魔女(CEO)の宅配便。〜弊社、従業員は猫なもので〜 作:カズあっと
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「お姉ちゃん、泣いてるの?」
「泣い゛でな゛ん゛が、い゛な゛い゛わ゛よ゛」
泣かないで、いられようか。
「なら、良いんだけど。もしかして、お姫様に会えたから感動? いやー照れちゃうね」
幼女、しかも王族を前にして、庶民であるモモに出来ることなど何があろうか。そんな気持ちでいる。
キキが猫パンチをしてくるが、何の慰めにもならない。
何故なら、濃霧の原因にも、キキと連絡が取れなくなった理由にも、心当たりがついてしまったからだった。
ズビズバっと鼻を啜って、ゴシゴシと顔を拭った。
「メイちゃんは、何でここに?」
「宮殿つまんないのー。泣いた烏がもう笑ってる。うけるー」
まぁ、子供にはそうだろう。王族は皆立派な方々だが、それは育って、育てられてきたからだという面もある。立場が人を作るというが、自覚の薄い場合などでは、まだ早い。どう見ても糞餓鬼だし。
「でもここ、隠し通路よね?」
「だから、隠れんぼしてるの」
ニシシと笑うお姫様は、どこからどう見ても悪ガキだった。
その首根っこをヒョイと掴む。
「無礼者。手を離しなさい」
ピクリと震えたお姫様だが、流石は王族、気丈なものである。
「あら? 良いの?」
だが、所詮は子供であった。
キキをもう片手で掴み上げ、ウリウリしてやれば、たちまちご機嫌となっていた。
「くろねこやまー」
「ふふん、所詮はお子様ね。でも、トを言わなかったことだけは、褒めてあげるわ」
にへらと笑い、キキへとチューする幼女であった。
扱い易くて良いものだ。
「くろすけちょうだい。猫急便のお姉ちゃん。ウチのジジにするから」
「はい?」
名乗りはしたが、社名までは告げていない。大体、猫急便は正式名称ではなかった。「魔女の宅配便」こそが、登記名称である。
「ヘッティもママも言ってたもの。猫に乗ってお届けものをする、ピンクなお姉ちゃんがいるって。おっぱいのおっきいピンク魔女って、貴女のことでしょ?」
何やら、誤解がある様だった。
おっぱいは寄せて上げてるだけである。それに、「ピンクな」は、何かが嫌だ。
「口の減らないガキんちょね」
キキキッスをしてやれば、たちまち黙った。
ノミもシラミもいやしない我らが正社員は、優秀な口塞ぎ要因でもあった。
猫吸いをしない人類種は存在しないと、モモは硬く信じていた。
「貴女、自分が何をしたのか自覚はないの?」
「自覚って?」
首を傾げる幼女。ああ、天然ねと、モモはこれで確信した。
「霧、貴女のせいよ。怪我人も出ているわ。もしかしたら……」
「はーっ!? 人のせいにすんなし、霧は自然現象なのよ。お姉ちゃん、大人の癖に、そんなことも知らないのー?」
意外でもなんでもなく、口の悪い糞餓鬼だった。
モモは迷いなく進む。
ここで迷っているようならば、女王陛下の首は刎ねられない。その必要もないが、心構えは蛮族だった。
「はっ。糞餓鬼が一丁前に知識を語る。その浅はかさは、七歳のガキね」
「八歳になるもん」
もう少しでね。と頷いたモモは、八歳でこれかと頭を覆いたくなった。だが、出来やしない。
右手はメイに、左手はキキにより封じられている。
背筋を伸ばして歩くのも、少ししんどくなってきていた。天井が、低いせいでもあった。
「お誕生日までは、七歳なのよ。歳の数え方も知らないの? ウケるわね」
知ってるもん、と唇を尖らせるメイだが、キキを寄せればそんな牙城も意味はない。
——チョロい、チョロい。
既にモモ主観においては、攻略が完了していた。所詮は幼女。
百戦錬磨の、従業員数も百を超えるCEOの敵ではない。なお、モモは膝立ちで進んでいる。
実は一張羅が敗れそうに思えて、涙目であった。
背の低いメイとキキには問題がなかった。
むしろ二本足か四本足で歩んでくれるので、大助かりである。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
突然、真剣な顔で話し出す幼女。
「何がよ?」
「国家叛逆罪とかならない? 不法侵入でしょ?」
いきなり知的にならないで欲しかった。
