闇が、砕け始めていた。
はやての叫びと同時に。
果ての無い黒い世界へ、無数の亀裂が走る。
大空の炎。
オレンジ色の光が、闇を押し返していく。
『……否定』
機械的な声。
世界そのものが唸った。
闇が蠢く。
拒絶するように。
暴走するように。
管理人格が、はやてを再び呑み込もうとしていた。
だが。
はやての右手。
大空のマーレリングが、強く輝いている。
炎はもう、消えそうな光ではなかった。
確かな意志。
生きたいという願い。
その想いに応えるように、大空の炎が燃え上がる。
さくらは、はやての手を掴んだ。
「立ちなさい」
はやては涙を拭う。
震える足。
だが。
ゆっくりと立ち上がった。
その瞬間。
闇が激しく荒れ狂う。
『……排除』
黒い奔流。
嵐の炎。
雲の炎。
雨の炎。
大空の炎。
複数の炎が混ざり合い、二人へ襲い掛かった。
さくらが霧の炎を展開する。
紫色の炎。
幻想を構築する力。
空間へ壁を生み出し、闇を押し止める。
だが。
限界が近い。
「急いで!」
さくらが叫ぶ。
「管理者権限を奪い返せ!!」
はやてが顔を上げる。
闇の中心。
そこには、一冊の巨大な黒い書が浮かんでいた。
闇の書。
その本体。
無数の鎖が絡み付き、脈動している。
『……収集、継続』
『対象世界、侵食開始』
無機質な声。
だが。
今のはやては、もう俯かなかった。
涙を拭い。
真っ直ぐ前を見る。
そして。
一歩、踏み出した。
その瞬間。
現実世界。
病院上空。
管理人格の身体が、突如停止した。
なのはが目を見開く。
「止まった!?」
フェイトも驚く。
「内部で何か起きてる……!」
クロノが即座に魔力探査を行う。
「管理領域の魔力変動……!」
「制御権が揺れている!」
だが。
次の瞬間。
管理人格が咆哮した。
『――――ッ!!』
黒い魔力が爆発する。
空間が軋む。
なのはたちが吹き飛ばされる。
「きゃあっ!」
「くっ……!」
フェイトが体勢を立て直す。
クロノが叫ぶ。
「暴走が加速している!」
管理人格が抵抗している。
内部からの制御奪還を、全力で拒絶していた。
そして。
黒い魔法陣が空を埋め尽くす。
無数。
数え切れないほどの術式。
そこへ灯るのは――嵐の炎。
なのはが息を呑む。
「まずい……!」
全砲門。
一斉展開。
空間そのものが崩壊しかける。
クロノが叫ぶ。
「防御に集中しろ!!」
フェイトが雷の炎を展開。
なのはも防御魔法を重ねる。
だが。
圧倒的過ぎる。
その時だった。
内部世界。
はやてが、闇の書へ手を伸ばす。
黒い鎖が絡み付く。
侵食。
拒絶。
激痛。
それでも、はやては止まらない。
「私は――!」
闇が唸る。
管理人格が拒絶する。
だが。
はやては叫んだ。
「この子たちの主や!!」
その瞬間。
大空の炎が爆発した。
オレンジ色の炎。
調和の炎。
闇へ触れた瞬間。
黒い侵食が止まる。
そして。
はやての周囲へ、四つの光が現れた。
赤。
緑。
銀。
蒼。
守護騎士たちの色。
消滅したはずの家族たちの残滓。
はやての瞳が揺れる。
『主』
声が響く。
シグナム。
ヴィータ。
シャマル。
ザフィーラ。
はやてが涙を流す。
「みんな……!」
その瞬間。
闇の書が激しく震えた。
管理人格が絶叫する。
『……否定!!』
『拒絶!!』
『収集、継続!!』
だが。
はやては、もう迷わない。
右手を伸ばし。
闇の書へ、触れた。
そして――
「管理者権限、起動」
世界が、止まった。
次の瞬間。
黒かった闇の書へ、オレンジ色の光が走る。
侵食されていた術式。
暴走していた制御機構。
それら全てへ、大空の炎が広がっていく。
はやては静かに、闇の書を抱き締めた。
「もう独りで泣かんでええ」
優しい声だった。
「ずっと苦しかったんやな……」
闇が、揺れる。
無機質だった世界が、初めて感情を持ったように震えた。
はやては涙を浮かべながら、微笑む。
「あなたの名前は――夜天の書」
光が走る。
黒い書の表紙へ、金色の紋章が浮かび上がる。
さらに。
はやては、もう一つの存在へ視線を向けた。
闇の奥。
赤い瞳でこちらを見つめる、管理人格。
「そして、あなたは――リンフォース」
その瞬間。
赤い瞳が、大きく揺れた。
初めて。
その瞳へ、“感情”が宿る。
そして。
はやては、右手を強く握り締めた。
「帰ろう」
大空の炎が爆発的に燃え上がる。
闇を切り裂き。
出口への光が開かれる。
さくらが笑った。
「やっと終わりね」
その瞬間。
二人は、闇の世界から脱出した。