シエルの父親・ヴィンセントに成り代わった物語 作:アルトリア・ブラック(Main)
それぞれのため
アバーラインは本庁に戻る道中、いろいろと考えていた。
(…父親が息子の罪を暴き通報する…、にしても、あの『よろしくお願いします』とはどういう意味なんだ…)
伯爵の位は当主の意思を持って引き継がれるものだ。
それを無断で、そして、父親の抹殺で引き継いだとなれば殺人罪が適応され、貴族専用の刑務所に連行されるのが目に見えている。
(…だが、今回の事件は不可解すぎる。ヴィンセント・ファントムハイヴ伯爵が言っていた『しばらく動けない身体だった』と)
輸血実験とやらも、シエルがやっている行為だと納得がいかない。
あのヴィンセントが行なっていることだからこそ、納得が行くのだ
一人悶々と考えていると…
「警部!!」
馬車が急に止まり、前を見ると
「…な、なんだこれは」
目の前に広がるのは、横転した馬車と、傍らの大木に座っているブラハットがいた。
馬車横転から数十分前…
「父親が息子を通報する。ひどい話もあったものですね」
セバスチャンの言葉にブラバットは
「さぁ?僕はなんにも言えないよ、あの方の心は誰にも分からないし、君を見捨てたとは限らない」
「……」
「私語を慎め!」
警察官からの言葉にブラバットはうるさそうな表情を見せる。
「…でも、こんなに早く動くとは思わなかったなぁ」
ブラバットの言葉と表情をじっと見つめるセバスチャン
警察官がもう一度叱責しようとしてきたので…
「お気をつけください。ヤードの皆さん、ファントムハイヴ領には夜間、危険な動物が出るので」
その言葉と同時に蛇が警察官に向けて襲いかかる。
事態は良くない方向に行く可能性だってある。
シエル側に着いている人間は正直言って面倒な人ばかりだ。
使用人は良いとして、問題はサリヴァンやソーマ達だ。
ソーマの国に行く可能性は少ないが、万が一の保険として使われるだろうし、サリヴァンの頭脳で別の兵器だって作り出される可能性だってある。
「ヴィンズ」
葬儀屋の声が聞こえて来る。
横目で振り向くと葬儀屋とタナカがやって来ていた。
「使用人達に行かせて良かったのかい?厄介な芽は摘んでおくっていうのがやり方なんじゃないのかい?」
葬儀屋の言葉に
「厄介ほどでもないよ、問題はあの子が見つけてきた科学者とインドの王子様というのが面倒な要素なんだよ」
「ふーん」
「ところでタナカ」
紅茶を目の前に差し出してきたタナカを見る
「あの子に着いていかなくて良かったのかい?」
「私は代々ファントムハイヴに仕えている身分。そして…」
執事の礼節を取り
「旦那様が生きておられたのならば、旦那様のお命を優先するということを先代からの命を承っています」
「ありがとう、タナカ」
タナカが礼をしてくる。
葬儀屋が部屋から出て行ったのを見ると
「でも、俺がこうと言った時は従ってくれよ?」
「はい、なんなりと」
雷が響き渡り、窓の方を見る
「親子喧嘩であり、あの子の奪還作戦開始だ」
シエルの使用人と自身の使用人の戦闘になる可能性だってある。
そして、サリヴァンの頭脳と未来を生きた俺の頭脳の戦い。
チェスは苦手だが、原作知識及びヴィンセント持ち前の才能で戦うことは出来る。
悪魔と死神という強みもお互い持っている。
(少しだけ違うけれど、これからは本気の戦い…シエルを取り戻す)
幸福な未来なんて待ち構えていないバッドエンド満載の黒執事。
そんな世界に転生したのだから是が非でも生き残り、ハッピーエンドを手にする。
シエルを、あの子を救うために
主人公ーセバスチャンーなんて知ったことか
タナカが退出し、一人残った部屋で降りしきる雨を見ながら
「…こうしないとお前を救えないんだよ」
どれだけの犠牲が伴おうが、救いたい人を救えないのなら意味がない。
葬儀屋は部屋から出た後、長い廊下をコツコツと歩く
「あの子を取り戻す、ねぇ」
その行為がいかに危険か
「…相変わらず、小生の思いは伝わってくれないねぇ」
自嘲気味につぶやく
どれだけヴィンセント本人に生きて欲しいと願っても、彼は息子を見ていた
葬儀屋がヴィンセントを思うように、ヴィンセントはシエルを思っていた。
(…どうして、小生の周りにはああも摩擦が生じるんだろう)
クローディアもヴィンセントも、今を生きている。
だからこそ、置いてけぼりを食らっている気がするのだ。
