星海前進   作:Jefflocka

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原作丸パクリってわけにもいかんので、独自色とうまくミックスしました。楽しんで読んで頂けると幸いです。


第2話 正義の調べ

第2話 正義の調べ

 

 

 

 ——前回までのあらすじ。

 

 調査兵団団長エルヴィン・スミスは、獣の巨人との戦いで果てた後、見知らぬ世界で目を覚ました。十代後半の若返った肉体、両腕、傷跡もない。

 

 そこは迷宮都市オラリオ。神々が地上を歩き、怪物が地下に潜む暗黒期の街だった。

 

 行商人に拾われて街に着いたエルヴィンは、市場の老婆から、暗黒期にあって闇派閥に立ち向かう数少ない真っ当な組織——アストレア・ファミリアの噂を聞いた。赤い髪の少女が団長を務めるその組織を、彼は「進む者たち」と直感した。

 

 「悪くない、第二の人生だ」

 

 そう呟いて、彼は眠りに落ちた。明日、その組織の拠点を見に行くことを決めて。

 

 

 

***

 

 

 

 エルヴィンが目を覚ましたのは、夜明け前だった。

 

 原因は、煙の匂いだった。

 

「(……放火か)」

 

 窓を開けて街を見渡すと、遠くで三つの赤い光が見えた。複数箇所での同時着火。基本的な揺さぶり戦術だった。

 

「(正義の旗を掲げる組織は、こういう時に動かないわけがない)」

 

 彼は手早く服を着替え、宿を出た。

 

***

 

 すれ違う冒険者の会話で、行き先が決まった。

 

「工場の方は、アストレアが向かったらしい」

 

 エルヴィンは工場地帯へ足を速めた。

 

 外周に着くと、金属が打ち合う音、爆発音、怒号、そして笑い声が聞こえた。

 

 彼は迂回路を選び、工場の建物の陰に身を寄せた。

 

 視界に入ったのは、六人の少女と、二十人ほどの黒装束の集団。

 

 数的劣勢にもかかわらず、少女たちが押している。

 

***

 

 中心にいるのは、赤い髪の少女だった。

 

 炎のような赤い髪。片手剣。指揮を回しながら、自身も最前線で剣を振っている。

 

「ライラ、左の壁! 火種がもう一個仕掛けてあるわよ、見つけて!」

 

「了解だ、いま見える」

 

 小柄な小人族の少女が手帳を開きながら走った。壁の前で立ち止まり、瞬時に仕掛けを見つけ出す。

 

 手元から細い金具を取り出し、何かを切断した。

 

「アリーゼ、左奥の柱の根元、二つ。導火線は短ぇ。あと三十秒もたねえぞっ」

 

「了解! じゃあ二十秒で切る!」

 

「無茶言うなっての……まあ、団長らしいぜ」

 

「(……あの小人族、罠の解体役か)」

 

 手帳に書き込みながら戦場を駆ける。情報を蓄積し、即座に判断する。あれは情報処理の専門家だ。組織の頭脳の一部を担っている。

 

***

 

 次に動いたのは、刀を持った極東の女性だった。

 

 黒装束の中の一人——杖を構えていた魔法職らしき男に、彼女が一直線に走り込んだ。

 

 男が呪文を唱え終わる前に、刀が一閃。男が倒れた。

 

「次!」

 

 彼女は次の標的に動き出した。

 

「(……魔法職の処理)」

 

 戦場で最も厄介な敵は、後衛の魔法職だ。前衛が拮抗していても、魔法一発で戦況が崩れる。

 

 あの極東の女性は、それを真っ先に潰す役を担っている。判断が速い。動きに無駄がない。優秀な前衛だった。

 

***

 

 そして、褐色の肌のアマゾネス。

 

 二本の小刀を逆手に持ち、敵の前衛二人に同時に切りかかっていた。

 

「イスカ、無茶しないで!」

 

「これくらいへっちゃらだよ!」

 

 アマゾネス——イスカが、笑いながら答えた。

 

 彼女が一人の腕を切り、もう一人の足を払って転ばせた。動けなくしてから、次へ移動する。殺してはいない。

 

