魔女(CEO)の宅配便。〜弊社、従業員は猫なもので〜 作:カズあっと
相変わらず下着姿のままのモモは、開け放たれた窓ガラスを恨めしそうに見ていた。
気風が良くチャキチャキの下町猫であるオソノは、細かいことを気にしない。
現在妊娠中であり、もうすぐ子猫が産まれるというのに、落ち着きもあまりなかった。
使い魔は魔女の子供の様な存在なのだから、モモにとっては孫みたいなものである。
とても、楽しみにしているが、ちゃんとオソノが子猫の面倒を見れるのか、モモは心配にもなった。
面倒見良く優しい子なのだが、大雑把過ぎる。
オソノの寝ぐらは、オヤツや玩具でいつも散らかっていた。
そんなオソノが開けた窓を閉め忘れることなど、日常茶飯事であった。
——まぁ、別に他の子達も閉められるわけじゃないけど。だって猫だし。羽が生えてても。
そんな愚痴を内心で漏らしながら、また身を震わせている。もう春も近いのに、寒い日だった。
仕方ない。高度に応じ、気温は下がるものである。
自然とは厳しいものなのだ。
炬燵で丸くなることもなく、元気よく遊ぶ猫たちを横目に、モモはまだプルプルと震えている。
そろそろ服を着て、下に降りようかしら? と考えた彼女は「キンコン」という音を聴いた。
それは、フロアという名のオフィスへの玄関——つまりはエレベーターの扉が、開く前兆だった。
三階下から一つずつ、呼び出し音が鳴ってゆく。
「えっ!? あっ!? う。……!? ふ、服っ!」
慌てふためいたモモは、ハンガーに吊るしておいているスーツへと駆け寄ろうとする。
「キンコン、キンコン」
だが、足をもつれさせ、転んでしまう。
床はフカフカなので、痛くはない。そして、怪我もなかった。けれども——。
「キンコン、キンコン、キンコンコーン」
到着を知らせる、ちょっと豪華な調べの後に鋼鉄の扉が開いてゆく駆動音。
エレベーターは呼び出さねば、来ることはない。
そして、モモは呼び出しを行なっていない。
つまりは、来客であった。
下着姿のままで、人前に出る訳にはいかなかった。
「ま、待って! だめ!」
だが彼女は転んでしまっている。すぐには立ち上がれないし、着替えも出来やしない。
ギーコ、ギーコ。聞き慣れた、車輪を回す音。
「あら、モモ。今日も可愛いお尻ね。また少し、大きくなってない?」
そして現実は、非情であった。
顔だけで振り向いたモモは見る。
豊かな黒髪に、アーモンド型の深い緑の瞳、その上にリムレス眼鏡を掛けている。
女性らしく丸みを帯びた身体を、無骨な車椅子に預ける身なりの良い彼女を。
「へ、ヘッティ! み、見ちゃダメ!」
「うふふ、そんなにお尻を振っちゃって。ごちそうさまですわ」
起き上がるために身を捩らせるモモに近付いてくるのは、ギーコ、ギーコと音を立てる、ビルの家主にして十五年来の親友。
ここルンディニウムの街で不動産業を営む、ヘンリエッタであった。
「あらあら、よくもまぁ毎日、飽きないわね」
そう言ったヘンリエッタが、ギーコ、ギーコと車椅子を漕ぎながら窓へと向かう。
黒猫たちはその周りを、整然として囲んでいった。
何故か、猫たちはヘンリエッタに懐いている。ボス猫的な意味で。
モモ一人では、開いた窓を閉められない。
基本来客はなく、お手伝いや従業員を雇い入れる余裕も、今のところはなかった。
「いつもありがと」
「なら、窓くらいは閉められる様になってね」
こうして毎日窓閉めに来る親友のお小言も、いつものことだ。立ち上がったモモは、スーツを身に纏う。
猫たちが大人しくなるので、一張羅の心配はしなくても良かった。
隙間風は止み、適温が保たれる。
「ちょっとテーブルで待っててねー」
お小言にはあえて応えずモモは、コーヒーメイカーに術力を通し、小さなお茶会の準備を始める。
ルンディニウムは紅茶狂いの多い街だが、モモと、そしてヘンリエッタの好みは違った。
「水筒のでも、良いわよ」
「淹れたての方が美味しいし、あれ携行用だから」
二人のお茶会で用意されるのは、たんぽぽコーヒーだった。ポトポトと、真っ黒い液体が滴ってゆく。
モモは昨夜焼いておいたラングドシャを皿に広げ、ヘンリエッタの待つ応接セットへと向かう。
あの日に出会い、
「ふぅー、ふぅー」
息を吹きかけ冷まそうとするモモとは違い、ヘンリエッタは優雅にたんぽぽコーヒーを嗜んでいる。
毎日の様に顔を合わせるのだから、そんなに話題があるではない。だが、落ち着いたこの静かな時間はモモにとって、憩いでもあった。
使い魔である黒猫たちも、行儀良くしているので。
実に即物的な女であった。
「ウェセックス公の奥様にも、随分と信用されているみたいね。公女様へ贈るティアラなんて大事なもの、そうそう任せて貰えないわよ」
「社交場に連れ出してくれたヘッティのおかげ」
そう。今請け負えている仕事の多くは、ヘンリエッタのコネによるものだった。
「その切っ掛けを商売に繋げたのは、モモの力」
借りているここ。事務所の家賃も格安であるし、正直に言えば、頭が上がらない。
なのに恩着せがましくもない友人が、眩しくも見える。
「まぁ、ウチの従業員は優秀だからね」
膝に乗って来る五十一号と八十八号を撫でている。
ジジはヘンリエッタの膝の上で丸くなっていた。
「猫だからね。蜥蜴とか蛙だったら、違うわよ」