「まぁ、ヴィンズがやるというなら着いて行くけど」
暗い廊下に向けて歩いて行く
一方、シエルは逃亡の道すがら、ラウに助けられ、ひとまずは身を隠してもらっていた。
ソーマと会おうにも、ソーマとアグニは事の発生を知り、別ルートでシエル達を探している。
サリヴァンはまだ知らないだろうが、いずれは知る『ファントムハイヴの名前を名乗るやつが現れても出るな』と言ってあったのだ。
「へぇ、それで逃亡したと、なかなかにヘビーなことをして来たねぇ、君の父上は」
ラウは茶化しながらいう
「それで?本当にお父さんを殺そうとしたの?」
「……」
「…坊ちゃん」
シエルは無言になり、宙を見ていた。
「"坊ちゃん"は父親殺しを行なってはいません」
「だったらなんで、そんなはちゃめちゃな理由をつけたわけ?」
「それは、都合が良かったわけですよ、向こうの」
「へぇ」
ラウはタバコを吸い
「まぁ、相当な覚悟で向こうは息子を通報したわけだねぇ」
ラウは煙越しにシエルを見て
「ヴィンセント・ファントムハイヴが帰ってきてからいろいろと取引が上手くいかなくなってね『彼がいるなら目をつけられることはしたくない』なんて言ってね」
ヴィンセントは裏社会の帝王と呼ばれるくらい強かったとラウは言う
「我《ワタシ》も商売を畳んで中国に行こうと思ったけど、伯爵くんが助けを求めてきたのなら乗っかろうと思ってね、こう言っちゃなんだけど、あのファントムハイヴ伯爵より君の方が商売はやりやすかったしね」
皮肉のこもったような言葉にもシエルは返さない
「まぁ、負ける可能性だって十分あるんだから、選択肢の一つとして、名前も全て変えて新しい人生を選ぶというのも得策なんじゃないのかな?」
その笑顔にシエルは立ち上がり、目の前にあった肉を勢いよく食べ始める
「汚い」
ランマオがハッキリ言う
「今更帰ってきて!爵位も全て強奪して!!やってもいない罪をなすりつけられて!面倒な領地管理も番犬の仕事もしてきて!!」
シエルは思いをぶちまけながら話し
「それでも『シエル・ファントムハイヴ伯爵』はこの僕だ!!」
バンッ!!とテーブルを叩き言う
「僕は戦う。墓場から蘇ってきた父親の亡霊と!」
ヴィンセントと葬儀屋、そして、ヴィンセントの使用人達と
どんな思いでいようと関係ない
自分の思いはファントムハイヴ家の財産も身分も元に戻すこと
どれだけ空虚な願いであろうと関係ない。
復讐の相手ではなくても
「YES、My load!!」
全員の声が一致する。
そんな中、セバスチャンはシエルの頬を鷲掴みにし
「汚いですよ、坊ちゃん」
坊ちゃん側の味方
・ソーマとアグニ
・サリヴァン
・死神派遣協会(目的が同じだが、シエル個人に対しては特にない)
ヴィンセント(男主側)
・葬儀屋など個々が多い
・裏社会全体(シエルに渡していない会社が数個ある)
ヴィンセント側のハンデ
・ミッドフォード家と女王が中立の存在であり、行動して行く上で少しやりにくい。
・ヴィンセント個人、輸血は行なっていたが、時折、不安定になることがある。
・他のお星様の輸血がいまだに終わってない。
・葬儀屋を安易に戦いに出せない
・ヴィンセントの寿命は本来なら、襲撃事件に死ななければいけなかったのに生きていたため『生者であるが、アンダーテーカーを倒した後に回収する魂』と死神派遣協会に認識されている。
次のページは番外編【スフィア・ミュージックホールでレイチェルと会った時の話】です。
ヴィンセント目線とレイチェル目線があります。
リジーの目線の話など、バイオレットとシリウス様が遭遇したシーンなど
レイチェルside
スフィア・ミュージックホールを紹介されたのは、息子の許嫁であるリジーからだった。
シエルの女王の番犬としての仕事を手伝うことは出来なかったが、ファントムハイヴ領のまとめる手伝いは出来た。
夫のいない自分がファントムハイヴに留め置かれているのは、シエルの配慮あってのことだった。
「…シエル」
シエルのフリをして戻ってきたあの子
あの子は日々忙しく仕事をしていた。
「お母様、これが終わったら明日に備えて早く眠ります。お母様も無理をなさらず」
「…ええ」
あの子は独りきりで頑張ろうとしていた。
あの子にとって重みは女王の番犬の仕事
自分はあの子の荷物になってはいけない。
『レイチェル』
優しいあの人の声
あの人はいつも余裕があった。
比べてしまっているのは分かる。
