿は、まるでフェイトなど最初から見えていないようだった。
フェイトの表情が凍り付く。
そして。
プレシアは消えた。
静寂。
海上に残されたのは。
消耗しきったなのはとフェイトだけだった。
なのはは、力なく海へ落ちそうになる。
その瞬間。
桃色の身体がふわりと浮いた。
「え……?」
藍色の炎。
霧。
気付けば、なのはの身体は支えられていた。
同時に、フェイトの身体も静かに浮かび上がる。
そこへ。
空間を歩くように、一人の少女が現れた。
高町さくら。
藍色の炎を灯した霧のマーレリングが、中指で静かに輝いていた。
その背後では、『霧フクロウ(グーフォ・デッラ・ネッビア)』が翼を広げている。
クロノが息を呑む。
「いつの間に……」
さくらは海上へ降り立つ。
そして。
倒れそうななのはを受け止めた。
「お疲れ、なのは」
「……お姉ちゃん」
なのはは安心したように目を細める。
その横で。
フェイトは、完全に意識を失っていた。
さくらは静かにフェイトを見る。
そして。
そっと抱き上げた。
その目は、海の向こう――プレシアが消えた空間を冷たく見つめていた。
◇
アースラ医務室。
フェイトは別室の病室で眠っていた。
激しい戦闘。
魔力枯渇。
さらにプレシアからの攻撃。
今は治療と休息が必要だった。
なのはは医務室の椅子へ座っている。
ユーノも静かに隣に立っていた。
部屋へ入って来たのは、リンディ。
その表情は重い。
クロノも一緒だった。
リンディは静かに口を開く。
「……今回の事件について、説明します」
空気が張り詰める。
「プレシア・テスタロッサ」
「かつて“大魔導師”として名を馳せた、優秀な魔導工学研究者でした」
なのはが静かに聞き入る。
リンディは続ける。
「ある日、彼女は新型大型魔力駆動炉の開発プロジェクトで、“設計主任”に抜擢されました」
「ですが……実際には、名ばかりの役職だったそうです」
クロノが補足する。
「実権を握っていたのは、“主任補佐”とその関係者達だ」
「プレシアは、実機に触れることすら許されず、書類上でしか指示を出せなかった」
ユーノが目を見開く。
「そんな……」
リンディは静かに頷く。
「しかも、その指示も実際には無視されていた」
「安全性を無視した開発」
「強行された稼働実験」
「そして――暴走事故」
医務室が静まり返る。
リンディの声が少しだけ重くなる。
「その事故で、プレシアの娘……アリシアが亡くなりました」
なのはが息を呑む。
「娘さん……」
「さらに、使い魔のリニスも失っています」
クロノが苦々しく言った。
「だが、会社は責任を全てプレシアへ押し付けた」
「違法研究者」
「危険思想の研究者」
「そういう形で処理された」
ユーノが悔しそうに拳を握る。
「そんなの……!」
リンディは静かに続けた。
「プレシアは会社を告訴しました」
「ですが結果は、事実上の敗訴」
「娘も、使い魔も、名誉も……全て失った」
重い沈黙が流れる。
なのはは、隣の病室を見る。
眠っているフェイト。
その小さな背中を思い浮かべながら、静かに呟いた。
「フェイトちゃん……」
その時だった。
ユーノが、ふと顔を上げる。
「……待って」
全員の視線がユーノへ向いた。
ユーノは少し迷うように口を開く。
「プレシアの家族構成って……」
「娘さんは、アリシアさんだけなんですよね?」
リンディの表情がわずかに変わる。
クロノも眉をひそめた。
「……ああ」
「記録上、家族はアリシア・テスタロッサのみだ」
なのはが小さく瞬きをする。
「……あれ?」
「でも、フェイトちゃんは……」
そこで。
部屋の空気が変わった。
全員が気付く。
フェイト・テスタロッサ。
その存在。
しかし。
時空管理局の記録に、“フェイト”という存在は一切残っていない。
リンディが静かに端末を操作する。
表示されるデータ。
だが。
何度確認しても同じだった。
「存在しない……」
クロノが低く呟く。
「戸籍記録も、出生記録も無い」
「まるで、突然現れたみたいだ」
なのはが困惑した表情になる。
「そんな……」
ユーノも険しい顔をしていた。
「じゃあ、フェイトって……」
答えは出ない。
プレシアはフェイトを娘として扱っていた。
だが。
その接し方は、あまりにも歪だった。
愛情というより。
何か別のものを見ているような。
なのはは、戦いの時のフェイトを思い出す。
『母さん』
そう呼んだ声。
認めてもらいたいという願い。
捨てられることへの恐怖。
あれは間違いなく、本物だった。
だが。
記録上。
フェイト・テスタロッサという少女は存在しない。
リンディが静かに目を閉じる。
「……現時点では、情報不足ね」
「ただ、一つだけ確かなのは」
その視線が、隣の病室へ向く。
「フェイトさんもまた、プレシア事件の被害者だということ」
誰も否定しなかった。
なのははぎゅっと拳を握る。
そして。
静かに立ち上がった。
「私……フェイトちゃんと、もっと話したい」
その言葉に。
ユーノが小さく頷く。
クロノも何も言わなかった。
部屋の隅。
壁へ寄り掛かっていたさくらだけが、静かに目を閉じていた。
その表情は、どこか複雑だった。