「(……無力化戦法か)」

 

 暗黒期の戦闘で、敵を殺すか無力化するかは、組織の思想を反映する。

 

 彼女たちは、殺さない方を選んでいる。それは「正義」の一つの形だった。

 

***

 

 後方では、垂れ目のヒューマンの少女が杖を構えていた。

 

「皆さん、大丈夫ですか? お怪我は?」

 

「アリーゼがちょっと焦げそう!」

 

「分かりました、すぐに守護を!」

 

 彼女が杖を振ると、柔らかな光が前衛の少女たちを包んだ。

 

 炎の熱を和らげる魔法。前衛が思い切り動けるのは、後衛の支援があるからだ。

 

 あの少女は、組織の生命線だった。

 

***

 

 そして、赤い髪の少女のすぐ隣。

 

 空色のローブをまとった、エルフの少女。

 

 長い金髪を風に流しながら、彼女もまた剣を振っていた。

 

「アリーゼ、後ろ!」

 

「分かってる!」

 

 エルフの少女が、赤い髪の少女の死角から襲ってきた敵を、剣で受け止めた。

 

 動きは正確。だが、若い。経験が浅い、と分かる動きだった。

 

 それでも、団長の死角を埋めるという役割は完璧にこなしていた。

 

「(……守護役か)」

 

 団長の傍にいる若いエルフ。剣筋は鋭いが、まだ完成していない。それでも、団長の隣に立つことを許されている。信頼の証だった。

 

***

 

 エルヴィンの視界の隅で、何かが動いた。

 

 言葉ではない。感覚だった。視界の中で、一つの位置だけが妙に重く見えた。

 

「(……)」

 

 工場の二階の窓。黒装束の男が、長い狙撃武器を構えている。狙いは——赤い髪の少女。

 

「(伏兵か)」

 

 彼女たちは気づいていない。集中が突入に向いている。

 

 彼の手元に武器はない。だが選択肢は、もう一つある。

 

 彼は足元の石を一つ拾い、工場の窓の脇の壁に投げた。

 

 石が当たり、乾いた音を立てた。

 

 狙撃手が一瞬、視線を石の音の方へ向けた。

 

 その一瞬で、赤い髪の少女が突入位置を変えた。彼女自身は石の音には反応していない。だが結果として、狙撃線から外れた。

 

「(……気づいていたのか)」

 

 戦場で生き残る種類の人間だった。

 

***

 

 戦闘は終盤に入っていた。

 

 六人が中央広場へ突入し、火の元になっている機構を、赤い髪の少女が一刀で叩き切った。

 

 火の流れが止まった。

 

 彼女が、剣を高く掲げた。

 

「弱きを助け、強きを挫く! たまにどっちもこらしめる! 差別も区別もしない自由平等、全ては正なる天秤が示すまま!」

 

 声が、工場地帯に響いた。

 

「願うは秩序、思うは笑顔! その背に宿すは正義の剣と正義の翼!」

 

「私達が【アストレア・ファミリア】よ! 悪は退散なさい!」

 

 彼女が胸を張った——その瞬間。

 

 服の裾に、まだ消えきっていない火の粉が燃え移った。

 

「あっ、燃えてる!」

 

「えっ、嘘っ!? ちょっ、消して消して!」

 

「ちょっとアリーゼ、せっかくの宣言が台無しだろうが」

 

「だっ、誰のせいよ! 仕方ないでしょ、戦場よ戦場!」

 

「貴公の自業自得だ」

 

「ひどっ!」

 

「団長、決め台詞の途中で焼死されちゃ、笑い話にもならねえぞ」

 

「ライラまで!」

 

 マリューと呼ばれた少女が慌てて水の魔法を放ち、ようやく火が消えた。

 

***

 

 エルヴィンは、判断した。

 

 ここで姿を見せる。狙撃手の情報を渡す必要があった。

 

 彼は物陰から、ゆっくり歩み出た。

 

 六人が、同時にこちらを向いた。反応が早い。刀を持った極東の女性が、即座に身構えた。

 

「何者だ」

 

「敵ではない」

 

