魔女(CEO)の宅配便。〜弊社、従業員は猫なもので〜   作:カズあっと

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9話 魔女らしく。

 

「お姉ちゃん、泣いてるの?」

「泣い゛でな゛ん゛が、い゛な゛い゛わ゛よ゛」

 

 泣かないで、いられようか。

 

「なら、良いんだけど。もしかして、お姫様に会えたから感動? いやー照れちゃうね」

 

 幼女、しかも王族を前にして、庶民であるモモに出来ることなど何があろうか。そんな気持ちでいる。

 

 キキが猫パンチをしてくるが、何の慰めにもならない。

 何故なら、濃霧の原因にも、キキと連絡が取れなくなった理由にも、心当たりがついてしまったからだった。

 

 ズビズバっと鼻を啜って、ゴシゴシと顔を拭った。

 

「メイちゃんは、何でここに?」

「宮殿つまんないのー。泣いた烏がもう笑ってる。うけるー」

 

 まぁ、子供にはそうだろう。王族は皆立派な方々だが、それは育って、育てられてきたからだという面もある。立場が人を作るというが、自覚の薄い場合などでは、まだ早い。どう見ても糞餓鬼だし。

 

「でもここ、隠し通路よね?」

「だから、隠れんぼしてるの」

 

 ニシシと笑うお姫様は、どこからどう見ても悪ガキだった。

 その首根っこをヒョイと掴む。

 

「無礼者。手を離しなさい」

 

 ピクリと震えたお姫様だが、流石は王族、気丈なものである。

 

「あら? 良いの?」

 

 だが、所詮は子供であった。

 キキをもう片手で掴み上げ、ウリウリしてやれば、たちまちご機嫌となっていた。

 

「くろねこやまー」

「ふふん、所詮はお子様ね。でも、トを言わなかったことだけは、褒めてあげるわ」

 

 にへらと笑い、キキへとチューする幼女であった。

 扱い易くて良いものだ。

 

「くろすけちょうだい。猫急便のお姉ちゃん。ウチのジジにするから」

「はい?」

 

 名乗りはしたが、社名までは告げていない。大体、猫急便は正式名称ではなかった。「魔女の宅配便」こそが、登記名称である。

 

「ヘッティもママも言ってたもの。猫に乗ってお届けものをする、ピンクなお姉ちゃんがいるって。おっぱいのおっきいピンク魔女って、貴女のことでしょ?」

 

 何やら、誤解がある様だった。

 おっぱいは寄せて上げてるだけである。それに、「ピンクな」は、何かが嫌だ。

 

「口の減らないガキんちょね」

 

 キキキッスをしてやれば、たちまち黙った。

 ノミもシラミもいやしない我らが正社員は、優秀な口塞ぎ要因でもあった。

 猫吸いをしない人類種は存在しないと、モモは硬く信じていた。

 

「貴女、自分が何をしたのか自覚はないの?」

「自覚って?」

 

 首を傾げる幼女。ああ、天然ねと、モモはこれで確信した。

 

「霧、貴女のせいよ。怪我人も出ているわ。もしかしたら……」

「はーっ!? 人のせいにすんなし、霧は自然現象なのよ。お姉ちゃん、大人の癖に、そんなことも知らないのー?」

 

 意外でもなんでもなく、口の悪い糞餓鬼だった。

 モモは迷いなく進む。

 ここで迷っているようならば、女王陛下の首は刎ねられない。その必要もないが、心構えは蛮族だった。

 

「はっ。糞餓鬼が一丁前に知識を語る。その浅はかさは、七歳のガキね」

「八歳になるもん」

 

 もう少しでね。と頷いたモモは、八歳でこれかと頭を覆いたくなった。だが、出来やしない。

 右手はメイに、左手はキキにより封じられている。

 背筋を伸ばして歩くのも、少ししんどくなってきていた。天井が、低いせいでもあった。

 

「お誕生日までは、七歳なのよ。歳の数え方も知らないの? ウケるわね」

 

 知ってるもん、と唇を尖らせるメイだが、キキを寄せればそんな牙城も意味はない。

 

 ——チョロい、チョロい。

 

 既にモモ主観においては、攻略が完了していた。所詮は幼女。

 百戦錬磨の、従業員数も百を超えるCEOの敵ではない。なお、モモは膝立ちで進んでいる。

 

 実は一張羅が敗れそうに思えて、涙目であった。

 

 背の低いメイとキキには問題がなかった。

 むしろ二本足か四本足で歩んでくれるので、大助かりである。

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 

 突然、真剣な顔で話し出す幼女。

 

「何がよ?」

「国家叛逆罪とかならない? 不法侵入でしょ?」

 

 いきなり知的にならないで欲しかった。

 

「ふ……。私にその罪を着せられるものならね」

 

