魔女(CEO)の宅配便。〜弊社、従業員は猫なもので〜 作:カズあっと
お読みいただき、ありがとうございます。
風に乗ってきた声に、耳を澄ませば。
距離はあるが、そう遠くもない。この道をずっとゆけば、キキに続いている。そんな気がした。
「カン……」
思わず言い掛けたモモだが、ゴシゴシとスーツの袖で顔を拭った。
袖がべしょっとするが、すぐに乾く。
当然、鼻水は垂らしていなかった。乙女はそんなもの、流さないのが流儀である。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
「へ、平気よ」
然程歳の変わらぬ男性に、お嬢ちゃんとはなんたる恥辱。
魔女に向かって生意気よ。そう思うのだが、心配されているのだから、とても無碍には出来ない。
そんな気持ちを拭い去る様にして、応えていた。
「でも、迷子なんだろう? お兄さんが送ってやるから、あんまツンケンすんなよ?」
とても優しい瞳であった。だがそれは、モモの逆鱗に触れる。
「黙れ若造。お前に私が救えるか」
モロに言い切っていた。
好意や善意には申し訳ないのだが、そう言い切るしかなかった。CEOの、大人の女の尊厳的に。
「お、おう。寂しくなったら、呼ぶんだぞ。大人ぶっても、良いことなんかないからな?」
優しさで、傷を抉るのはやめてほしい。人は孤独でいて、誰にも邪魔されず、静かに……。
止めよう。孤独にモモは慣れていなかった。
「がーお! かーお! がーお! たべちゃうぞー」
「しゃーっ!しゃーっ!しゃーっ!」
キキの危機はまだ続いている。幼い笑い声に、キキがウキウキで反応していた。
「なあーおぉー!」
「にゃーおー!」
モモは静かに立ち上がった。腰は砕けない。地面の上だから。
バス停が側にあっても、それは関係のない話であった。バスよりもネコなのだ。
勇気が根を張った様にして、四肢へと力を与える。
「お世話になりました。ありがとうございます」
「おう、寂しくなったら呼んでくれ」
礼儀正しく挨拶をしておく。社会人ならば、当たり前の話であった。
「いってきます」
体内に術力を巡らす。意識しての「強化」。
理解、納得、説得。術式の三工程。
だが、それには別の説もある。
愛情、勇気、希望。
こちらの解釈の方が、モモは好きだった。
「今が、勇気を振り絞るときよ」
承認印を押して、決済を上げてしまえば、我が社に不可能はないとモモは信じている。
どんな理屈であっても、立ち上がる理由になった。
「おう、行ってこい」
そうでもしないと、恥ずかしさの沼から立ち上がれないものだ。それ以外に冴えたやり方は、見つけられなかった。
大人にだって、わからないことはあるのだ。
「まってなさい! トロロ芋を混ぜたフワッフワってのホットケーキ、帰ったら作ってあげるからっ!」
モモは、風になった。千くらいの。
強化による超感覚に従えば、キキの声へ辿り着く程度の芸当、問題にもならない。
「ねこねこにゃーす!」
「にゃん、にゃん、にゃにゃん!」
とても、賑やかだからだ。
術式が阻害される濃霧なんて、なんのその。そんなもので不自由する程、モモは甘くなかった。
何故なら、彼女はCEOだからだ。
「レッツ、パーリィィィィ!」
「にゃおーん!」
間違いなく、キキは遊んでいた。自分より小さいかもしれない子供を揶揄って、遊んでいる。
——キキ、恐ろしい子。
障壁により成形した硝子の仮面を被ったモモは駆ける。そうしていないと、三角帽子が落ちるので。
例え空を飛んでいなくとも、箒運転免許証学科試験主席の座は、伊達ではないのだ。
未だモモの記録は破られていない。次席であるヘンリエッタのも。
そして、はしゃぎ回る子供とキキの元へと辿り着いたモモは、周囲を見て声を失った。
だってこの場所は——。
女王陛下が週末を過ごす離宮にして、ウェセックス公の居城であるウィンデルソラ宮殿からの、秘密の抜け道だったのだから。
なんで、一般人であるモモがそんな事を知るかなぞしれたこと。
十年前のお辞儀戦争の夜に、入り込んでくる死者の群れを屠るため、片っ端からぶち壊したからだった。
唯一残された隠し通路の記憶が、残らないはずもない。
モモは運送業の経営許可が降りなければ、女王陛下を人質に取ってでもという生粋の
「まさか、こんな場所に迷い込んでいるなんてね」
ブリテン国民は、ヘンリエッタに感謝して、モモに石を投げなければならない。
運送業の認可を勝ち取ったのは、CEOの親友にして、家主の尽力あってこそのことなのだから。
「お姉ちゃん、だぁれ?」
「にゃーん?」
だが、そんなことは幼い少女には関係ない。ついでに言えば使い魔である黒猫にも。多分、恐らくは。
「遠からん者は音に聞け、近くに寄って目にも見よ」
ちょっとどころでなく古い口上を述べてみる。
モモは、大層焦っていた。
「いよっ! 大統領!」
声の感じから幼い子供かと思っていたが、このノリノリの女の子、まだ八歳ほどである。
十二歳までの子供は、「主と国家の間の愛し子」として、大切に保護されている。
見知らぬ大人が話しかけたり、接触を試みるのは憚られることだった。
「あの……私、魔女のモモです。こっちは、黒猫のキキです」
「羽生えてるのに?」
あまりにも直球な突っ込みに、モモはまたちょっとだけ挫けかけた。
「それに、変なの。魔女の名前は……ふがふふ」
それ以上を言ってはならない。必要とあれば幼女の口を塞ぐのを躊躇う女ではなかった。
指を甘噛みされている。ジジの方が余程痛い。
権利関係は煩いのだ。大人の女として、不用意な発言の許可は出来ない。
「ふふ……、私は名乗ったわ。さぁ次は、お嬢様。貴女の番ですわよ」
「ふぐふぐむー」
勧めてはみたが、幼女は喋れない。目顔だけで、余計なことは言っちゃダメよと伝えれば、コクリと頷かれた。
「あたし、メイ! 五月のメイよ! 好きな句は、ゆくそらも、ありや皐月の烏猫ね! なんか、イマジナリーお姉ちゃんみたいな気がするし!」
一瞬、引き攣りかけるモモ。あまりにもなお名前であった。
「……メイちゃんね。お父さんとお母さんは?」
あまりにも、危険球であった。
お母さんが入院中でないことを、強く祈っている。
だが五月は一般名詞だし、暦の月を名前に当てることは不思議ではない。そして、「彼女」に姉はいないはず。兄は四人ばかりいるが。
古代ロウム帝国の皇帝は、自分の名を月に当てていた。この場合は逆であるが、問題はないのだ。
「あら、奇遇ね。お姫様、公女様と同じなんて。お城付きの、住み込みかしら?」
しかし、幼女の指差す方向には、問題があった。
ウィンデルソラ宮殿を指している。
薄々は気付いてはいる。
だからこそ、必死にモモは決めつけて己へも言い聞かせていた。
「あたし、お姫様で、公女様なのよ!」
とても嬉しそうにして、宣う幼女。
——うん。知ってたよ。だって。
キキが運んできたティアラを。
ウェセックス公爵夫人が、誕生日を迎える娘さんのために用意した、所有者以外には装備出来ない術式が付与されたティアラを。
短いのと、日曜日に完結させたいために本日は2話更新予定です。夕方か夜に9話の投稿を予定しています。
読まれたいな。