魔女(CEO)の宅配便。〜弊社、従業員は猫なもので〜   作:カズあっと

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4話 堕ちた空。

 

「ヘッティ凄い!」

「れ、練習、家でいっぱいしてきたから……」

 

 モジモジと照れ笑いをするヘンリエッタへ、モモは掛け値なしの賞賛を贈っていた。

 実技試験も学科と同じく、絶対評価が用いられる。

 だが一つだけ違うところがあって、試験官により即座に評価がされた。

 

 実技試験ももう、終盤に差し掛かっている。

 学科成績の低い順に、考査がされているからだ。

 二番目であったヘンリエッタは、この実技試験でも全体三番目という優秀な評価をされている。

 

「ヘッティは、きっと首席よ! あんなに論理的な飛翔、教科書みたいだったもん!」

「えへへ……。でも、モモちゃんもいるしね。さ、次だね、頑張って」

 

 拳を握りしめて、「ファイト」と可愛く吠えたヘンリエッタは可愛くて、モモはとても幸せな気分になっていた。

 年長、または経験者の者も数多い箒運転免許証試験においては、ヘンリエッタの実技評価は相当に優秀な成績だった。

 彼女より実技成績が上なのは、十五と十八の女性一人ずつである。どちらも学科は中の上辺りに位置していた。

 

「ううん。ヘッティが一番よ。上の二人とも差はないし、きっとそうなるわ」

 

 気の早いモモは、ヘンリエッタに祝福を贈ってしまう。そうするだけの、根拠はあった。

 

「もう、謙遜のし過ぎだよぅ」

 

 前半の学科が残念な結果に終わった受験生では脱落者も少なくなかったが、なんだかんだでこれまでには多くの合格者が既に出ていた。

 

 箒運転免許証は試験の総合点で七割を取れれば、合格となる。また合格者には以後の受験資格が失われるのだが、失格の場合、再受験は可能となっている。

 とはいえ割と受験費用も高額なので、自信を持った層でなくては、初試験にも挑まないのが伝統だった。

 

「あはっ、謙遜なんかじゃないって。私も初めて箒に乗るのに、皆みたいに綺麗に飛べると思えるほど、自惚れてないよ」

「へっ?」

 

 ヘンリエッタが短く鳴いたと同時に、モモの名が呼ばれる。

 

「いってくるね」

 

 実技試験の順番が成績の逆順であることに、モモは感謝をしていた。

 良い飛び方に、悪い飛び方。

 そういったものの前例を、よく見ることが出来た。

 

 体型、運動能力、環境。練度と強度による出力。

 それらをモモは、「視る」ことで自分へと最適化して咀嚼をしていた。

 箒という術具を用いるとはいえ、飛行の術式自体が高等術式の複合で組み上がっている。

 

 理解、納得、説得という三工程。心を世界へと映し出す術式の、発動工程だった。

 モモたち魔女は古くから魔術と呼び、大陸においては術式と名付けられた技術は、心と論理により、秘蹟にも似た結果を顕現させる。

 

 ——いっぱい学んだもん。皆が凄いから、私もやれるよっ!

 

 心の中でそう叫んだモモに、強く冷たい風が一つ、吹きつけた。

 

「もーっ! 意地悪な風さん!」

 

 プリプリと怒ったモモは、試験官に促されて周囲の安全確認を行なった。

 大事なことである。術式発動に巻き込んでしまっては、事故の元ともなった。

 

「モモ、いっきまーすっ!」

 

 ブワリと、大気中の術力がうねり渦巻いた。

 

 体内に満ちる、大いなる力の律動。

 溢れ出る元気と勇気、そして鋭敏となった感覚に、モモの白い頬は紅潮してゆく。

 

 先ず、どんな術式であっても必要なのは、「強化」の術式になる。これは謂わば前提条件であった。

 

 ——飛行に耐える身体能力に必要な強度は、確か。うん、充分、耐えられる。踏み切ったら、壊れるのは地面。

 

