魔女(CEO)の宅配便。〜弊社、従業員は猫なもので〜   作:カズあっと

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 お読みいただき、ありがとうございます。
 完結。


10話 優しさに包まれながら。

 

 オフィスへと戻って来たモモは、当然ながら気絶していた。

 キキが咥えていてくれたので墜落は免れたがしかし、スーツもマントも三角帽子も、箒だって猫の涎まみれであった。

 

「だっせーの!」

 

 ケラケラと笑うメイはラングドシャを頬張りながら、たんぽぽコーヒーを飲んでいた。

 

「ちょっと、それキキたちのよ!」

 

 ミルク割りで。

 たっぷりのミルクと砂糖で割っているたんぽぽコーヒーは既に、ミルクと砂糖の飲料、たんぽぽコーヒー風味でしかなかった。

 目覚めた瞬間に入った光景が、それだから仕方がない。ミルクは猫たちの、燃料にも相当している。

 

「起きたのね。おはよう、おかえりなさい」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、ギーコ、ギーコと車輪を漕いで、現れたのがヘンリエッタであった。

 

「おはよ。ただいま」

 

 ——ああ、またヘッティは無茶をして。

 

 車椅子での洗濯が、どれだけ大変なものかをモモも知っている。あの、「堕ちた日」の後、暫く車椅子生活であったのだから、忘れるはずもなかった。

 

「ヘッティ! 頑張ったからコレあげる!」

 

 メイが差し出したのは、残り枚数も僅かなラングドシャである。潰れて、割れてしまってもいる。その上に、少し湿ってもいた。

 

「そう思うんなら、手伝いなさいよ」

「あたしに、出来ると思って?」

 

 自信満々なメイである。元お姫様とやらには、そんな経験もないものだろう。教え込むのにも一苦労しそうだと、モモは静かな面持ちとなった。

 

「ねぇ、モモ? 社会的に問題のある話二つと、貴女個人に関わる問題を一つ、どちらから聞きたい?」

 

 随分と回りくどいことを言い出すヘンリエッタを、モモはギラリと睨み付ける。実に珍しいことに、ヘンリエッタが目を伏せた。

 

 ——あれ?

 

 何かを形にしようとする下着姿のモモ。それは口の周りをラングドシャに思い切り塗れさせたメイも、同様であった。

 

「なんでアンタ、下着姿なのよ」

「あたしだけじゃないしー。モモお姉様もでしょ」

 

 ブリブリとするメイに、お手上げのポーズを取る。

 ヘンリエッタの話も気になるところだが、まぁ、離宮とはいえ宮殿を消し炭同然にしてきたのだ。そんなところだろうと、モモはたかを括っていた。

 

「メイはね。泣き虫モモが心配で、一緒にキキのお口の中に入ってたのよ」

「にゃー」

 

 あっと口元を抑えるモモである。

 

「別に、心配じゃないし。お漏らししてたら、笑ってやろうって、思っただけだしー」

 

 無敵のメスガキスマイルを披露するメイだが、メスガキスマイルについては年季が違う。

 モモは十四までやっていた。たかが八つのガキに、負けるはずもなかった。

 

「ぐぬぬ……」

 

 悔しそうに唸るメイである。

 格の違いがわかるとは、なかなか将来性のあるメスガキだった。そんなところで、メイは放っておくことにする。

 つもりであったが、ヘンリエッタの膝に座ろうとするので、首根っこを摘んでおいた。

 

「ですって? で、モモはどっちから聞きたい?」

 

 仕方なく、メイを膝へ乗せる。

 

「まとめてでOK」

 

 ちょっと困った顔をしたヘンリエッタだが、心してねと頷いた。

 

「まず、メイのことなんだけど、労働は禁止ね。まだ八つだし」

 

 ——あー、それかー。

 

 そう思ってしまったモモだった。

 十二歳未満の者に労働は禁止されている。

 正確に言えば、その保護者や周囲の大人が強要したり頼みごとをする行為自体が、禁止されていた。

 

「命拾いしたわね。穀潰し」

「なにそれ、つよそー」

 

 まぁ、後々ゆっくりと説明してやろう。当ては外れたが、やりようもいくらでもあった。

 

「それで、問題はこっちなんだけど……」

 

 ヘンリエッタが、多機能型携帯端末を差し出す。

 そこには、映像が流されていた。

 

「なに?」

 

 空を飛ぶ巨大なキキと、そこに縋り付く様に掴まっていいるモモの姿。メイも、引っ付いていた。

 画面の大部分を占めるのはキキだ。黒々としている。さすが私の使い魔。素晴らしい毛艶だと、モモは自画自賛をする。

 

