病院上空の結界が、ゆっくりと解除されていく。
黒く染まっていた空は元へ戻り。
荒れ狂っていた魔力も、徐々に静まり始めていた。
だが。
その場にいた誰も、まだ完全には気を抜けていない。
クロノが管理局端末を確認する。
「次元震の数値は減少中……」
「暴走状態は停止したと見ていい」
なのはが安堵の息を漏らす。
フェイトもようやく雷の炎を解除した。
黄金の光が消え、静寂が戻る。
その中で。
はやては静かに、自分の右手を見ていた。
大空のマーレリング。
そこには、まだ小さな炎が灯っている。
さくらが近付いてくる。
「どう?」
はやては少し困ったように笑う。
「……変な感じや」
「頭の中に、いっぱい声と記録が残っとる」
夜天の書。
長い年月。
数え切れない世界。
戦い。
破壊。
収集。
その全ての記録が、管理者権限と共に流れ込んでいた。
クロノが真剣な表情になる。
「制御は?」
はやては頷いた。
「大丈夫」
「もう暴走はせぇへん」
その言葉に、全員が少しだけ肩の力を抜いた。
だが。
次の瞬間。
空間の奥で、黒い魔力が再び揺れた。
なのはが反応する。
「っ!?」
フェイトが即座にバルディッシュを構える。
クロノも魔法陣を展開。
だが。
はやてだけは、静かだった。
「……大丈夫や」
ゆっくり前へ出る。
その先。
空間の裂け目から、一人の女性が姿を現した。
長い銀髪。
黒い管制衣。
赤い瞳。
だが、その瞳には、もう暴走の色はない。
静かな理性だけが宿っていた。
なのはが息を呑む。
「この人が……」
はやてが、小さく頷く。
「リインフォース」
管理人格。
かつて、闇の書の闇と呼ばれた存在。
だが今は違う。
リインフォースは、静かにはやてを見る。
『……主』
その呼び方に。
はやては少しだけ笑った。
「うん」
「おかえり」
リインフォースの瞳が、僅かに揺れる。
だが。
次の瞬間。
彼女の身体に、黒いノイズが走った。
空間が軋む。
クロノが険しい顔になる。
「まだ不安定なのか……!」
さくらが低く言った。
「当然よ」
「闇の書の闇は切り離した。でも、完全に消えた訳じゃない」
フェイトが眉を寄せる。
「どういうこと?」
さくらは、はやての右手を見る。
そこに灯る大空の炎。
「大空の炎が再生を妨害してる」
「つまり――」
はやてが続きを口にした。
「うちが、大空のマーレリングを持っとる間は、問題ない」
なのはが目を見開く。
「じゃあ……!」
「せや」
はやては頷く。
「完全には終わっとらん」
「でも、止め続けることは出来る」
静かな決意だった。
リインフォースは、その言葉を静かに聞いていた。
そして。
ゆっくりと頭を下げる。
『申し訳……ありませんでした』
その言葉に。
なのはは、首を横に振った。
「違うよ」
フェイトも続く。
「あなたも、ずっと苦しかったんだよね」
リンフォースは、何も言わない。
ただ静かに目を閉じた。
その時だった。
さくらが、なのはへ視線を向ける。
「なのは」
「そろそろ渡しとくわ」
「え?」
さくらが取り出したのは、一つのリング。
そして、銀色の匣。
なのはが目を瞬かせる。
「これ……」
「新型」
さくらは短く言う。
「なのは専用のオリジナルリング」
通常のリングとは異なる、特殊構造。
一つの炎だけでなく、二属性の炎を同時展開できるよう調整されたデュアルリング。
大空の調和能力と、嵐の分解能力。
本来なら両立しない二属性を、極限まで安定化させた規格外のリングだった。
クロノが目を見開く。
「デュアルリング……!?」
フェイトも驚く。
「そんなもの作れたの!?」
さくらは肩を竦める。
「死ぬほど苦労したわよ」
「元々リングは、一つの属性を使う設計だった」
「だけど、他属性をコーティングすることができるなら、二つの属性を出せるデュアルリングができるんじゃないかって考えたのよ」
なのはが呆然とリングを見る。
「でも……私、大空適性なんて……」
「あるわよ」
さくらは即答した。
「ジュエルシード事件の後、適性検査したでしょ」
なのはの目が大きく開く。
「……あ」
「その時に分かった」
「なのはには大空適性がある」
フェイトが匣を見ながら呟く。
「じゃあ……これって、新しい匣兵器?」
「そう」
さくらは頷く。
「なのは専用」
なのはは、ゆっくりリングを指へ嵌める。
そして。
覚悟を決めるように、炎を灯した。
オレンジと赤。
二色の死ぬ気の炎が噴き上がる。
同時展開。
空気が震える。
クロノが息を呑む。
「本当に二属性を……!」
その瞬間。
なのはは、銀色の匣へ炎を流し込んだ。
「開匣――!」
轟音。
匣が開く。
次の瞬間。
巨大な獣が姿を現した。
ライオンとトラが混ざったような姿。
鋭い牙。
巨大な鬣。
全身を大空と嵐の炎が覆っている。
なのはが息を呑む。
「すごい……」
さくらは苦笑した。
「普通の獣型じゃ成功しなかったのよ」
「何度も匣が崩壊して」
「それで、ある記事でライガーを見て、“これなら行けるんじゃない?”って思ったの」
フェイトが苦笑する。
「それで本当に作っちゃうんだ……」
「何度も崩壊して、ようやく出来上がった訳」
巨大な獣――
『天空嵐ライガー』
リーゲル・デッラ・テンペスタ・チェレステ。
それは、新しい未来を切り開くための力だった。