夜風が、静かに吹き抜ける。
戦場を覆っていた霧は、未だ消えていなかった。
白い霧の中心。
さくらは静かに立っている。
対する守護騎士たちも、すぐには動かなかった。
シグナムはレヴァンティンを構えたまま、さくらを見据える。
「なぜリングを渡した」
低い声。
警戒は解かれていない。
ヴィータもグラーフアイゼンを肩へ担ぎながら睨んでいる。
なのはは混乱したまま声を上げた。
「お姉ちゃん、それってどういうことなの!?」
フェイトも視線を向ける。
「マーレリングは、そんな簡単に渡せる物じゃない……!」
空気が張り詰める。
だが。
さくらは静かに目を閉じた。
「……今は言えない」
短い返答。
なのはが目を見開く。
「お姉ちゃん……!」
さくらは続ける。
「でも、少なくとも敵だから渡した訳じゃない」
その言葉に、シグナムの目がわずかに細くなる。
ヴィータは鼻を鳴らした。
「相変わらず説明不足な奴だな」
「必要ないから」
即答だった。
その時。
アースラから通信が入る。
《こちらアースラ! 全員戦闘を停止してください!》
クロノの声だった。
次元転移反応。
複数。
直後、空間に魔法陣が展開される。
アースラ執務官部隊。
クロノを先頭に、武装局員たちが現れた。
「動くな!」
一斉にデバイスが向けられる。
だが。
ヴィータはニヤリと笑った。
「遅ぇんだよ」
シグナムも静かにレヴァンティンを下ろす。
「今は退く」
クロノの目が鋭くなる。
「待て!」
だが、その瞬間。
守護騎士たちの周囲へ魔法陣が展開された。
転移魔法。
フェイトが前へ出る。
「逃がさない!」
雷光が走る。
しかし。
シグナムの嵐の炎が爆ぜた。
暴風。
赤い炎が空間を乱し、雷撃を弾き飛ばす。
「っ……!」
そして。
さくらもまた、静かに霧の中へ歩き出す。
なのはが思わず叫ぶ。
「お姉ちゃん!?」
さくらは振り返らない。
ただ一言だけ残した。
「帰ったら話す」
その直後。
霧が膨れ上がる。
視界が白く染まり――。
次の瞬間には、守護騎士たちと共に、さくらの姿も消えていた。
静寂。
崩れた廃墟だけが残される。
---
なのはは、その場へへたり込んだ。
「リング……」
砕けた嵐のリング。
赤い宝石の欠片が、地面へ散らばっている。
なのははそれをそっと拾い上げた。
「……壊れちゃった」
少しだけ、声が震えていた。
フェイトが隣へ降り立つ。
「なのは……」
その時。
転移魔法陣が再び展開された。
リンディ、クロノ、エイミィたちが合流する。
リンディは、なのはの傷だらけの姿を見ると、すぐ表情を険しくした。
「なのはさん! フェイトさん!」
「大丈夫!?」
なのはは小さく頷く。
「うん……なんとか」
クロノは周囲を見渡した。
破壊された建物。
残留魔力。
そして、未だ空気に残る“炎”の気配。
その中でも特に目立つのは――。
「……マーレリング」
クロノが低く呟く。
フェイトも険しい顔をしていた。
「間違いない……」
「シグナムたちは、死ぬ気の炎を使ってた」
リンディは静かに目を閉じる。
「しかも、さくらさんが関わっている……」
事態は予想以上に深刻だった。
なのはは、手の中の砕けたリングを見つめる。
そして、小さく呟いた。
「お姉ちゃん……なんで……」
その答えは、まだ誰にも分からなかった。