「ふ……。私にその罪を着せられるものならね」
それが出来そうな相手は、「今」宮殿の中にはいないだろう。「ヤツ」はロウムにいる。
急いだとしても良い歳した女王では、一日がかかる。その前に、殲滅すれば済むことだった。
「なんか、凄い悪い顔してるけど、平気?」
まぁ、その必要もないだろうとモモは知っている。
この特大の制御されていない術力を見てしまえば、ウェセックス公夫妻の思惑なぞ、簡単に把握が出来るものである。
魔女なので。
「まぁ、でも。お姫様でいるのは、もう無理かな?」
「いいの?」
食いついてくる幼女に、優しげで、穏やかな奥様の姿を思い出し、モモはちょっと複雑な気分であった。
「そんな服装も、生活を気にしないでいることも、出来なくなるけどね。働かざる者、食うべからずよ」
「本当!?」
何故、キラキラとするのかわからない。まぁ、納税の義務も社会人としての責任も知らない幼女では、こんなものだろう。
モモは子供というものが、大嫌いであった。
意味も知らないで、テクノブレイクとかすぐに口に出すし。
「本当よ。魔女はね、魔女にしかなれないの」
「魔女? 誰が?」
此方を向かせ、とびっきりの魔女スマイルを見せてやる。
「貴女」
簡潔に答えてやると、お口を開いていた。みるみると、紅潮してゆく白い側。ブンブンと揺れる、巻き毛であるが、モモと同じピンクの髪色。
——こら幼女、はしたないから、顔を赤らめるのはやめなさい。
モモはそう思うが、幼女の興奮を鎮める術を知らない。子供の扱いも苦手であった。
「やたっ! あたし、魔女になって良いの?」
「なって良いのじゃないわ。貴女は魔女なのよ」
じゃぁ、じゃあと唇を震わすメイに、とても不穏を覚えたモモだ。意識を懐に集中する。
「あたし、魔女のたっ……モゴ!?」
「そこまでよ」
すかさず念動により、口の中へラングドシャを詰め込んだ。まったく油断も隙もない元お姫様であった。
ただでさえギリギリなのに、勘弁して貰いたい。
これだから、ガキは。と、鼻息を漏らした。
キキが翼で幼女の口元を拭っている。優しいというよりも、チョロいメス猫であった。
やがて、出口だか入り口だかわからないものが見えてくる。
「あーしんど」
立ち上がるモモ。結構豪勢な部屋である。単純にここは、女王陛下の寝室だった。
その備え付けの竈門から、二人と一匹は出て来ている。
「娘を離せ」
中々精悍な声をしている。が、聞き覚えのあるものだ。モモは要請に従い、手を離す。
「ぶへらっ」
重力加速度に従って、メイは落ちた。顔から。
幼くとも淑女にあるまじき声まで出している。
実に愉快な姿であった。
「こら! 離せと言われて離すヤツがおるか! しかも雑に!」
「ごめあそばせ。私、魔女ですので」
エクスなんたらとかいう聖剣を放り投げ、娘へと駆け寄る父親。
そう、割とイケメンではあるが残念臭の抜けない彼こそが、ウェセックス公であった。
「メイ、メイ! 怪我はないか、傷は浅いぞ。介錯が必要か?」
何を言っているのかはわからないが、もう一人、女王陛下の寝台に腰掛ける女性へ向けて、モモは淑女の礼をしていた。
「三日ぶりでございますわ。ウェセックス公爵夫人」
「いらっしゃい。私たちの救世主」
立ち上がり淑女の礼を魅せる貴婦人に、モモは歯噛みした。もう結構良いお年なのに、様になっている。
「あら、奥様はもう……」
「そこまでよ。それを言ったら戦争になるわ」
四十を超えているというのに、若々しいと言いかけたモモであったが遮られる。貴婦人の手には、アロンなんたらが握られていた。
「これは失礼いたしましたわ。でも、そんな鈍で魔女と立ち会おうと思いなすって?」
というか、この国の聖剣、魔剣の類は魔女謹製のものである。ちょっと争いが多かった地に、運良く籤引きにて当選した人類へ、平和を齎すための力を与えのが、古い魔女たちであった。
「円卓の末裔としては、鈍でも構えずにはいられませの」
「メイ! メイ! メイデー! メイデー!」
ウェセックス公は煩いだけだが、流石に肝が据わっている奥様だ。伊達に五人の子を産んではいなかった。長男である公子はモモやヘンリエッタとは同級生である。
意外と世間は狭いものだった。
