魔女(CEO)の宅配便。〜弊社、従業員は猫なもので〜   作:カズあっと

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前後半の小話の前半。


13話 いざ十三階へ。

 

 十三は不吉な数字とされていた。

 

 救世主にヤンデレて売り飛ばした使徒が第十三使徒だったからだとか、氷上の格闘技における仮面を被った大男が暴れ出すからだとか、色々と根拠らしきものはあるのだが、言ってしまえばなんとなく共有している、大陸文化圏での認識であった。

 

 あと、十三階段とか。

 十三への不安は、魔女であるモモにとっても決して例外ではないのである。

 

「嫌よ! 十三階なんて行きたくない! そんな不吉な数字、飛ばすべきでしょ!」

 

 ルンディニウムに乱立すること高層ビル群。

 その一棟に備えられたエレベーターの前で、子供のように泣き叫ぶCEOがいる。

 ピカピカしたエントランスの床に齧り付いている。

 

「じゃ、十四階に行く?」

「十四へ進め」

 

 魔女の宅配便、常務取締役に就任した大地主ヘンリエッタと、穀潰し大臣に任命された八歳の元公女メイが励ますも、モモは動かない。それどころか。

 

「高くなってるじゃない! 死亡確定よ!」

 

 感情的に叫んでいる。

 彼女を慰めるように黒猫達が纏わりつくが、それでも最高経営責任者は動かない、動けない。

 

「モモなら死なないわ。大した落下速度じゃないし」

 

 ヘンリエッタによる正論。

 

「私がいるもの。一緒に、どこに落ちたい?」

 

 メイも元気つけようと、心中を誘っていた。

 糞餓鬼にとってのアニメーション番組は、素晴らしい教養となっている。

 

「落下なんてごめんよ!」

 

 だが、モモは泣き伏すのであった。

 

 このビルは、世界でも主要な金融証券取引場、ルンディニウム証券取引センター。

 昼日中では人通りも多かった。

 人々は三人と猫達を避けるようにして、幾つもあるエレベーターを昇降してゆく。

 皆、真面目で忙しいのだ。桃尻女神などという色物に、好んで関わろうとする物好きなぞ、この場にはいなかった。

 

「あまり我儘を言ってると、夢なんて叶わないけど、それでもいいの?」

「よくないけど! だってそのエレベーター……」

 

 メイとジジに撫で撫されながら、イヤイヤをする二十七歳。CEOの威厳なぞ、どこにもない。

 人々はやはり、子供と猫に癒されながらも関わろうとはしないもの。虚しく、時は過ぎてゆく。

 

 三人と、ジジを含めた五匹の黒猫達が、この場所にやって来たのはモモによる発案だった。

 

「モモ姉が、資産運用したいって言ったんじゃん。なら、魔女らしくしないとダメだよね」

「だって、だってぇ……」

 

 ローゼンタールとの業務提携から一ヶ月。

 報酬として支払われたのは、猫缶とてゅ〜る一ヶ月分を超える現金だった。

 猫従業員は百五十に迫る。単純に、その労務費を賄えるだけの大金だ。

 

 ブラック企業に給与アップはない。悲しい現実だった。そもそも、猫に小判である。

 魔女とて万能ではないのだ。使い魔への利益還元は行われていなかった。

 

「海外資本の取引受付は、十三階なんだから行かないと話にならないわ。モモは魔女なんだし」

 

 車椅子のヘンリエッタや、まだ子供のメイにとり、一応は成人女性であるモモを物理的に動かすのは困難だった。だからこそ、こうして説得を続けている。

 

「あのー」

 

 そこへ、かけられたのが男の声だ。蹲るモモ、車椅子のヘンリエッタ、ちびっこのメイは、見上げた。

 とても高い位置から発せられた、声の出所を。

 

「あんまり、騒がしいようなら、出て行って貰いますけど」

 

 のんびりと言ったのは警備員、屈強な男性だった。

 

「嫌よ! 私はヤマトとパヤオの株主になるの!」

 

