STEEL GOD RUN -勝利の女神に黄金の回転を- 作:アマテ_V3
荒野の向こうの地平は今、曇天から降りる銀のカーテンの向こうにいる。
「ぐっ……」
——雨。その冷たさは孤独な身から温度を奪っていく。既に末端の感覚はなく、たった一人の行軍は「死にたくない」という気持ちのただ一つから続いていた。
「うぁっ……いっ……」
泥濘に足をとられ、身体が勢いよく地に叩きつけられる。僅かな鈍痛と、それを覆い隠すほどの無の感覚。起き上がろうとしても、手が上手く動かない。
(どうしてこうなった……なぜ……)
彼は、小さな部隊の指揮官だった。
組んでからそれなりに経過していた部隊だが、目立った功はない。それには、彼が隊員の量産型ニケを都合のいい道具程度にしか見ていなかったことも影響しているだろう——もっともこれに類するような精神性は指揮官のほぼ全体に広がっている思想であり、彼だけが特異なわけではない。
戦闘を主な任務とする彼の部隊は、ラプチャー遭遇率の変化を調査する任につき——全滅。ロード級ラプチャーに運悪く遭遇した——たったそれだけのことで、部隊員五名は帰らぬ者となり、彼は孤独にアークへ帰還することとなった。
(なぜ……なぜ俺が、こんな目に……)
ゆらりと起き上がって、また歩き始める。彼はただ、功績もなく死ねないと思っていた。
「もしも~し、大丈夫か?」
「!?」
後方からの思いがけない声に、彼は身を固くする。振り返ると眩い光がこちらを向いており、声の主の顔は逆光で見えない。薄っすらと判別できる輪郭は、自身の跨るバイクを『コツ、コツ』とノックする動きをしている。
「ようやく気づいた。何回呼びかけても反応がないから、死んでるのかと思ったよ」
「……な、なんだ……アンタは」
「私? 私は……まあ、ただの通りすがりだよ。旅をしている」
「そ、そんなわけないだろう! 地上の生存者は0だ! なんでそんなバイクなんかで……!」
「0と言われようが……現にこうして私は生き延びている。今はそんなことを気にしている場合?」
「……っ」
「アンタ、指揮官でしょ? アークの……。見たところ部隊と
「!」
その言葉は、望外の申し出。しかしそれは本当なのだろうか? 自分を騙そうとしているのではないか? 第一なんだ、地上を旅している? それが既に怪しいもんだ……。生来、彼は臆病であり、疑心が深かった。
「こっちは親切で言ってるのよ……こんな状況だから疑うのは勝手だけど、ハッキリしてよね。乗るか? 乗らないのか?」
「ぐッ…………の、乗る! 頼むッ、乗らせてくれェェーーーッ!」
「なんだ、案外元気じゃあない……ほら、ゴーグル。しっかり掴まってなよ」
彼を乗せた謎のライダーは、周囲を確認した後、エンジンを吹かしてバイクを走らせる。彼は慌ててライダーにしがみつく——その時、ライダーが女性だということにようやく気付いた。
二輪の機体は雨風を切りながら駆ける。しばらくして曇天の隙間から蒼穹の空が見え、雨足も次第に薄まっていく。眩しい太陽の光で、やっと自分は生き延びられると安堵して顔を上げ——陽光の下に出たライダーの出で立ちが、彼の眼に映る。水色を基調とした服——女性らしさを残しつつ要所は守るかのように誂えられたそれは、至る所に星のマークがあり、部分で見れば奇妙にも関わらず相互に調和して、一つの美しい完成となっている。
雨天時とは思えない装いに目を丸くする彼は、もう一つ気づいた——彼女の首筋にある星型の痣。それには何か、眼を離せない力があった。
「……お、おい……なぜスピードを落とすんだ。まだ着いちゃあ……」
「なに、ちょっとした障害物……あそこ、見えるでしょ」
ライダーの指差す方には、ラプチャーが数機。サーヴァント級が一機混じっており、小さな群を形作っているようだ。
止まってやり過ごすか、迂回して避けるか——そういうルートを考えていた彼は、一向に変わらない速度に違和感を覚えた。
「お、おい……まさか無理矢理横切ろうなんて馬鹿な真似は——」
「静かにして、気が散る」
ライダーに声を掛けるがにべもなく一蹴される。見ればライダーは指差したままで、その眼は黒く強い意志を灯していた。
——ギャルギャルギャルギャル…………。
(……何の音だ……?)