「あのね、自分の服装を、よく見てね?」

 

 三角帽子とマントが靡いていた。片手には箒を持って、よく堕ちなかったものだと感心する程だ。

 それに加えて、いつものスーツ。相変わらず、威厳があった。

 

「何か、変ところある? 半目だったとか?」

 

 それはちょっと恥ずかしい。口には出さないが、涎や鼻水が出ていたら、目も当てられない。

 さしものモモも、意識がない場合での表情までは操縦出来ない。まぁ、仕方がないものとして首を振ったのだが——。

 

「パ……?」

 

 風の靡くマントの隙間から、真っ白いものが見えている。一張羅のパンツスーツのボトムスに、大穴が開いていた。それはマントの動きに併せてチラ見えしていて。

 

「そ、その? 最近また、お尻が大きくなったじゃない? 立派な安産型よ。だから、ね……?」

 

 一張羅には無惨な穴が空いていた。というよりも、どんな悲惨な破れ方をすればそうなるのだろうというくらいに、お尻だけ布がなかった。

 

「私のスーツ……」

 

 お気に入りだし、結構というかかなり無理をして揃えたものだ。一括購入のために、スペアのボトムスも断っていた。予算的な問題であった。

 

「あのね? モモ。気を、強く持ってよく見てね?」

「ほぇ?」

 

 間抜けな声を漏らしたのはモモではない。メイだった。二十七歳乙女魔女には、そんな余裕はなかった。

 

「え、あ……、へ……?」

 

 それが、ペチパンティかと最初は思っていた。白い見せパンだ。

 見せるためのものであるし、パンツじゃないから恥ずかしくないもんと、モモが常日頃から見せつけてきたものだ。

 

「ヒュッ、ヒュッ、ハッ、ハッ……」

 

 空にいるときの様な、発作に襲われる。

 脳に、酸素が回ってこない。荒い吐息が、耳の奥に痛い。

 

「モモお姉様、落ち着いて。はい、ヒッヒッフー、はいヒッヒッフー、バフバフパフー」

 

 メイがふざけているが、そんなことは頭には入らない。白い。確かに白い。

 言ってはなんだが、素晴らしい白さである。その白さは、まるで日に晒されたことのない万年雪の様でいて。処女雪の如く白い二つの球に近い物体が、プリンプリンと揺れている。

 その間に挟まる薄布もまた、白だった。

 

「……くっ、殺せ!」

「くっ殺いただきましたー!」

 

 どこぞの武人の様な叫びを漏らしたモモだった。

 モモは機動性を確保するために、ペチパンティの下にはTバックと名付けられた下着を着けている。

 布面積が減った分だけ、増えるものがあった。

 そう。その映像に映し出されているものは——。

 

「きゅう……」

 

 モモは限界を迎え、意識を手放そうとした。流石人体は、都合よく出来ている。ありがとう。

 そう思い込もうとしたが、ペチペチと、叩かれている。どこをか? そう、お尻であった。

 

「モモお姉様ー! 寝たらダメよっ! こんなところで寝たら、死んじゃうわ!」

 

 メイが鬱陶しい。これではオチオチ意識も失えない。逃避くらいさせて欲しかった。

 

「追い討ちをかける様で悪いけど……」

 

 沈鬱なヘンリエッタの表情。視線がまたも珍しく結ばれた。

 

「心して、見なさい」

 

 こういった映像にはコメント機能が常備されていて、録画機能も拡散機能も完備されていた。

 情報は平等に公平に。

 とても整備された大陸法があった。

 

「桃尻女神……?」

 

 呟かれた単語は、とても破廉恥なものに思えた。

 

「視聴者からの声、第一位は、マジでエロいお尻を、ありがとうございます。桃色の尻振り女神様。ですって……」

「ナイスケツ! キックアスよ!」

 

 本当にメイには、いい加減にしてもらいたい。

 モモはキリリと顔を引き締める。例えお尻を叩かれていようと、モモはCEOなのだ。百猫を超える従業員たちの生活が掛かっている。

 

「愛って何よ?」

 

 常日頃の命題に戻ることこそが、彼女の自己防衛本能だった。

 

「躊躇わないことよ! いい? モモ、負けちゃダメよ!」

 

 一人芝居を始めている。もうそれ以外に、彼女の行く道はなかった。限りなく、遠いのだ。

 

「モモ貴女、こんな目にあってまで……。貴女は行くのね?」

 