 エルヴィンは両手を軽く広げて、武装していないことを示した。

 

「あなた、誰?」

 

 赤い髪の少女——アリーゼが、剣を構えたまま聞いた。

 

「エルヴィン。この街には数日前に来た。所属はない」

 

「じゃあ、なんでこんな戦場の真ん中にいるの?」

 

「観察していた」

 

「軍人崩れか何かか? 動きと立ち位置が、素人のそれじゃねえ」

 

 ライラと呼ばれた少女が、エルヴィンを下から上まで見た。

 

「元軍人だ」

 

「素直に認めるか。怪しさ倍増だぜ」

 

「怪しいのは認める。だが、用件を済ませたら去る」

 

「用件?」

 

「二階の北側の窓から、狙撃手が一人逃げた。お前たちが中央装置を切る前、団長を狙っていた。今は逃走中だが、追えば追える」

 

 空気が、変わった。

 

「……ライラ」

 

「確認する。あんた、なんでそれを知ってる」

 

「見ていた」

 

「見ていただけで、なんで動かなかった?」

 

「動いた。石を一つ、投げた」

 

「窓脇の壁に当てた。狙撃手の照準を逸らした」

 

 六人が、もう一度互いに視線を交わした。

 

「……あー、そういえばあの時、なんか変な音した気がするわね」

 

 アリーゼが目を丸くした。

 

「気づいてなかったけど、なんとなく身体が動いたのよ。あれ、そういうことだったのね」

 

***

 

「で、エルヴィンとやら」

 

 アリーゼが、剣を下げた。

 

「あなた、なんでわざわざ出てきたの? 黙って去ることもできたでしょ?」

 

「情報を抱えたまま去るのは、流儀ではない」

 

「流儀、ね」

 

 彼女は、しばらくエルヴィンを見つめた。

 

 明るかった目の奥に、別の色が混ざっていた。

 

「あなた、いい目してるわよ」

 

「ねえ、ライラ、輝夜、判断は?」

 

「敵じゃねえな。たぶん、敵だったら情報なんか渡さねえで、消えてる」

 

「俺の動きは、軍属のそれだ。だが、刀を抜いて構えるほどの怪しさはない」

 

「決めた」

 

 アリーゼが、剣を鞘に納めた。

 

「あなた、うちの拠点に来なさい」

 

「……何の用件だ」

 

「主神に会わせる。それで判断する」

 

 エルヴィンは、しばらく考えた。

 

 罠かもしれない。だが、ここまでの観察で、この組織が罠を仕掛ける種類ではないことは分かっていた。

 

「分かった」

 

 彼は短く答えた。

 

***

 

 拠点は、東の区画にあった。

 

 質素な二階建ての建物。手入れが行き届いている。

 

 扉を開けた途端、五つの視線が一斉にこちらを向いた。

 

「お帰りなさい、団長! あれ、後ろの人……誰?」

 

 茶色の長い髪をしたドワーフの少女が、最初に声を上げた。

 

「アスタ、警戒は私が確認した。とりあえず通せ」

 

 輝夜が短く言った。

 

「了解です」

 

 奥から、もう四人が出てきた。

 

 こげ茶色の髪のヒューマン。銀髪・褐色肌の狼人。亜麻色の編み込みの女性。メガネの中性的なエルフ。

 

 計五人。先ほどの戦場にいた六人と合わせて、十一人。これがアストレア・ファミリアの全員らしかった。

 

「な、なんかカッコいい人連れてきた! 団長、これは……」

 

 狼人の少女が興奮した声を上げた。

 

「ネーゼ、落ち着け」

 

 亜麻色の女性が、冷静な声でたしなめた。

 

「アリーゼ、状況の説明を頼むわ。この方は?」

 

「これがね、戦場で私を救ってくれた人なの! 名前はエルヴィンって言うんですって。それで、アストレア様に会ってもらおうと思って」

 

「……団長、また即断ですか」

 

 メガネのエルフが、ため息をついた。

 

「アリーゼ、貴方の勘は信用しているけれど、流石に説明が雑です」

 

「えへへ」

 

「えへへ、ではないでしょう」

 