ちょっとだけ、頷ける。花札屋さんの蜥蜴だか恐竜だかのヨシオ君や、魂を震わす蛙のゲロッパなんかみたいなのはレアケースだ。後追いも厳しい。
ボリューム層に展開するには、爬虫類や両生類というのはやや厳しいとも思う。苦手イメージも強いし。
とはいえ、ミッ○ィーは、権利的にも危うい。フでも、キでもだ。どちらかと言うと、あのネズミの王国の方が、危なかった。
ィがあった所で、どうにもならない圧力がある。
「その顔……」
ヘンリエッタが深刻な顔をする。
「あんまり、危ないことを考えてはダメだからね」
モモは素直に頷いた。資本主義の勝者たちに喧嘩を売るほど、世間知らずではない。
最大のライバルと被らぬために、ロゴは子猫でなくトマトを咥えさせている。耳を澄ませる親友に、自信満々に笑う。
「文句は言わせないわ。カントリーロードだけでは、何も出来ないのよ!」
大口がないと、猫たちの餌も賄えないのだ。従業員百を超える企業は、少しだけ苦しかった。
「流石ね。投資した分、期待しているわ」
それを言われると、弱い。有形無形の区別なく、ヘンリエッタが投資してくれたものは——。
「ふふん、何を言うのヘッティ。私が、返せる訳ないじゃないの」
「別に、利息だけでも良いわ」
とても、返せるものではない。
なのに、彼女はいつも穏やかだ。
忘れられる、はずもなかった。
十五年前、初めて箒に乗って空を知ったあの日。
あの日から変わらぬ笑顔と、変わってしまったもの。
「そうはいかないの。良い、ヘッティ。私自身のためよ」
「元気で、よかったわ」
あの日と同じく、クスクスと笑った彼女。
——なんでよ!
今だに、そう叫びたくなった。たんぽぽコーヒーの苦さでそれを胃の腑に収めるのが、癖になっていた。
「元気はないわ。お高い家賃たし」
「あら、なら」
ズイと前に出たヘンリエッタは妖艶に。
「お婿さんに来てくれない? そうすれば、無償で済むわよ?」
とんでもない提案をしていた。何度も聞かされた誘い文句だが、モモにそれを受け入れる謂れはない。
「誤解されるから、そういうことは言わないの」
「本気なのに、ケチよね」
可能ならば、それも悪くないと思っている。
けれども、それは許されるものではない。
大体、モモにはそういった趣味もなかった。
やっぱり、コミュ強お化けの旦那様が欲しい。
「それに営業させれば、経費も浮くだろうしね」
「?」
疑問符をうかべる親友に、勝ち誇った気分をしていた。この子には、言わねばならないことがある。
「慈善事業にかこつけて、趣味に走っていると言われているんだからね。気をつけなさいよ」
「趣味って何よ」
それに、返すことは出来ない。
ヘンリエッタは孤児院上がりの女の子たちを、積極的に雇用していた。それに関する中傷も聞いている。
「別に、私が口を出すことじゃないし。良いことだと思ってるわ。けど、そう思わない人もいる」
あの日のヘンリエッタがしたことを、愚かだと言った人たちの様に。
モモもそう思っていたはずなのに、あの時みたいにはもう、口には出せなかった。
怖さに負け、空を失くしたモモにその資格はない。
「愛みたいなものかな?」
怒鳴ったモモに、そう笑い返した彼女へ渡せるものは、なかった。
それからは、ずっと一緒にいる。
入院中も、学園を卒業して学府へ進学する前の、離れていた時期だって、心はずっと一緒にいた。
「何でよ……」
夏休みに遊びに来たときに巻き込まれた、死の秘宝騒ぎのときに尋ねたモモに、ヘンリエッタの通う学園のお爺ちゃんな学園長も答えた。
——愛じゃよ、愛。
あんまりな言葉に、愛ってなんなのよ! そう叫んでしまったモモだった。
——躊躇わないことじゃよ。
躊躇わないから、部外者を平然と受け入れてるのね。ボケたのかしら?
という常識的な突っ込みだけでなく、愛ってヤベーな、と思ったのは秘密である。
ボケ爺には面倒臭い因縁なんかも聞かされて、もしかしたらと頑張った。
けれど、ヘッティが死の呪いを克服してからも、足は動く様にはならなかった。
別問題なので当然なのではあるが、悔しかった。
「ヘッティって、賢そうなのは見た目だけで、結構馬鹿よね」
「賢そうな見た目なのは、モモの方よ。お馬鹿さん」
死ぬつもりであった。死んでも、仕方がないと思っていた。けれど、生かされた。
足を、未来を、夢を犠牲にして。
眩しくて、悔しくて、未だに目を見れないでいる。
「で、ヘッティ。美味い儲け話は転がってないの?」
「確か、ローゼンタールが入札をするそうね」
元軍閥直轄の兵器メイカーであるローゼンタールは今や情報機器の雄である。のみならず、総合商社として日用品にも進出していた。密林みたいなものだ。
「ラストワンも、かしら?」
「最後の一歩こそが、あそこの今求めるものよ」
入り組んだルンディニウムの街並みに、輸送車両は入れない。大企業お得意の宅配網が使えないのだ。どうしても、脚で届けることとなる。
工場間の輸送に食い込める程、「魔女の宅配便」は長距離に強くない。だが、都市部ならば話は別だ。
「ジジ、皆! 遊びの時間よ!」
これは好機だと判断したモモは、ローゼンタール公式ページへ、大量のお問い合わせを送り始めた。
猫たちによる、猫海戦術によってであった。
「……ちょっと、やりすぎじゃない?」
「戦いは数よ。偉い人もそう言っていたわ」
脚は飾りでも、大切なものはここにあった。