アストレア・ファミリアの朝、輝夜とエルヴィンの鍛錬、アリーゼとリューのいつもの距離感、そしてライラの仲裁。
そこにガネーシャ・ファミリアのシャクティとアーディが訪れます。
今回は前半に日常とギャグを入れつつ、後半では燃えた工場跡地から消えた「撃鉄装置」の話に入ります。
エルヴィンが少しずつ「星屑の庭」という家に馴染み始める一方で、暗黒期の戦場の匂いも近づいてきます。
それでは第4話、よろしくお願いします。
第4話 消えた心臓部
——前回までのあらすじ。
壁の外を知りたかった男、エルヴィン・スミス。
調査兵団団長として人類を導き、ウォール・マリア奪還作戦で命を落としたはずの彼は、神々と怪物の都市、オラリオへと落ちた。
若い肉体。戻った両腕。消えない記憶。
そして、女神アストレアから授かった神の恩恵。
工場地帯での戦闘を経て、エルヴィンは正義の眷族、アストレア・ファミリアに迎えられる。
Lv.1。
ステータス初期値。
スキル【策謀看破】。
初めて迎えた朝、彼は星屑の庭の賑やかな食卓を観察した。
騒がしい団長アリーゼ。
毒舌の副団長、ゴジョウノ・輝夜。
知識を武器にする小人族、ライラ。
そして、真っ直ぐすぎるエルフ、リュー・リオン。
輝夜との稽古で、エルヴィンは新しい肉体の限界を知る。
身体はLv.1。だが、剣の軌道に迷いはない。
前の世界で積み上げた二十年の戦場が、新しい肉体に翻訳されていく。
そして女神アストレアは、彼に問う。
指揮官ではない自分を、思い出してほしい、と。
答えは、まだない。
けれど、二度目の人生は確かに始まった。
そんな星屑の庭に、都市の憲兵、ガネーシャ・ファミリアが訪れる。
燃えた工場跡地から消えた、魔石製品の心臓部。
暗黒期の火種は、まだ消えていなかった。
***
夜明け前。
星屑の庭の中庭には、木刀がぶつかる乾いた音が響いていた。
「遅い」
ゴジョウノ・輝夜の木刀が、エルヴィンの手首を軽く打った。
「……分かっている」
「分かっていて遅いなら、なお悪い」
「厳しいな」
「甘くして死なれては困る」
輝夜は、まるで天気の話でもするように言った。
エルヴィンは短く息を吐き、構え直す。
この身体は、まだ弱い。
前世の記憶はある。戦場の読み方も、剣の軌道も、兵を動かす感覚も残っている。
だが、腕がついてこない。
足が遅れる。
呼吸が乱れる。
頭の中の戦場と、今の肉体の間に、明確なズレがある。
「もう一度だ」
「了解した」
「了解だけは一人前だな」
輝夜の木刀が振るわれる。
エルヴィンは受けた。
腕に痺れが走る。
「受けるな。流せ」
「……」
「貴公の悪い癖だ。正面から受け止めるな。身体が壊れる」
「前世では、受けるしかない状況も多かった」
「ならば今世では覚えろ。受けずに生き残る術を」
エルヴィンは目を細めた。
前世では、多くを受け止めた。
兵の死。民の期待。王政の腐敗。父の夢。地下室への執着。
受け止めた末に、最後は死んだ。
「……そうだな」
木刀を握る手に、力を込める。
「覚える」
「よろしい」
輝夜は鼻で笑った。
「せいぜい泥にまみれろ、Lv.1」
「その呼び方は固定なのか」
「嫌なら早く上がれ」
「合理的な罵倒だ」
「褒めるな。気色悪い」
その後も稽古は続いた。
踏み込み。
斬り返し。
足運び。
呼吸。
構え。
短い時間だったが、エルヴィンの腕には十分な疲労が残った。
悪い痛みではない。
生きるために積み上げる痛みだった。
***
食堂に入ると、星屑の庭の朝はすでに騒がしかった。
「リオン! 昨日も抱き心地最高だったわ!」
「アリーゼ」
リュー・リオンの声が、朝食の湯気よりも冷たく落ちた。
「それを食堂で言わないでください」
「えー、いいじゃない。事実なんだから!」
「事実だから困っているのです」
アリーゼ・ローヴェルは胸を張った。
正義の女神の眷族を率いる団長は、今日も自信満々だった。
ただし、その自信が向く先は、正義ではなく抱き枕の感想だった。
