鑑定スキルで未来ある若者の人生を正しい方向に捻じ曲げ続けてきた男、捕まる 作:ニガサー
リシェラが“先生”に出会ったのは今から五年ほど前のことだ。
それまで十年の間、リシェラは一人孤独に生きてきた。
そうして生きてこれたことはあまりにも幸運に恵まれており、だからこそ地獄だったとも言える。
いっそ死んでしまえた方が幸運だったとすら言えるだろう。
地獄のような状況で、仮に生き延びても将来はせいぜい娼婦が関の山。
いいことなんて何もない。
苦しみが長引くくらいなら、それを終わらせてしまったほうがいいはずだ。
明日なんてこなければいいのに。
そう、本気で思っていた。
先生――タレスに出会うまでは。
彼は、見た目だけなら本当にどこにでもいる普通の冒険者だった。
実際当時の冒険者ランクはC級、一流と呼ぶには少し足りない。
リシェラに声をかけたのもごくごくありふれた理由で、彼が孤児院の出身だったから。
本当に、どこにでもいる青年だ。
そんなタレスがリシェラにこういった。
「君なら、どんな困難でもその手で打ち砕くことができる」
はっきり言って、胡散臭いとしか言いようのない物言いだ。
そんな力があったら、とっくにリシェラはあの地獄のような生活から抜け出している。
だけどどうしてか、リシェラはそれを嘘と一言で切って捨てることなかった。
何よりそれが事実であると、リシェラはすぐに理解させられた。
どうやら、リシェラには大剣を操る才能があるらしい。
これは大剣を持っていなければ意味がなく、幼いリシェラにナイフならともかく自分の身長より大きな剣を手にする機会なんてあるわけがないのだ。
しかし実際に大剣を手にしてみると、その瞬間にそれまでの鬱屈とした感情が嘘のように晴れやかな気分が浮かんできた。
曇っていた視界が晴れ、何もかもが澄んで見える。
そんな現象を体験してしまえば、リシェラはタレスの言葉を信じざるを得ない。
それから、リシェラの人生のすべてはタレスの存在があるようになった。
タレスの言うことは常に正しい。
タレスはいつだってリシェラを導いてくれる。
タレスこそが――神。
本気で、心の底からリシェラはそういった思いを募らせていったのだ。
そもそも、どうしてこんなにもタレスの言葉を正しく感じるのか。
彼の言葉は、実際に正しいからだ。
タレスには鑑定というスキルがあるという、それによってタレスはリシェラを導いてくれる。
だが、それ以上に彼の言葉には、きっと彼の言うことは正しいのだろうと信じさせてくれる力があった。
これはタレスが、この鑑定というスキルに絶対の信頼を置いているからこそだ。
実際に彼がこれまで、鑑定というスキルを使いこなし、その力に強い自信を持っているということの証。
それが、リシェラというこれまで自己評価が地の底にあった少女に響くのだ。
本人は「カルマ値がどうこう」と言っていたが、それに関してはよくわからない。
もっと単純に、タレスが正しいから言っていることにも説得力が出たのだ。
きっとこれは、リシェラ以外の“生徒”もそうだろう。
基本的にタレスが声をかけるのは、常に自己評価が最悪レベルの相手である。
そりゃそうだ、普通に才能を開花させて活躍している人間にわざわざ声を掛ける必要はない。
そして必然的に、そういった人物とのコミュニケーションを繰り返すことでタレスのたらしこむ精度は向上していく。
――そう、タレスはリシェラ以外にも同じことをしていたのだ。
は?
は?
は?????????????????????????????
知った時は、思わず声が出てしまったものである。
リシェラは自分からタレスの下を離れたことがあった。
あまりにもタレスがリシェラにとって都合が良すぎたからだ。
だって、衣食住も面倒見てくれるし、成長を常に褒めてくれるし、何より顔が良すぎるし(曇りまくった眼を通して見た場合)。
なんだろうこの人、聖者か? 救世主か? 神か?
神だったわ。
そんな感情が溢れ出して止まらなかったリシェラは、これではいけないと奮起した。
一生このままタレスによしよしされる生活も悪くない。
しかしタレスは、リシェラならどんなことでもやってのけられると言ってくれたのだ。
だったら、実際に挑戦してみないと。
ただ、この時のリシェラはまだ甘えがあったのだろう。
帰ってくれば、きっとタレスは暖かく自分を迎えてくれるだろう――と。
――――が、タレスは容赦なく別の街に拠点を移していた。
しかも他にも生徒をつくっていたのである。
は?
は?