 遥か東の島国にある、運送業とアニメーションスタジオのことだ。宇宙戦艦は関係ないので、配慮は完璧に出来ている。

 

「なら、早くエレベーターに乗ろうよ。それとも、モモ姉は、ヘッティお姉様に階段を登らす気?」

「うう、うぐ……」

 

 八歳児による世論に、言い返せないCEOだった。

 

「話は、わかりました」

 

 そこへ口を挟んだのは警備員。お仕事ご苦労様である。

 彼はほうれん草好きの船乗りの如く、制服の袖を捲り上げ、腕にムキりと力を込めた。

 

「ナイス筋肉! マッシブ上腕二頭筋!」

 

 メイは大喜びをする。緑黄色野菜だって残さず食べる、好き嫌いのない子供であった。

 

「私めに、お任せください」

 

 警備員は恭しくフロント・ダブル・バイセップスを見せる。

 これぞ筋肉という紳士的なポージングであるが、哀れ警備服がはち切れた。

 顕になった筋肉に、多くのビジネスパーソンが注目している。オイリーなのだ。紳士の肉体は、プロテインとオイルで出来ている。

 

「仕方がないわね。お願いいたしてよろしいかしら、ジェントリー」

 

 許可を出す地主であった。次にはモスト・マスキュラーを見せる警備員。

 静かに頷いたヘンリエッタや、歓声を上げ続けるメイとは裏腹に、モモはツヤツヤとした肌色から目を逸らす。

 桃色乙女にとり、お肌けの刺激は大変強すぎた。

 

「僧帽筋さん、広背筋さん、やって、おしまいなさい! ——成敗!」

 

 叫ぶメイ。王族らしく。

 縮緬問屋のご隠居や、サンバな暴れん坊にも負けない見事なものだ。

 彼女は、エレベーターの上へボタンを押した。

 

「ヘッティ、メイ、何を……?」

 

 戸惑うモモ。

 

「恐れることはありません。天井のシミを数えている間に、終わります」

 

 不敵に、迫り来る筋肉。かなり不穏なことまで言っている。蹲ったままのCEOは、動けずにいる。

 そして——。

 

 ——ヒョイ。

 

 抱えられた。軽々と、俵の様にして。

 剥き出しとなった、上腕二頭筋、僧帽筋、大胸筋にロックされている。

 

「……な、な、な、な!」

 

 声にならぬ声。

 だが、社会人は即座に知性を取り戻す。

 

「破廉恥な! セクハラで訴えますよ!」

 

 最強の切り札にして、万能のカードであった。

 社会を味方につけるのが、大人の作法。

 

「さようなら、サンキュー、グッドバイ」

 

 歌い出すメイであるが、シャランラーンは関係ないことだ。オバQだって、勿論無関係であった。

 ズルい女はいらない。

 

「ご自由にどうぞ。もっとも、こちらにも業務妨害での訴状の用意がありますが」

 

 モモは項垂れるしかなかった。残念ながら正義は、あちら側にあった。

 

 投げ入れられたエレベーターは、ガラス張りで見晴らしの良い密室。モモは即座にヘンリエッタの足元に縋り付く。

 扉が閉まる。ゆっくりと、上昇していく密室、エレベーター。

 

 

 

 ガラス張りの箱の外で、ルンディニウムの街並みがゆっくりと沈んでいく。

 ビル群はもはや壁であり、空は遠い天井だった。

 

「……ねえ、やっぱりさ」

 

 モモは、ヘンリエッタの足元から顔だけを出している。

 

「これ、途中で止まったらどうするの?」

「止まらないわ」

 

 言い切られても、安心出来るものではない。

 メイはガラスに張り付いている。

 

「すごいよモモ姉! 空が下にある!」

「それ、普通に怖い表現だからやめてよね」

 

 黒猫たちは慣れた様子で、天井付近に浮かびながら丸くなっている。

 飛べる猫なので、ただの猫ではない。空は猫達の遊び場だった。

 

