魔女(CEO)の宅配便。〜弊社、従業員は猫なもので〜 作:カズあっと
見ての通り、パロディ、バカエロコメなんです。
線路内を駆け抜けたモモであるが、ウィンデルソラ駅に到着すると、少し妙な様子であった。
駅には多くの観光客らしき人々がひしめいており、異常事態を感じさせる。
「はーい、安いよ安いよ。皆大好き、ウナギゼリーだよ。夜のお供とも言われているよー」
別に、呼ばれていない。それはパイの方である。
そう、モモのたどり着いた駅は、随分と平和であった。人々の顔付きにも恐怖の色はない。
「ちっくしょー。俺たち、明日までなんだせ」
「災害なんだから、仕方ないでしょ」
不満はある様だが、どこかのんびりとしていた。
姿も気配も消したままのモモは、首を傾げる。
だが、そのままでいる訳にもいかないものだ。
改札を抜けるのに透明では、無賃乗車ではないが、何やら決まりが悪かった。
姿を表したモモにギョッとする者もいたが、それ程騒ぎにもならないものだ。
ルンディニウム近郊はそこそこ幽霊も有名であるので、この程度では驚きに値しないものだとモモは知っている。
「大人一枚。特急の清算は必要かしら?」
「わざわざのお買い上げ、ありがとうございます」
此方の駅員さんは、紳士の見本の様な立派なお髭を蓄えている。立ち居振る舞いも相応しい。
週末のみとはいえ、流石女王陛下のお膝元。
なんてことを考えながら、駅から出て行く魔女である。
観光客の方々から、「お姉ちゃん、幾らだい」なんと言われたが、無視を決め込むのは当然だった。
witchとbitch。
音が似ているので、混同する不心得者もそう少なくない。
観光に来たお登りさんには、特に多い偏見だった。
都会生活も十年ともなれば、その程度は笑って流せる様にもなっている。
改札を抜ければそこは、霧国だった。
と、言うしかない。
この濃度では、端末も役には立たないものだ。
元々が真っ赤に染まっていた地点であるが、運休にしないと危険だとの判断は、正しいものに思えた。
なのに、どうもおかしい。
キキの気配が感じられないのは仕方がないが、周囲では火も出ていなければ、事故もなかった。
「どういうこと?」
車両が少ないのは当然で、この辺りはバス停しかないからだ。通りのある車道は少し離れた所にあって、だから事故はないのだと納得も出来る。
火災も、この辺ではなかったかと思えた。
「あぁ、俺のラブ・パイン……」
「諦めろよ。保険、入ってんだろ?」
多機能型携帯端末を握りしめ、がっくりと項垂れる男性たち。二大ブランドの片割れで、性能は良いが、値段の高さにも定評があった。
「もう、期間過ぎてんだよ」
「純正じゃなきゃ、安いかもな」
こんな具合に危機感がいまいち感じられない。
モモも端末は置いて来ている。術力により精密な基盤が狂ってしまっては、お高くつくからだった。
なお、彼女の端末は人造人間を意味する方だった。
比較的、良心的な値段のものも選べるので。
それで充分に事足りている。
「マジ勘弁、化粧ハゲるー。あっちのおっさんも、頭カッパー」
「キャハ、ちょーうけるし」
術力を用いた化粧品を使っていただろう女性の顔は、結構ひどいことになっている。
加工や修正並みに盛れるのだから、使いたくなる気持ちもわからないでもない。
けれども霧による術力干渉により、崩れてしまえば、ちょっと怖かった。
剥げにくいので、とても半端に崩れているのだ。
子供が見たら、泣き出してもおかしくない。
同じく頭部に誇りを被った男性については、黙秘するつもりである。
とても神々しく輝いていたので、キキ発見祈願として祈っておいたが。
「ちょっと、おかしくない?」
歩きながらもモモは、首を傾げている。
緊急情報では、大惨事が流れていた。
車は潰れ、住宅は焼き焦げ、人々も狂乱していた。
霧は濃い。とても濃いのだが、人影が見えない程ではなかった。もしかしたら、行方不明の人だっているかもしれないと気構えていた気持ちも、萎んでゆく。
それでも、モモは周囲を伺いながら歩いた。
確認時では最も濃度の濃かった場所、ウィンデルソラ宮殿へと向かって。
「……あ」
ここに来て、モモは痛恨のミスに気付いてしまう。
キキの行方を追うために、有効な手があることを忘れてしまっていた。
だが、それも無理だったと思い直す。
ウェセックス公の奥様に、ティアラが届いたのか、キキが来たのかを確認していなかった。
届いていない前提で動いてしまったが、その差がわかれば、多少の絞り込みにはなった。
だが、交信は届かず、術具の多くも機能しないでは諦めるしかなかった。