は?????????????????????????????(天丼)
二人目の生徒の名はカノン。
元はパン屋の娘ではあったが、不器用だったせいで両親から「お前にパン屋は無理だ」と言われていたような少女だったらしい。
それが、どういうわけかタレスに目をつけられ、膨大な量の魔力を活かして魔術師になることを勧められた。
結果、リシェラがカノンの住む街にやってきた時点で、カノンはすでに才能を開花させていたのである。
当然というべきか、タレスの姿はそこにない。
なお、リシェラとカノンは出会った瞬間、互いにタレスの存在を理解して抱き合った。
二人がマブになった瞬間である。
――それから、リシェラとカノンはタレスを探すため旅に出た。
最初のうちはそのうち見つかるだろうという楽観が二人にはあった。
しかし、次にタレスの手がかりを見つけた時、そこにはタレスの姿はなく、エドという三人目の生徒がいたのだ。
更に探せば、ルゥナ、ミオ、アルト――数々の生徒が見つかっていく。
段々とリシェラの脳裏にある考えがよぎる。
これ、更に数が膨れ上がっていくんじゃないか――?
厄介なのは、タレスの手際がどんどん良くなっていることだ。
リシェラの時は、リシェラが独り立ちするまで数ヶ月かかっていた。
しかし最終的に――少なくともリシェラがタレスを発見した時、ひっかけていた少女はたった一度のやり取りだけでタレスの被害を受けていたのである。
おかげでタレスはいろいろな場所に爪痕を残していたし、時には複数人がタレスによって魔改造されていた。
そしてことここにいたって、リシェラ達初期の生徒は危機感をつのらせていたのである。
これ――キリがないんじゃないか?
しかも、ポッと出の誰かに先生を掻っ攫われるんじゃないか?
最悪、初期の生徒の誰かであればまだ納得できる。
リシェラ達六人は、タレスの生徒としての親近感から一時パーティを組んでいたことがあった。
その経験は非常に貴重な経験で、今でもいい思い出だ。
タレスが誰かに掻っ攫われるんじゃないかという危機感から、パーティは自然と解消されてしまったものの、彼ら彼女らはリシェラにとって今でも大切な仲間である。
が、それはそれとしてタレスを譲る気は一切ないが。
そして、タレスを探す過程で組んだパーティは、冒険者としても様々な功績を残した。
タレスが「正しく生きるべきだ」と常々言っていたからである。
ただ日銭を稼ぎながらタレスを探すだけなら、リシェラ達はほとんど努力することなくできるだろう。
それでもタレスが才能を開花させるという「正しいこと」をしているなら、自分たちもそうするべきだ、ということで努力したのだ。
結果、ついにS級の冒険者にまでリシェラ達は上り詰めたのである。
――伝説、そう彼女たちは呼ばれていた。
しかし、リシェラ達は知っていた。
本当の伝説とは、言うまでもなくタレスのことだ。
聞けば、タレスは未だに冒険者としてはB級の中堅であるという。
言うまでもなくタレスはそんなランクなどに当てはめられるような存在ではない。
神だ。
世界を救いたもう救世主だ。
魔神なんていう偽物の神とは違う、本物の、本当の、真にして至高の神。
ああ、早く見つけ出して、どこの馬の骨とも知らないヤツに囲われる前にリシェラが見つけないと。
そして、見つけた。
見つけた、見つけた、見つけた、見つけた、見つけた、見つけた、見つけた、見つけた、見つけた、みつけた、みつけた、みつけた、みつけた、みつけた、みつけた、みつけた、みつけた、みつけた、ミツケタ、ミツケタ、ミツケタ、ミツケタ、ミツケタ、ミツケタ、ミツケタ――――
いや、ダメだ、ダメだダメだダメだ。
先生は、正しいことをするべきだと常々言っていた。
先生はあくまで、自分の力を最も正しいことにつかっているだけ。
自分のような身勝手な思いで、行動しているわけじゃない。
ダメだ、ずっとずっと先生を独り占めしたいだなんて、そんなこと。
でも、一緒にいたい。
五年間の距離を少しでも縮めたい、それくらいは許されるはずだ。
叶うことなら、これからも人を教え導く彼の側に寄り添いたい。
彼は今もB級の冒険者であるのなら、高い戦闘力を持つリシェラが隣にいればきっと役に立つはずだ。
ああ、でもやはり……ずっとリシェラのものでいてほしい。
自分だけを見てほしい、自分だけを教えてほしい、自分だけを――――
わがままだという事はわかっている。
それでも、そう願わずにはいられない。
だって、そうでもしないと、タレスはこれからもどこかへ行ってしまいそうだから。