 それが出来そうな相手は、「今」宮殿の中にはいないだろう。「ヤツ」はロウムにいる。

 急いだとしても良い歳した女王では、一日がかかる。その前に、殲滅すれば済むことだった。

 

「なんか、凄い悪い顔してるけど、平気?」

 

 まぁ、その必要もないだろうとモモは知っている。

 この特大の制御されていない術力を見てしまえば、ウェセックス公夫妻の思惑なぞ、簡単に把握が出来るものである。

 魔女なので。

 

「まぁ、でも。お姫様でいるのは、もう無理かな?」

「いいの?」

 

 食いついてくる幼女に、優しげで、穏やかな奥様の姿を思い出し、モモはちょっと複雑な気分であった。

 

「そんな服装も、生活を気にしないでいることも、出来なくなるけどね。働かざる者、食うべからずよ」

「本当!?」

 

 何故、キラキラとするのかわからない。まぁ、納税の義務も社会人としての責任も知らない幼女では、こんなものだろう。

 モモは子供というものが、大嫌いであった。

 意味も知らないで、テクノブレイクとかすぐに口に出すし。

 

「本当よ。魔女はね、魔女にしかなれないの」

「魔女? 誰が?」

 

 此方を向かせ、とびっきりの魔女スマイルを見せてやる。

 

「貴女」

 

 簡潔に答えてやると、お口を開いていた。みるみると、紅潮してゆく白い側。ブンブンと揺れる、巻き毛であるが、モモと同じピンクの髪色。

 

 ——こら幼女、はしたないから、顔を赤らめるのはやめなさい。

 

 モモはそう思うが、幼女の興奮を鎮める術を知らない。子供の扱いも苦手であった。

 

「やたっ! あたし、魔女になって良いの?」

「なって良いのじゃないわ。貴女は魔女なのよ」

 

 じゃぁ、じゃあと唇を震わすメイに、とても不穏を覚えたモモだ。意識を懐に集中する。

 

「あたし、魔女のたっ……モゴ!?」

「そこまでよ」

 

 すかさず念動により、口の中へラングドシャを詰め込んだ。まったく油断も隙もない元お姫様であった。

 ただでさえギリギリなのに、勘弁して貰いたい。

 これだから、ガキは。と、鼻息を漏らした。

 キキが翼で幼女の口元を拭っている。優しいというよりも、チョロいメス猫であった。

 

 やがて、出口だか入り口だかわからないものが見えてくる。

 

「あーしんど」

 

 立ち上がるモモ。結構豪勢な部屋である。単純にここは、女王陛下の寝室だった。

 その備え付けの竈門から、二人と一匹は出て来ている。

 

「娘を離せ」

 

 中々精悍な声をしている。が、聞き覚えのあるものだ。モモは要請に従い、手を離す。

 

「ぶへらっ」

 

 重力加速度に従って、メイは落ちた。顔から。

 幼くとも淑女にあるまじき声まで出している。

 実に愉快な姿であった。

 

「こら! 離せと言われて離すヤツがおるか! しかも雑に!」

「ごめあそばせ。私、魔女ですので」

 

 エクスなんたらとかいう聖剣を放り投げ、娘へと駆け寄る父親。

 そう、割とイケメンではあるが残念臭の抜けない彼こそが、ウェセックス公であった。

 

「メイ、メイ! 怪我はないか、傷は浅いぞ。介錯が必要か?」

 

 何を言っているのかはわからないが、もう一人、女王陛下の寝台に腰掛ける女性へ向けて、モモは淑女の礼をしていた。

 

「三日ぶりでございますわ。ウェセックス公爵夫人」

「いらっしゃい。私たちの救世主」

 

 立ち上がり淑女の礼を魅せる貴婦人に、モモは歯噛みした。もう結構良いお年なのに、様になっている。

 

「あら、奥様はもう……」

「そこまでよ。それを言ったら戦争になるわ」

 

 四十を超えているというのに、若々しいと言いかけたモモであったが遮られる。貴婦人の手には、アロンなんたらが握られていた。

 

「これは失礼いたしましたわ。でも、そんな鈍で魔女と立ち会おうと思いなすって?」

 

 というか、この国の聖剣、魔剣の類は魔女謹製のものである。ちょっと争いが多かった地に、運良く籤引きにて当選した人類へ、平和を齎すための力を与えのが、古い魔女たちであった。

 

「円卓の末裔としては、鈍でも構えずにはいられませの」

「メイ! メイ! メイデー! メイデー!」

 

 ウェセックス公は煩いだけだが、流石に肝が据わっている奥様だ。伊達に五人の子を産んではいなかった。長男である公子はモモやヘンリエッタとは同級生である。

 意外と世間は狭いものだった。

 

「ねね、モモちゃん。ウチにお嫁にこない?」

「魔女なのに?」

 