「——
ライダーの指先から何かが飛び出る。それは高速で飛んでいき、やがてラプチャーに命中——当たったラプチャーはその命中痕からバラバラになった。続けざまに二度、三度と繰り返し、全てが同様の結末を辿った——セルフレス級もサーヴァント級も区別なく。彼は驚愕に目を見開き、さも当然とばかりに動じないライダーの方を見やる。バイクは再び速度を上げている。
「——おいッ! あんた何なんだよさっきのはッ……」
「これは私の能力だよ……ニケなんだ、そのくらいはできなくちゃあね」
「ニ、ニケ? あ、お前はニケだってのか?」
「だからさぁ~~、そう言ったでしょ。普通の人間が地上で旅なんてできると思う? 思うのなら相当幸せだ……アンタの脳みその方がね」
——こいつ、ニケだったのか。複雑な感情の中で彼は独りごちる。
考えてみれば不自然ではない。ただの人間が単身で地上を生き延びられるわけがない——ニケだろうと生存は怪しいものだが。しかしこいつは旅をしていると言った……ラプチャーに動じないところからして、相当生き延びているようだ。しかも、ニケという言葉が本当なら量産型ではないことになる。量産型ではないニケは何かに秀でたところがあるのも確かだ——こいつは使える。彼はライダーの後ろで企みを巡らせ始める。
(なんとかしてこいつをアークに連れて行くんだ。部隊を全滅させてしまった俺は辞職を勧められるだろう……それだけはなんとしてでも避けなければ!)
まだ何も功を立てていない——『伝説』や『新星』のような英雄になるための功を。他の指揮官は愚図ばかりだ。俺は違う、俺は英雄になって人類を救える……こいつはそのために神とやらがくれた『贈り物』だ。アークに連れていくくらいわけはないだろう……ニケは人類の為に、指揮官の為にいるんだ——こんな自己中心的な企みを膨らませる彼は、いくつかの誤算に気づいていなかった。いや、あえて目を逸らしてしまったというべきだろうか。
——ライダーがラプチャーを破壊するときにどんな眼をしていたか。彼はそれを頭の片隅に追いやってしまったのである。
★
「な、なぁ……お前、なんでアークに戻らないんだ?」
「……」
「い、いやぁよォ……アークで生活した方が安全じゃねぇか。なんで地上を彷徨って……?」
「言ったでしょ。旅をしている」
「その旅には何があるんだよ?」
「……アークじゃあ、人の嫌がることは進んでやれと教えているのか?」
「おいおい……そう血を上らせないでくれ。初めてなんだよ、お前みたいなのに出会ったのは……好奇心ってのは如何ともし難いものだろう?」
「その好奇心で死んでも同じことが言えるのか、試してみる?」
「あぁ、言えるね——」
彼がそう答えた瞬間、乗っていた機体から激しい振動が伝わってくる。何が起こっているのか、その答えはライダーがバイクの速度を無理矢理落としているということ。平地とはいえ決して状態は良くない地面で急激にブレーキを掛けた結果、乗員二名には多大な負荷が掛かる。やっと止まったかと思ったのも束の間に、突然胸倉を掴まれて機体上から振り落とされる。彼が顔を上げると——ライダーはその指先をこちらに向け、眼には黒く強い意志を灯していた。
「『会話』は言葉だけじゃあない……雰囲気だって大事だ。アンタの質問が聞かれたくないことだったから、私は突っぱねたんだ……。それでも突っ込んでくるっていうのは会話のできない馬鹿か、わかっててラインを踏み越える馬鹿か……アンタは後者の方の馬鹿だったみたいね」