「ふん」
向かいの席で茶を飲んでいた輝夜が、鼻で笑った。
「寝具扱いとはな。堕ちたものだな、糞雑魚妖精め」
「輝夜」
リューの視線が鋭くなる。
「何だ、青二才」
「朝から斬られたいのですか」
「やってみろ。寝起きの抱き枕妖精」
「はいはい、寝具と刀女の喧嘩は後にしろ。朝飯が冷める」
エルヴィンは席に着きながら、その光景を観察した。
戦場ではない。
命令系統でもない。
規律だったものが、ここでは家族の距離感に置き換わっている。
「……士気は高い」
「え?」
アリーゼが振り返る。
「統制は低いが」
「ちょっと! そこは褒めるだけでよくない!?」
「事実だ」
「輝夜みたいなこと言い出した!」
「やめろ。私を巻き込むな」
ライラが吹き出した。
「エルヴィン、あんた真顔で言うから質が悪いな」
「意図した冗談ではない」
「なお悪い」
食堂に小さな笑いが起きた。
エルヴィンは静かに食事を続けた。
軍ではない。
だが、集団だった。
血縁ではない。
だが、家だった。
***
「エルヴィン、腕ぷるぷるしてない?」
アリーゼが目ざとく気づいた。
「問題ない」
「輝夜、やりすぎてないでしょうね?」
「死んでいない」
「基準が雑!」
「鍛錬とはそういうものだ」
「そういうものではありません」
リューが静かに口を挟んだ。
「輝夜の稽古は加減がおかしいです」
「たわけ。貴様に言われたくはない」
「私は事実を述べています」
「ならば私も事実を述べよう。貴様はすぐ無茶をする」
「私は必要な時に動いているだけです」
「ぶわああああぁぁぁぁかめ!! それを無茶と言うのだ、糞雑魚妖精め!」
「はい、朝から二回目」
ライラが手を叩いた。
「輝夜、声量を落とせ。リオン、噛みつくな。エルヴィン、観察してないで飯食え」
「了解した」
「素直でよろしい」
ライラはそう言って、パンをもう一口かじった。
その時だった。
玄関の方から、控えめなノック音が響いた。
食堂の空気が、わずかに変わる。
騒がしさが消えたわけではない。
だが、団員たちの視線が自然に一点へ向いた。
暗黒期のオラリオで、朝の来客は二種類しかない。
助けを求める者。
あるいは、厄介事を運ぶ者。
応対に出たノインが、すぐに食堂へ戻ってきた。
「アリーゼ団長。ガネーシャ・ファミリアの方です」
「ガネーシャ?」
アリーゼが目を瞬かせる。
ライラの目が細くなった。
「へぇ。本当に都合のいい時に来たな」
***
食堂に入ってきたのは、二人だった。
一人は、落ち着いた目をした褐色の女性。
ガネーシャ・ファミリア団長、シャクティ・ヴァルマ。
もう一人は、彼女より少し年若く、明るい空気をまとった少女。
「リオン!」
少女はリューを見つけるなり、ぱっと顔を明るくした。
「アーディ」
リューの声も、わずかに柔らかくなる。
エルヴィンは、その変化を見逃さなかった。
リュー・リオンが警戒を緩める相手。
ガネーシャ・ファミリアの少女。
シャクティと同じ姓。
情報として、記憶に置く。
アーディは胸を張った。
場の重さなど知らないというように、片手を腰に当てる。
「礼儀正しくて、人懐こくて、シャクティお姉ちゃんの妹! それから、リオン達と同じLv.3のアーディ・ヴァルマだよ! じゃじゃーん!」
「アーディ」
シャクティの声が一段低くなった。
「今は職務中だ」
「あっ……ごめん、シャクティ団長」
ライラがにやりと笑った。
「へぇ。都市の憲兵は自己紹介まで賑やかなんだな」
「ライラ」
アーディが頬を膨らませる。
「そこ、からかわないでよ」
「からかってない。観察だ」
「絶対からかってる」
「半分な」
「半分は認めるんだ……」
リューが小さく息を吐いた。
「アーディは昔からこうです」
「リオンにそう言われると傷つくなぁ」
「事実です」
「うう、リオンが冷たい」
「抱き枕にされている私よりは温かい扱いだと思います」
アリーゼがそこで満面の笑みを浮かべた。