 まだ地面についたままの脚。反動に耐えるには、大地よりも硬く。

 肉も、骨も、腱も強化されてゆく。

 

「次は、『障壁』よっ! モモ、得意なんだから」

 

 強化は切れない。そのまま身体の周りに飛べる形を作り上げる。飛行という物理現象に最適な形状へ。

 

 重ねてゆく。

 

 ペタペタと障壁という名の術力の塊を、身体の周囲へと張り巡らせてゆく。

 

 ——ただの殻じゃなくて、お父さんが作っている機体みたいに。高く、早く、飛ばすには。

 

 術力は不可視であり、質量も存在しない。硬度と強度を保ち、飛翔体となる己が身を覆っていった。

 空の先、お日様とかのある場所へ向かう形。

 第一宇宙速度を得る為の、最も合理的な形状は、ほぼ決まっていた。

 

 ——完璧ね。お父さん、おめありっ!

 

 だが、形だけでは飛ばない。

 箒は飛行の際に、エンジンとフレームを兼ねる。

 特別な術式を付与された道具。それらは総じて術具と呼ばれていた。

 

 構築するのは体内術力を優しく通すイメージ。

 形成するのは経路。

 打ち上げた後に駆動する、継続的な動力源へ。

 これが機能することにより、モモという機体と、箒による動力系が結ばれた。

 

 モモは昔から、術具の扱いも上手だと褒められている。扱いには、自信があった。

 

 ——初めてだし、ちょっと自信はないけど、多分大丈夫だよね?

 

 ただし、これまで彼女は箒に術力を通した経験がない。それだけが、不安材料だった。

 

 モモは憧れに従って、デッキブラシを使いたかったからだ。だが、母と祖母により反対されていた。みっともないからと。

 

「ぐぬぬ、ラージ・ヴィレッジなら、格好良いのに」

 

 ラージ・ヴィレッジは吸引力が売りの、掃除機ブランドであった。どうせなら最新型が良いと選んだのだが、これもまた反対されている。

 古い魔女は保守的なのだ。

 掃除機で飛ぶ魔女などあり得ないと、二人には反対されていた。

 

「まぁ、可愛い箒だからいいけど」

 

 あとは、制御の精度を上げるだけ。

 

 念動を始めとする複数の術式も、纏めて展開。

 強化の土台に障壁を維持し、同調からの接続。

 念動や検知などによる微細な調整にて、世界との関係を安定させていった。

 

 行っているのは、マルチタスクと呼ばれる、複数術式の同時発動。

 習得しない限り、運転免許試験に合格することはない。

 だからこそ、受験生の平均年齢層は高くあった。

 マルチタスクという技術自体が、一般的には学府で習得するものだとされていた。

 

 周囲から騒めきが聴こえる。

 

「マジかよ、あんなガキが……」

「いるもんだわ。天才ってのは」

 

 前に合格していた女性たちや、ヘンリエッタのときにも漏れ出た賞賛。この反応も、モモをとても勇気付ける。

 間違えていない、理論の正しさを、証明していると、彼女は確信を深めた。

 

 チラリと、友達の方を見る魔女。

 とても嬉しそうに、そして、とても興奮している彼女がいた。

 

 黒髪を振り乱し、白い頬を赤に染めて、メガネまで、少しズレている。

 喜んで、くれている。それが、たったそれだけの実感が、モモには嬉しい。

 

 幾つもの術式を制御し、行き渡らせる。

 そして現代技術として、魔女に限らず術式発動に効率的な手法が存在している。

 

「テクノブレイク、テクノブレイク。ビー、ユア、アッセンティオ、アイ、キャン、フラーイ!」

 

 モモは元気よく、詠唱を紡ぎ上げていた。

 何故か、試験官や一部のお姉様、お兄様たちは、凄いお顔をしている。

 だがそれは、モモにとって躊躇いとはならない。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと。浮き上がってゆく身体。  

