中華怪奇譚:白猿伝   作:外清内ダク

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二 猿神討伐

 

 

 女に導かれるまま、欧陽紇(おうようこつ)は石門をくぐり、洞窟の中へ踏み込んだ。

 

 石門の先には、まず木製の扉があった。

 その扉を押し開くと、中には驚くほど広大な空間が広がっていた。

 これが本当に洞窟の中なのだろうか。大きな堂が三つは入るほどの広さがある。

 

 洞窟の四方の壁際にはいくつも石の寝台が設けられていて、そのすべてに(にしき)の敷物が敷かれている。

 その中の一つに……欧陽紇(おうようこつ)の妻が、何枚もの布団にくるまって横たわっているではないか!

 

 妻の寝台のそばには、珍しい食べ物の皿が並べられている。少なくとも飢えてはいなかったようだ。

 欧陽紇(おうようこつ)は、目に涙を浮かべ、すぐさま妻に駆け寄っていった。

 

 しかし妻は、欧陽紇(おうようこつ)の姿を認めると、慌てて手を振った。

(来ないで!)

 と、妻はそう訴えているのだ。

 

 一体なぜ……?

 欧陽紇(おうようこつ)が呆然と立ち尽くしていると、他の女が言った。

 

「私たちは、みんな()にさらわれてきた者ばかり。

 長い者は、もう十年もここに閉じ込められているでしょうか……

 ここは神の住まい。

 あの神は、簡単に人を殺すだけの力を持っております。百人の兵士を操っても倒すことはできないでしょう。

 幸い、いま奴は出かけています。今のうちに早くお逃げくださいませ」

 

 欧陽紇(おうようこつ)は首を振った。

「いいや! 私は妻を取り戻しに来たのだ。逃げ帰れるものか!」

 

 女が言う。

「奥様を取り戻したいのであれば、方法はあります。私たちも協力します。一緒に奴を謀殺しましょう。

 そのために準備していただきたい物があります。まず美酒を二(こく)。食用の犬を十頭。そして麻縄を数十(きん)

 それだけの物を持って、十日後にまたいらしてください。奴が戻ってくるのは、いつもきまって正午過ぎ……その少し前を狙って来るのがよいでしょう。決して早すぎてはいけませんよ。

 さ、今日のところは、早く……」

 

 

   *

 

 

 言われるままに欧陽紇(おうようこつ)はその場から逃げ出し……

 

 十日後。

 欧陽紇(おうようこつ)は、女が求めた通りのものを揃えて、再び仙境の洞窟へやってきた。

 醇醪(じゅんろう)(香り高い濁り酒)、麻縄、食用の犬。こんなものが(なん)の役に立つのか、と(いぶか)っていると、女が欧陽紇(おうようこつ)に言った。

 

「奴はひどく酒を好み、往々にして泥酔します。

 そして、酔えば必ず自分の力を見せつけようとします。

 (あやぎぬ)で自分の手足を寝床へ縛りつけるよう私たちに(めい)じ、それを腕力でいっぺんに断ち切ってみせるのです。

 

 でも今日は、絹を三枚重ねにして縛ってやりますわ。さらに、貴方が持ってきた頑丈な麻縄を絹の中に混ぜ込んでおけば、奴が力を尽くしても千切ることはできないでしょう。、

 貴方は、そこを狙って奴を討ってくださいませ。

 奴の体は鉄のように固く、刃を受け付けません……ただ、ヘソの下の数寸のところは、いつも鎧で守っているのです。わざわざ守るということは、そこが弱点に違いありませんわ」

 

 そして女は、庭園のそばにある大岩を指さした。

「あの岩の中の洞窟は、食糧庫になっています。

 あそこに隠れて、静かに様子を(うかが)っていてくださいませ。

 酒は庭園の花の下に置き、犬は林の中へ放しておいて……計略が成功したら私がお呼びします」

 

