アースラ――医務室。
なのははベッドへ腰掛けながら、小さく息を吐いた。
「うぅ……」
身体中が痛い。
ヴィータの一撃。
そして最後の無理な魔力放出。
バリアジャケット越しでも、かなりの負担が掛かっていた。
隣ではフェイトも腕へ包帯を巻かれている。
シグナムとの高速戦闘。
嵐の炎を纏った斬撃は、フェイトの想像以上に重かった。
「二人とも、しばらくは安静よ」
リンディが優しく言う。
だが、その表情はいつもより真剣だった。
「今回の相手は、かなり危険です」
クロノも腕を組みながら頷く。
「特に、あのカートリッジシステム」
なのはが顔を上げる。
「あの弾みたいなの?」
「うん」
エイミィがモニターを操作する。
画面へ、戦闘記録映像が表示された。
ヴィータのグラーフアイゼン。
シグナムのレヴァンティン。
その両方へ装填される薬莢型パーツ。
《Explosion》
その瞬間、爆発的に上昇する魔力出力。
エイミィが説明を続ける。
「簡単に言えば、魔力を瞬間的に爆発増幅させるシステムだね」
「普通の魔導師じゃ制御できないくらい危険だけど……あの人たちは完全に使いこなしてる」
クロノが映像を止める。
そこには、嵐の炎を纏ったシグナムの斬撃が映っていた。
「炎との相性も異常に高い」
「今のままでは、なのはたちじゃ押し切られる可能性が高い」
その言葉に、なのはは悔しそうに俯く。
砕けたリング。
圧倒的だったヴィータ。
なのはは、何も言い返せなかった。
フェイトも静かに拳を握る。
「……強くならないと」
その呟きに、リンディは小さく頷いた。
「だから、こちらも対抗策を用意します」
エイミィが新たなウィンドウを開く。
そこには、レイジングハートとバルディッシュの内部構造図が映し出されていた。
「実は、アースラでも試験的に似たシステムを研究してたんだ」
「まだ未完成だったけど、今回の戦闘データで一気に調整が進みそう」
なのはが目を輝かせる。
「じゃあ……!」
「うん」
エイミィが笑った。
「レイジングハートとバルディッシュに、カートリッジシステムを搭載するよ!」
フェイトの目も真剣になる。
「強化……」
クロノが静かに言う。
「守護騎士たちは、近接戦闘能力も高い上に、炎とカートリッジを併用している」
「こちらも、戦力を底上げしなければ勝負にならない」
なのはは、膝の上に置かれた砕けたリングを見る。
赤い宝石は粉々だった。
「……ごめんね」
小さな呟き。
大事に使っていた嵐のリング。
それを壊してしまった。
フェイトがそっと声を掛ける。
「なのは」
「次は、一緒に勝とう」
なのはは少しだけ驚き――。
そして笑った。
「うん!」
その時。
医務室の扉が開く。
技術班スタッフが、慎重に二つのデバイスを運び込んできた。
損傷したレイジングハート。
そして、バルディッシュ。
表面には激しい傷が刻まれている。
エイミィが腕を組む。
「かなりギリギリだったねぇ……」
「でも、大丈夫」
「ちゃんとパワーアップして戻してあげるから」
なのはとフェイトは頷いた。
新たな力。
新たな戦い。
守護騎士たちとの戦いは、まだ始まったばかりだった。
---
その日の夜。
高町家。
いつも通りの夕食。
いつも通りの会話。
だが――。
なのはの胸の中には、重たいものが残っていた。
食事を終えた後。
なのはは、さくらの部屋の前へ立っていた。
コンコン。
軽くノックする。
「……入っていい?」
「どうぞ」
静かな声。
なのはは扉を開けた。
部屋の中では、さくらが机へ向かって本を読んでいた。
いつも通り。
本当に、いつも通りだった。
まるで数時間前まで敵と一緒にいた人には見えない。
なのはは、ぎゅっと拳を握る。
「……お姉ちゃん」
「うん?」
さくらは本を閉じ、なのはへ視線を向けた。
なのはは真っ直ぐ見返す。
「なんで、守護騎士にマーレリングを渡したの?」
部屋の空気が静まる。
さくらは少しだけ目を細めた。
「それを聞きに来たんだ」
「当たり前だよ!」
なのはが声を上げる。
「だって、お姉ちゃんが渡したリングで、みんな傷ついてるんだよ!?」
「フェイトちゃんだって……わたしだって……!」
砕けたリング。
ヴィータの猛攻。
シグナムの斬撃。
その全てが頭をよぎる。
なのはは唇を噛んだ。
「どうして……」
「どうして敵に力を貸すの……?」
静かな沈黙。
さくらは、すぐには答えなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……敵、か」
その言葉は、どこか考え込むようだった。
なのははさらに踏み込む。
「お姉ちゃんは、あの人たちの味方なの?」
問い。
真っ直ぐな瞳。
だが、さくらは否定もしなければ肯定もしなかった。
代わりに、なのはへ問い返す。
「なのはは、あの人たちが悪人に見えた?」
「え……?」
予想外の返答だった。
なのはは言葉に詰まる。
ヴィータは乱暴だった。
シグナムも容赦なかった。
でも――。
「……違う」
自然と、その答えが出た。
少なくとも。
誰かを傷つけて喜ぶような人たちには見えなかった。
さくらは小さく頷く。
「なら、今はそれで十分」
「でも!」
なのはが食い下がる。
「理由、教えてくれてもいいじゃん!」
その言葉に、さくらは静かになのはを見る。
そして。
「まだ言えない」
「っ……!」
なのはの表情が悔しそうに歪む。
「どうして!」
「言ったら、なのはは止めに行くから」
即答だった。
なのはは目を見開く。
さくらは静かな声で続ける。
「今のなのはじゃ、まだ無理」
「ヴィータにも勝てなかった」
その言葉が胸へ刺さる。
なのはは俯いた。
反論できない。
実際、負けた。
リングも壊した。
守られてばかりだった。
さくらは立ち上がる。
そして、なのはの前へ歩いてくる。
「悔しい?」
なのはは小さく頷く。
「……うん」
「なら、強くなりなさい」
静かな声。
だけど、その言葉には強い意志があった。
「力がないと、守りたいものも守れない」
なのはは顔を上げる。
その瞳を、さくらは真っ直ぐ見返した。
「だから、次は負けないくらい強くなればいい」
なのはは少しだけ黙り込み――。
やがて、小さく頷いた。
「……うん」
その返事を聞くと、さくらは再び机へ戻る。
まるで話は終わりだと言うように。
なのはは、そんな姉の背中を見つめる。
近いはずなのに。
今は、とても遠く感じた。