魔法少女リリカルなのは ~~   作:ぬっく~

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第19話 眠りの世界

黒い魔力が、空を埋め尽くしていた。

 

病院上空。

 

結界内部は既に災害領域へ変わっている。

 

崩壊した空間。

 

軋む大気。

 

暴走する魔力。

 

その中心で。

 

闇の書の管理人格だけが、静かに浮かんでいた。

 

巨大な黒翼。

 

赤い瞳。

 

無機質な視線。

 

まるで世界そのものを見下ろす災厄。

 

なのはが砲撃を放つ。

 

「ディバイン――バスター!」

 

桜色の閃光が夜空を裂く。

 

だが。

 

管理人格の周囲へ浮かんだ大空の炎が、空間そのものへ同化した。

 

砲撃が、逸れる。

 

「えっ!?」

 

直撃したはずの魔力砲が、空間へ吸い込まれるように流されていく。

 

クロノが舌打ちする。

 

「空間干渉まで使うのか……!」

 

フェイトが高速機動で突撃する。

 

雷光が迸る。

 

「フォトン――ランサー!」

 

無数の雷槍。

 

しかし。

 

管理人格の周囲へ浮かぶ雲の炎が揺れた瞬間。

 

魔力槍が増殖した。

 

「なっ――!?」

 

次の瞬間。

 

制御を奪われた槍群が、逆にフェイトへ襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

回避。

 

爆発。

 

衝撃波。

 

なのはが叫ぶ。

 

「フェイトちゃん!」

 

その直後。

 

管理人格の掌へ、嵐の炎が灯った。

 

空気が軋む。

 

さくらの目が鋭く細まる。

 

「避けて!」

 

黒い槍が放たれる。

 

高速。

 

だが、それ以上に危険だったのは――接触。

 

フェイトは回避する。

 

だが、掠めたビル壁面が、一瞬で石化した。

 

そして。

 

崩壊。

 

まるで風化した砂のように、建物が砕け散った。

 

クロノが目を見開く。

 

「分解能力……!」

 

さくらが低く言う。

 

「嵐の炎で“崩壊”を起こしてる」

 

「直撃したら終わりよ」

 

その時だった。

 

管理人格の周囲へ、雨の炎が広がる。

 

空気が重くなる。

 

なのはの魔法陣が揺れた。

 

「魔力が……!」

 

フェイトの速度も落ちる。

 

クロノの拘束術式まで減衰していた。

 

雨の炎。

 

沈静化。

 

抑制。

 

管理人格は、戦場そのものを支配し始めていた。

 

なのはが歯を食いしばる。

 

「このままじゃ……!」

 

その瞬間。

 

さくらが前へ出た。

 

クロノが振り向く。

 

「何をする気だ!」

 

「はやてを呼び戻す」

 

即答だった。

 

「このまま戦っても、管理人格は止まらない」

 

「今のあれは、“はやてごと”暴走してる」

 

なのはが息を呑む。

 

「……一体化してるの?」

 

「ああ」

 

さくらは管理人格を睨みながら言った。

 

「覚醒の瞬間、持ち主は管理人格へ呑み込まれた」

 

「今のあれは、管理人格だけじゃない」

 

「はやて自身も、内部にいる」

 

フェイトが目を見開く。

 

「じゃあ……!」

 

「中から目を覚まさせるしかない」

 

さくらは静かに言った。

 

「管理者権限を取り戻せば、制御を奪い返せる」

 

クロノが魔法陣を展開する。

 

「侵入中は、俺たちで抑える」

 

なのはが杖を握り直した。

 

「絶対、守る!」

 

フェイトも雷光を纏う。

 

「早く連れ戻して!」

 

さくらは小さく頷く。

 

そして。

 

霧の炎が揺らいだ。

 

紫色の炎。

 

構築の炎。

 

現実と精神を繋ぐ、幻想の炎。

 

その瞬間。

 

さくらの姿が、霧のように掻き消える。

 

――闇。

 

そこには、何も無かった。

 

空も。

 

地面も。

 

光も。

 

音すら存在しない。

 

ただ。

 

果ての見えない“闇”だけが広がっている。

 