 欧陽紇(おうようこつ)と兵士たちは、言われた通りに酒と犬を庭園に残し、自分たちは食糧庫の中で息を殺して待った……

 

 

   *

 

 

 その日の夕暮れ頃。

 欧陽紇(おうようこつ)が食糧庫の戸の隙間から外を見張っていると……

 

 突如、一匹の白い練り絹のようなものが、他の山から音を立てて飛んできて、石門の奥の洞窟へ飛び込んでいった。

 

 しばらくすると、石門をくぐり、一人の男が庭園へと姿を現した。

 大男である。身の丈は六尺(約180cm)あまり。あごには美しい髭を生やし、白い衣をまとい、杖をつき、周囲に女たちを引き連れている。

 あれが、この秘境に住む神なのだろう。

 

 神は、犬が庭園を走り回っているのを見て驚いた。

「一体どこから犬なんか入り込んだ? ……まあいい。犬は好物だ」

 

 神は恐るべき素早さで犬に飛びかかり、たちまち捕らえ、腕力だけで引き裂いた。

 神は犬から(したた)る血をすすると、その肉を骨ごとバリバリと噛み砕いて食ってしまった。

 

 そうして腹が満ちたところで、女たちが競い合うように神へ群がり、玉杯(ぎょくはい)を差し出して酒を勧めた。

 神は笑い喜び、あっというまに数斗の酒を飲みほした。

 

 すっかり酔っぱらった神は、女の肩を借りて、洞窟の中へ入っていった。

 洞窟からは、また嬉しそうな笑い声が聞こえはじめた……

 

 まだか……? まだか……?

 欧陽紇(おうようこつ)は、すぐにも走り出したい気持ちを必死にこらえながら、合図を待ち続けた。

 

 と、そのとき、女の一人が石門の外に出てきて、欧陽紇(おうようこつ)たちの方へ向けて手を振った。

 合図だ!

 欧陽紇(おうようこつ)と兵士たちは食糧庫から飛び出し、武器を握って洞窟へと雪崩(なだ)れ込んだ。

 

 洞窟の奥では、計画通りに白衣の神が寝台へ縛りつけられていた。

 が、その姿を目にして、欧陽紇(おうようこつ)は思わず足を止めた。

 先ほどは白衣の大男と見えた神が、なんと、大きな白猿に姿を変えているではないか。

 これが、あの神の正体だったのだ。

 

 白猿は寝台に四肢を縛られ、遊び半分にもがいていたが、欧陽紇(おうようこつ)たちが乱入してきたのを見ると、事態を察して必死に暴れはじめた。

 だが、三重の絹と頑丈な麻縄で縛られていては、さすがの白猿も簡単には脱出できないらしい。白猿は、ただ目を電光の如く光らせて欧陽紇(おうようこつ)(にら)みつけるばかり。

 

 欧陽紇(おうようこつ)たちは白猿に駆け寄り、一斉に切りつけた。

 だが白猿の体は鉄か石のように固く、まるで歯が立たない。先ほど女が言った通りである。

 

「そうだ、ヘソの下を狙うんだった!」

 欧陽紇(おうようこつ)は、白猿のそばに立つと、切っ先を真下に向けて刀を掲げ持った。

 そして、そのままヘソの下あたりを狙い、一気に刃を突き入れた。

 

 すると……やはり! ここが弱点だったと見えて、刃は白猿の腹に深々と突き刺さった。

 

 すさまじい勢いで血が吹き出し、白猿は絶叫した。

 

 白猿は、苦しみに悶えながら言った。

「よくもやってくれたな……だが、これは汝の力ではない。天が我を殺したのだ!

 ひとつ、いいことを教えてやろう。汝の妻は、すでに(はら)んでいる。だが、その子を殺すでないぞ。その子はやがて聖帝にめぐり逢い、汝の宗室を大きく栄えさせるであろう……」

 

 そう言い終えたところで、白猿は死んでしまった。

 

 

(つづく)

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