朝。
海鳴市には、いつも通りの穏やかな時間が流れていた。
高町家の食卓にも、焼きたてのパンの香りが広がっている。
「なのは、眠そうだな」
恭也がコーヒーを飲みながら言う。
「ふぁ……うん……」
なのはは半分寝そうな顔で返事をした。
昨夜の出来事が頭から離れない。
魔法。
レイジングハート。
ジュエルシード。
そして、空を飛んだ事。
全部夢みたいだった。
「昨日遅かったの?」
美由希が不思議そうに首を傾げる。
なのははびくっと肩を震わせた。
「えっ!? い、いや!? そんな事ないよ!?」
露骨に怪しい反応。
その横で、さくらが静かに味噌汁を飲んでいた。
「……なのは」
「は、はいっ!」
「顔に出すぎ」
「うっ……」
なのはが小さく唸る。
さくらは小さく息を吐いた。
昨夜、なのはが家を抜け出した事には気付いていた。
だが、止めなかった。
もう物語は始まってしまったから。
なら、なのはは自分で進んでいくしかない。
「まあ、ほどほどにね」
「う、うん……」
なのはは何故か気まずそうに頷いた。
その時。
テーブルの下。
なのはの足へ、ふわふわした感触が触れる。
「ひゃっ!?」
慌てて下を見る。
そこには、フェレット姿のユーノがいた。
『後で話したいんだ』
念話。
なのはが目を丸くする。
『え、今!?』
『お願い』
真剣な声だった。
なのははこくりと小さく頷く。
その様子を、向かい側のさくらが静かに見ていた。
何も言わない。
ただ、分かっているような目だった。
◇
朝食後。
なのははユーノを連れて、自室へ戻っていた。
ドアを閉める。
すると、ユーノが真剣な顔でなのはを見上げた。
「昨日はありがとう」
「う、ううん! わたしもよく分かってないけど……」
なのはは困ったように笑う。
ユーノは小さく頭を下げた。
「改めて説明するね。僕はユーノ・スクライア。遺跡発掘の仕事をしてる」
「遺跡?」
「うん。そして、そこで見付かったロストロギア――ジュエルシードを回収していたんだ」
ユーノの表情が少し曇る。
「でも、輸送中の事故で、この街へ散らばってしまった」
なのはは静かに話を聞いていた。
昨夜見た化け物を思い出す。
「あれって……ジュエルシードのせいなんだよね?」
「うん。ジュエルシードは持ち主の願いを暴走させる危険なロストロギアなんだ」
だから回収しなければいけない。
ユーノは真っ直ぐなのはを見た。
「お願い、なのは。僕に力を貸してほしい」
その言葉に、なのはは少しだけ目を瞬かせる。
魔法少女。
昨日までの自分とは全く違う世界。
怖くないと言えば嘘になる。
でも。
困っている人がいる。
助けを求められている。
それなら。
なのはは小さく笑った。
「うん。わたし、頑張る」
ユーノの表情が少し柔らかくなる。
「ありがとう」
その時だった。
コンコン。
部屋のドアがノックされる。
なのはがびくっと肩を震わせた。
「は、はいっ!」
ドアが開く。
そこに立っていたのは、さくらだった。
「母さんが、そろそろ学校行きなさいって」
「あっ、う、うん!」
なのはが慌てて返事をする。
だが。
さくらの視線は、ユーノへ向いていた。
静かな目。
ユーノも小さく身体を強張らせる。
「……フェレット」
「えっ?」
「学校連れてくの?」
なのはが固まった。
ユーノも固まる。
数秒の沈黙。
「あ、あははは……」
なのはが乾いた笑いを漏らす。
その反応を見て、さくらは小さく息を吐いた。
「ばれてないと思ってるなら、隠すの下手すぎ」
「うぇっ!?」
なのはが真っ赤になる。
ユーノも驚いたように目を丸くしていた。
さくらは少しだけ困ったように笑う。
「別に言いふらしたりしないから安心して」
そう言って、なのはへ視線を向ける。
「でも、無茶はしない事」
その言葉だけ、少し真剣だった。
なのはは小さく頷く。
「……うん」
さくらはそれ以上何も言わず、静かに部屋を出て行った。
ドアが閉まる。
部屋の中へ沈黙が落ちた。
そして。
ユーノがぽつりと呟く。
「……さくらさん、鋭いね」
なのはは苦笑いした。
「お姉ちゃん、昔から勘いいんだよね……」
だが。
なのははまだ知らない。
その姉が、これから先、自分以上に危険な戦いへ足を踏み入れる事を。
そして。
運命が、少しずつ変わり始めている事を。