 箒に跨った姿勢で、モモの視線は真っ直ぐに、空を捉えていた。

 どこまでも蒼い、この空の下で。

 

「いっくよー!」

 

 叫び声と共に、地面が弾ける音が鳴る。

 もう何度にも渡り、鳴り響いた音だ。だが、これまでのどれよりも大きい。

 モモの身体は箒に跨ったまま、空を駆け上がる。

 箒は横方向にしか、推進力を持たない。なので離陸のときには自力が必要だった。

 

 打ち上げの初速には、身体能力がものを言う。

 

「いやっほー!」

 

 地面には、大きなクレーターを残して。

 モモは飛んでゆく。風の冷たさは、障壁により遮られている。温度や空気の動きでさえも、密室となった透明な障壁内にて完結させている。

 重力加速度でさえ、身体を包む心地よい刺激に過ぎない。モモは大空へと、羽ばたいていた。

 

 魔女の魔法以外で最もモモが得意とするのは、航空力学であった。専門家(お父さん)直伝の知識は、彼女の論理構築の骨子でもあった。

 

「点化」

 

 短く紡いだ詠唱。一定の高度へ達せば箒を起動するものだ。浮力や揚力の兼ね合いで、そうすることが最も効率的とされている。

 

 障壁を足元に展開。

 モモが爆ぜる。

 硬度を更に上げて行けば、雲の切れ目が見える。蒼い果てが、彼女には見えていた。

 

「す、すっごい……」

 

 そう地上で漏らしたのは、誰だったのだろうか。誰もが、だったのかもしれない。

 

 大空へと羽ばたいた小さな魔女モモは、空を縦横無尽に駆けている。

 直進し、旋回をし、飛び立つ鳥たちを華麗に躱して空を遊ぶ。

 

 ——蒼くって、広くって、素敵。きっと、小鳥遊(たかなし)って、こんな気分なのね!

 

 天敵のいない空を遊ぶ小鳥たちの様に、モモは謳っていた。

 彼女は戒めから飛び立った籠の中の小鳥の様にして、空を遊ぶ。自由が、ここにあった。

 見えるもの、聴こえるもの、匂い立つもの。

 身体にかかる負荷が、モモの胸になんとも言えない全能感を与えていた。

 

「風の冷たさが、感じられないのは残念だけど」

 

 唯一感じられないのが、温度であった。脳内で数値として測定するも、体感は出来ない。障壁による機密性の高さが、肉体保護を兼ねるといえど、五感での情報処理を邪魔していた。

 

 そこでふと、彼女は思い出す。

 

「いっけない。真っ白パンツはペチパンツ、見えても良いけど、見ちゃ嫌よ。テクノブレイク、テクノブレイク、スカートの中身よ、謎の光で満ちちゃって」

 

 乙女の尊厳的に、必要な術式だった。

 聴こえているのだろう。またもや一部の紳士淑女は、とんでもないお顔をしていた。

 モモは、得意の絶頂にあった。

 検証や考察、そして実験を繰り広げた結果、独自の詠唱を生み出していたからだ。

 独自に築き上げだテクノブレイク詠唱形式は、彼女にとっての誇りでもあった。

 

 感覚強化のおかげで、一人一人の顔付きまで、はっきりと見えている。

 ヘンリエッタが両手を振ってはしゃいでいた。

 試験官のおじ様は真剣な顔付きで、こっちを見ている。

 楽しそうな男性に、悔しそうな女性。

 

 同調は、世界を掴む術式。現象を自分の中に落とし込む、相互理解のためのもの。

 様々な表情をした感情の発露が、モモの中へと流れ込んできている。

 

 楽しい、嬉しい、気持ち良い。

 そんな、心地良いものばかりではなかった。

 悔しい、苛立つ、つまらない。

 そんな心だって、一緒に流れ込んでくる。

 

 それでも、良かった。

 憧れと悔しさはいつだって一緒にあって。

 だからこそモモは、もっと皆を見ていたいと、目を凝らした。

 

「え?」

 