「つまりリオンは私に温かいってことね!」
「違います」
「イラっ⭐️」
数人の反応が、見事に重なった。
エルヴィンは静かに頷いた。
「……反応が統一されている」
「そこ分析しなくていいから!」
アリーゼが抗議した。
***
ライラは椅子の背にもたれたまま、シャクティを見上げた。
「本当に都合のいい時に来たなぁ」
声は軽い。
だが、そこには棘があった。
「アタシ達に面倒押し付けて重役出勤なんて、『都市の憲兵』の名が泣くぜ」
「ちょっと、ライラ。それはお姉ちゃんに失礼じゃ――」
「アーディ」
シャクティが短く遮る。
「今は職務中だ」
「……失礼、シャクティ団長」
「いい」
シャクティは表情を変えなかった。
「否定はしない。だが、押し付けに来たわけでもない。確認と協力要請だ」
その返答に、ライラは目を細めた。
「へぇ。怒らないんだな」
「怒って解決するなら怒る」
「合理的だ」
「お前ほどではない」
「そりゃどうも」
ライラは肩をすくめた。
エルヴィンはその応酬を見ていた。
軽口ではない。
交渉の初手だった。
ライラは、ガネーシャ・ファミリアに責任の所在を突きつけた。
シャクティは、それを否定せずに受けた。
互いに、話が早い。
***
「燃えた工場跡を調べた」
シャクティは報告書を机に置いた。
「火元は第三棟。だが、問題は火元じゃない」
「火元じゃない?」
アリーゼが首を傾げる。
「撃鉄装置が消えている」
食堂の空気が、一段重くなった。
「撃鉄装置?」
リューが聞き返した。
「魔石製品を動かす心臓部だ」
シャクティは図面を指で叩いた。
「魔石灯にも使われる。珍しい部品じゃない。だが、十二基まとめて消えたとなると話が変わる」
「普通の部品だから、持ってても怪しまれにくい」
ライラが呟く。
「そうだ」
シャクティは頷いた。
「しかも、金目の物は残っていた。犯人は価値じゃなく用途を選んだ」
エルヴィンは報告書を見ていた。
文字は読めない。
だが、線は読めた。
建物の配置。
火元。
搬入口。
倉庫。
消えた部品の位置。
紙の上に描かれた工場跡が、彼の頭の中で戦場として立ち上がる。
火の広がり。
人の流れ。
搬出経路。
犯人が避けた場所。
犯人が選んだ場所。
これは、燃えた後に盗んだのではない。
盗んだ後に、燃やした。
「盗難ではない」
エルヴィンが言った。
全員の視線が向く。
「準備だ」
「準備?」
アーディが瞬きをした。
「ああ」
エルヴィンは報告書の図面を指した。
「一つなら修理用。二つ、三つなら転売。十二なら配置するつもりだ」
「配置……」
「灯りを点けるためなら、本体ごと盗む。部品だけを抜く理由は一つだ」
ライラが続きを引き取った。
「別の何かを、同時に動かすため」
エルヴィンは頷いた。
「敵は、まだ使っていない。使ったなら、もう被害が出ている」
「つまり」
アリーゼの声が低くなる。
「まだ間に合うかもしれない」
「可能性はある」
エルヴィンは答えた。
アリーゼは迷わなかった。
「なら、間に合わせるわ」
明るいだけの少女ではない。
決める時に決めるから、団長なのだ。
「アストレア・ファミリアは、ガネーシャ・ファミリアと共同で消えた撃鉄装置を追うわ」
アリーゼが言った。
「ライラ、情報整理。輝夜、現場確認。リオン、焦らないこと。エルヴィンは……」
アリーゼは少しだけ考え、にっと笑った。
「報告書を一緒に見て。文字が読めなくても、あなたに見えるものがあるんでしょ?」
「了解した」
エルヴィンは短く答えた。
シャクティは彼を見ていた。
「お前が、工場地帯でアストレア・ファミリアが勧誘した新入りか」
「エルヴィンだ。よろしく頼む。縁があって入団させてもらった」
「なるほど。これからよろしく頼む」
短い沈黙。
アーディが、興味深そうにエルヴィンを見た。
「本当に冒険者になったばかり?」
「そうだ」
「でも、現場の見方が兵士みたい」
エルヴィンは答えなかった。
ライラだけが、少し笑った。