 五人がそれぞれの反応を見せている。エルヴィンはその全てを観察していた。

 

「(……十一人。全員が女性。組織として珍しい構成だが、機能はしている)」

 

 彼は内心で評価した。

 

***

 

「皆、エルヴィン様を応接間へ。アリーゼ、私もご一緒します」

 

 亜麻色の女性が指示を出した。

 

 他の団員が動き出す。指示の出し方が慣れている。彼女もまた、組織の中で一定の役割を持っているようだった。

 

 応接間に通された。

 

 大きな丸テーブル。

 

 奥の扉が、静かに開いた。

 

 入ってきたのは、若い女性だった。

 

 いや——女性、というには、纏う空気が違いすぎた。

 

 光が、柔らかかった。

 

 息をするだけで、空間が清らかになっていくような気配。

 

 神だ、と、エルヴィンは即座に理解した。

 

「ただいま、アストレア様!」

 

 アリーゼが、子供のような声で抱きついた。

 

「……アリーゼ、また服が焦げているわ」

 

「えへへ」

 

「えへへ、ではないでしょう。怪我はないの?」

 

「ないわよ! みんな無事!」

 

 アストレアと呼ばれた女神は、優しく微笑んでから、エルヴィンに視線を向けた。

 

 目が合った。

 

「(……)」

 

 エルヴィンは、その瞬間、自分の中の何かが「見られた」と感じた。

 

 観察ではない。評価でもない。

 

 ただ、見透かされた、という感覚。

 

 彼が前世で背負ってきた数百の屍、彼が下してきた決断、彼が支払ってきた代償——その全てが、一瞬で、この女神には見えている、と直感した。

 

「……お入りなさい」

 

 アストレアは、それだけ言った。

 

 声が、深かった。

 

***

 

 全員が丸テーブルを囲んだ。

 

 エルヴィンが一方の席に。アストレアがその正面に。十一人の団員が、両側に。

 

「あなたの名前を、聞かせてくれる?」

 

「エルヴィン・スミス」

 

「あなたの魂は……わたしが今まで触れてきたどの眷属とも違うわ。とても、遠い場所を歩いてきた魂ね」

 

 団員たちが、同時に顔を上げた。

 

「ちょっと、アストレア様? 何それ?」

 

 アリーゼが、目を丸くした。

 

「比喩ではないわ。本当に、別の世界から来た人。死んで、ここで目覚めた——そうね、エルヴィン?」

 

 エルヴィンは、頷いた。

 

「……マジか」

 

 ライラが、ぽつりと呟いた。

 

「俺は、ある組織の長だった。仲間を死地に送り続けた。最後は自分も死んだ。気がついたら、この世界にいた」

 

 彼は、隠さなかった。

 

 神には全てが見えている。ここで嘘をつくのは無駄だった。

 

***

 

「で、エルヴィン」

 

 アリーゼがテーブルに肘をついた。

 

「あなた、これからどうするつもり?」

 

「決めていない」

 

 彼は短く答え、それから視線をアストレアに向けた。

 

「ただ、一つだけ思ったことはある」

 

「何かしら」

 

「この組織は、生き残らせる価値がある」

 

 空気が、止まった。

 

「(即決する)」

 

 彼は、自分の中で判断を下した。

 

 観察は終わった。組織の質も、団員の質も、主神の質も、見た。

 

 迷う理由がなかった。

 

「俺を、この組織に入れてほしい」

 

***

 

 最初に反応したのは、輝夜だった。

 

「待て」

 

 声が、低かった。

 

「貴公、自分が今、何を言っているか分かっているのか」

 

「分かっている」

 

「来訪して数刻、戦闘に介入し、組織を観察し、その上で加入を申し出る。性急に過ぎる。我々はまだ、貴公を知らない」

 

「その通りだ」

 

「では、なぜそんなことを言える」

 

「俺はもう、お前たちを知っている。十分に」

 

「……傲慢な男だ」

 

「事実を述べたまでだ」

 

***

 

「アタシは反対」

 

 イスカが手を挙げた。

 

「ファミリアは家族。家族にはアタシたちが選んだ人が入る。アンタはまだ、選ばれてない」

 