底の無い黒。

 

無限に続く静寂。

 

その世界の中で。

 

さくらだけが立っていた。

 

「……何もないわね」

 

小さく呟く。

 

だが。

 

次の瞬間。

 

闇が揺れた。

 

黒い波紋。

 

そして。

 

その奥に、一つだけ炎が灯っていた。

 

小さな。

 

今にも消えそうな。

 

オレンジ色の炎。

 

大空の炎。

 

さくらは静かに歩き出す。

 

闇の中。

 

唯一の光へ向かって。

 

やがて。

 

その炎の前へ、一人の少女が見えた。

 

膝を抱えて座り込む、小さな背中。

 

八神はやて。

 

その右手。

 

大空のマーレリングだけが、微かに炎を灯している。

 

だが。

 

その身体には、黒い闇が絡み付いていた。

 

まるで、沈めるように。

 

呑み込むように。

 

さくらが静かに声を掛ける。

 

「はやて」

 

反応はない。

 

俯いたまま。

 

動かない。

 

さくらは、一歩近付く。

 

「迎えに来た」

 

その瞬間。

 

闇が揺れた。

 

低い唸り。

 

重い圧力。

 

そして。

 

機械のような声が、世界へ響く。

 

『……収集、継続』

 

『対象世界、侵食開始』

 

闇そのものが、喋っているようだった。

 

さくらは眉を顰める。

 

「うるさい」

 

短く吐き捨てる。

 

霧の炎が揺らぐ。

 

紫色の炎。

 

幻想を構築する炎。

 

その炎が、闇の侵食を押し返した。

 

そして。

 

さくらは、はやての前へ座り込む。

 

「起きなさい」

 

静かな声。

 

「みんな待ってる」

 

はやての肩が、僅かに震えた。

 

だが。

 

俯いたまま、小さく呟く。

 

「……怖い」

 

消えそうな声。

 

「うち……みんなを傷付ける……」

 

闇が揺れる。

 

黒い魔力が溢れる。

 

管理人格が拒絶している。

 

だが。

 

さくらは逃げない。

 

「だったら止めろ」

 

即答だった。

 

はやての瞳が、僅かに揺れる。

 

さくらは続ける。

 

「あなたが管理者なんでしょ?」

 

「なら、お前が終わらせるの!!」

 

闇が唸る。

 

世界が震える。

 

それでも。

 

さくらは真っ直ぐ、はやてを見た。

 

「なのはも」

 

「フェイトも」

 

「騎士たちも」

 

「みんな、お前を助けるために戦ってる」

 

「だから――帰って来い!」

 

沈黙。

 

長い沈黙。

 

そして。

 

はやての右手。

 

大空のマーレリングが、強く灯った。

 

小さかった炎が。

 

闇の中で、確かに燃え上がる。

 

その瞬間。

 

はやての唇が、微かに動いた。

 

「……さくらちゃん」

 

だが。

 

その声は、まだ弱い。

 

消えそうなほど小さい。

 

さくらは、はやての肩を掴む。

 

そして――叫んだ。

 

「はやてちゃん!!」

 

闇が震える。

 

「まだあなたの口から聞いていない!!」

 

真っ直ぐ。

 

真正面から。

 

さくらは叫ぶ。

 

「“生きたい”と言いなさい!!!!」

 

その言葉が。

 

闇の世界へ響いた。

 

はやての瞳が、大きく揺れる。

 

(生きる……!?)

 

その言葉。

 

その願い。

 

ずっと、望んではいけないと思っていた。

 

自分なんかが。

 

幸せを望んではいけないと。

 

生きたいと願ってはいけないと。

 

だけど。

 

もし。

 

もし本当に。

 

少しだけ。

 

願っていいのなら――

 

はやての瞳から、涙が溢れた。

 

そして。

 

少女は、叫ぶ。

 

「生ぎたい!!!!」

 

闇が、震える。

 

大空の炎が爆発的に燃え上がる。

 

はやては涙を流しながら、必死に手を伸ばした。

 

「うちも一緒に連れてって!!!!」

 

その瞬間。

 

闇の世界へ、巨大な亀裂が走った。

 

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