「兵士みたい、ね」
その声には、何かを察した響きがあった。
***
「こちらでも動く」
シャクティは報告書を閉じた。
「私たちはギルドと倉庫街を確認する。アストレア・ファミリアは工場周辺と魔石工房筋を当たれ」
「分かったわ!」
アリーゼが頷く。
「じゃあね、リオン。また後で!」
アーディが手を振った。
「はい、アーディ。気をつけて」
「リオンもね!」
「アーディ」
シャクティが短く呼ぶ。
「行くぞ」
「はーい、シャクティ団長」
アーディは少しだけ名残惜しそうにリューへ手を振り、シャクティの後を追った。
二人の足音が遠ざかる。
食堂に残ったのは、報告書と沈黙だった。
「すぐに捜索へ出るべきです」
リューが立ち上がりかけた。
「たわけ」
輝夜が即座に切った。
「どこを探すつもりだ」
「消えた物を追えばいいでしょう」
「ぶわああああぁぁぁぁかめ!! 糞雑魚妖精め!」
ライラがため息をつく。
「はい、そこまで」
彼女は二人の間に入った。
「リオン、焦るな。正しさは足になる。でも地図にはならない」
次に、輝夜を見る。
「輝夜、お前も声を落とせ。客は帰ったけど、朝からうるさい」
「ふん」
「……分かりました」
リューは渋々座った。
エルヴィンは、報告書の図面を見下ろしていた。
燃えた工場跡地。
消えた十二の撃鉄装置。
まだ起きていない被害。
星屑の庭の朝に、暗黒期の戦場の匂いが入り込んだ。
「……これは、始まりだ」
誰に聞かせるでもなく、エルヴィンは呟いた。
紙の上の火種は、すでに街のどこかで息をしている。
第4話 消えた心臓部 完
あとがき
エルヴィン・スミス
アストレア・ファミリアでの日常に少しずつ馴染みつつあるが、輝夜との毎朝の鍛錬でLv.1の肉体の限界を痛感中。今回はガネーシャ・ファミリアの報告書から撃鉄装置消失の本質を看破。文字は読めなくても、図面と配置から戦場を読む男。「盗難ではない。準備だ」と判断し、周囲にその異質さを改めて示す。
アリーゼ・ローヴェル
今日も元気。リューを「リオン」と呼び、抱き枕にして寝ることがあると判明。普段は騒がしいが、撃鉄装置消失の危険性を理解すると即座に共同調査を決定。団長としての判断力も見せる。
ゴジョウノ・輝夜
相変わらずの毒舌。エルヴィンに毎朝稽古をつけている。「甘くして死なれては困る」という言葉通り、厳しいが実戦的。リュー相手には「たわけ」「ぶわああああぁぁぁぁかめ!!」「糞雑魚妖精め!」が飛び出す。
リュー・リオン
アーディとは仲良し。アリーゼの抱き枕扱いには困っているが、完全には拒みきれていない。撃鉄装置消失を受けてすぐ動こうとするが、輝夜とライラに止められる。真っ直ぐさゆえの危うさが出た回。
ライラ
ガネーシャ・ファミリア来訪に対して皮肉を飛ばす。「都市の憲兵」の名を持ち出し、責任の所在を突く。輝夜とリューの仲裁役も継続。語尾は毎回「ぜ」ではなく、短く核心を突く自然な口調。
シャクティ・ヴァルマ
ガネーシャ・ファミリア団長。 神以外には基本的に敬語を使わない。公の場でアーディから「お姉ちゃん」と呼ばれることは好まない。今回は燃えた工場跡地の調査報告を持ち込む。
アーディ・ヴァルマ
シャクティの妹。リューを「リオン」と呼ぶ仲良し。 明るく人懐こい自己紹介で登場するが、職務中に姉を「お姉ちゃん」と呼んで注意される。 調査報告後はシャクティとともにガネーシャ側の調査へ戻る。
撃鉄装置
魔石灯をはじめとした魔石製品の心臓部。製品を作動させるスイッチにあたる部品。燃えた工場跡地から十二基が消失。エルヴィンはこれを単なる盗難ではなく、何かを同時に作動させるための「準備」と見抜いた。
次回
第5話では、消えた撃鉄装置をめぐる調査準備と、アストレア・ファミリアの任務前儀礼「正義の誓い」を描く予定です。 第1章「星屑の庭」の締めとして、エルヴィン抜きのアストレア・ファミリア内部の日常会話、そして次章へ繋がる影も入れる予定です。