「同意するよ」

 

 マリューが、おっとりした声で続けた。

 

「悪い方じゃないと思うけれど……でも、私たちにも考える時間が必要ですねえ」

 

「アタシは判断保留」

 

 ライラが、机に肘をついた。

 

「情報が足りねえ。本当に別世界から来たって話、神様が嘘じゃないって言うから本当なんだろうけどよ、それを差し引いても、まだ分からねえことが多すぎる」

 

「私は……賛成しても、いいかもしれません」

 

 亜麻色の編み込みの女性——リャーナが、慎重に口を開いた。

 

「あの狙撃手の情報、本当だとしたら、私たちの命を救ってくれた方になります。それを軽く扱うのは、礼儀に反します」

 

「リャーナ姉さん、それはそうだけど、命を救ってくれた人を全員ファミリアに入れてたらキリないっすよ」

 

 ネーゼがそう言って笑った。

 

「あー、でもこの人、なんかカッコいいから、アタシは賛成でもいいかな?」

 

 もう一人、メガネのエルフ——セルティが、冷たい声で言った。

 

「ネーゼ、見た目で判断するのは止めなさい」

 

「だってー」

 

「アリーゼ、貴方はどうお考えですか」

 

 セルティがアリーゼに視線を向けた。

 

「私? 私は——賛成、かな」

 

 アリーゼが、明るく答えた。

 

「いい目してるもの。それに、戦場で私を救ってくれた。それで十分でしょ?」

 

「団長としての判断ですか、個人としての判断ですか」

 

「両方!」

 

「……判断が雑です」

 

 セルティがため息をついた。

 

***

 

 エルヴィンは、ここまで黙って聞いていた。

 

 全員の反応を、頭の中で整理した。

 

 明確な反対:輝夜、イスカ。

 

 慎重:マリュー、セルティ、ライラ。

 

 条件付き賛成:リャーナ、ネーゼ。

 

 即賛成:アリーゼ。

 

 保留:アスタ、ノイン、リュー(こげ茶色の髪のヒューマンとエルフは沈黙)。

 

 十一人中、明確に賛成しているのはアリーゼだけ。

 

 組織として、これでは加入できない。

 

「(説得材料を出す必要がある)」

 

 彼は、口を開いた。

 

「俺を疑うのは正しい。性急なのも、その通りだ」

 

 全員の視線が、彼に集まった。

 

「だが、俺がこの組織に提供できるものを、聞いてもらいたい」

 

「……聞こう」

 

 輝夜が、低い声で促した。

 

***

 

「一つ目。指揮経験」

 

 エルヴィンは、淡々と語り始めた。

 

「俺は前世で、ある軍事組織の最高指揮官だった。数百人規模の部隊を、十年以上動かしてきた。盤面設計、情報収集、戦略立案——これが俺の本領だ」

 

「二つ目。観察眼」

 

 彼は、卓上に視線を落とした。

 

「先ほど、お前たちの戦闘を観察した。組織として何が機能し、何が足りないかを把握した」

 

「……何が足りないと言うんだ、貴公」

 

 輝夜が眉をひそめた。

 

「指揮官の代替が、いない」

 

 全員の表情が、変わった。

 

「アリーゼが前線に出て指揮を回す——これは天才の芸当だ。だが、彼女が動けない時、組織全体の判断を下せる者がいない。副団長は前衛筆頭、情報屋は罠の解体、後衛は支援職。それぞれが優秀だが、誰一人として『全体の盤面を見る』訓練を受けていない」

 

「……」

 

「俺が入れば、その穴を埋められる。アリーゼが前で剣を振っている時、俺が後方で盤面を読む。狙撃手の存在に気づいたように」

 

***

 

「三つ目。新しい感覚」

 

 エルヴィンは続けた。

 

「俺はこの世界に来てから、視界の中で『意図を持つ者』だけが浮かび上がって見える、という感覚を得た。恩恵もない、神も知らないこの状態で、だ。これは戦場で使える」

 

「ちょっと待て」

 

 ライラが手を挙げた。

 

「あんた、それ、神様の恩恵もないのに発動してんのか?」

 

