森での戦闘を終えたあと、さくらとなのはは無言のまま帰宅していた。
夜道を歩く間も、二人ともほとんど喋らない。
なのはは何度も横を歩く姉を見た。
あの戦いが頭から離れない。
自分と同じ桃色の魔法陣。
雷の少女。
そして――さくら。
家に着いても、その空気は変わらなかった。
「ただいま……」
「おかえり」
いつも通りの言葉。
でも、いつも通りではない。
リビングで向かい合っても、妙な気まずさだけが残っている。
なのはは落ち着かない様子で視線を泳がせた。
さくらは普段と変わらない顔をしている。
それが逆に、なのはには落ち着かなかった。
結局、なのはは逃げるように自室へ戻る。
そして数分後。
コンコン。
部屋のドアがノックされた。
「……入っていい?」
さくらの声。
なのはは少し慌てながら返事をする。
「う、うん!」
ドアが開く。
さくらが静かに入ってくる。
その瞬間、ベッドの上にいたユーノが固まった。
「……え?」
フェレット姿のまま硬直する。
さくらは小さく息を吐いた。
「隠れなくていいよ」
「最初から知ってるから」
なのはとユーノの声が重なる。
「えっ!?」
「えぇっ!?」
さくらは椅子へ座りながら淡々と言った。
「なのはが夜に抜け出してた事も、魔法少女やってる事も知ってる」
なのはの顔が真っ赤になる。
「し、知ってたの!?」
「ばればれ」
即答だった。
ユーノも恐る恐る口を開く。
「じゃ、じゃあ僕の事も……」
「喋れるフェレット」
「うっ」
逃げ道がない。
なのはは頭を抱えた。
「うぅ……恥ずかしい……」
さくらは少しだけ困ったように笑う。
「隠すの下手すぎ」
その言葉に、少しだけ空気が柔らかくなる。
だが、なのははすぐに真剣な顔へ戻った。
「……お姉ちゃん」
「なに?」
なのははさくらを真っ直ぐ見る。
「今日の戦い……何だったの?」
静寂。
なのはは続ける。
「わたしと同じ魔法陣使ってたよね」
「あれ、どうして……?」
ユーノも息を呑む。
あの桃色の魔法陣は、確かになのはの魔法と酷似していた。
さくらは少しだけ視線を伏せる。
「見よう見まね」
短い返答。
なのははさらに聞く。
「お姉ちゃんも……魔導師なの?」
その問いに、さくらははっきり首を横に振った。
「違う」
即答だった。
なのはとユーノが同時に目を瞬かせる。
「え?」
「でも……」
ユーノが困惑したように言う。
「あれだけの魔法を使って……魔導師じゃないんですか?」
さくらは答えず、右手をゆっくり持ち上げた。
指にはめられたリング。
そこへ、藍色の炎が静かに灯る。
ユーノが目を見開く。
「その炎……!」
炎は揺らめきながら空中へ広がる。
そして。
さくらの掌の上に、紅い宝石が現れた。
待機状態のレイジングハート。
なのはが息を呑む。
「レイジングハート……!?」
だが違う。
なのはの持つ本物とは微妙に質感が違う。
けれど、見た目は完全に同じだった。
ユーノも驚愕する。
「デバイスの複製……!?そんな事が……」
さくらは静かに紅い宝石を見つめる。
「これは本物じゃない」
その言葉と同時に、宝石は藍色の霧となって崩れ、消えていった。
「私の力は、こういうもの」
なのはは言葉を失う。
ユーノも理解できないまま固まっていた。
魔法ではない。
だが、確かに存在していた。
なのはは小さく呟く。
「……すごい……」
さくらは小さく肩をすくめた。
「便利なだけ」
だが、なのはは知っている。
あれは“便利”で済む力ではない。
森で見た戦いが、その危険さを証明していた。
少しだけ沈黙が落ちる。
そのあと、なのははもう一度顔を上げた。
「お願いがあるの」
「なに?」
なのはは真っ直ぐ言った。
「ジュエルシード回収、手伝ってほしい」
ユーノも驚いてなのはを見る。
「なのは……」
なのはは続ける。
「わたし、一人じゃ難しい」
「でも、お姉ちゃんがいてくれたら……」
「駄目」
即答だった。
なのはが止まる。
さくらは静かに首を振る。
「それは、なのはのやる事だから」
「でも……!」
「私は入るつもりなかった」
その言葉は本音だった。
さくらは、本当は見守るだけのつもりだった。
なのはは唇を噛む。
それでも引かない。
「お願い」
さくらは黙る。
「もっと頑張るから」
「ちゃんと戦うから」
「だから……お願い」
何度も。
何度も。
なのはは頭を下げた。
ユーノも静かに言う。
「……僕からもお願いします」
「なのは一人だと危険なんです」
沈黙。
さくらは長く息を吐いた。
そして――
「……条件付き」
なのはが顔を上げる。
「え?」
「ジュエルシードを回収するのは、なのは」
「私は補助だけ」
「危なくなった時しか動かない」
なのはの表情がぱっと明るくなる。
「じゃあ……!」
「手伝ってくれるの!?」
さくらは少しだけ呆れたように言った。
「何回もお願いされたら断りづらい」
なのはは嬉しそうに笑う。
「ありがとう! お姉ちゃん!」
勢いよく抱きつく。
「うわっ」
少しだけよろけるさくら。
ユーノはその様子を見ながら、小さく安堵の息を吐いた。
こうして。
高町なのはのジュエルシード回収は、新しい形で動き始める。
姉妹と、一匹。
三人の物語は、少しずつ変わり始めていた。