魔法少女リリカルなのは ~~   作:ぬっく~

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第16話 限界の灯火

夜の帳が、静かに街を覆っていた。

 

八神家。

 

普段なら暖かな灯りと賑やかな声が満ちている家は、今夜に限って重苦しい沈黙に包まれていた。

 

部屋の中央。

 

ベッドへ横たわるはやての呼吸は、浅い。

 

苦しそうに上下する胸。

 

額には脂汗。

 

肌は青白く、今にも消えてしまいそうなほど弱々しかった。

 

シャマルが治療魔法を展開している。

 

だが。

 

光は、ほとんど意味を成していなかった。

 

「……駄目です」

 

震える声。

 

「侵食速度が、もう……」

 

その言葉に、部屋の空気が凍る。

 

ヴィータが唇を噛み締めた。

 

「クソッ……!」

 

拳を壁へ叩きつける。

 

鈍い音。

 

だが、その怒りのぶつけ先など、どこにもなかった。

 

シグナムは静かに目を閉じる。

 

ザフィーラも低く唸るように沈黙していた。

 

誰もが分かっていた。

 

もう、限界だと。

 

本来なら。

 

闇の書の侵食は、もっと早く持ち主を壊していた。

 

だが。

 

それでも、はやてが今まで生き延びていた理由がある。

 

部屋の隅。

 

椅子へ腰掛けていた少女が、静かにはやてを見つめていた。

 

高町さくら。

 

ここ数日。

 

彼女は毎日のように八神家へ通い続けていた。

 

その理由は一つ。

 

はやての命を、少しでも繋ぎ止めるため。

 

はやての右手の中指にある、大空のマーレリングが小さく灯っていた。

 

羽を広げた装飾。

 

その宝石から揺れる、オレンジ色の炎。

 

大空の炎。

 

調和の炎。

 

その炎が、闇の書の侵食を辛うじて抑え込んでいた。

 

だが――

 

「……もう、追いつかない」

 

静かな声だった。

 

その言葉に、守護騎士たちの表情が強張る。

 

シャマルが振り返る。

 

「さくらさん……!」

 

「限界よ」

 

さくらは静かに言った。

 

「侵食そのものが、もう持ち主の生命活動へ食い込んでる」

 

「今のあたしじゃ、時間稼ぎが精一杯」

 

ヴィータが叫ぶ。

 

「だったらもっと炎を――!」

 

「無理」

 

即答だった。

 

さくらは、はやての右手に灯る炎を見つめる。

 

「死ぬ気の炎は、持ち主の覚悟に応じて変わる」

 

静かな声。

 

だが、その言葉は重かった。

 

「つまり――はやての生命力が、もう限界なのよ」

 

ヴィータが言葉を失う。

 

沈黙。

 

重苦しい空気。

 

その中で。

 

はやての右手だけが、微かに光を灯していた。

 

右手の中指。

 

羽を広げた装飾が施された、大空のマーレリング。

 

その宝石から。

 

今にも消えそうなほど弱々しい、オレンジ色の炎が揺れている。

 

小さく。

 

頼りなく。

 

まるで、持ち主の命そのもののように。

 

さくらは、その炎を見つめていた。

 

弱々しい。

 

だが。

 

消えていない。

 

まだ、灯っている。

 

その瞬間だった。

 

さくらの瞳が、僅かに細められる。

 

「……そう」

 

小さく呟く。

 

守護騎士たちが顔を上げた。

 

さくらは静かに立ち上がる。

 

その横顔には、覚悟が浮かんでいた。

 

シグナムが低く問う。

 

「何をするつもりだ」

 

さくらは答えない。

 

ただ。

 

はやての右手。

 

大空の炎を、静かに見つめる。

 

そして。

 

「――決めた」

 

その声は、小さかった。

 

だが。

 

迷いだけは、一切無かった。

 

シャマルが不安そうに言う。

 

「さくらさん……?」

 

さくらは振り返る。

 

「このままじゃ、持ち主は死ぬ」

 

誰も否定できない。

 

それほどまでに、現実は残酷だった。

 

「だから――闇の書を覚醒させる」

 

その瞬間。

 

空気が凍りついた。

 

ヴィータが目を見開く。

 

「なっ――!?」

 

シグナムが鋭く声を上げる。

 

「正気か!?」

 

ザフィーラですら目を見開いていた。

 

闇の書の覚醒。

 

それが何を意味するかなど、誰より彼らが知っている。

 

世界を滅ぼしかねない暴走。

 

最悪の災厄。

 

だが。

 

さくらは静かだった。

 

「分かってる」

 

「覚醒すれば、厳しい戦いになる」

 

「下手すれば、誰かが死ぬかもしれない」

 

静かな声。

 

だが。

 

揺らがない。

 

「でも、このままなら、はやては確実に死ぬ」

 

沈黙。

 

誰も言い返せなかった。

 

さくらは続ける。

 

「だから、賭けるしかない」

 

「管理人格を起こして、持ち主を中へ引き上げる」

 

「その上で、“闇”そのものを叩く」

 

シグナムが低く問う。

 

「……成功する保証は」

 

「ない」

 

即答だった。

 

「でも、可能性はある」

 

ヴィータが俯く。

 

拳が震えていた。

 

シャマルは、はやての寝顔を見つめている。

 

ザフィーラが静かに目を閉じた。

 

長い沈黙。

 

その後。

 

シグナムが、静かに頭を下げた。

 

「……頼む」

 

騎士としてではない。

 

家族として。

 

その言葉だった。

 

ヴィータも歯を食いしばりながら言う。

 

「主を……助けてくれ」

 

シャマルも涙を堪えながら頷いた。

 

ザフィーラも低く唸る。

 

さくらは小さく息を吐いた。

 

そして。

 

ポケットから携帯端末を取り出す。

 

通信先は、一人。

 

高町なのは。

 

コール音。

 

数秒後。

 

『……お姉ちゃん?』

 

通信が繋がる。

 

その声は、どこか張り詰めていた。

 

まるで、連絡が来ることを予感していたように。

 

さくらは静かに口を開く。

 

「――状況が変わった」

 

短く。

 

だが、その一言だけで十分だった。

 

なのはの声が変わる。

 

『……もう、抑えきれないんだね』

 

「ああ」

 

さくらは肯定する。

 

「闇の書の暴走を抑え込むのは、もう困難よ」

 

短い沈黙。

 

そして。

 

なのはは静かに言った。

 

『分かった』

 

『すぐ行く』

 

通信が切れる。

 

部屋へ静寂が戻る。

 

その中で。

 

はやての右手。

 

大空のマーレリングだけが、弱々しく炎を灯していた。

 

まるで。

 

消えかけながらも、必死に未来へ縋るように。

 

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