「そうだ」

 

「……マジかよ」

 

 ライラが、アストレアに視線を向けた。

 

「アストレア様、これって……」

 

「恩恵を授ければ、確実にスキルとして発現するでしょうね」

 

 アストレアが、静かに答えた。

 

「……これは強力なスキルになると思います」

 

***

 

「四つ目。俺自身の動機」

 

 エルヴィンは、最後に言った。

 

「俺は前世で、何百人もの部下を死地に送った。彼らの大半は死んだ。俺はその選択を後悔していない。だが、もう一度同じ場所に立てるなら——今度は、もう少し多くを生き残らせたい」

 

 全員が、黙った。

 

「お前たちは、進む者たちだ。俺はそれを観察して理解した。進む者たちを生き残らせるために、俺の経験は使える。それだけだ」

 

***

 

 長い沈黙が、応接間を満たした。

 

 最初に口を開いたのは、輝夜だった。

 

「……貴公、傲慢な男だと先ほど言った。撤回はしない」

 

「だろうな」

 

「だが、貴公の言は筋が通っている。それも、認めざるを得ん」

 

 彼女は、刀の柄から手を完全に離した。

 

「主神アストレア様の判断に従う。私からはそれだけだ」

 

「アタシも、まあ……団長と輝夜先輩がいいなら」

 

 イスカが、頭をかきながら言った。

 

「私も、判断はアストレア様にお任せします」

 

 セルティも続いた。

 

 視線が、自然にアストレアへ集まった。

 

***

 

 アストレアは、しばらく目を閉じていた。

 

 それから、ゆっくり目を開けた。

 

「エルヴィン・スミス」

 

「はい」

 

「あなたを、わたしの眷属として迎え入れます」

 

 エルヴィンが、頷いた。

 

「……感謝する」

 

「ただし、一つだけ約束してほしいことがあります」

 

「何だろうか」

 

「あなたは、自分の命を、軽く扱わない人になってほしい」

 

 彼女の声は、優しかった。

 

 優しすぎて、逆に重かった。

 

「あなたは前世で、たくさんのものを背負って、自分の命を最後に投げ出した。それは尊い選択だったかもしれない。でも、わたしの眷属になるなら——あなた自身も、生き残る者の一人になってほしい」

 

 エルヴィンは、しばらく黙った。

 

「(……約束、か)」

 

 前世では、誰にもされなかった約束だった。彼が「進め」と命じる側だったから。誰も彼に「お前も生きろ」とは言わなかった。

 

「……了解した」

 

 彼は短く答えた。

 

***

 

「では、儀式を行いましょう」

 

 アストレアが立ち上がった。

 

「エルヴィン、上着を脱いで、こちらにうつ伏せに」

 

 エルヴィンは指示通り、上着を脱ぎ、テーブルの上に背中を晒した。

 

 アストレアが、彼の背中に指を当てた。

 

 指先から、温かい光が広がった。

 

 数秒の沈黙。

 

 それから、アストレアが小さく息を呑んだ。

 

「……これは」

 

「アストレア様?」

 

 アリーゼが心配そうに尋ねた。

 

「……読み上げます」

 

 アストレアは、ゆっくり言葉を継いだ。

 

***

 

「エルヴィン・スミス Lv.1」

 

「力:I 0」

 

「耐久:I 0」

 

「器用:I 0」

 

「敏捷:I 0」

 

「魔力:I 0」

 

「……あの、これって」

 

ライラが聞いた。

 

「Lv.1で策謀看破。数値はゼロ、スキルは戦術級。前世で軍の最高指揮官だった男が、この世界では生まれたての赤子と同じステータスってことか」

 

「数値上は、そうなります」

 

アストレアが頷いた。

 

「……極端な男だぜ」

 

ライラが口笛を吹いた。

 

「要するに、頭と目だけは戦場級、身体は素人ってことですね」

セルティが冷静に言った。

 

「輝夜、これどう扱う?」

 

「……前線には出せない。後方で盤面を読ませる。それだけだ」

輝夜が短く答えた。

 