 涙ぐむヘンリエッタ。真似をして涙ぐみ風の演技をするメイ。流石は十五年来の親友で、流石は今日初めて会ったばかりのクソガキだった。

 

「だってトンボの速度超過の罰金納付期限、今日までだから……」

 

 現実とは、行政とは、実に無情なものだった。

 

「待ちなさいモモ。そのままでは、お縄になるわ」

「何を言うのヘッティ。どこもおかしくはないじゃない」

 

 法的には、お尻を規制するものはない。着衣であるし、別に何の問題もないのだと、モモは力説する。

 彼女は意外なことに、前向きな女だ。

 

 尻を晒していることが自然な状態となるならば、私は恥ずかしくはないのではないか? という、哲学的な真理へと行き着いている。

 彼女は、目覚めた者、覚者にも似た存在となり、解脱を求めていた。あまりにも深い、思想であった。

 

「モモ尻お姉様、お尻で未来は救えないわ」

「だって、外出する服他にないし」

 

 珍しくもメイも、必死で止めてくる。発言は最低であるが。そしてモモは他には運動着くらいか持っていない。サイズの、合わなくなってしまった。

 

「安心しなさいモモ」

「ヘッティ?」

 

 得意気になった親友に、何故か悪寒が走った。

 その表情が、この瞬間を待っていたわ。行くわよ? などという、とても邪悪なもの見えてしまうのは、モモの邪推か。

 

「こんなこともあろうかと、着替えを用意しておいたわ!」

 

 おおっと、息を飲むモモ。メイはブーブーと親指を下げている。どこで覚えたそんなモノ。

 思ってはいても、突っ込んだら負けである。

 親友は、魔女にとっての救いの女神であった。

 

「昔から、モモなら似合うと思っていたのよね」

 

 慈愛に満ちた、光にも似た笑み。

 

「はい、堕天使猫メイド、クールバージョン」

 

 即座にモモはヘンリエッタの持った衣装袋を叩き落とした。

 

 

 

 すったもんだの末に、モモは比較的マトモな衣装を借り受けた。ミニスカタイトスカートスリット入り、プラス、ガーターベルト付きパンストという、怪しげなプレイに使われそうな服装だが、ギリギリ尊厳は守られる。

 

「もうちょっとで焼けるからねー」

 

 そうとなったら、モモにはやるべきことがある。

 時間との闘いだった。

 

「あっまーい! いいにおーい!」

 

 武功への即時報酬。戦国の習いである。メイはうるさい。お姫様を八年もやってたんだから、食事中は大人しくしなさい。そう思っている。

 

「モモのホットケーキは絶品だからね。「あの子」にも負けないわよ」

 

 功ある者に素早く報いずして、何が将であるか。

 CEOとして、当然の嗜みを果たしているに過ぎない。

 あと、ヘンリエッタは褒め過ぎである。「あの子」には、流石に負ける。

 

「ほんとっ!?」

 

 まぁメイも、素直に喜んでいるので良しとするとしよう。奇しくもモモとメイ、二人は同じ上着を羽織っている。「あの子」とも、同じもの。

 

「皆に幸せを運んでくれる宅配便がモモだからね」

「みんな、眼福だって言ってたねっ!」

 

 メイは黙れ。モモは内心で毒吐いた。

 けれど、ホットケーキに邪念は無用である。

 そして、どこか懐かしい気持ちでいた。

 

 二人が揃って着てるもの。それは——。

 

 真っ黒な、魔女ローブであった。

 メイは白いパンツを覗かせているが、モモに隙はない。その破廉恥を克服するために、ミニスカタイトスカートスリット入り、ブラス、ガーターベルト付きパンストを履いている。まさに鉄壁の備えである。

 

「メイは配膳を手伝いなさいよ。マタタビと猫じゃらしも忘れずにね。今日から貴女のお仕事なんだから」

「はーい!」

 

 まだまだ幼いメイには、まだそれだけのことしか出来ない。ならば、教え込んでやろう。

 猫の手よりも、まだマシであるはずだった。

 

「ほらっ! ジジ! 猫じゃらしよっ!」

 

 メイが差し出した猫じゃらしは叩き落とされ、ジジによるシャーを受ける。

 メイは涙目だ。しかし、ジジの気持ちはわかりきっていた。

 

「メイにキキが取られたから、怒っているのよ」

 

 他人に着せる服装の趣味以外は、女神の様なヘンリエッタであった。

 いつか寝起きを拡散してやろうとモモは思っている。ヘンリエッタはネグリジェで寝るのだ。同類は、多いに越したことはない。

 

「あれ? いいの?」

「言ったでしょ? 働かざるもの食うべからずって」

 