「ねね、モモちゃん。ウチにお嫁にこない?」
「魔女なのに?」
剣を軽く振り、ククッと笑う奥様。
「魔女だからよ」
「ヘッティにも、そのお誘いしてなかったです?」
まぁ、そういうのが政治というものだろう。
「だってあの子、まだお嫁さんを連れてこないのよ」
「メーイ! メイビー! メイビーブ……」
煩い残念イケオジは、黙らせておくに限る。公爵様はメイのアッパーカットにより沈黙していた。
非常に顔も性格も煩さも息子に似ているオッサンであった。まったく、興味がわかない。
「黙らせておいたわよ!」
サムズアップをしてやれば、中指を立てられた。どんな教育を受けてやがる、この元公女様は。
「で、英雄の末裔である奥様。この魔女めに如何様なお求めがありまして?」
本日二度目だが、魔女スマイルを魅せてやる。
淑女の礼よりも、余程得意なものだ。
「出たっ! 魔女スマイル! これで勝てる!」
まぁ、戦争男の笑顔と比肩する、この魔女スマイルはいつもの三倍のなんたらだから、はしゃいでしまうのも仕方がない。でも、メイは煩かった。
「私たち夫婦は王族であるにも関わらず、魔女に屈して、愛しい娘を差し出してしまうのよ」
よよよ。と涙を拭う仕草をする奥様。
そちらも、いつもの三倍の涙で、手のひらも三倍に回転しているのかもしれなかった。
「モモ! あんな演技に騙されてはダメよ! アレは毒親よ! お菓子やお出掛けの制限をして、子供の心を殺すのよ! 国民の、いえ、人類の義務に従って、討ち果たしなさい!」
メイはノリノリであった。両手で中指を立てている。こいつはもうだめだ。もうすぐこの場所はなんかよくわからんものに沈むと、モモは思った。
「さんを付けなさい、ピンクのクソガキ」
だが、躾は別である。言葉遣いや敬意の有無は、大切なものだった。お客様は神様である。
「ま、魔女一人も育てられない様な甘ちゃんに、もったいないわよね?」
「なら、貴女が育ててくれる?」
ウフフと笑う奥様は、綺麗だった。
「オーダーを、承りましてもよくってよ? お代は、娘さんの身柄になりますが?」
「是非に、お願いしたいものね」
だが、いくら聡明なご婦人であっても知らないことがある。それは、人を育てるということの意味。
「残念ながら、私は育てませんけどね。社会や人との関係で育つのが、子供ですの」
モモが言い放てば、奥様は頷いた。
「まぁ、英雄の末裔としましては、只でお譲りは出来ませんけどね」
「ほら! 毒親! モモちゃんさん、やっておしまい!」
なんとかダイトを構える奥様。背後では、なんならカリバーを構える公爵。
まさに前門の湖の騎士、後門の騎士王であった。
だが、魔女は恐れない。
「……ふふっ。では、魔女らしく頂いていきますか。メイ、こっちへ来なさい」
「はい! モモお姉様!」
二人は聖剣のなんか凄そうな勢いを溜めている。
しかしモモにとっては、お姉様呼びの方が余程に大切であった。メイが、ヒシリと背中にしがみつく。
「よくってよ。メイ、アレをやるわよ」
「はい、お姉様!」
既に二人は通じ合っている。「あの子」を見て、空に憧れた同志だからだ。そこに言葉は不要であった。
「あ、二人とも。お約束だからお利口に待つのよ」
片目を瞑って唇からの投げキッス。魔女の一撃に抗える英雄はいない。
「じゃあ、キキ。お願いね」
「にやーん」
左手に掴んだキキが輝いた。
かつて魔女の力を失って、飛べなくなってしまった「あの子」。
同じ名を持つ黒猫は、息を吸い吐きしながら、プワリ、ぶわりと膨れ上がってゆく。
モモはもう、キキのことを掴んではいない。掴まっている。
キキの身体は部屋よりも、宮殿よりも大きく膨れ上がっていた。
「フハハハハ! それでは王族諸君。また会おう」
チェック柄のハンチングな探偵へ、三世のいる怪盗が宣言するかの様に、高らかに笑った。
「点化」
そして翼持つ巨大な黒猫は、天へと向けて駆け上った。女王陛下の離宮、ウェセックス公爵の居城であるウィンデルソラ宮殿を、消し炭として。
「たっかーい! たっかーい!」
「こら! キキ! 高いわ! は、早く降ろしなさい!」
だが、一人の魔女は高所恐怖症であった。
楽しげな歓声と、悲痛な泣き言がブリテン島全土へと響き渡っていた。
次話、完結となります。