放課後。
海鳴市の空は、柔らかな夕焼けに染まり始めていた。
「なのは、またぼーっとしてたでしょ」
アリサが呆れたように言う。
「そ、そんなことないよ!」
慌てて否定するが、説得力はない。
すずかは苦笑しながら見守っていた。
「最近ちょっと疲れてるのかな?」
「う、うん……ちょっとね」
なのはは曖昧に笑った。
――魔法。
――ジュエルシード。
その言葉はまだ誰にも言えていない。
◇
その頃。
同じ学校の廊下。
高町さくらは、静かに窓の外を見ていた。
同い年の少女。
なのはの姉ではあるが、同じ教室にいる存在。
「……また、始まってる」
誰にも聞こえない声で呟く。
その視線の先には、夕空。
だが彼女が見ているのは空ではなかった。
その“向こう側”だ。
「……なのは」
小さく名前を落とす。
その声には、妹を気遣う姉の響きと、それ以上の重さが混ざっていた。
◇
放課後の帰り道。
なのはは一人で丘の方向を気にしていた。
「今日も……出るのかな」
胸元のレイジングハートは、まだ沈黙している。
『Stand by ready』
その短い声が、少しだけ心を落ち着かせる。
その時。
「なのは」
後ろから声。
振り向くと、さくらが立っていた。
同じ制服。
同じ学校。
同じ帰り道。
だが、どこか雰囲気が違う。
「お姉ちゃん……」
「帰り、寄り道する?」
何気ない言葉。
だが、なのはは少し戸惑った。
「今日はちょっと……用事が」
「また“用事”」
さくらは小さくため息をつく。
それ以上は追及しない。
ただ、少しだけなのはを見つめた。
「無理しないで」
その一言だけは、妙に重く響いた。
「……うん」
なのはは小さく頷く。
さくらはそれ以上何も言わず、歩き出す。
同じ方向。
だが途中で、自然に分かれる。
まるで、見えない境界線があるかのように。
◇
その夜。
丘。
ユーノと合流したなのはは、緊張した面持ちで立っていた。
「この辺りで反応があるはずなんだ」
ユーノの声は静かだが、警戒は強い。
「うん……」
なのはは小さく頷く。
風が止まる。
空気が変わる。
「……来る」
その瞬間。
地面が軋んだ。
ゴゴゴゴ……
黒い光。
地面から“歪んだ影”が立ち上がる。
獣のような形。
だが明確な意思はない。
ただ暴走する願いの残滓。
「ジュエルシードの暴走体……!」
ユーノが叫ぶ。
なのはは息を飲む。
怖い。
でも――。
「わたしが止める……!」
レイジングハートを握る。
『Sealing mode set up』
光が集まり、杖へと変わる。
その時だった。
丘の外れ。
少し離れた場所で。
さくらはその光景を“見ていた”。
ただし、隠れてではない。
偶然そこにいた、という形。
彼女は目を細める。
「……やっぱり」
小さく呟く。
だがその声は、驚きではない。
“確認”だった。
そして。
なのはが一歩踏み出した瞬間。
暴走体が動き出す。
戦いが、始まる。
まだ誰も知らない。
この戦いが“始まりの一つ”に過ぎないことを。