 「でも」と、しおらしくするメイを脇腹から抱えてやる。ケラケラと、笑い声が響いた。

 

「お手伝いよ、お手伝い。メイには、沢山覚えて貰わないといけないことがあるからね」

「う、うん!」

 

 ああ、こんなに嬉しそうな顔で笑えたのは、いつまでだったのだろうか。

 

「ぷっ……」

「あっ、モモお姉様笑ったぁ……」

 

 へにゃりと笑うメイ。

 空に堕ちて地に瞬いた、あの「箒運転免許証資格試験」の日以来、こんな空っぽみたいな顔で、笑った日があったのだろうか。

 

「モモは笑顔が素敵よね。もう時期、おばあちゃんになるし」

 

 オソノを膝に乗せたヘンリエッタみたいに、笑えていたのだろうか。

 

「オソノの出産は、二人も手伝うのよ」

 

 もうそれはわからない。でも、これだけは言えるだろう。

 海辺の街で、優しさに抱かれながら青い空を、白い雲を縫って、嵐の中を駆け抜けたあの子と同じくらいに。ううん。もっと。

 

 きっと、私は幸せな女の子だと。

 

 嫌なことも、理不尽なことも、悲しいことがあったとしても。

 「あの子」みたいに、真っ赤なリボン、真っ黒のドレス、そして真っ白なパンツで。

 

 自由に空を駆ける夢を見る私は、私たちは幸せ者なんだ。

 だって、一人じゃないから。

 同じ夢を見て、繋いだ小さな温もりが、すぐ側にあるから。

 

「ねぇ、モモ。時間大丈夫なの?」

「たーいほ! たーいほ! モモの三倍ついちょうきーん!」

「さんを付けなさい。デコ助ジャリガキ」

 

 とても賑やかな毎日の全てが、私への、貴女たちへのメッセージなのだから。

 

「お皿を洗ったら、トイレ掃除ね」

「ぶーぶー! おうぼーう! どくおやっ!」

 

 学べばいい。何者でもない誰だって、それだけで何かになれると教えてくれた。

 

「割ったり壊したりしたら、治すのよ。魔女なんだから」

「おに! あくま! ももじりめがみっ!」

 

 失礼なクソガキには梅干しをお見舞いしておいた。ヤツはどうやらこれに弱いらしい。良い知見を得ている。

 

「それじゃ、ちょっと行ってくるわ」

 

 食器片付けを押し付け、エレベーターのボタンを押す。なんだかんだでメイは猫の手よりも、有益な「お手伝い」であった。

 

 いずれ「あの子」みたいに空に出る日には、楽しんで貰いたい。自分が出来なかったことだから。

 

「いってらっしゃい。寄り道しないのよ」

「ばいびーしり」

 

 帰りを待ってくれる人がいる。それに、為さねばならぬ義務もある。

 

「急の字を使うまでは、『魔女の宅配便』は不滅だからね。二人とも、覚悟しておくこと」

 

 よく考えれば、ヘンリエッタの名は役員名簿に載っている。そろそろ、もっとこき使ってやっても良い頃だ。きっと、多分、絶対。

 脚も、動くようになる。そして、私も空を。

 

「二人には、期待してるわよ」

 

 これは、伝えておこうと思った。

 

「「期待?」」

 

 二人して、疑問符を浮かべている。

 どこか他人事のような新入りには、ここらで釘を刺しておかなくてはならない。

 

「お仕事をよ。忙しく、なるわよ」

 

 何言ってんだ? みたいなお顔をされても、止められはしなかった。

 

「昨日まで、弊社の従業員は猫だったもので、『人並み』の労働力って即戦力なのよね」

「にゃーん」

 

 こんなお気楽な合唱団だけが、従業員だったのだ。

 新戦力には、期待しかなかった。

 

「いってきます。良い子にして、待っているのよ」

「にゃおーん」

 

 一斉に、送り出される。猫たちにだけだが。

 ヘンリエッタもメイも、金魚みたいにお口をパクパクとさせている。

 頼もしい新入りたちは、先輩猫たちに扱かれることになるだろう。

 

 だけど。

 

 あの企業にも、あのスタジオにも。

 目にものを見せてやる。そう改めて誓う。

 

 「あの子」に憧れた空を飛べない魔女は、誰かの幸せを届けるために、その両脚で再び歩み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 





 運営様や運送会社、あそこのスタジオや各権利者の方々に怒られるまでは消えないと思います。一応、セーフだと思っていますが。
 描きやすいので、アイデアが浮かべば単話更新をするかもしれません。

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