とある週末。
「なのは、準備出来たか?」
「うん、お兄ちゃん!」
高町家の玄関。
なのはは靴を履きながら元気よく返事をする。
今日は月村家へ招待されていた。
なのははアリサとすずかのお茶会へ。
そして恭也は、恋人である月村忍に会いに行く予定だった。
「ユーノくんも行く?」
「きゅっ」
肩に乗ったユーノが小さく鳴く。
その少し後ろ。
壁にもたれ掛かりながら、さくらは静かに二人を見ていた。
「お姉ちゃんは来ないの?」
「今日はパス」
「そっか」
なのはは少し残念そうに笑った。
さくらは軽く手を振る。
「いってらっしゃい」
「いってきます!」
月村家。
洋館のような巨大な屋敷。
バスを降りたなのはは、毎回来ても少し圧倒されてしまう。
門を抜けると、メイド服姿の少女が深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました、なのは様、恭也様」
「こんにちは、ノエルさん!」
ノエル・K・エーアリヒカイト。
月村家に仕えるメイドの一人だ。
案内されたテラスでは、暖かな日差しの中、猫たちが気持ち良さそうに寝転がっていた。
「なのはちゃん!」
「遅いわよー!」
すずかとアリサが手を振る。
なのはも笑顔で駆け寄った。
一方。
恭也は忍と共に屋敷の奥へ向かっていく。
「じゃあ、ごゆっくり」
ノエルが微笑む。
そして、なのは達のお茶会が始まった。
「……最近、元気ないよね」
紅茶を口にしながら、アリサがふと言った。
「え?」
「ちょっと疲れてる感じ」
すずかも心配そうに頷く。
「悩み事とかあるなら、話してほしいな」
優しい声音。
なのはの胸が、少しだけ揺れる。
言えない。
でも。
心配してくれているのは分かる。
「わたし……」
そこへ。
「きゅーーーっ!?」
悲鳴。
「えっ!?」
ユーノが子猫に追い掛け回されていた。
「待ちなさいこらー!」
「きゅぅぅぅ!」
さらに、お茶を運んできたファリンまで巻き込まれる。
「きゃっ!?」
ガシャーン!
「あーっ!?」
テラスは一気に大騒ぎになった。
結果。
なのはの悩み相談は、うやむやになってしまった。
その後。
庭へ移動してお茶会は再開される。
暖かな陽射し。
穏やかな風。
その時だった。
庭先で遊んでいた子猫が、草むらの中から何かを咥える。
赤い宝石。
ジュエルシード。
「っ!」
なのはとユーノが同時に反応した。
「なのは!」
「うん!」
二人はすぐに庭の奥へ駆け出す。
結界が展開される。
その中で。
なのは達が見たものは。
「おっきぃ……」
巨大化した子猫だった。
建物ほどのサイズになった猫は、困ったように鳴いているだけで、暴れてはいない。
「早く封印しないと」
なのははレイジングハートを取り出した。
だが、その瞬間。
一閃。
金色の魔力弾が巨大子猫へ直撃した。
「にゃぁぁぁっ!?」
「えっ!?」
『魔法!?』
ユーノが驚愕する。
空中。
黒衣に身を包んだ少女が、静かに浮かんでいた。
長い金髪。
赤い瞳。
なのはと同じくらいの年齢。
その手には、漆黒の杖。
「フォトンランサー」
再び放たれる金色の光弾。
「やめて!」
なのはは飛翔。
防御魔法を展開し、巨大子猫を守る。
桜色と金色の光が激突した。
少女は静かになのはを見る。
「……同系の魔導師」
ぽつりと呟く。
「ロストロギアの探索者か」
そして。
レイジングハートを見る。
「インテリジェントデバイス……バルディッシュと同系」
「バルディッシュ……?」
なのはは少女の杖を見る。
黒く、美しい杖。
次の瞬間。