「うるせぇッ! ニケごときが偉そうに説教たれてんじゃあねェぞッ! いいから黙って人間に言われたことやってりゃあいいんだよ!」
「——ニケごとき……? 今……そう言ったか?」
「ニケは人間に奉仕するモンだろうがァッ! これからテメェはアークで俺の功績のために——」
——ギャルギャル……。
言葉の最中に、ライダーの指先から何かが飛来する。それは地面に穴を開けただけに過ぎなかったが——その穴が、
「——ひッ、な、なに——がぁあッ!」
「警告しておくよ。二度は言わない——次は『
「——ッニケ風情が『殺す』だと……! 豪く威勢がいいなァおい、えェ!?」
ナメられてたまるかと彼は強気に言うが、内心は『恐怖』で満たされていた。自身を傷つけた攻撃手段と、なによりもその『眼』——冷たくこちらを見据え、殺意をありありと湛える深青の瞳に気圧されていた。
しかし『恐怖』は、時に歪んだ『怒り』も産み出す。ニケは自分に従順であるべき——彼はその考えを、今まで疑うことも省みることもなかった。そんなニケが、自分に対して殺意を向けている——生意気な!
「ニケに人間は殺せねえ! そんなことはアウターリムのクソガキでも知ってることだぜ! 粋がったところで人間に牙剥くなんてのはあり得ねェンだよ!」
——グジャッ。
「グッ——ギィアアアァッ」
「激しく動くな……狙いが微妙になる——警告を無視したのはアンタの方。『殺す』って言葉にウソはない」
「ぐッ…………カス以下のニケごときが……」
「そんなんだから部隊が壊滅するんじゃあない? アンタに従ってたニケに同情するわ」
「ハァ……カスがカスに憐みか? 笑えるもんだな、傷の舐め合いってのは……あいつらは使えないゴミ以下だった、赤っ恥かかせやがって」
彼は代わり映えのしなかった隊員を思い出し、嘲った。自分には過小なニケ達。戦闘はグズグズのくせに俺のことはいっちょ前に庇いやがって。それで死んでりゃあ世話ねーぜ。
「——アンタが功を焦る気持ちは理解するよ」
ライダーが静かに口を開く。
「だが、アンタには『英雄』は無理だね。断言するよ。それは『敬意』がないからだ——現実に銃を持つニケ達に対して、アンタは何かを思うこともない。この分じゃあ、どうやったってうまくいくはずがない」
ライダーが腕を下ろしていく。そうして反対方向を向き、そこにいる者たちへ言う。
「アンタらもアークの部隊でしょ? ちょうど良かった、こいつを連れて行ってくれない? 見過ごすのも後味が悪いと思って拾ってみたんだけど……危うく撃ち殺しそうで」
『……それは構わないが……君は?』
「私はアークには行かない。旅をしているんだ」
『そうか……』
そこにいた部隊のうち、黒と赤を基調とした軍人服のニケが彼を背負った。そのままアークのある方へと足を向ける。
「本当にごめん。またどこかで会ったら恩は返すよ」
『そういう君も、気を付けるんだ』
ライダー——『ジョルーナ・ジョースター』は、振り返ることなく走り去った。その眼は、ただ『目的』だけを見ていた。
「そう……『敬意』は力になる。私はそれを集めて一つにしなくては……」
★
特殊別動隊『カウンターズ』が地上にて一人の指揮官を保護、共に帰還した。
その指揮官は『カウンターズ』が保護する前に別のニケが保護しており、傷はそのニケに付けられたようである。特徴から、そのニケは度々目撃されるピルグリムであると考えられる。
保護された指揮官は傷の治療のため入院。退院の後、自主的に職を辞した。