 あまりにも、地面が遠かった。

 

 やけに、視えるものが広い。

 箒を掴んだ自分の指が、そうと思えないほど真っ白になっている。視界が立体を捉えた瞬間、ぐにゃりと歪んだ。

 ヒュッと息を吸う。股の下から、冷たい何かが昇ってきていた。

 緑の芝生は遥か遠く、まるで玩具の様に現実味を欠いている。

 なのに、そこにある重力加速度だけが、身体を掴もうとしている気がした。とても、強い力で。

 

 視界の端が暗い。というよりも、黒かった。まだ明るい陽射しを感じているのに、それさえも冷たい。

 足元の、草原の、否、地面の感触が消えている。

 膝が、笑っていた。

 

「ぐっ……」

 

 悲鳴を上げそうになる唇を噛んでいた。

 またヒュッと息が漏れることを我慢して。

 喉の、胃の底から込み上げる違和感を、必死で飲み下していた。

 

 ——嗚呼、皆の貌が視える。

 

 そう思い込むことで、モモは底なし沼に立つ様な感覚から逃れようとしていた。

 けれども、小さな胃は限界を迎える。

 吐き気が競り上がり、鼻の奥、耳裏の底で警報にも似た雑音が鳴り響く。

 

 ココハ、タツバショデハナイ。モドレ、モドレ、モドレ、モドレ……。

 

 警告音にも似たソレは、大地への渇望を煽った。

 けれども、数理的な計算が、モモの衝動を止める。

 

 ——堕ちたら……。

 

 その先は、形にならなかった。

 止まってしまえば、あの場所に落ち着きたいという欲望が溢れそうで、計算も制御も出来ず、小さな魔女は空の中を出鱈目に飛び回っている。

 

 それでもモモは、必死で制御しようとしていた。

 あまりにも無軌道な挙動では、重ねた障壁も保たない。

 

 ヒクリ。

 

 そう鳴った音が喉奥からのものだと自覚するのに、やや時間が掛かった。

 

 ——違う。障壁は保つ。無理なのは……。

 

 宇宙に漂う塵との激突にも耐える構造を形成している。決して、歪まずに、壊れずにいる機体。

 

 その、モモを包む構造は安定していた。

 それは、抜け出ることの出来ない密室を意味している。

 

「だって! 出られないもん! 出たらっ!」

 

 叫んでいた。何一つ、理屈とならない言葉を半狂乱になって、モモは叫んでいる。

 

 我武者羅に、制御も飛行も放り投げて、モモは翔んでいる。

 そうしないと堕ちるから。

 そうなったら、死んじゃうから。

 

 どこか冷静な声で、胸の中で繰り返していた。

 

 ——あぁ、やだ……。

 

 モモの計算は、残る駆動時間を導いている。

 

「やだ、やだ、やだ、やだ! お母さん! お父さん、お婆ちゃん!」

 

 喉が、枯れていた。そして、何を叫んだかもわからない。涙さえもが流れない。

 

 出鱈目な軌道の中で、地面を見ている。

 それは、誰かのいる何処かではなく。

 緑萌ゆる草原だというのに、ただ乾いた鋼の大地として、小さな魔女には見えていた。

 

 意識が白み始める。それが自衛の身体反応であると即座に気付いたモモだ。

 着陸へと向かう計算が立たない。

 堕ちて肉体が無事である予測も立たなかった。

 

 ——私、死んじゃうんだ。

 

 絶望的な計算結果が、成り立つ。

 

 ——でも、いっか。なんか暖かくなってきたし。

 

 もう、気付いていた。そして、諦めていた。

 この感覚は、死の苦痛を和らげる、偽りの安らぎだと。けれども、それでも良いかと思った。

 

 他に何も考えられないでいる小さな魔女は、何もかもがどうでも良くなって、草原を駆ける痩せっぽちな少女の影にさえ、気付かないでいる。

 

 




 3話、4話は過去編でした。挫折があって、現在があります。
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