『Scythe form.』
杖が変形した。
巨大な刃。
「ジュエルシードを頂いていきます」
「えっ!?」
少女――フェイトが、一気に距離を詰める。
「きゃっ!?」
なのはは慌てて回避する。
だが。
フェイトの連撃は鋭かった。
速い。
重い。
「くっ……!」
防御で精一杯。
「なんで急にこんな!」
「答えても、多分意味がない」
冷たい返答。
二人は距離を取る。
空中で向かい合う。
なのはは改めてフェイトを見る。
綺麗な髪。
赤い瞳。
同じくらいの年齢。
だけど。
その瞳の奥には、どこか迷いのようなものが見えた。
その瞬間。
巨大子猫が小さく鳴いた。
なのはの意識が、一瞬そちらへ向く。
フェイトは、その隙を逃さなかった。
「フォトンランサー」
金色の魔力弾。
発射の瞬間。
フェイトが小さく呟く。
「……ごめんね」
直撃。
「きゃああっ!?」
なのはの身体が吹き飛ぶ。
意識が遠のく。
落下。
だが。
その身体を、誰かが受け止めた。
「……ったく」
低い声。
さくらだった。
フェイトが静かに目を見開く。
「あなた……」
さくらは気絶したなのはを抱えながら、フェイトを睨む。
「やり過ぎ」
その声には、明確な怒気があった。
「ジュエルシードは頂きます」
フェイトが封印を行おうとする。
その時。
さくらがポケットから二つの物を取り出した。
藍色の宝石が嵌め込まれたリング。
そして。
霧の紋章が刻まれた匣。
フェイトの瞳が揺れる。
「……何、それ」
さくらは答えない。
リングを中指へ嵌める。
宝石から、藍色の炎が灯った。
それを匣へ注ぐ。
カチリ。
匣が開く。
次の瞬間。
藍色の炎を纏ったフクロウが飛び出した。
『ホゥッ!!』
フェイトが警戒する。
だが。
さらに驚くことが起きた。
さくらの手元へ、桜色の杖が現れる。
レイジングハート。
――に見える幻。
「幻覚……?」
フェイトが呟く。
さくらは淡々と言った。
「見よう見まね」
次の瞬間。
桜色の魔力弾が放たれた。
「っ!?」
フェイトが回避する。
だが。
その隙に。
霧フクロウが高速で飛翔。
フェイトが封印したジュエルシードを奪い取る。
「なっ――!?」
さらに。
さくらが空間へ無数の幻影魔法陣を展開。
どれが本物か分からない。
フェイトは一瞬で理解した。
勝てない。
少なくとも今は。
「……撤退する」
バルディッシュを構え直し、フェイトは後退する。
去り際。
フェイトは気絶したなのはを見る。
そして。
さくらを見る。
何かを言いかけて。
結局、何も言わずに夜空へ消えていった。
夕暮れ。
「ん……」
なのははゆっくり目を覚ました。
「なのは!」
恭也達の声。
「大丈夫か!?」
「う、うん……」
なのはは少し迷ってから、小さく笑った。
「転んで、気絶しちゃったみたい」
小さな嘘。
すずか達は安心したように息を吐く。
だが。
なのはの胸には、不安が残っていた。
また。
あの子と戦うことになるのかもしれない。
そう思うと、胸がざわついた。
一方。
別の場所。
フェイトは静かな部屋へ戻っていた。
「……失敗したのかい?」
大柄な女性――使い魔アルフが尋ねる。
「うん」
フェイトは小さく頷く。
「少し、邪魔が入った」
アルフは心配そうな目を向ける。
だが。
フェイトは静かに首を振った。
「大丈夫だよ」
小さな声。
「迷わないから」
そう言って。
フェイトは写真立てを見る。
そこには、親子で写った写真。
「待ってて、母さん……」
赤い瞳が、静かに細められる。
「すぐに帰ります」
その微笑みは。
どこか、少しだけ寂しそうだった。