 剣を軽く振り、ククッと笑う奥様。

 

「魔女だからよ」

「ヘッティにも、そのお誘いしてなかったです?」

 

 まぁ、そういうのが政治というものだろう。

 

「だってあの子、まだお嫁さんを連れてこないのよ」

「メーイ! メイビー! メイビーブ……」

 

 煩い残念イケオジは、黙らせておくに限る。公爵様はメイのアッパーカットにより沈黙していた。

 非常に顔も性格も煩さも息子に似ているオッサンであった。まったく、興味がわかない。

 

「黙らせておいたわよ!」

 

 サムズアップをしてやれば、中指を立てられた。どんな教育を受けてやがる、この元公女様は。

 

「で、英雄の末裔である奥様。この魔女めに如何様なお求めがありまして?」

 

 本日二度目だが、魔女スマイルを魅せてやる。

 淑女の礼よりも、余程得意なものだ。

 

「出たっ! 魔女スマイル! これで勝てる!」

 

 まぁ、戦争男の笑顔と比肩する、この魔女スマイルはいつもの三倍のなんたらだから、はしゃいでしまうのも仕方がない。でも、メイは煩かった。

 

「私たち夫婦は王族であるにも関わらず、魔女に屈して、愛しい娘を差し出してしまうのよ」

 

 よよよ。と涙を拭う仕草をする奥様。

 そちらも、いつもの三倍の涙で、手のひらも三倍に回転しているのかもしれなかった。

 

「モモ! あんな演技に騙されてはダメよ! アレは毒親よ! お菓子やお出掛けの制限をして、子供の心を殺すのよ! 国民の、いえ、人類の義務に従って、討ち果たしなさい!」

 

 メイはノリノリであった。両手で中指を立てている。こいつはもうだめだ。もうすぐこの場所はなんかよくわからんものに沈むと、モモは思った。

 

「さんを付けなさい、ピンクのクソガキ」

 

 だが、躾は別である。言葉遣いや敬意の有無は、大切なものだった。お客様は神様である。

 

「ま、魔女一人も育てられない様な甘ちゃんに、もったいないわよね?」

「なら、貴女が育ててくれる?」

 

 ウフフと笑う奥様は、綺麗だった。

 

「オーダーを、承りましてもよくってよ? お代は、娘さんの身柄になりますが?」

「是非に、お願いしたいものね」

 

 だが、いくら聡明なご婦人であっても知らないことがある。それは、人を育てるということの意味。

 

「残念ながら、私は育てませんけどね。社会や人との関係で育つのが、子供ですの」

 

 モモが言い放てば、奥様は頷いた。

 

「まぁ、英雄の末裔としましては、只でお譲りは出来ませんけどね」

「ほら! 毒親! モモちゃんさん、やっておしまい!」

 

 なんとかダイトを構える奥様。背後では、なんならカリバーを構える公爵。

 まさに前門の湖の騎士、後門の騎士王であった。

 だが、魔女は恐れない。

 

「……ふふっ。では、魔女らしく頂いていきますか。メイ、こっちへ来なさい」

「はい! モモお姉様!」

 

 二人は聖剣のなんか凄そうな勢いを溜めている。

 しかしモモにとっては、お姉様呼びの方が余程に大切であった。メイが、ヒシリと背中にしがみつく。

 

「よくってよ。メイ、アレをやるわよ」

「はい、お姉様!」

 

 既に二人は通じ合っている。「あの子」を見て、空に憧れた同志だからだ。そこに言葉は不要であった。

 

「あ、二人とも。お約束だからお利口に待つのよ」

 

 片目を瞑って唇からの投げキッス。魔女の一撃に抗える英雄はいない。

 

「じゃあ、キキ。お願いね」

「にやーん」

 

 左手に掴んだキキが輝いた。

 かつて魔女の力を失って、飛べなくなってしまった「あの子」。

 同じ名を持つ黒猫は、息を吸い吐きしながら、プワリ、ぶわりと膨れ上がってゆく。

 モモはもう、キキのことを掴んではいない。掴まっている。

 

 キキの身体は部屋よりも、宮殿よりも大きく膨れ上がっていた。

 

「フハハハハ! それでは王族諸君。また会おう」

 

 チェック柄のハンチングな探偵へ、三世のいる怪盗が宣言するかの様に、高らかに笑った。

 

「点化」

 

 そして翼持つ巨大な黒猫は、天へと向けて駆け上った。女王陛下の離宮、ウェセックス公爵の居城であるウィンデルソラ宮殿を、消し炭として。

 

「たっかーい! たっかーい!」

「こら! キキ! 高いわ! は、早く降ろしなさい!」

 

 だが、一人の魔女は高所恐怖症であった。

 楽しげな歓声と、悲痛な泣き言がブリテン島全土へと響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 





 次話、完結となります。
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