「で、本題は十三階でしょ」

 

 ヘンリエッタが静かに言えば、モモには頷くことしか出来ない。

 海外株式への投資受付窓口は、十三階にあった。

 だからこそ、こうして来ている。

 

「来なくても、皆は出来るのに」

「仕方ないじゃない。魔女なんだし」

 

 ヘンリエッタは車椅子の肘掛けのボタンを押した。

 一部が変形し、司令官型端末が立ち上がる。

 

「私にイイ考えがある」

 

 大抵は碌でもない考えであるが、起動の挨拶だ。司令官型端末は、会話はともかくあまり閲覧には適していない。

 彼には、勇気と正義が大切だった。

 

「コソボーイ司令官、酷い魔女差別だと思わない?」

 

 金融取引をしたいと望んだモモに、ヘンリエッタが貸し出してくれたのが彼である。

 世界に広がる蜘蛛の巣、網。通称、ワールド・ワイド・ウェブに直結された彼は、頼もしいアドバイザーだった。

 

「レディ・モモ。魔女であるキミには酷な話であるが、社会には大事な決まり事があるのだよ」

 

 通信機器が発達し、世界中で即時的な取引が可能となっている。網を使った遠隔取引だって、広く普及していた。

 現金を用いた取引を止め、全ての経済活動をキャッシュレス決済で行おうとする国もあるほどだ。

 

「わかっているわよ。でも、口座も作れないなんて、反社会勢力とかと、変わらない扱いじゃない」

 

 唇を尖らせるモモに、コソボーイ司令は俯いてしまう。ロボとは思えないほど、豊かな感情表現だった。

 

「すまない。社会には、まだ全てを救いきるほどの力はないのだ。我慢を強いる我々を、許して欲しい」

 

 そんな社会の風潮に、取り残されかけている者達がいる。その中の一つが、魔女だった。

 魔女にとり、物質の複製や支配などの術式は、手軽な技術に過ぎない。

 

「許すも何も、悪いことするかもしれないから、仕方ないんだけどさ。魔女権も保証されてるし、昔からなんだから今更文句を言ってもね」

 

 本人確認や認証に、意味はなかった。

 どれだけ堅牢なセキュリティであっても、魔女には意味がない。

 

「人としての信用と、取引の信用は別なのよ。でも、いつか、きっと……」

 

 魔女ではないヘンリエッタだが、魔女権活動家をしていた。ついでに、猫権活動家でもある。

 

「ああ、我々も道は探しているよ。だが、社会の流れはあまりにも早くてね。体制が、追いついていないんだ。いつか、きっと……」

 

 悔しげなコソボーイ司令官は、ヘンリエッタと同じ様に結んだ。結構高度な人工知能を持つ彼は、反応から受けの良い態度を取る様に設計されている。

 

「まぁ、お辞儀みたいなヤツもいるし、アイツは別に魔女じゃないけど」

 

 それでも、モモは頷いている。人工知能にとって、彼女はとても良い鴨だった。

 

「直接取引なら、問題ないわ。だから、こうしてやって来たんでしょ?」

 

 一部の力持つ者達ならば、通貨だって土地だって、何だって作り放題なのである。

 信用取引の場に、そんな爆弾を放り込んではならない。待つのは、破滅だけである。

 社会を維持するには、必要な区別であった。

 

 そして、もう一人の魔女であるメイであるが。

 

「すっげー! 見て、見て! 人が、ゴミの様だ!」

 

 メイは高所恐怖症ではないので、展望台となったエレベーターを堪能している。

 目が、目がぁ、と言いながらも、どこかの大佐の様に、実に大はしゃぎをしていた。

 

「大丈夫、怖くない」

「怖いわよ!」

 

 叫んだモモの震える頭には、ヘンリエッタの手が乗せられている。風の谷くらい、残酷で優しい。

 

 やがてランプが十三階を指し示すと、エレベーターは止まった。静かに、確実に扉が開く。

 

 立ち上がったモモは、全力でエレベーターの中から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 




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