奥様は、緊急時には伝書鳩を頂戴ね。などと仰っていたのだが、伝書鳩などそうそう持ち合わせるものでもなかった。大体、伝書鳩よりも走った方が速い。
——そもそも、私が見ていた状況と違い過ぎるんだけど。
官憲たちが交通誘導をしているし、事故も皆無ではないにせよ、映像程大きなものでない様な気がしている。
幾つか焼けた建物もあるが、既に消し止められていた。
——おかしい。あの闇の帝王なのに、頭は光り輝いていたアイツなら、混乱に乗じて襲っているはず。
小さな混乱や人心の乱れに付け込んで、被害を拡大させる。アイツだけでなく、闇使いの老人もそうしていた。
世を乱そうという者には、そういったやり口が常套であった。
「ああ、お姉さん。危ないから、あまり車道には出ないでくれ」
フラフラと歩いていれば、制服姿の官憲に呼び止められた。交通違反を取り締まる謂わば宿敵であるが、今はそんなことを言ってはいられない。
トンボは無事帰って来ていた。
「すみません。私の猫が、行方不明で。この辺り、といっても範囲が広過ぎるのですけど、心配で」
手掛かりがないならば、聞いてみることだ。
「ああ、それはお気の毒に。お姉さんその格好、魔女かい?」
「ええ、使い魔ですの。翼の生えた黒猫で、このくらいの大きさの……」
だが、憐れみを込めて首を振られている。
相変わらず、キキの気配は感じられないでいた。
「接続が、切れてしまいまして。こんなこと、どんなに霧の濃い日だってなかったのに」
それが、おかしいのだ。
こんなこと、今まではなかった。まったく繋がらないなどあったことはなく、だからこそ緊急事態を想定していた。なのに、この暢気さは。
「心配かもしれないが、猫の事故情報は入ってないな。気を確かに持ってくれ」
ブリテンの人々は魔女に理解があるし、気も良い。
けれども、この気楽さは何から来ているのだろうと、モモは疑ってもいた。
思った程に危険がないのは良いのだが、女王陛下が不在であり、まだ未曾有のテロから十年も経ってはいないのだ。恐怖が風化するには早過ぎる。
そんなことを思いながら、ウィンデルソラ城付近まで、辿り着いてしまっていた。
そこは、先程見た凄惨な事故現場であったはずだ。
事故を起こし、無惨にひしゃげた数台の車両が見える。焼け焦げた住宅も。
怪我人の姿が見当たらないのは、既に搬送された後からなのだろう。
だが、官憲たちによる警備網が敷かれ、野次馬たちに興奮があるものの、秩序だってもいた。
ここに来て、モモはようやく気付く。
——もしかして、ただ霧が出ただけ?
女王陛下の不在と重なったとはいえ、お辞儀爺や闇魔術師の再来に、根拠があることではなかった。
単に、状況的な推測に過ぎない。
ただ、モモの脳裏には死の軍勢が暴れ回った十年前の記憶が残るし、惨劇など、見たくはなかった。
——悪いやつはいなくて、単なる自然現象?
でももしも、テロや悪意による介入でないのなら。キキは何故? そう考えてしまう。
けれどもそれは一瞬のことであり。
「あぁ……」
顔が熱い。体温は高くもないのに、腰が砕けそうになっていた。
ついさっきまで、格好つけていた自分が、急に恥ずかしくなってくる。
「だって、だって……」
キキに危機があったかと思い込み、猫たちや街の人々の前で格好をつけていた。
まるで、十代の頃の様に。良い歳をした大人が。
「嘘よ、きっと闇の帝王とか、闇の魔法使いが……」
へたり込んでしまったモモに、数名の官憲が近付いてくる。モモは片手を挙げて大丈夫。と、応えたはずだった。
「ヒック」
でも、恥ずかしくって格好悪くて、喉から声が漏れる。こんなのは——。
テクノブレイクの意味を聞かされた、十四歳以来であった。
「お、おい。君、大丈夫か? どこか、痛いところでもあるのか?」
とても、胸が痛い。そして構ってくれる優しさが、もっと痛かった。
「ふ、ふぇ……」
ちゃんと立って、笑わなきゃ。
そう思うのに、しゃっくりが止まらない。
「わたし、わたし……」
——ああ、ダメ。みんな見てる。
「キキ、ジジ、ふぇーん! 助けてよーっ!」
ポロポロと流れる涙のみならず、子供帰りしたみたいな泣き声をあげるCEOに近付ける勇者は、残念ながらここにはいなかった。
——にゃーん。
ジジが、慰めてくれている。繋がりが暖かかった。
「にゃーん」
キキも。優しい子だもの。そうよね、いつもありがとね。
「まっくろくろねこ、でておいで! でないとしっぽをひっぱるぞ!」
「にゃーお!」
幼く澄んだ、けれどもとっても悪戯な声と、キキの威嚇が重なった。
「……キキ?」
声が漏れる。だって、大切な子の声なのだから。