休日。
高町家と月村家、そしてアリサを加えた一行は、温泉旅館へ来ていた。
「わぁ~!」
山々に囲まれた景色。
澄んだ空気。
温泉街独特の香り。
なのはは思わず声を上げる。
その隣では、さくらが静かに欠伸をしていた。
「お姉ちゃん、眠そう」
「移動中寝れなかった」
「珍しいね」
「アリサがうるさかった」
「聞こえてるわよ!」
アリサのツッコミに、皆が笑う。
そんな穏やかな時間。
けれど、なのはの胸の中には、ずっと引っ掛かっているものがあった。
フェイト。
もう一人の魔導師。
そして、最近まったく見つからないジュエルシード。
『考え込みすぎです』
肩に乗ったユーノが小さく言う。
「でも……」
『今日は休暇です』
少し強めの声。
『こういう日くらい、ゆっくりしてください』
なのはは少しだけ困ったように笑った。
「……うん」
温泉。
卓球。
美味しい料理。
なのははアリサ達と共に、久しぶりに“普通の休日”を楽しんでいた。
「なのはー! こっち!」
「待ってぇ~!」
笑い声が響く。
その少し離れた場所。
さくらは湯船の縁に頬杖をつきながら、ぼんやり夜空を見ていた。
「……平和」
ぽつりと呟く。
だが、その直後。
「へぇ」
低い女の声。
なのは達が振り向く。
そこには、一人の女性が立っていた。
赤い髪。
鋭い目。
どこか獣のような雰囲気。
「キミかね、うちの子をアレしてくれちゃってるのは……」
「え?」
女性――アルフが、なのはを値踏みするように見る。
その視線に、なのはは戸惑った。
すると。
「ちょっとアンタ」
アリサが立ち上がる。
「初対面で失礼じゃない?」
アルフは一瞬きょとんとした後、肩を竦めた。
「あー、悪い悪い。人違いだった」
笑って誤魔化す。
だが。
すれ違いざま。
アルフは小さく囁いた。
「子供は、いい子でお家で遊んでな」
殺気。
そして、濃密な魔力。
なのはの身体が強張る。
ユーノも警戒する。
その中で。
さくらだけが、静かにアルフを見ていた。
「……犬」
「ん?」
「大型犬」
「喧嘩売ってんのかい?」
アルフが眉をひそめる。
さくらは淡々と返した。
「別に」
アルフは数秒見つめ返し。
そして鼻で笑って立ち去っていった。
一方。
露天風呂でのんびりしていたアルフは、念話を飛ばしていた。
『フェイト、どうだい?』
『大まかな位置は掴めた』
フェイトの静かな声。
『そっちの様子は?』
『見てきたよ』
アルフは笑う。
『あんな子供達、フェイトの敵じゃないさ』
だが。
脳裏に浮かぶのは、最後まで静かだった茶髪の少女。
アルフは少しだけ目を細めた。
夜。
旅館の一室。
アリサとすずかは、すでに眠っていた。
その横で、なのはは静かに座っている。
ユーノが小さく口を開いた。
『昼間の女性、多分フェイトの関係者です』
「うん……」
『だから、なのは』
ユーノは決意したように続ける。
『やっぱり、これ以上巻き込めません』
「……」
『ここから先は、僕一人で――』
「やだ」
即答だった。
ユーノが目を丸くする。
「最初は、お手伝いだったよ?」
なのはは静かに笑う。
「でも今は違う」
真っ直ぐユーノを見る。
「わたしがやりたいからやってるの」
『なのは……』
「だから、一緒にやる」
その言葉に。
ユーノは、何も返せなくなってしまった。
その直後。
『ジュエルシード反応!』
「っ!」
なのはとユーノは飛び出した。
橋の上。
そこには、すでに封印を終えたフェイトがいた。
そして、その隣にはアルフ。
「あなた……!」
なのはが驚く。
アルフは笑った。
「アタシはアルフ。フェイトの使い魔さ」
「使い魔……?」
「フェイトを守るためにいる」