「ちょっと待って、それって結局一番危ない役じゃないの? 前線より後方の方が守りにくいわよ?」

 

アリーゼが首を傾げた。

 

「だから私が稽古をつける、と言っている」

 

「バチコーン! 名案ね!」

 

***

 

「アリーゼ、輝夜」

 

 アストレアが、二人に視線を向けた。

 

「彼は今、Lv.1です。戦闘力は皆さんに遠く及びません。だから、彼の役割は前線ではなく、後方の盤面設計に置いてください」

 

「了解、アストレア様!」

 

「承知した」

 

「エルヴィン」

 

「はい」

 

「あなたの居場所は、ここです。生き残ること。それを忘れないでください」

 

 エルヴィンは、頷いた。

 

 頷いてから、もう一度、応接間を見回した。

 

 十一人の女性たちが、自分を見ていた。

 

 まだ完全には信用されていない。それは分かる。

 

 だが、入口は開いた。

 

「(……始まる、か)」

 

 彼は、内心で呟いた。

 

 今度は、進める側ではなく、進む組織を支える側として。

 

 彼の二度目の指揮が、始まろうとしていた。

 

***

 

「じゃあ、改めて——歓迎するわよ、エルヴィン!」

 

 アリーゼが、明るく胸を張った。

 

「フフーン! うちのファミリアにようこそ! あなたはこれから家族の一員よ!」

 

「了解した」

 

「もう、堅いわね! もうちょっと、こう、嬉しそうにできないの?」

 

「……努力する」

 

「努力って言われてもね……」

 

 ライラが呆れた声で笑った。

 

「団長、こいつ、たぶん根本的にそういう男だぜ。慣れな」

 

「えー、もったいない!」

 

 アリーゼが膨れた。

 

「貴公、今後、私が稽古をつける」

 

 輝夜が、刀の柄に手を置いて言った。

 

「Lv.1で前線に出すわけにはいかん。だが、最低限の自衛はできるようになってもらう」

 

「頼む」

 

「短い返事だな」

 

「無駄を省いた」

 

「……まあいい」

 

***

 

 その夜、エルヴィンは拠点の客室で、一人ベッドに腰掛けていた。

 

 今日一日で、彼の人生は大きく動いた。

 

 観察対象だった組織に、所属することになった。

 

 神と契約し、スキルを得た。

 

 約束をした——自分の命を、軽く扱わない、と。

 

「(……第二の人生が、始まったな)」

 

 彼は、内心で呟いた。

 

 窓の外、オラリオの夜空には、星が出ていた。

 

 彼の知る空とは、配置が違っていた。

 

 だが、星があることだけは、変わらなかった。

 

「悪くない、再出発だ」

 

 彼はそう呟いて、目を閉じた。

 

          第2話 正義の調べ 完




後書き

エルヴィン・スミス
 二日目。アストレア・ファミリアの戦闘を観察し、姿を見せ、拠点へ赴き、神と契約。Lv.1・ステータス全初期値・スキル【策謀看破】持ちとして加入。約束「自分の命を軽く扱わない」を交わす。
アリーゼ・ローヴェル
 戦闘指揮と決め台詞、火の粉ギャグ。エルヴィン加入即賛成。
ゴジョウノ・輝夜
 明確な反対派から、説得を聞いて折れる。エルヴィンに稽古をつける役。
ライラ
 判断保留派。だがスキル【策謀看破】の戦術級評価で「極端な男」と評す。
イスカ・ブラ
 無力化戦法の前衛。「家族には選んだ人が入る」と反対。
マリュー・レアージュ
 支援職。慎重な判断。
リュー・リオン
 団長の隣で剣を振る守護役。Lv.3。今回は沈黙。
リャーナ・リーツ
 拠点組。冷静な判断で条件付き賛成。
ネーゼ・ランケット
 拠点組の狼人。直感的に懐く。
アスタ・ノックス
 拠点組のドワーフ。最初に扉を開けた役。
セルティ・スロア
 拠点組のメガネのエルフ。冷静な判断。
ノイン・ユニック
 拠点組。沈黙。
アストレア
 エルヴィンの魂を見透かす。約束を交わす。
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