夜。
八神家。
夕食の匂いが、部屋の中へ広がっていた。
「はやてちゃん、スープできたよー!」
シャマルがキッチンから声を上げる。
「おおきにー!」
車椅子へ座ったはやてが笑顔で返した。
その隣では、ヴィータが待ちきれない様子でテーブルを叩いている。
「まだかー?」
「ヴィータ、行儀が悪いぞ」
シグナムが呆れたように言う。
ザフィーラは静かに床へ伏せていた。
傍から見れば、普通の家族。
だが、その実態は違う。
闇の書。
蒐集。
戦い。
彼らは、静かに終わりへ向かって進んでいた。
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夕食後。
はやては窓際で、静かに夜空を眺めていた。
車椅子の上。
足には感覚がない。
けれど、今はもう慣れてしまっている。
その時だった。
「どうした、はやて」
シグナムが近づいてくる。
その右手には、赤い宝石を宿した嵐のマーレリングが静かに輝いていた。
はやては少し笑う。
「んー、ちょっと考え事」
「……あの子のことや」
“あの子”。
その言葉だけで、シグナムには分かった。
高町さくら。
図書館で出会った少女。
はやてが届かなかった本を、何気なく取ってくれた少女。
そして――。
『随分と嫌な呪いを抱えているのね……』
その言葉を、シグナムは忘れていなかった。
ヴィータもまた、ソファから顔を上げる。
右手には、紫の宝石を宿した雲のマーレリング。
「あいつ、最初から気付いてやがったよな」
闇の書の侵食。
誰にも分からなかった異変。
それを、さくらは一目ではやての足から見抜いた。
普通ではない。
だからこそ、警戒した。
だが。
シグナムは静かに言う。
「……敵意はなかった」
「むしろ、あれは」
「助けようとしていた目だった」
シャマルも小さく頷く。
右手の晴のマーレリングが、柔らかな光を反射する。
「ええ……」
「だから、リングも渡してくれたんでしょうね」
はやては、自分の指にはめられた大空のマーレリングを見つめる。
羽の装飾を持つ、特別なリング。
淡く輝く宝石。
その力は、今も確かにはやてを支えていた。
「あの子、不思議な子やなぁ」
「敵みたいな立場なのに、助けてくれる」
ヴィータが鼻を鳴らす。
「よく分かんねー奴だよな」
だが。
その表情は悪くない。
実際、リングの力は大きかった。
特に、はやてへの影響。
以前よりも侵食の進行が明らかに遅くなっていた。
シグナムは静かに拳を握る。
「……大空の調和」
「闇の書の侵食を抑えているのだろう」
シャマルも真剣な顔になる。
「完全ではありません」
「ですが、確実に効果はあります」
それだけでも奇跡だった。
今まで、どんな手段でも止まらなかった侵食。
それを抑えている。
はやては、小さくリングを撫でる。
「さくらちゃん、なんでここまでしてくれるんやろ」
その問いに、誰も答えられなかった。
ただ、一つだけ分かる。
彼女は、自分たちを利用している訳ではない。
むしろ――。
助けようとしている。
ヴィータが小さく呟く。
「……でもよ」
「このままって訳にもいかねぇ」
空気が少し変わる。
蒐集は続いている。
闇の書が完成しなければ、はやては救えない。
そのためには、リンカーコアの蒐集が必要だった。
シグナムは静かに立ち上がる。
「次の蒐集対象は決まっている」
フェイト・テスタロッサ。
そして――。
高町なのは。
ヴィータが不敵に笑う。
「今度は、ちゃんと勝ち切ってやる」
その時。
はやてが少し困ったように笑った。
「……ほどほどにな?」
「なのはちゃんら、悪い子やないんやし」
ヴィータは視線を逸らす。
「わ、分かってるって!」
その反応に、はやては小さく笑った。
だが。
その笑顔の裏で。
胸の奥に、不安が残っていた。
この戦いの先に、本当に救いはあるのか。
その答えを、まだ誰も知らない。