母親としては最低なことだと思ってはいても、心のどこかで寂しさが芽生えていた。
「義母様、歌を聴いて帰りましょう」
リジーは健気に私を見てくれた。
健気に、いつか『ファントムハイヴの妻』になると分かって
「…ありがとう」
「私に出来ることがあれば!」
リジーの笑顔に微笑む
妹・アンの死、夫の死、息子の死
親しいものが少しずつ減ってきてしまうことの喪失感。
でも、私は、ファントムハイヴに嫁いだ身
だからこそ、弱みを見せてはいけない
『貴女の最愛の人はここにいます。ヴィンセント・ファントムハイヴ伯爵は生きています』
その言葉を言った占い師の言葉を本来なら疑わないといけなかった。
でも、縋り付きたかった。
「こちらです」
ブラバットに案内されて大きな扉を開ける
何もない部屋、ただ、外の明かりを部屋に入れる模様の書かれた綺麗なガラス。
コツコツと足音が響き渡る。
「!」
レイチェルは息を呑む
廊下を歩いた先に一つ置かれている長椅子に座っている人物を見て
座っている。というより体をぐったりと椅子に預けている男性がいた。
「シリウス様、いえ…ヴィンセント・ファントムハイヴ伯爵、奥方をお連れ致しました」
会いたかった人
優しいあの頃にそばにいてくれた人
「あな、た…」
レイチェルは前に進む
あの目の前にいる人が、愛した存在である『ヴィンセント・ファントムハイヴ』ということを
「……レイチェル」
あの人の声
力がある声ではないけれど、あの人の声だった。
「あなた…!」
ヴィンセントの傍らにすがりつく
ヴィンセント《男主》side
いつもの部屋から輸血の部屋に移動するとき、情けない話、意識を失っていた。
輸血をしていた中、拒絶反応が起こって一気に衰え始めたのだ。
(…インフルと風邪をダブルで食らったみたいな怠さだな…)
身体がずっしりとした怠さに、今まで声を出していなかったことにより、声も上手く発声できるか不安だった。
輸血の時間をただ、夢見心地でボーとしていた。
(…前世の社畜時代だったら死ぬほど嬉しかったなぁ、この時間)
今は地獄でしかない。
動きたいのに足が自由に動かない
だれかの助けがなければ動くことはおろか、身体的機能の大半が上手くいかないこと
考え込んでいると…
「シリウス様、いえ、ヴィンセント・ファントムハイヴ伯爵、奥方をお連れしました」
そう言ってブラバットがやってくる。
「あな、た…」
レイチェルの声が聞こえてくる
「……レイチェル」
上手く発声出来たか分からないが、レイチェルが縋り付いてくる。
それから、意識が無くなってしまって、レイチェルがどうなったかは分からないが
気がついたらいつもの部屋で、いつものベットだった。
辺りを見渡せば、レイチェルが傍らにいた。
「あなた、よかった…」
暖かい手が右手を包む
(…あったけぇ)
死体並みに冷たくなった自身の手を包み込まれ、嬉しくなる。
「……ありがとう、レイチェル」
スフィアに義理の母であるレイチェルを連れて行った日から、レイチェルがミュージックホールから戻ってくることが無かった。
「ごめんなさいシエル。私、何も出来なかった」
「リジー、落ち着いて話してくれ」
「う、うん」
レイチェルと会えない、または完全に隔離されたわけではない
ミュージックホールに行けばいつでもレイチェルに会えた。
「義母様!ファントムハイヴ家に戻ってきてください!シエルが心配して…」
そう言うと
「ありがとう、でも、私の居場所はここにあるの、明るく輝けるのはここなの、シエルも来て欲しいわ、きっと、また幸せになれる」
「輝ける場所…」
訝しげに話すセバスチャン
「義母様は…本当に幸せそうにそこにいるから無理に連れて来れなくて…ごめん、シエル」
リジーが泣きながら謝ってくる
シエルはそれを宥め、ミッドフォード家に戻ってもらうと
「女王の番犬の仕事としてスフィア・ミュージックホールを調査せよとのお達しだ」
「はい」
「潜入調査を始めるからお前もついてこい」
「御意」
セバスチャンside
セバスチャンは独自のルートから潜入して輸血の部屋、お星様の部屋に入る
「……?」
シリウスの間に入った時に違和感を感じる
ファントムハイヴ家の屋敷の部屋と似ている間取りなのだ。
(…ファントムハイヴの憧れからこの間取りにしたのか、あるいは…)
"ファントムハイヴ家の"人間か
セバスチャンはシエルへの報告のため、その部屋から退出する。