次の瞬間。
アルフの身体が変化する。
犬狼の姿。
「行くよ!」
突撃。
ユーノが即座に防御結界を展開する。
『なのは!』
「ユーノくん!?」
そのまま。
ユーノとアルフは転移魔法で森の中へ消えた。
橋の上に残されたのは、なのはとフェイトだけだった。
「いい使い魔を持ってる」
フェイトが静かに言う。
なのはは即座に首を振った。
「違う!」
「……?」
「ユーノくんは使い魔じゃない」
なのはは真っ直ぐフェイトを見る。
「大切な友達だよ」
その瞬間。
フェイトの瞳に、僅かな感情が揺れた。
「……そう」
そして。
「どうするの?」
「え?」
「戦う?」
なのはは首を横に振る。
「話したい」
「……」
「ちゃんと話せば――」
「言葉だけじゃ、きっと何も変わらない」
瞬間。
フェイトが飛び出す。
「っ!」
なのはも迎撃。
戦闘が始まった。
森の中。
ユーノはアルフから距離を取る。
『どうしてです!』
叫ぶ。
『ジュエルシードは危険なんです!』
だが。
アルフは答えない。
ただ静かに牙を見せるだけだった。
上空。
桜色と金色の魔力が激突する。
「ディバイン――」
「サンダー――」
二人の声が重なる。
「――バスター!!」
「――スマッシャー!!」
轟音。
巨大な魔力衝突。
互角。
だが。
レイジングハートが、なのはの想いへ応えた。
『Output up.』
桜色の砲撃が、さらに膨れ上がる。
「っ!?」
フェイトのスマッシャーを押し切った。
金色の光が砕け散る。
「やった――」
だが。
フェイトの姿が消える。
上。
「っ!?」
サイズフォーム。
巨大な刃が、なのはへ振り下ろされる。
なのはは避けきれない。
だが。
刃が首へ届く寸前。
ピタリと止まった。
「……そこまで」
フェイトの腕を掴んでいたのは、さくらだった。
「お姉ちゃん!?」
いつの間にか、そこにいた。
フェイトが目を見開く。
「あなた……」
さくらは静かに言う。
「まだ、やる?」
その声に、妙な威圧感があった。
フェイトは数秒沈黙し。
静かにバルディッシュを下ろす。
「……今回は諦める」
そして背を向ける。
「待って!」
なのはが叫ぶ。
「あなたの名前は?」
フェイトは立ち止まった。
少しだけ振り返る。
「……フェイト」
静かな声。
「フェイト・テスタロッサ」
「わたしは――」
なのはが名乗ろうとした瞬間。
フェイトはアルフと共に去っていった。
あとには、静寂だけが残った。
旅館へ戻った後。
部屋の空気は、妙に気まずかった。
なのはは、ちらちらとさくらを見る。
さくらは無言でお茶を飲んでいた。
耐え切れなくなったなのはが口を開く。
「……お姉ちゃん」
「なに」
「なんで知ってたの」
「魔法少女やってること?」
「うん……」
「気付いてた」
「いつから!?」
「最初から」
「えぇぇ!?」
なのはが頭を抱える。
さらに。
「ジュエルシードも知ってる」
「なんで!?」
「知ってるから」
「説明になってないよぉ!」
なのはが涙目になる。
そして。
意を決して言った。
「お願い!」
「やだ」
「まだ何も言ってない!」
「大体分かる」
さくらは即答する。
だが。
なのはは諦めなかった。
「お願いだから!」
「面倒」
「そこをなんとか!」
「嫌」
「お願いぃぃぃ!」
数十分後。
ついに。
「……分かった」
「ほんと!?」
さくらが深いため息を吐く。
「なのは、しつこい」
「えへへ……」
苦笑するなのは。
その横で。
さくらは静かに窓の外を見る。
夜空。
その向こう。
遠く離れた場所にもまた、戦いを抱えた少女がいる。
「……フェイト、か」
小さな呟きは、夜の静寂へ溶けていった。